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●2021年2月号
■ 労農派の持ち味は強靭に自立した思考である
    伊藤 修

■ 次の世代へ社会主義を訴える

大げさでなく資本主義が本当に“どんづまり”にきていることを、もう多くの人が感じているように思う。富の信じがたい集中独占。他方で貧困が大規模に復活。先行き不安。極限のストレス。これらに手は何も打たないで悪事に精出す政府。政治家や経営者の質の情けない低下。その総合結果が人口減少であり、社会を維持する条件が壊されていることを示す。ただし、人々が、またわれわれが、本心では「まあこんなものか」と思っているなら、社会も、人間も、もっと腐りながら堕ち続けていくのだろう。
   
だから、とりわけ次の世代に、社会主義の考え方を伝える必要がある。だが訴えるには、まずわれわれ自身が、こんにちにおいて生き生きとして説得力をもつ社会主義の中身を、はっきりさせなければならない。出来合いの正解は、誰も与えてくれていないし、期待しても不確かである。われわれ自身の頭で自立して考え、再確立するしかない。そのために、勉強にあてる努力を大幅に引き上げよう。
   
――このことを本稿で共有したい。
   
強靭に自立した思考、が労農派本来の持ち味である。そこで山川均・元代表の論文を再読するところから始めたい。抜粋引用するのは「社会主義への道は一つではない」(『中央公論』1956年12月号)である。すでに読んだ方も多いだろうが、いま再読しても意味が大きいと思う。私は正直なところ、昔読んだときどう受け取ったか思い出せないのだが、近年再読して強烈な衝撃を受けた。
   
もちろん文意を正確につかむには全文を読む以外にない。全文はネットでも、労働者運動資料室の「堺・山川・向坂文庫」で読める。さっそく引用するので一気に読んでいただこう。
   
   

■ 山川均「社会主義への道は一つではない」抜粋

(1)
「ソ連の現状は、いままで我々が社会主義社会という言葉によって理解していた社会体制からは、いちじるしい隔たりがある。ソ連の現在は、すくなくとも無条件に、説明なしでは、社会主義社会とは呼ばれないという点では、我々のあいだにほぼ意見は一致していたのであるが、しかし同志のある者は、これだけでは満足しなかった。(中略)私はソ連の変質を認めるが、しかし社会主義的建設の基礎となるものは失われていない、1917年の革命の歴史的意義は生きている、ソ連はきわめて異常な道ではあるが、このロシア的な道をつうじてでも、窮極は社会主義に発展する可能性があると考えた。」
(2)
「ソ連共産党の第20回大会は、レーニン死後のソ連にスターリンの個人独裁が成立していた事実を大胆にみとめ、公然とこの誤謬の清算を宣言したのであるが、これは言うまでもなく、ソ連の社会主義体制に、スターリンの個人独裁というよけいなものがくっついていたということではなくて、ソ連体制そのものが社会主義的民主主義の体制ではなくて、個人的独裁者と特権階級による官僚支配の体制に変質していた事実を認めたことを意味している」。
(3)
「ソ連における社会主義的民主主義とプロレタリア独裁が個人独裁(あるいは官僚独裁)と恐怖政治に移行しまたは変質し……これがソ連体制を暗い陰で包んだという事実にたいしては、スターリンその人に責任のあることは争われない。いかなる歴史的必然も、人間の意識と行動とによってでなければ実現しないからである。と同時に、スターリンという一個人によっては、この歴史的事実が説明しきれないことも明らかであって、スターリンその人の性格が、一定の歴史的条件と結びついた時、はじめてスターリン独裁を成立させたと見なければならない。」
(4)
「すべての国々で、支配される階級は政治的権利と政治的自由をハク奪され、言論、集会、結社の自由をハク奪され、秘密警察によって監視され、政治的意見を異にするものは暗から暗に粛正され、人民は国家権力による弾圧によって支配されているかというと、もちろんそういうことはない。(中略)ソ連の経験したような峻厳な形態をとることの方が、むしろ例外であって、それはソ連の特異な条件から生まれた特異な現象だということにもなる。」
(5)
「……ブルジョア民主主義の三権分立主義の政治形態にたいして、パリ・コミューンはたんなる立法機関ではなくて、行政権をも司法権をもその手に集中していたもので、これこそがプロレタリア民主主義を実現した政治形態なのであって、ソヴェト制度は、こういうパリ・コミューンの伝統を継ぐものだと主張されていた。……しかしパリ・コミューンは、ある動乱期には適切な政治形態だったかもしれないが――あるいは、あの動乱期には唯一の可能な政治形態だったろうと思われるが、それにもかかわらずきわめて非能率的なものだったことは、多くの研究者の意見が一致しているようである。そこでもしパリ・コミューンが永続していたとしたならば、はたしてあのままの政府形態が維持されたかどうか、これにたいしては、私は否定的な答しか考えられないと思う。」
(6)
「プロレタリアー卜の独裁も、ある一定の政治の形態によらなければ行なわれないものではなく、民主主義的な制度と方法をつうじても――たとえそれが西欧的なブルジョア民主主義的な制度と方法であっても、その時その国の諸条件のもとで、それが民主主義の原則を生かすことのできるものでさえあれば――そういう制度と方法をつうじても行なわれうるものである。」
(7)
「私はソ連における経験の歴史的意義をきわめて大きく評価し、肯定的にも否定的にも、そのなかには貴重な教訓がふくまれており、これから学ばないことは、我々の怠慢だと思う。」

   
   

■ 自分の頭で調べ・考え・判断する

念のため要約するとこうなるだろう。

  1. ソ連は、われわれが理解してきた社会主義と遠く離れており、無条件に社会主義社会だとはいえない[(1)]。「独裁」「恐怖政治」であって、社会主義的民主主義から外れている[(2)(3)(4)]。
     
  2. ソ連流は、ロシアの「特異」で「例外的」なケースにすぎない。三権分立でなく集中したパリ・コミューンが社会主義政治体制のモデルであり(マルクス『フランスの内乱』)、それを継ぐ正統がソヴェトだ(レーニン『国家と革命』)とされてきたが、それは非常時の制度で、平常時にふさわしいとはいえない。国ごとの条件によって「西欧的なブルジョア民主主義的な制度と方法をつうじ」るケースもありうる[(5)(6)]。
     
  3. ただし、ソ連は打倒されるべきとの意見には反対であり、「窮極は社会主義に発展する可能性がある」と考える。そしていずれにせよ、この経験から「学ばないことは、我々の怠慢」になる[(1)(7)]。

――いかがだろうか。論旨はきわめてクリアーで、ごまかしや曖昧さはなく、大胆不敵といえる。当時の左翼においてソ連=コミンテルン流の“正統派”がもっていた圧倒的権威を考えると、いかなる権威をも恐れず、また頼ろうともしない、この自立の精神、批判精神は、峻烈で強靭である。もともと労農派は、レーニンのコミンテルン路線を拒否して独自に社会主義をめざすところから出発したのだ。
   
スターリン批判があったこの1956年、左翼は、反共になる者、反ソになる者、当惑する者、事実に目をつぶって“従来どおり”であろうとする者、さっそくソ連の口まねを始める者、などと混迷した。検討するにしても主な問題は「スターリンの個人独裁」であった。その中で山川は、当時きわめて限られていた情報にもとづいてソ連の現実の把握に努め、その上で、ソ連についても社会主義への道筋の問題として考え、さらに、各国ごとの社会主義のありようの幅、という問題として提起した。
   
この35年後、ソ連・東欧は労働者階級の批判の爆発で崩壊する。権力のチェック&バランス、市民的権利は不可欠だった。秘密にされていた文書や記録も大量に明るみに出た(後出)。これらの事実によって現在では、山川論文の判断が基本的に正確だったことが確定した。自立の精神で行くなら、徹底的な事実調査と検討が必須である。
   
われわれは、マルクス、エンゲルス、レーニンの理論の主要部分、基本部分を正しいと考えて、科学的社会主義を採っている。しかし、彼らを含む一切を権威とすることなく、頭の丸投げをせず、自分の責任で考える覚悟をもたねばならない。最終的な判断基準は事実との対照である。

   
   

■ 社会主義の制度について

訴える社会主義の中身を再確立すべく、調査検討を強化しようというのが本稿の論旨であった。課題はいろいろあるけれども、ここではまず、

  1. 社会主義の制度についてと、
  2. 現代日本のイデオロギー情勢上の争点、

の2つだけ取り上げる。
   
ソ連・東欧崩壊から30年たつ。年配の左派には大逆風だと思えるだろうが、若い世代にとっては知らない話で、すでにリセットされている。一方でこの世代は左派・リベラルの思想から放置されてきた。右両面から、年配者は思い込みを捨て、基本から、真っ白な出発点からのつもりで、権利、民主主義、そして社会主義の、考え方や必要性を説明していくべきだと思う。
   
最初に1. 社会主義の制度についてだが、ここでソ連・東欧崩壊の総括を避けて通ることはできない。総括をしない無責任な者、「ソ連は社会主義でなかった」として安易に逃避する者もいる(日本共産党もそのようだ)が、それでは一歩も進むことはない。
   
崩壊後の資料公開にもとづいた歴史本も、パイプス、サーヴィス、ダンコースの本など、いくつも出ている(ネットで調べて選べばよい)。こんにち、これらをふまえないで社会主義を語ることはできるわけがない。
   
ここでは、D・ヴォルコゴーノフ『レーニンの秘密(上・下)』(NHK出版)を紹介しておく。著者は元ソ連国防省軍事史研究所所長で、モスクワの元共産党中央委員会ビルにあるレーニン関連文書保管所の資料にもとづいて、この本を書いた。
   
極秘の保管庫には、ロシアの最新版レーニン全集(日本の大月版全集は旧版の訳である)にも収録されなかった未公開資料が3724点、そのほかにレーニンの署名のある公文書が3000点近くあった。――かつて「レーニン主義」とか「レーニンを読む」といっていたが、そもそも隠蔽改ざんを含んだものを基にしていたのである。当然、学び直されなければならない。
   
スターリン以後のトップによって何が隠蔽されてきたのか。秘密資料には、ボルシェビキの強盗や詐欺による資金調達、レーニンの脳疾患の医師団の記録などいろいろあり、本を読んでもらうしかないが、重要なのは、政権掌握後のレーニンによる人民の逮捕、銃殺、収容所送りの指示関係である。それは、支配の維持、食料の徴発、重労働の労働力確保、見せしめ、などのためチェーカー(のちのKGBの前身)に命じられた。地域別に摘発する人数のノルマを付けた指示もある。スターリンの犯罪とされてきたものの一部はレーニンが始めたのであった。
   
これが、山川論文が「弾圧」「峻厳」「粛正」「恐怖政治」と正しく指摘していた、ソ連・東欧体制の内実の資料である。ソ連崩壊まで私は勉強不足だった。深く自己批判している。
   
厳しい情勢下であったことは理解する。まずはとにかく勝つこと、権力を握り維持することだ、というレーニンの考えもわかる。だが、この体制の性格は、その後もゴルバチョフに至るまで続き、他の社会主義国にも移植されて、結果、崩壊してしまった。こういうやり方では、社会主義が人々に支持されることは、決して二度とないであろう。これらのことから、特に革命後のレーニンについては、再検討の必要が当然ある。
   
ソ連・東欧について書かれたものは悪意の決めつけをしているのが多い。読んで有益なものでも、全否定したい感情が出てしまっている部分と、客観的な事実を記している部分とが混在している。しかし、もともと、本でも人でも、水戸黄門流の時代劇みたいに“全面的な正”と“全面的な悪”があるのではない。全面的な正・誤を想定するのは、聖典や聖人を求めることであり、科学ではなく宗教の態度である。自分の頭で、偏った部分は捨て、事実にもとづく有用な部分を採用するしかなく、またそれが本来の勉強のしかたでもある。
   
われわれ内部のものでは山崎耕一郎『ソ連的社会主義の総括』『21世紀の社会主義』をいま読み直しても得るものがある。私も、1990年冬の最後の労大訪ソ団に加わって直接みてきたソ連最末期の実情をあらためて報告したいし、それもふまえて、経済制度を中心に社会主義の制度について近いうちに論じたいと思っている。
   
   

■ 現代日本のイデオロギー情勢について

次に、2. 日本の思想的な争点の問題を取り上げる。
   
本誌1月号で立松代表も書かれているが、日本の「自己責任」主義が国際的にも際立つ、との報道が相次いでいる。PEW、ISSP、WGIなど、国際的なアンケート(世論)調査のどれにおいても、「生活難の人は公的に助けるべき」とか「見知らぬ人でも人助けする」などへの「はい」の回答の割合が、日本は極端に低い(アメリカよりも相当低い)。なぜなのだろうか。
   
「自己責任」「個人の問題」という考えが浸透している、つまり“内輪にだけ優しく、外には厳しく・冷たい”心理になっているのである(災害時などに日本人がみせる連帯は、そういうときは“内輪”に思えるということだろうか)。
   
なんでも「自己責任」「個人の問題」にしてしまうなら、“自分の・当面”だけに閉じこもって、社会を問題にしない――もちろん変えようともしない――ことになる。結果は、現状追認、保守になるだろう。これがまさに現状だから、重大な問題であり、徹底的に分析する必要がある。
   
もともと資本主義は、人々を競争させることによって、また自分のことで精一杯にすることで、分断、孤立化させる社会である。そしてそれと闘って連帯をつくる以外、労働者の力が前進することはない。
   
われわれは「自己責任」論との闘いを、以前から重視してきた。この社会では、健康破壊も、過労死も、自殺も、「個人に原因があった」「個人の問題だ」として片付けようとする。が、そうではなくて「社会の問題」であることを、一般論や決まり文句でなく、個別具体に即して=説得的に、明らかにしなければならない。ここで強靭な理論が必要になる。明らかにするだけでなく、当事者に足を運んで話し合い、“一人も泣き寝入りさせない”運動にもしていく。そこでまた本当の理論を学ぶのである。これを「階級的視点」と呼んできた。
   
分断か連帯かの攻防で押し負けたことで“自分のことだけで精一杯”の状態に人々が追いやられている現在、この「自己責任」論批判の視点をもって大衆に切り込んでいくことが、攻防ラインを変えるのに、いま強く求められている。
   
反撃の足場はどこか。分断されたとはいっても、人々は、“最低限「人権」あるいは「人道」は守られるべき”という一線は共有していると思う。人権が守られる枠組みが民主主義である。《人権》《人道》を連帯の足場、あるいは砦にして、対等な人間としての扱い=《民主主義》を求めていく。現在の日本で、社会主義に向かう連帯の道筋は、そこから始まるのではないか。議論したい。
   
同じ志をもつ者は、一団となって、読んで学び、人と話して学び、報告しあってまた共に学ぶべし。
   
   

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