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●2017年12月号
■ 特集 総選挙闘争から今後の課題を探る
  総選挙を終えて今後の政治を考察する
     名古屋学院大学 憲法学・平和学 飯島滋明

   

■1.「ヴァイマール」の教訓

1919年に制定されたヴァイマール憲法は「もっとも進歩的」「もっとも民主的」な憲法と言われていた。ところがヴァイマール共和国がわずか14年で幕を閉じ、ヒトラー独裁政治の誕生を許したのはなぜか。その理由についてはさまざまな指摘がある。制度的には「非常事態権限」(四八条)が悪用されたこと、主要人物が多く暗殺されたこと、「革命は裁判所の前で止まった」と言われるように、帝政下の保守的な裁判官がヴァイマール共和国時代にも裁判官として残り、保守的、極めて不公平な裁判を下し続けたことなどが挙げられる。
   
ただ、それ以外にも理由が挙げられる。ここでは(1)革新勢力の分裂、(2)ヴァイマール共和国における「市民」、(3)「プレビシット」について紹介する。
   
   
・(1)革新勢力の分裂
ヴァイマール共和国が崩壊した理由として、右翼勢力に共闘すべき革新勢力が分裂していたことが挙げられる。たとえば「保守的司法」の例として悪名高い「マグデブルク裁判」の影響で大統領エーベルトが死去、その後の1925年第1回大統領選挙では表1のような結果になった。
   

(図表1・クリックで拡大します)
   
第1回投票では過半数を得た候補者がいなかったため、第2回投票が行われることになった。第2回投票では、社会民主党、中央党、民主党の「ヴァイマール連合」はヴィルヘルム・マルクスを統一候補として立てた。一方、右翼勢力はタンネンベルク会戦の英雄であったパウル・フォン・ヒンデンブルクを候補者として立てた。共産党はテールマンが引き続き立候補した。第2回大統領選挙は表2のような結果になった。
   

(図表2・クリックで拡大します)
   
第2回投票の結果を受けて、帝政派軍人ヒンデンブルクが大統領になった。第二回選挙の得票数だが、ヴァイマール連合と共産党が共闘できたなら、保守勢力が推薦したヒンデンブルクを上回る。俊敏なマルクスが大統領になれば、のちのナチスの台頭を阻止できたかもしれないとの評価もある。「革新勢力の分裂」がヒンデンブルクなどの右翼勢力、最終的にはヒトラー率いるナチスが誕生する原因となったと批判されている。
   
   
・(2)ヴァイマール共和国における「市民」
1929年、ヴァイマール共和国を代表する国法学者ヘルマン・ヘラーは「法治国家か独裁か」という論文を刊行した。ヘラーは、ナチス独裁は「あらゆる者の自由と平等」という理念を根絶する政治形態にほかならず、「あらゆる者の自由と平等」という理念をさらに発展させるため、「経済領域における民主化」を進めた「社会的法治国家」こそがドイツの指導的理念であると主張した。ただ、ドイツ社会はヘラーの訴えを受け入れることはなかった。1925年から29年までは「相対的安定期」にあったヴァイマール共和国は、1929年の世界大恐慌を契機に再び混乱の時代を迎える。1930年9月14日の選挙では共産党は77議席を獲得、1932年11月6日の選挙でも100議席を獲得するなど躍進した。こうした共産党の躍進を警戒した「ブルジョア階級」はヘラーの訴えに耳を貸さず、ヒトラー・ナチスを支持した。ヘラーは「あらゆる者の自由と平等」という価値を保障する「ヴァイマール憲法」の擁護も訴えた。ただ、「ヴァイマール憲法はイギリスやフランスに押し付けられた憲法だ」「民主主義はドイツには合わない」と主張する右翼勢力はヘラーの訴えを無視した。
   
   
・(3)「プレビシット」(plébiscite)
1933年7月14日、ヒトラーは「国民投票法」を制定した。そして自己の地位や政策を強化するため、ヒトラーは国民投票を積極的に利用した。
   
1933年11月、ヒトラーは国際連盟を脱退するかどうかの国民投票を実施した。1934年8月にはヒトラーが大統領と首相の権限を兼任する「総統」の地位に就くべきかどうかの国民投票が行われた。1938年4月には、オーストリアとドイツが合併するかどうかの国民投票が行われた。いずれの国民投票でも9割以上の国民が支持した。1938年のオーストリア併合の是非をめぐる国民投票は、1938年3月にヒトラーが武力侵略したのちに行われた。いわば「侵略行為」を国民意志で正当化するものであった。国民投票でオーストリア人の9割以上が賛成すると、オーストリア併合に批判的なフランスも何も言えなくなった。ほんらい、「国民投票」は主権者である国民の意志を問うために行われるものである。しかし実際には国民意志を問うためでなく、権力者が自己の地位や権力を強化するために国民投票が利用されることがある。こうした国民投票は「プレビシット」と言われる。フランスではナポレオン1世や3世が自己の地位を強化するために国民投票を悪用したが、ドイツでもヒトラーは自己の地位や政策を「国民意志」の名目で強化・正当化した。
   

■2. 2017年10月22日衆議院選挙の状況と今後の政治の動き

   
・(1) 衆議院選挙前後をめぐる政治状況
次に日本の政治状況を概観しよう。2017年9月28日、臨時国会開催の日に安倍首相は衆議院を解散した。森友・加計問題の追及を回避するために解散した結果となったこと、6月22日に憲法五三条に基づいて野党が要求した臨時会を回避する結果となった、つまりは憲法五三条違反の衆議院解散だったこともあり、当初、自民党は議席数を減らすと予想されていた。しかし野党第一党の「民進党」代表の前原氏は共産党との共闘を拒否した。さらに前原氏は「希望の党」に合流することを表明する一方、「希望の党」の小池百合子氏は民進党のリベラル系議員を「排除」すると発言した。その結果、民進党は「希望の党」で立候補する者、無所属で立候補する者、そして枝野氏が急きょ立ち上げた「立憲民主党」で立候補する者の3つのグループに分裂した。さらに「希望の党」の小池百合子氏は立憲民主党の候補者に刺客をたてたことから、立憲民主党と希望の党も対立する選挙区が生じた。野党が足並みをそろえない状況も自民党と公明党に有利に働き、自民党は284議席、公明党は29議席を獲得した。自公政権の議席は311議席、憲法改正の国会発議に必要な310議席を上回る。希望の党50議席、日本維新の会11議席を加算すると372議席、衆議院でも圧倒的に憲法改正賛成派が多数を占めた。
   
   
・(2)憲法改正国民投票にむけた動き
2017年の衆議院選挙での大勝を受けて、安倍首相は憲法改正論議を加速させることを繰り返し明言している。2019年夏には参議院選挙があり、ここで改憲与党の自民党や公明党が3分の2の議席を失えば、安倍首相念願の憲法改正が遠のく。公明党に関しては、2017年11月の段階では憲法改正には消極的との新聞記事を散見する。ただ、2013年12月の「秘密保護法」制定、2014年7月の「集団的自衛権行使容認の閣議決定」、2015年9月の「安保法制」制定、2017年6月の「共謀罪」制定など、自公政権は「戦争できる国づくり」を着実に進めてきた。「戦争できる国づくり」となるこれらの法律の制定に際し、公明党は最初だけ否定的ないし消極的な対応をしてきたが、こうした法案の審議が進むにつれて、公明党は自民党とともにこれらの法案を積極的に擁護してきた。公明党は「平和の党」との主張を真に受けることはできない。改憲勢力の自民党が議席を伸ばしてきたのも公明党の選挙協力があったからである。自民党、公明党、日本維新の会、希望の党などは改憲勢力であることを念頭に置けば、2018年に憲法改正国民投票に進む可能性があることを念頭に置く必要がある。
   
   
・(3)改憲手続法(国民投票法)※1 の法的構造
さらに憲法改正国民投票を考える際には、2007年5月14日に自民党と公明党が成立させた、「改憲手続法」の法的構造を認識する必要がある。「真の国民主権を具体化する」(2006年10月26日衆議院憲法調査特別委員会での保岡興治議員)などとして、第一次安倍政権の下で自民党と公明党が「改憲手続法」を成立させた。ただ、この改憲手続法も主権者意志を正確に表明させるためではなく、権力者に都合の良い結果が出やすい「プレビシット」となる法的構造となっている。
   
国民主権の実現のための国民投票であれば、

  1. 憲法改正に関する多様な情報が国民に適切・公平に提供されること、
  2. 国民投票までに十分な期間があること、
  3. 国民の意志が正確に反映される国民投票制度になっていること

が必要である。ところが「改憲手続法」では、憲法改正賛成派の見解が大々的に国民に提供される一方、憲法改正反対派の見解の紹介が不十分になるといった不公平な状況が生じる可能性がある。さらには、周知期間が60〜180日と短いため、国民が十分に判断できずに投票することになる可能性がある。さらには国民意志が正確に憲法改正に問題に反映される法的構造になっていない。1.に関しては、憲法改正問題についてテレビやラジオや新聞で広報を行い、「国民投票公報」を作成して国民に配布するといった広報活動を行う機関として「国民投票広報協議会」が設置される(法一一条など)。国民投票広報協議会の委員は議員数に応じて会派ごとに割り当てられるので(法一二条三項)、改憲賛成の国会議員が多数を占めることになる。そのため、国民投票広報協議会の活動が憲法改正賛成派に有利になるように行われる可能性がある。また、改憲手続法では国民投票の際には、誰でも投票14日前までは改憲に関するテレビCMを自由に行うことができる(法一〇五条)。これでは圧倒的な経済力を持つ団体などがテレビCMを買い占め、投票14日前までに憲法改正に関する意見を一方的に宣伝し、国民を洗脳する状況が生じる可能性がある。
   
一方、改憲手続法では、公務員や教師が地位を利用して国民投票運動を行うことが禁止されている(一〇三条)。ただ、どのような行為が地位を利用しての国民投票運動かは具体的に明らかでない。そのため、市民団体や労働組合などが憲法改正に反対する言動を自粛する可能性がある。安倍首相は「自治労」や「日教組」をことあるごとに名指しして批判してきた。「共謀罪」が制定されたことで、反政府的な言動が弾圧される危険性はさらに高まる。こうして500万人以上といわれる公務員や教師は憲法改正の場面で意志を表明できなくなる可能性がある。3.については、改憲手続法には「最低投票率」や「最低得票率」に関する定めがない。その結果、少数の国民意志で憲法改正が成立するという致命的欠陥がある。国民が十分に認識しないうち権力者が憲法改正の「国民投票」に行うような事態を防ぐためにも「最低投票率」や「最低得票率」の定めは必要だが、そうした規定がない。
   
改憲手続法は憲法改正を目指す政治家が国民投票を都合よく利用しようとしているだけであり、国民意志を聞くための国民投票制度になっていないことにも留意が必要である。
   

■3.今後、どうすべきか

以上、ヴァイマール共和国の失敗と2017年10月前後の日本の政治状況を概観した。ヴァイマール共和国が崩壊し、ヒトラー・ナチスの独裁政権の誕生を見るに至った原因として、革新勢力の共闘の失敗、市民の対応、国民投票の悪用があることは指摘した。残念なことに現在の日本でも、野党共闘は2017年10月の選挙では失敗に終わり、自公改憲勢力の大勝という結果に至った。そして憲法改正国民投票が現実味を帯びてきた。私たちはヴァイマールの失敗から、以下の教訓を生かし、実践することが必要と思われる。
   
   
・(1)「野党共闘」を定着させる働きかけ
まず、2017年の衆議院選挙のような失敗を再度、2019年の参議院選挙などでしないようにするため、憲法改正に反対する野党共闘の必要性を市民の側から政治家に積極的かつ強力に働きかける必要である。
   
2017年10月の衆議院選挙では、野党分裂型の選挙区226選挙区のうち、183の選挙区で与党候補が勝利をおさめた。野党側は43議席にとどまった。しかし『朝日新聞』2017年10月24日付の試算によると、「立憲、希望、共産、社民、野党無所属系による野党共闘」が成功していれば、野党分裂型の226の選挙区のうち、63の選挙区で勝敗が入れ替わり、与党120勝、野党106勝となる。前原氏は「希望の党」への合流、その後の民進党の分裂に関して、「最大の理由は共産党との共闘に対する反対だった。民進党のまま突っ込んでいたら空中分解するほどの離党者が出た」などとの発言を続けている。しかし朝日新聞での試算のように、かりに民進党が分裂せずに共闘がなされていれば、自民党と公明党のこれ程の大勝はなかった。2016年7月の参議院選挙では、32の1人区で野党統一候補を擁立して11議席を獲得するという成果が出ていた。こうした共闘の必要性を理解しない政治家に対しては、私たち市民が「戦争できる国づくり」を進める政治勢力に対峙するため、ヴァイマール共和国の失敗や2016年7月の成功事例を挙げて、野党共闘の必要性を強く推進することが求められる。2019年の参議院選挙や次の衆議院選挙では、「戦争できる国づくり」を進める「自民党」や「公明党」などの政治家を1人でも多く落選させるため、自公政権の進める「戦争できる国づくり」に反対する野党の政治家たちに野党共闘の必要性を市民側から強く推し進める必要がある。
   
   
・(2)憲法改正国民投票を視野に入れたとりくみの必要性
つぎに憲法改正阻止にむけたとりくみ、とりわけ憲法改正国民投票を視野に入れた市民側のとりくみを今まで以上に強力に、そして工夫しつつ進めることが重要である。
   
ここで現実問題として憲法改正国民投票が行われるのがどのような場合かを考えてみよう。憲法改正国民投票で負ける可能性が高いとき、安倍首相などの改憲勢力が憲法改正国民投票にかけようとするだろうか? 国民投票や人民投票など、直接民主政で主権者の意志と為政者の意図の齟齬が明確になった時、為政者は事実上、権力の座を追われる。最近の例でも、2015年5月、「大阪都構想」の是非についての住民投票で否決が可決を上回るとの結果を受け、橋下徹市長は市長を辞職した。2016年6月、EU残留の是非をめぐるイギリスの国民投票で残留否決の結果が多数を上回ることが明確になったことを受け、キャメロン首相は首相を辞任した。日本でも憲法改正国民投票が行われ、そこで否決されれば、憲法改正国民投票を主導してきた安倍首相などは退陣に追い込まれ、数年間は憲法改正論議を進めることができなくなる。こうした事情を前提とすれば、憲法改正国民投票が実際に行われるのは、「北朝鮮のミサイルの脅威」などが安倍首相や一部の「御用メディア」によってさんざん吹聴され、多くの国民も「自衛隊を明記する憲法改正が必要」と考えていると安倍首相などの自民党改憲勢力が判断したときの可能性が高い。加えて、先ほど紹介したように、「改憲手続法」は主権者意志を歪め、権力者の望む憲法改正を国民意志の名目で正当化しようとする「プレビシット」の役割を果たす危険性がある。
   
そこでまずは憲法改正反対の世論を作り出し、「憲法改正国民投票のチャンス」と権力者に思わせない政治的・社会的状況を作り出すことが必要となる。同時に、安倍首相などが万が一、国民投票に訴えてきても、改憲を否決できる体制づくりにも着手する必要がある。立憲民主党の枝野氏は「あらゆる手段を使って国民投票で否決する」として、「共産党や市民運動との連携も視野に、徹底した反対姿勢をとる」という(『朝日新聞』2017年11月22日付)。憲法改正国民投票にもちこませない状況づくりと同時に、国民投票に持ち込まれても否決できる状況を作りあげる市民側のとりくみが求められる。そしてそのためには、憲法改正を断固たる意志で否決する「市民」を育成する必要がある。「憲法改正国民投票は簡単ではない」などと油断をすれば、憲法改正は現実味を帯びることになる。ヴァイマール共和国時代にヘラーが「あらゆる者の自由と平等」「国民主権」、そしてそうした価値を体現する「ヴァイマール憲法」の大事さを認識する「市民」を育成しようとしてきたように、日本でもまさに今から「憲法の平和主義」の重要さ、憲法改正の危険性を十分に認識する「市民」の育成にとりくむ必要がある。
   
その際に重要なのは、政治に関心を持たない多くの市民にも憲法改正の危険性を広く、そして着実に周知させるため、「わかりやすい言葉」で、「憲法改正がどのように私たちの生活に悪影響を及ぼすか」を認識させるとりくみである。最後に宣伝となって恐縮だが、こうしたとりくみとして、清末愛砂・飯島滋明・良沙哉・池田賢太編『超緊急出版!ピンポイントでわかる自衛隊明文改憲の論点 だまされるな! 怪しい明文改憲』(現代人文社、2017年)を紹介する。こうした内容の易しい文献を通じて「市民」を育成することも、ヴァイマールの轍を踏まないためにも重要と思われる。
   
   
   
※1 注釈
メディアなどでは「国民投票法」と言われることが多いが、自民党と公明党が成立させた法律名は「日本国憲法の改正手続に関する法律」であり、「国民投票」の文言はない。また、国民投票だけではなく、憲法改正原案をつくる「憲法審査会」を設置するための国会法の改正も一緒に行われている。憲法改正の手続を整備した法律であり、「改憲手続法」のほうが正確である。
   

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