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●2025年10月号
■ 日本の低生産性の意味するもの
    立松 潔

■1. 国民1人当たりGDPと就業者1人当たりGDP

日本経済の低生産性が問題になっている。生産性はいろいろな数値であらわされるが、日本生産性本部『労働生産性の国際比較2024』によれば、その1つは国民1人当たりのGDP(国内総生産)である。これは「GDP÷人口」で算出されるが、この数値を購買力平価レートを用いてドルベースに換算すると、2023年の日本の国民1人当たりのGDPは5万0276ドル(476万円)となり、OECD加盟38カ国中26位である。これは米国(5位、8万1585ドル)の6割強、OECD平均(5万9200ドル)の84.9%に過ぎず、韓国(22位、5万4058ドル)をも下回っている。
   
日本の国民1人当たりのGDPは1996年にOECD加盟国中5位だった。しかし90年代後半からの経済的停滞で伸び悩み、徐々に他の主要国に追い抜かれていく。そして2010年代前半には18〜19位、2010年代後半には20位台に後退したのである(同上、p.2-3)。
   
国民には当然子どもや高齢者など非就業者も含まれている。したがってGDPの労働生産性を計算するには生産に携わる就業者1人当たりのGDP額を考えなくてはいけない。そしてそれは「GDP÷就業者数」で算出される。同上書(p.4-5)によれば、2023年の日本の就業者1人当たりの労働生産性は、9万2663ドル(877万円)でOECD加盟国38カ国中32位であり、OECD平均値(12万5003ドル)の74.1%に過ぎない。
   
日本の就業者1人あたりの労働生産性も、かつてはOECDのなかでもっと上位にあり、1990年には13位であった。しかし98年には21位に下がり、2017年までほぼその水準が続いたものの、その後大きく低下し19年、20年には29位となっている。しかもその後さらに順位を下げて23年には32位となったのである。
   

(図表1・クリックで拡大します)
   
図表1は1960年以降2019年までの10年ごとの就業者1人あたりの実質労働生産性の年平均上昇率を示したものである。これによれば、1960年代の高度成長期は年8.6%という高い生産性上昇率だったことがわかる。また日本が他の先進国を上回る成長を続けたとされる70年代は年3.8%、80年代は3.4%となっていた。しかし90年代以降は年1%未満の成長率になってしまい、2010〜19年は0.1%と、ほとんど停滞状態に陥ってしまったのである。

   
   

■2. 低迷する日本企業の国内設備投資

このような日本経済の生産性の低迷の大きな要因は企業による国内設備投資=技術革新の低迷である。図表2からわかるように、日本企業の国内設備投資は2000年から20年までほとんど横ばい状態を続けている。他方、海外での設備投資は2007年に2000年の1.96倍まで増加し、リーマンショックにより08、09年と低下したものの、13年には2.35倍、15年には2.65倍へと急増し、18年には2.7倍となっている。
   

(図表2・クリックで拡大します)
   
岸田内閣による新しい資本主義実現会議『緊急提言』(2021年)では次のように、日本企業の技術革新の立ち後れを指摘している。

「OECDによると、新製品や新サービスを投入した企業の割合は、日本の場合は製造業9.9%、サービス業4.9%にとどまり、ドイツ(製造業18.8%、サービス業9.0%)や米国(製造業12.7%、サービス業7.6%)よりも低い水準となっている。また、我が国の労働生産性(就業者1人当たりGDP)は2019年に7.5万ドルであり、G7諸国の中で最も低い」(p.6)

と。日本企業が付加価値の高い新製品や新サービスを生み出せないことが、GDP生産性の停滞を招いているのである。
   
また内閣府『令和4年版経済財政白書』は日本のIT投資の立ち後れについて次のように指摘している。

「2000年から2019年までのIT投資の推移を見ると、米国が1.77倍、英国が1.46倍、フランス2.24倍と大きく伸びているのに対し、日本は2001年以降は毎年2000年の水準を下回っており、2019年も0.91倍という低水準にとどまっている」(p.245)

と。
   
この時期の技術革新における重要課題とも言うべきIT投資の立ち後れは、日本経済の発展にとって深刻な問題である。『経済財政白書』の指摘からは、政府も日本企業による設備投資・生産性向上の停滞を懸念していることがうかがえる。
   
日本企業の設備投資が停滞しているのは、資金不足が原因ではない。実質無借金企業(借入金以上の現預金を保有する企業)が全体に占める割合が増加を続けているからである。製造業では2002年の31%から21年には58%に、非製造業は2002年の39%から21年には61%へといずれも全体の半数以上が実質無借金企業なのである(『同上』p.193)。むしろ、設備投資に消極的なことが、このような現預金の増加をもたらしていると考えられる。
   
   

■3. 最高益を繰り返す日本企業と実質賃金の低下

企業が設備投資を行うのは生産規模の拡大だけでなく、技術革新によるコスト削減やサービス内容の改善、製品の品質向上、新製品の開発などにより、売上を増やし、利益を拡大することが目的である。しかしながら図表3で日本企業の経常利益の推移を見ると、1990年代はバブル崩壊後の金融危機に伴うデフレ不況によって低迷を続けていたものの、2000年代に入ってからは、小泉政権時代の04〜06年、安倍政権(アベノミクス)下の13〜18年、コロナ禍後の21〜24年と、いずれも経常利益が史上最高益を更新している。国内での設備投資や技術革新に不熱心でも、日本企業は高い利益を上げることができているのである。
   

(図表3・クリックで拡大します)
   
日本企業が最高益を繰り返すことができたのには景気回復の影響も大きいのであるが、それだけではなく人件費の削減が経常利益を押し上げる役割を果たしていたことが重要である。バブル崩壊後のデフレ不況期に日本企業は人件費の削減のために正社員を大量にリストラし、代わりに非正規社員を大幅に増やしたのである。
   
総務省統計局の『就業構造基本調査』によれば、1997年から2012年までの15年間で正規雇用は3854万人から3311万人へと543万人(14.1%)も減少し、代わりに非正規雇用が1259万人から2043万人へと784万人(62.3%)も増えている。正規雇用のリストラの場合、日本では年功制により賃金の高い中高年を中心に人減らしが行われるため、賃金コストの削減には効果的である。そして代わりに低賃金の非正規雇用を増やしているため、雇用者総数が241万人も増えていても、全体として賃金コストは減少を続けたのである。
   
また年功による賃金カーブが緩やかになっていることも実質賃金の低下の要因である。令和4(2022)年版の『経済財政白書』によれば、男性一般労働者の場合1995年に25〜29歳だった年代層は15年後(40〜44歳)には54.3%実質賃金が上昇していたのに対し、それより10歳若い(2005年に25〜29歳の)年代層は15年後に41.4%の上昇にとどまっている。同じ時期の女性の一般労働者の場合は1995年に25〜29歳だった年代層の実質賃金は15年後には22.9%上昇していたのに、2005年に25〜29歳だった世代は、15年後に19.5%の上昇にとどまっていた(以上、p.158頁の第2-3-6図の元データによる)。
   
正規・非正規合計の実質賃金(現金給与総額)指数の推移を見ると、1996年の116.5をピークに低下を続け、コロナ禍前の2019年には101.2、24年には99.3となっている。96年と比べ、19年には13.1%、24年は14.8%もの減少である(厚生労働省『毎月勤労統計調査』)。この間消費税率が3%から10%(飲食料品は8%)に引き上げられたことも実質賃金指数低下の要因ではあるものの、それを上回る賃金の低下が生じていたことが明らかである。
   
さらに日本企業は賃金だけでなく、教育訓練費=人材育成投資の削減も進めている。宮川努によれば、日本企業による研修などの人材育成投資(業務時間外の研修=OFF-JT)は、ピークの1991年から削減が続き2015年にはピーク時のわずか16%になっているのである(宮川努『生産性とは何か』ちくま新書、2018年、p.127)。
   
また企業のOFF-JT費用の対GDP比(10〜14年時点)をみると、日本は0.10%であり、米国(2.08%)、フランス(1.78%)、ドイツ(1.20%)、イタリア(1.09%)、イギリス(1.06%)など、他の先進国を大幅に下回っているのである。さらに日本の場合、1995〜99年時点の0.41%から経年的に低下を続けているという点でも問題である(厚生労働省『平成30年版 労働経済の分析』p.89))。
   
さらに、かつては日本企業の人材育成の優れた特徴とされたOJT(職場内訓練)でも日本の地位は大幅に後退している。たとえばOJTの実施率(2012年時点)において、日本は男性50.7%、女性45.5%と、OECD平均(男性55.1%、女性57.0%)を下回っており、OECD23カ国での順位をみると男性18位、女性19位とかなり低い位置を占めている(『同上』p.86-87)。バブル崩壊後の正社員の削減によって、OJTのために十分な時間を避く余裕がなくなったことが要因であろう。
   
以上のように、2000年代以降の景気回復期において日本企業は設備投資や技術革新に熱心ではなく、従業員に対する教育訓練費も削減し、OFF-JTやOJTへの取り組みも不十分であった。しかし、それにも関わらず賃金コストの削減により史上最高益を何回も達成していたのである。逆に言えば、賃金コストを下げることで利益を十分確保できたから、設備投資や技術革新、従業員教育に力を注がずに済ませたということなのであろう。
   
   

■4. 株主重視経営への転換

日本企業が景気回復期に史上最高益を繰り返し達成していたにも関わらず賃金抑制を続けていたのは、1990年代にそれ以前の従業員重視の経営からアメリカ的な株主重視経営に転換したことが大きな要因である。図表4からわかるように、1986〜90年のバブル期の好景気には従業員給与が19.1%引上げられたのに対し、配当は1.6%しか増えていなかった。これに対し、株主重視経営への転換後の2001〜06年の景気拡大期には配当を2.7倍(174.8%)も増やしながら、従業員1人当たりの給与は5.8%も削減されていたのである。さらに企業の研究開発費の増加率が51.4%から11.1%へと大幅に低下していることも問題である。そしてこのような株主重視経営は現在も続いている。
   

(図表4・クリックで拡大します)
   
労働組合が株主重視経営への転換に対して有効な反撃ができなかったのも問題である。それを示すのが、2002年春闘の際のトヨタのベアゼロ事件である。この年にトヨタは経常利益1兆円の好業績が見込まれたため、トヨタ労組は月1000円のベースアップを要求したのである。しかしトヨタの経営陣はそれを拒否し、ベアゼロの回答であった。最も好業績のトヨタでもベアゼロということで、これ以降日本企業の経営陣はベースアップを封印し続け、労働組合もそれを打ち破ることができなかったのである。
   
この状況が変わったのは、2022年から進行した急速なインフレである。これによって経済界も賃上げに向かわざるをえなくなり、連合のまとめによれば2024春闘ではベースアップと定期昇給を合わせた平均賃上げ率は前年比1.52ポイント高い5.1%と、1991年(5.66%)以来33年ぶりに5%を上回った。そして今年の2025春闘では昨年の最終結果を0.16ポイント上回る5.26%の賃上げを達成したのである。
   
また非正規雇用の処遇改善に向けて、最低賃金引き上げも進められている。今年の最低賃金額改定は47都道府県で、63円〜82円の引上げとなり、全国加重平均額は1121円(昨年度1055円)となった。全国加重平均額は66円の引上げであり、これは1978年度以降で最高額であるという。
   
しかし『毎月勤労統計調査』によれば、2022年から24年まで3年連続で実質賃金指数が前年比でマイナスであり、今年になってからも1月から6月まで前年同月比でマイナスが続いている。労働組合のない中小企業も含めた全体では、消費者物価上昇率が依然として賃金上昇率を上回っているのである。トランプ関税の影響などで今後の景気の後退も懸念されているだけに、今年の春闘や最低賃金の引き上げの結果が、実質賃金の上昇をもたらすかどうかは、不透明である。株主重視経営が今後も継続されることによって、賃上げに対するブレーキが作用し続けることも考えられる。
   
また、日本企業が物価高や賃金コスト上昇への対策として、設備投資や技術革新に積極的になることも考えられる。しかし、生産性が上昇しても労働者が賃上げを強く要求しなければ、企業の利益だけが増大することになりかねない。 さらに注意しなければならないのは、企業による生産性向上のための設備投資や技術革新は、労働強化、人員削減、配置転換など、労働者に対し犠牲を強いる内容を伴うことが少なくないことである。高度成長期に労働組合が反合理化闘争を進めたのは、そのためである。したがって労働組合は賃上げを要求すると同時に、技術革新や設備投資が労働現場に及ぼす影響を絶えずチェックし、労働条件が悪化しないよう警戒することが必要である。
   
   

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