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●2025年6月号
■ 日本の経済停滞の行方
    立松 潔

1990年代半ば頃から低成長状態に陥っていた日本経済は、コロナ禍による落ち込みの影響もあって最近は経済停滞が一層深刻化している。本稿では個人消費の低迷、企業倒産の増加、賃上げなど最近の経済情勢について検討し、停滞克服の方向性について考えてみたい。
   
   

■ 足踏み状態の景気回復

図表1を見ると、コロナ禍により2019年の552.5兆円から20年に529.5兆円へと大きく落ち込んだ日本の実質国内総生産(GDP)は、21年以降回復に向かい23年には557.0兆円となり、コロナ禍前のピークである18年の554.8兆円を上回っている。しかし、昨年(24年)は対前年比で僅か0.5兆円の伸びにとどまっており、景気が停滞気味であることがわかる。
   

(図表1・クリックで拡大します)
   
景気停滞の大きな要因はGDPの半分以上を占める個人消費の低迷である。図表1から分かるように、民間最終消費支出は2023、24年とも298.0兆円であり、コロナ禍前の18年(302.6兆円)だけでなく、11年前の13年の水準(303.5兆円)をも下回っている。また国内総生産(GDP)は12年から18年まで順調に拡大しているが、個人消費は13年の水準を超えることなく停滞気味に推移している。
   
最近の個人消費低迷の大きな要因は2022年からの急激な円安による輸入品価格の上昇やウクライナ戦争による原油・天然ガスなど資源価格の上昇が、消費者物価の急激な上昇をもたらしたことである。図表2から明らかなように、22年の消費者物価指数(総合)は対前年比で2.5%上昇、23年は3.2%、24年は2.7%も上昇している。しかし、食料品の価格上昇幅はさらに高くなっており、22年が4.5%、23年は8.0%、24年も4.3%の上昇となっている。食料品への支出割合(エンゲル係数)の高い低所得層の生活にとって深刻な問題である。
   

(図表2・クリックで拡大します)
   
   

■ 長期的趨勢から見るGDPと個人消費の成長率

図表3は戦後の高度成長が始まった1955年以降の実質GDPと個人消費の伸び率を長期的な視点で見るために、2015年まで20年単位で示し、さらに15年から24年までのデータを加えたものである。55〜75年は高度成長期、75〜95年は安定成長期、1995〜2015年はデフレ不況期にほぼ該当する。そして15〜24年の9年間は安倍政権の景気回復期とその後のコロナ禍による景気の落ち込みと(ゆるやかな)回復期を示している。
   

(図表3・クリックで拡大します)
   
高度成長期はGDPが年平均8.4%という高い伸び率を示し、個人消費も年8%近く伸びていることから分かるように、国民生活が大幅に向上した時期であった。そして第1次石油危機(1973年)による不況後の1975〜95年のGDP成長率は年3.41%に低下している。しかし、この時期の欧米先進国の多くは不況と物価高の同時進行(スタグフレーション)に悩まされており、むしろ日本は先進国の中では最も好調な経済状況だったのである。そしてその結果日本的経営(日本的雇用)が世界的に注目されるようになった時期でもあった。
   
しかしながら、1990年代の半ばから日本経済はバブルの後遺症としての深刻な金融危機=不良債権問題に襲われ、停滞を続けることになる。そして不良債権問題がようやく片付いた後も、2008年のリーマンショックとその後の世界同時不況によって再度の落ち込みを余儀なくされる。その結果GDPと個人消費の成長率は、1995〜2015年には年平均0.81%という低い水準に落ち込んだのである。
   
そしてさらに深刻なのがコロナ禍をはさんだ2015〜24年の9年間である。コロナ禍では外出・旅行の自粛によって巣ごもり生活を余儀なくされた人も多く、個人消費は大きく落ち込むことになる。そして22年からの物価上昇もマイナス要因となり、9年間の年平均成長率はGGDPが0.39%、個人消費はマイナス0.08%となったのである。
   
   

■ 賃上げへの取り組み

最近では経団連も景気回復のためには賃上げによる消費回復が必要であると主張しており、2025年版の経団連『経営労働政策特別委員会報告』には、次のように書かれている。

「2023年以降、経団連は、『デフレからの完全脱却』と『構造的な賃金引き上げ』の実現に向けて、近年にない高い熱量と決意を持って、賃金引き上げのモメンタムの維持・強化に取り組んでいる」。そしてその結果、「2023年は、多くの企業が大幅なベースアップを決断し、月例賃金引き上げで30年ぶりとなるアップ率3.99%(経団連調査、大手企業)を記録し、<起点>の年となった。2024年はさらに熱量を上げて取り組み、記録的な水準となった2023年を上回る5.58%のアップ率を達成し、賃金引き上げのモメンタムが<加速>した」

と。そして

「来たる2025年春季労使交渉・協議においては、ここ2年間で醸成されてきた賃金引き上げの力強いモメンタムを社会全体に「定着」させ、「分厚い中間層」の形成と「構造的な賃金引き上げ」の実現に貢献することが、経団連・企業の社会的責務といえる」(p.126)

としている。
   
以上の経団連の指摘は、大企業の賃上げ状況についてであり、中小零細企業も含めた賃金上昇は2023、24年ともに消費者物価上昇率を上回ることができず、22年から3年連続で実質賃金は低下を続けている(図表4)。実質賃金をプラスに転化するには、25春闘で昨年以上の賃上げが必要である。
   

(図表4・クリックで拡大します)
   
その2025年春闘の賃上げ状況は、連合の第5回回答集計(5月8日プレスリリース)によれば、平均賃金方式で回答を引き出した3809組合の加重平均(規模計)が1万6749円、5.32%であり、昨年同時期比1133円=0.15ポイント増であった。また300人未満の中小組合(2520組合)は1万3097円、4.93%であり、昨年同時期比で1208円=0.27ポイント増であった。いずれも昨年同時期を上回っている。
   
実質賃金がプラスに転ずるかどうかは、消費者物価の水準によって左右されるが、賃上げが中小零細企業にまで広がるかどうかも大きな問題である。特に立場の弱い下請け中小企業などにとっては賃金引き上げ分を販売価格に転嫁できるかどうかが大きな問題である。また少ない需要を多くの中小零細企業が奪い合っているような業界では値下げ競争が激しく、賃上げ分の価格転嫁が難しいケースも存在する。さらに、最近のように物価上昇が続く中では賃金だけでなく、原材料や燃料の価格上昇分の製品価格への転嫁も大きな課題になっている。
   
帝国データバンクが今年の3月17日に発表した『価格転嫁に関する実態調査』によれば、全業種平均の価格転嫁率は40.6%と、1年前の調査と同水準にとどまっている。価格転嫁に対する理解は広まりつつあるものの、「全く価格転嫁できていない」企業は今なお1割を超えるなど、原材料、人件費、物流費、エネルギーなどの各種負担が小規模企業の経営を圧迫し続け、次に見るように倒産に追い込まれるケースも多発しているのである。
   
   

■ 企業倒産の増加

景気が停滞気味に推移するなかで、気になる動きは企業倒産の増加である。図表5から分かるように、倒産件数は2019年の8480件から21年には5916件にまで低下していたものの、その後増加に転じ23年には19年の水準を超え、24年には1万件を突破している。
   

(図表5・クリックで拡大します)
   
2020〜21年に倒産件数が減少しているのは、コロナ禍の影響で経営が悪化した個人事業者や中小企業の支援のため、20年から実質無利子・無担保の融資(ゼロゼロ融資)が行われたからである。民間金融機関では21年3月まで、政府系金融機関では22年9月までゼロゼロ融資の新規貸し付けの受付が行われており、コロナ禍によって資金繰りが苦しくなった企業の倒産を防ぐのに一定の効果があったと考えられる。
   
しかし、融資された資金が無利子なのは3年間だけであり、4年目からは利子が発生する。そしてゼロゼロ融資によって生き延びていた企業の中には、借入金の返済本格化とともに再び資金繰りに行き詰まり、倒産に至るケースが増えることになったのである。2022年以降の倒産件数の増加には。このようなゼロゼロ融資後倒産が含まれており、その数は22年に453件、23年に699件、24年に680件に達している(帝国データバンク『全国企業倒産集計2024年度報』p.12)。
   
倒産件数を主因別にみると、圧倒的に多いのが不況型倒産で、2024年度には8389件と全体(1万0070件)の83.3%を占めていた。そしてその大部分(8261件)は「販売不振」を原因としており、景気低迷が深刻な影響を及ぼしていることが分かる。このような不況型倒産以外で注目されるのが物価高倒産と人手不足倒産であり、いずれも最近の厳しい経済状況を反映している。
   
物価高倒産は原材料価格やエネルギー価格などの上昇を価格転嫁できず、収益が悪化することで倒産に至るケースである。2023年度が837件、24年度が925件に達し、物価上昇を背景に4年連続で前年度を上回っている。業種別では、建設業(254件)が最も多く、製造業180件、小売業165件が続いている(同上p.14)。
   
人手不足倒産は、従業員の離職や採用難、人件費高騰などにより必要な人手を確保できなかったことによる倒産である。その件数は2023年度に313件、24年度に350件であり、2年連続で過去最多を更新している。業種別では、建設業(111件)が最も多く、次がサービス業(101件)、3番目が運輸・通信業(49件)である。
   
人手不足倒産の大きな特徴は、従業員数10人未満の小規模企業が277件で約8割もの比重を占めていることである(同上p.12)。中小零細企業は賃金など人件費の引き上げが困難なため人手不足になりやすく、倒産を余儀なくされるケースが増えているのである。少子・高齢化を背景に労働力不足が深刻化する状況が続いており、今後も人手不足倒産の増加が続くことが懸念される。
   
   

■ 政府による中小零細企業の賃上げ支援

政府も最近は賃上げの実現への取り組みを強化しており、中小零細企業を対象とした施策を打ち出している。新しい資本主義実現会議による2025年5月14日の「中小企業・小規模事業者の賃金向上推進5カ年計画の施策パッケージ案」である。そして、ここで賃金向上のために特に重視されているのが生産性の向上である。この施策パッケージ案では、「最低賃金引上げの影響を大きく受ける業種」や「人手不足が深刻な業種」について、業種別の「省力化投資促進プラン」(以下「促進プラン」と略す)が提案されている。
   
具体的にはサービス業を中心に、最低賃金引上げの影響を大きく受ける、人手不足がとりわけ深刻と考えられる12業種が取り上げられている。すなわち

  1. 飲食業、
  2. 宿泊業、
  3. 小売業、
  4. 生活関連サービス業(理美容業、クリーニング業、冠婚葬祭業)、
  5. その他サービス業(自動車整備業・ビルメンテナンス業)、
  6. 運輸業、
  7. 建設業、
  8. 医療、
  9. 介護・福祉、
  10. 保育、
  11. 製造業、
  12. 農林水産業

である。
   
そして「促進プラン」ではサービス業を中心とした中小企業・小規模事業者の生産性向上の重要性について次のように指摘している。

「足元では企業の人手不足感はバブル期以来の高水準まで増加しており、特に国内の雇用の7割を支える中小企業・小規模事業者、同じく雇用の7割を支えるサービス業で深刻な状況である。今後も我が国の生産年齢人口は減少し、労働供給制約が今後ますます厳しくなることが見込まれる一方で、未だ十分な省力化投資やデジタル化が進んでいない現状を踏まえ、労働供給制約下であっても中小企業・小規模事業者が付加価値の向上を実現できるよう、本年から2029年度までの5年間を集中取組期間として、省力化投資・デジタル化投資を通じた、生産性向上を集中的に後押しする」(p.8)

と。
   
   

■ 不透明な省力化投資の行方

物価高や人手不足への対応としては、すでに述べたように原料費の価格上昇や賃上げのコストを製品価格に転嫁できる環境の整備が必要である。しかしそれだけでなく、促進プランが指摘するように、コスト上昇分を付加価値生産性の上昇によって吸収することも重要である。
   
これまで生産性が低く低賃金労働への依存度が高い中小企業の存続が可能だったのは、デフレ不況下の雇用悪化で低賃金労働者の確保が比較的容易だったからである。しかし、人手不足倒産の増加にみられるように、最近は低賃金で労働条件の悪い企業では人手が確保しにくくなっている。賃金上昇にも対応できるよう付加価値生産性を引き上げるための投資が必要というのはその通りであろう。
   
しかし、付加価値生産性の向上によって生き残りを図るのは中小零細企業にとって、そう簡単な話ではない。景気の先行きや消費者の動向は不透明であり、投資にはリスクが伴うからである。中小零細企業にとって新規投資に伴うリスクの負担は重荷であり、簡単に実施できるものではない。しかも今年になってからはトランプ関税の悪影響などによって景気の悪化が懸念されている。内需依存度の高い中小零細企業が生産性を高めるための省力化投資にどれだけ積極的になれるのか、不透明と言わざるを得ない。中小零細企業に投資を促すには、まずは大企業や中堅企業などすでに高収益を上げている企業による積極的な賃上げによって、消費拡大と景気回復が進むことが必要であろう。
   
   

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