
●2024年9月号
■ 解散総選挙を全力で戦い抜こう
吉田進
8月14日、岸田首相は突然9月の自民党総裁選に立候補しないことを表明した。2021年10月に発足した岸田内閣は3年で幕を閉じることとなった。「岸田首相のままでは衆議院選挙に勝てない」という党内の「包囲網」に屈した形の退陣表明であった。これによって、解散総選挙は早ければ秋にも実施されるとの見方が広がっている。政局は間違いなく新たな段階に入った。
自公政権に対峙する野党側の課題も多い。何より、解散総選挙にむけた戦略、態勢確立が強く求められている。それぞれの立場から、この歴史的な戦いにどう関わっていくのかが問われている。小さな取り組みが積み重なって大きな力となっていく。傍観者でいることは決して許されない。
世界各国の政治が大きく動いている。英国下院総選挙は、労働党が400を超える議席を獲得し、保守党は壊滅的敗北を喫した。フランス国民議会(下院)選挙では、急進右派政党と呼ばれる国民連合(RN)の台頭に対し、中道与党連合と左派連合が連携し決選投票でこれを制した。
ナショナリズムに訴え、マイノリティーを迫害し、法による政治権力への制限を排除する。こうしたポピュリズムと呼ばれる流れが、再び法の支配による政治体制へ転換されるのか。11月の米大統領選挙が注目されている。
「平和の祭典」であるはずのパリ五輪は、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザへの攻撃が続くなど期間中の「休戦」すら実現しなかった。武力紛争を控えるよう呼びかけた国連の「休戦決議」は有名無実化し、国際社会の分断が一層鮮明となった。
■1.「裏金事件」に対する批判・不信
通常国会最終盤、「裏金事件」は政治資金規正法の改正に焦点が絞られた。自民・公明両党が強行成立させた改正政治資金規正法について、岸田首相は「実効性のある具体的な制度ができた」と胸を張った。
しかし、国民の多くは法改正を評価していない。再発防止の効果など全く信用していない。なぜ、政策活動費の領収書公開が時効を過ぎた10年後なのか。なぜ、パーティー券購入者を全面公開しないのか。「民主主義にはコストがかかる」と言うがどういうことなのか。国会議員に月額100万円支給される「調査研究広報滞在費」(旧文書通信交通滞在費)はなぜ使途を公開できないのか。岸田首相は国民の素朴な疑問に何一つ答えようしなかった。政権与党と国民感覚にこれほど乖離があることに驚かされた。
いま振り返ると、自民党は大きな勘違いをしていた。「裏金事件」の張本人である自民党に改正案を出す資格などそもそもない。「盗人猛々しい」という野党側の追及こそが核心であった。多くの国民はそのことに気づいていたが、岸田首相やその周辺には気づく人がいなかった。結局、従来どおり「数の力」で押し切った。こうした経過は、来る解散総選挙を左右するほどの大きな禍根となる。7月22日〜23日共同通信全国世論調査では、「次の衆議院選挙で投票先を決める際、自民党の派閥裏金事件を考慮するか」という問いに、「考慮する」「ある程度考慮する」が73.3%に達している。
一方、野党側の対応も十分ではなかった。特に、立憲民主党は政治資金パーティーの禁止法案を国会に提出しながら、一部幹部がパーティー開催を計画していたことが発覚し国民から批判を浴び、開催を中止した。
東京都知事選挙と同時に行われた都議補選で自民党は2勝8敗と大敗した。「裏金事件」に端を発した自民党への逆風が今なお続いている証しである。自民党が「裏金事件」に対し、きちんとけじめをつけ、総括を行わない限り今後も最大の政治課題となる。
■2. 困窮する国民生活
物価高の中で国民のくらしは日々深刻さを増している。特に、電気・ガス・ガソリン、生活必需品等の高騰は家計を直撃している。「裏金事件」と並んで解散総選挙の二大争点になることは必至である。国民にとっての優先順位はこちらの方が上である。
岸田首相は、昨年10月の臨時国会における所信表明演説で、「消費と投資の力強い循環」を力説し、「資産所得倍増」を掲げて少額投資非課税制度(NISA)などを推進してきた。しかし、8月に入ってからの株価や為替相場の乱高下は、「好循環」どころか経済や国民生活の先行きに暗い影を落としている。
物価高と個人消費の落ち込みが著しい。物価変動を考慮した実質賃金は27カ月ぶりにプラスとなったが消費支出は減少している。「スーパーで7000〜8000円ぐらいで買えた食料品等が今は1万円以上かかる」というような会話があちこちから聞こえる。大企業では春闘の賃上げが好調であったが、雇用の約7割を占める中小への波及は限定的であった。6月から定額減税が実施されたが先の全国世論調査では、「あまり効果がなかった」「効果がなかった」をあわせると75.2%にのぼった。給与明細に所得税の減税額を明記するよう義務付ける対応にも「選挙目当て」との批判が集中した。
国民のくらしを守るべき政治は、すでに国民から見放されている。国会の機能不全は与党だけでなく野党にも責任がある。政府の無責任な政策を批判すると同時に、野党としての具体的政策や考え方を示さなくてはならない。時限的な消費税減税は、専門的な立場から「政争の具にすべきではない」との声があるが国民生活を直視すれば、検討すべき課題である。財源確保に関して、「防衛費43兆円」の見直しを行うべきである。トヨタ自動車の3月期連結決算は、本業のもうけを示す営業利益が前期の約2倍にあたる5兆3529億円と過去最高を更新している。安倍政権で大幅な税率削減を行った法人税の見直しは不可欠である。こうした具体的政策の提起が何より重要である。
■3. 米軍と自衛隊の一体化
集団的自衛権を容認した2015年の「安保法制」、一昨年の「安保関連3文書」、「敵基地攻撃能力の保有」、昨年末の「5年間で防衛費43兆円」の閣議決定、岸田訪米で決定した米軍と自衛隊の「統合作戦司令部」の設置、7月末の外務・防衛閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)における在日米軍司令部の「統合軍司令部」への再編成など日米の軍事一体化が急速に進んでいる。
圧倒的な軍事力、「世界戦略」を持ち第2次次世界大戦後も戦争を続けてきた米軍の「指揮下」に自衛隊が入るとの指摘は当然である。「台湾有事」に米軍が突き進んだ場合、日本が自動的に「参戦」させられる懸念も否定できない。日米の軍事一体化を通り越し、自衛隊が米軍の一部に完全に組み込まれたとの見方も決して的外れではない。
沖縄県で米兵による性犯罪が相次いで起きている。昨年12月の事件は、今年3月に那覇地検が米兵を起訴したが、それが明らかになったのは6月末であった。5月には米兵による不同意性交致傷事件が発生したが、報道によって発覚したのは6月末であった。両事件とも政府はすべて把握していたが、沖縄県には伝えていなかった。
1960年に発効した日米地位協定は日本側に著しく不平等な内容であるにもかかわらず、一度も改定されていない。事件が起きるたび運用の改善を米側に「要請」するだけでは「主権国家」として体をなさない。政府は、沖縄県民の痛みを受け止め、日米地位協定の見直しに本気で取り組むべきである。
戦後79年の原爆の日を迎えた広島、長崎では平和記念式典が行われた。核廃絶を唱える一方で米国との核抑止力強化を進め、核兵器禁止条約に参加しない日本政府の姿勢は矛盾に満ちている。「核保有国を動かさないと現実は動かない」という岸田首相の言い訳は詭弁である。「核廃絶は遠くに掲げる理想ではなく、いま取り組まなければならない、人類存続に関わる差し迫った現実の問題である」(湯崎英彦広島県知事)との発言に多くの国民が共感した。
長崎市の式典では、イスラエル大使の招待を巡って欧米の大使が欠席するという事態に発展した。多くのマスコミは「平和を願う場に国際政治の対立を持ち込むべきでない」などと論評した。しかし、翌10日には、イスラエル軍がガザ北部の学校を空爆し死者は100人を超えた。昨年10月に戦争が始まって以来、犠牲者が増え続け死者は4万人を超えた。うち子どもの死者は1万6000人に達している。アメリカをはじめとするG7の国々が、武器供与などイスラエル支援を中止し、「停戦」を働きかければ「大量虐殺」は確実に止められる。「即時停戦」「イスラエル支援反対」を訴えるアメリカの若者たちの抗議行動が今も続いている。
■4. 野党共闘の再構築にむけて
こうした情勢の中で、解散総選挙にむけた野党側の態勢構築、「自公政権打倒」にむけた政治的統一戦線づくりが急務である。しかし、各都道府県や各選挙区の取り組みは遅れている。
・(1) 信州市民連合の取り組み
7月31日、長野市において信州市民連合は立憲民主党、共産党、社民党の野党3党と「共同のテーブル」を開催した。市民連合は6項目の「政策要望書」を野党各党に提出した。各党代表はその内容を尊重することを確認し、その後の共同記者会見でそれらを発表した。候補者一本化に向けた検討、共闘体制の構築など次のステップに進むことも明らかにした。6項目の中身は、裏金事件の真相究明と政治資金の透明化、若者も現役世代も高齢者も将来に不安を感じない社会、多様な生き方と価値観が共存できる社会、化石燃料にも原発にも頼らない電力供給体制、立憲主義の回復、自衛隊明記や非常事態条項新設のための改憲反対、専守防衛に徹した平和外交による安全保障実現などであった。共同代表の1人である又坂常人信州大学名誉教授は、「全国の運動に弾みがついてほしい」と述べた。
ここに至った経過は語り尽くせないが、6月2日の松本駅前集会とデモ行進(「Change Now by Our Voise くらし、平和、政治6・2市民アクション in 信州」約700名)など節々の大衆行動が大きな原動力となった。
・(2) 「野党共闘」への妨害
7月7日投開票の東京都知事選挙以降、共産党との共闘を否定する動きが強まっている。連合は、「共産党との連携解消」「立憲・国民による政権を目指すべき」などと主張をしている。しかし、その道に進めば「野党共闘」は間違いなく崩壊する。結果として政権与党を利することになる。「排除の論理」は持ち込むべきではない。
最近では、国民民主党が、「原発ゼロ」の見直しを公然と立憲民主党に求めている。本年1月の能登半島地震で石川県志賀町の北陸電力志賀原発が被災し、原発再稼働の前提そのものが揺らいでいる。岸田首相は、地震発生から間もない1月14日に「再稼働を進める方針は全く変わらない」と述べたが柏崎刈羽など再稼働を控える各地で波紋が広がっている。
7月に入り原子力規制委員会は、敦賀原発2号機原子炉直下に活断層が存在する可能性があるとして、新規基準に適合しないと結論付けた。原発推進派は「拙速な判断」と言いがかりをつけたが、能登半島地震を踏まえて「最悪」を想定するのは当然である。
こうした原発をめぐる動向などと無関係に「原発ゼロ」方針の見直しを主張する姿は、「原発産業」の利益誘導と見られても仕方がない。「野党共闘」は単なる選挙協力ではない。「裏金事件」に象徴される腐敗した政治を再び国民の手に取り戻すための、「反自民」の結集である。
・(3)「政権交代」をめざす戦い
野党第1党の立憲民主党を中心とした「野党共闘」が成功し、「政権交代」が実現することが望ましい。しかし、先の全国世論調査では、
- 「与党が野党を上回る」が21.9%、
- 「与野党の勢力が伯仲する」が51.2%、
- 「与党と野党が逆転する」が21.9%
であった。つまり、「裏金事件」に対する国民の自民党批判は今も続いているが、「政権交代」までは求めていないという調査結果である。島根1区の有権者が語っていた「お灸をすえる」は自民党政権を前提としており、「政権交代」とは異なる。来る解散総選挙を、「1対1」の与野党対決に持ち込み、「政権交代」を問う戦いにする努力が野党側に求められている。
通常の選挙戦と「政権交代」をめざす戦いは異なる。誰が内閣総理大臣になるのか。どのような内閣ができるのかというイメージが国民の中に広がらないと、「政権交代」の機運は高まらない。さらに、今までと異なる政治を行ってくれるという期待感が国民のなかに湧いてこなければ「政権交代」など実現しない。「必ず実行する」という国民との具体的公約が重要なことは言うまでもない。
国民の支持離れを警戒し、政権への攻勢を足踏みしているようでは国民の支持は得られない。「批判しない」ことが「現実路線」であるはずがない。野党の最大の使命は、政権与党の権力行使を監視することである。その上で、法案や予算案について異なる立場や視点から問題点を指摘し、反対、修正、対案提出などを取り組まなくてはならない。
先の通常国会では、いくつかの重要案件に対して野党は国民に分かりにくい対応をとった。例えば、殺傷能力のある兵器輸出を巡る対応である。日本が英国、イタリアと共同開発する次期戦闘機の第三国への輸出について、反対の方針を示すことができないまま閣議決定を許した。ウクライナやガザのような惨劇に日本製の兵器が加担することを意味し、戦後日本の立脚点を覆すものである。前項の「原発産業」の利益誘導という指摘を、そのまま「兵器産業」に置き換えれば問題の本質が見えてくる。野党があいまいな国会対応を繰り返せば、政権運営の実績がある与党に支持が傾いていくこととなる。
冷静に分析すれば、与野党ともに、「単独政権」が可能な政治情勢ではない。「連立政権」は不可避と見るべきである。「政権構想」も重要となるが、世界各国の政治では、選挙結果を受けて「連立」に向けた協議を開始する例も多い。「政策」を優先するなかで「政権構想」も見えてくる。
自民党総裁選に国民の関心を向かせるような流れを許してはならない。自民党内では、「ポスト岸田」として数名の名前がすでに挙がっている。彼らに共通しているのは、「裏金事件」の直接の当事者ではないものの、この問題に対して何も語らずに「口をつぐんできた」ことである。同時期に行われる立憲民主党代表選挙も注目される。誰が選ばれるかだけでなく、どのような政権を目指すのか、どのような政策を実行するのか明確になっていけば、自民党総裁選だけに国民の目が向く流れを止めることができる。
・(4) 大衆行動の強化
大衆行動が今ほど求められているときはない。かつて、「院内の闘い」「院外の闘い」という言葉が使われた。最終的には「議席数」がモノを言う国会内の闘いの「限界」を打ち破るために、国会外における集会、デモ、宣伝活動、署名活動などが取り組まれた。2015年の安保法制をめぐる国会前行動は記憶に新しい。結果的には安倍政権に押し切られはしたものの、政治的力関係は「議席数」だけではないことを実感した。労働組合の大衆運動強化が今ほど求められているときはない。
「選択制夫婦別姓」が経済界から提起された。グローバル化のど真ん中にいる経済界は推進の声を上げざるを得なかったということである。社民党福島瑞穂党首らが長い間取り組んできた課題でもある。自民党内には、「夫婦別姓になれば家庭が崩壊する」など時代錯誤の主張が依然として存在する。こうした課題を実現する意義は大きい。「一点突破」のような運動でも、積み上げていけば国民の信頼を勝ち取ることができる。
国連の女性差別撤廃委員会は10月、日本の女性政策を巡る対面審査を実施しようとしている。こうした中で、長野県労組会議(平和センター)は各自治体議会に対し、「女性差別撤廃条約選択議定書の速やかな批准を求める請願(陳情)」採択の運動を取り組んでいる。一つひとつの運動を労働者、市民運動の仲間たちが連携して、丁寧につくっていくことが求められている。
(8月15日)
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