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●2022年10月号
■ 流説再考数題
    伊藤 修

 
いま世間で通用している説なのだが、大事なところをすっ飛ばしていて、正しくない――そういうものをいくつかとりあげ、考えなおしてみたい。
   
   

■ 抑止力=攻撃力の強化で安全保障?

ロシアのウクライナ侵攻で戦争の悲惨が映されるのを利用して、軍備を強化しようという動きが強い。“軍部”の発言も目立ってきていて、『自衛隊最高幹部が語る令和の国防』(新潮新書)は必読と思うが、その基本思想はこうである。――相手が日本への攻撃を思いとどまるのは、反撃が脅威であるときだ。つまり、抑止力は反撃力であり、その強化が安全を守る。
   
これは、いちばん大事なところを考え飛ばしている。反撃というがようするに攻撃である。「敵基地攻撃」だけではない。相手首脳(部)を殺害する。多数の市民を無差別に攻撃する。これらがみんな脅威、すなわち抑止力に含まれることになる。そういう力を飛躍的に強めることが平和と安全を守るというのだ。これは現実的か?
   
頭を冷やして考えてみれば、攻撃力強化は緊張をたかめる。歴史上、こうやって戦争はおきてきた。
   
日本はいまこの経路に入って、対立をあおり、戦前の愚行をまたくりかえすのか。それとも、攻撃しないという憲法と国是を保持して世界からリスペクトされ、いざというときに支持・支援される国でいるのか。分かれ道にいる。右の基本を国民に考えてもらわなくてはならない。
   
   

■ 小林よしのり氏のいうとおりだ

小林よしのり氏が、櫻井よしこ氏や花田紀凱氏ら安倍支持派の右翼主流を批判している。統一教会=勝共連合批判は魔女狩りだと擁護しているが、連中は「反日カルト」であって、ふだん「反日」を非難している右翼としては完全に矛盾だ、と(Smart FLASH 9月14日同Yahoo!JAPAN配信記事)。
   
小林氏と意見が一致するのは初めてだが、まったくそのとおりだろう。右翼諸氏はご都合主義で説得力がない。
   
   

■ 選挙制度を変えなくていいのか?

小選挙区制をベースにする現行選挙制度にして30年、政治が致命的に劣化してしまったことを、ほとんどの人が認めるだろう。民意を反映せず、封建時代のようだ。
   
より民意が反映するように、中選挙区制にしたり比例制の要素を強めると、多党化して、政権も連立になりやすくなってしまう。それが難点だと、考えもなしにいわれる。だが、多党化や連立政権の一体どこが悪いのか?
   
選挙制度改革の大運動をおこすべきだと思う。どうか。
   
   

■ 最賃アップで人手不足?

最低賃金の引き上げで人手不足がおきているという。これはむちゃくちゃにおかしなことだ。経済学は、反対に、最賃を上げて人手が余ることを心配する。もちろん雇用が減るのは、中小企業が対応できないほど急激に、また超大幅に上げる場合で、計画的にやれば問題は出ない(むしろ家計所得→消費→売れ行きがふえて雇用がふえるルートもある)というのが研究結果だといえる。
   
ではなぜ日本では科学に反することがおきるのか。103万の壁、130万の壁などといわれる「扶養」の制度が原因だということに意見は一致している。周知のとおり、この線を超えると世帯の手取りがかえって減ってしまう制度があるので、時給が上がると労働供給が制限され、人手不足で中小企業も困る、という脈絡になる。
   
この扶養に関する制度は歪みを生んでおり、なくすべきである。これは経済学者のほぼ全員が一致する。
   
いまどき「内助の功に報いる」もないだろう。個人単位で扱えばいい。なのになぜ歪みのもとをなくさないのか。
   
   

■ 要求を上回る賃上げ?

日本経済のアンバランスを直す最重要の点が賃金引き上げであることは、こんにち日本の経済学者の共通認識である。今年の経済財政白書もその立場だし、代表的な主流労働経済学者である鶴光太郎・慶大教授も『日経』9月14日号の論文で「岸田政権発足当初は『分配か成長か』という論争があったようだが、国際的には社会的課題を放置したままであれば、成長もままならないという認識が浸透してきている」と述べ、ロドリック・ハーバード大教授らを引用している。
   
こうしたとき、春闘時期ではなくこの夏に、組合の要求を上回る賃上げを発表した企業がいくつか報じられている。ようやくこういう動きも出てきたかと思うが、問題は「組合の要求を上回る」という点だ。つまり組合の要求が経営側の意向すら下回っている(!)。
   
イギリスでは物価上昇率10%だが、いくつかの組合が7%賃上げ+インフレ手当の回答を拒否してストに入っており、市民も支持していると報道されている。これが世界でふつうの組合と労働者の根性であろう。
   
対して日本では、あまりに委縮に慣れすぎた。この間の消費税上げ5%分の回復もできていない。この「宿題」に加えて、インフレである。最低でベア5%要求をかかげて当たり前、という世界に切り換えなければならない。なお賃上げ率をどう計算するか、労働界にはいろいろテクニックがあるようだが、経済学者はごくシンプルに「現金給与総額」の増減%だけをみる。当然ではないか。
   
物価上昇分も要求しない組合指導部は、客観的には、労働者の足を引っ張り、損害を与える役割を果たす。損害賠償を求められてもしかたがない。右のことを肝に銘ずるべきである。
   
   

■ 野党共闘を壊す?

その労働組合の最大センターである連合の執行部は、共産党が入る野党共闘に水をかけることに熱心なようだ。そんなことをやってる場合か、というのが労働者の声だろう。共闘しなくては勝てないのだから不可欠だ。それは子どもでもわかることである。もう暴走というほかない自民にすり寄るのは論外なこともイロハだ。大手組合の「路線」や「意向」がどうのこうのなど関係ない。問題はそんな勝手ごとではなく、労働者の利益、である。
   
   

■ インフレと円安

1980年前後の第二次石油危機時以来、40年ぶりに世界的なインフレがおきている。2020年にコロナ対策で世界的に貨幣撒布が一段ふえたときからで、そのあとウクライナ侵略の影響も加わった。
   
日本の特殊事情は大幅な円安の影響である。円高は悪で円安は善、という誤った常識が信じられてきたこの国でも、円高も円安も良くも悪くもない、との経済学教科書が確認されたことと思う。
   
欧米各国が10%近いインフレに対処するために金利を上げているとき、日本はゼロ金利のままだから、利子収入を追求する資金は当然、もうからない円を売り、ドルやユーロなどの外貨を買って運用する。それで円安になる。
   
日本でも物価は年3%ペースで上がっているが、需要はあいかわらず弱い(購買力不足)。主因は人件費の削減、副因が企業の投資の低調であり、それを反映して、モノの物価は輸入原材料などをつうじて上がっているが、サービスの物価は国内消費の弱さと人件費の低さからまだ下がりぎみ、と二分化している。
   
ところで日本だけ「異次元金融緩和」を続けているのは、アベノミクスで始めた政策をやめないぞという“意地の方針”によるかのように、メディアは報道していると思う。しかし実は「方針」ではなく、アベノミクスならぬ「アベノミス」(安倍の誤り)のせいで、転換したくてもできないのが実態といえる。
   
   

■ 金融政策の袋小路

他の国でやっているインフレ対策の定石に沿って、金利を引き上げたとしよう。
   
第一に、いまはゼロ金利でほとんどないに等しい国債の利払いが急増して、国の予算が組めない事態におちいる。国債の残高は1000兆円あるから、わずか1%の金利上昇で10兆円の利払い増になるのだ。
   
第二に、日銀が大赤字を出す。
   
1000兆円の国債のうち500兆円以上を、日銀が市中銀行などから買い入れて抱えている。これの巨額な代金がすでに市中銀行に手渡された。市中銀行がこの金を貸出に回した分はごくわずかなので(賃金が上がり、購買支出、商品の取引が元気になってはじめて銀行は安心して貸し出せる)、余った金は日銀の預金口座に預けられている。その額が500兆円。金利を上げるには、この日銀口座の預金に払う利子も上げなくてはならない。理由はこうである。
   
金融機関どうしが資金を取引する市場(マネーマーケット)で、貸し手と借り手がいなくては取引が成り立たない。日銀はこの市場の金利を引き上げたいとしよう。だが、日銀口座の利子の方が高ければ、そこに置いておく方が稼げるから、だれも金を貸そうとせず、市場は成立しない。だから、日銀口座利子の方が高いことはありえない。逆に、市場利子が日銀口座利子よりはるかに高いなら、金を借りる者はいなくなる。
   
そのため、日銀口座利子は市場の利子よりわずかに低い、という関係になる。日銀が金利を上げるなら、預金に払う利子も上げなくてはならない。500兆円の預金に1%の利子を払うと年に5兆円。これが日銀の赤字になる。
   
日銀は毎年、法人税にあたる「国庫納付金」を国に払う。これが1兆円くらい。右のように金利を上げると赤字になって納付金はゼロになる。その分は実質的に、他の国民の税負担増である。
   
以上だけで、安倍・黒田金融緩和をやめて引き締めに転換するのはきわめて困難なことがわかるだろう。
   
   

■ 恐慌的混乱を避けてなんとか軟着陸

第三に、それどころか日銀が破綻の危機に直面する。
   
金利が上がるとは、国債を含む証券の値下がりである。これまで預金しても利子がほぼゼロなのでしかたなく買っていた証券の一部が、預金利子が上がれば売られて、証券価格は下がる。もちろん国債も値下がりする。金利が1%上がると、日銀がもっている国債はどれだけ値下がり損失を出すか。数年前、黒田総裁は国会で、20数兆円と推定されると証言した。保有国債が500兆円を超えた現在では、値下がり損は30兆円ほどにふえていると推定されるようだ。巨大損失である。
   
日銀の自己資本は約10兆円。自己資本は損失を埋める原資であって、それ以上の損失が出ると、自己資本がなくなってしまい、企業は破綻する。したがって、金利が上がると日銀は破綻することになる。
   
中央銀行が破綻したらその国は存続不能、おしまいである。アベノミスは日本をここまで追い込んでいるのだ。
   
恐怖の事態が見込まれ、当然、手は打たれる。たとえば、国債を時価評価すると大損失が表に出てしまうので、日銀は特例で時価評価しないまま、満期がきて消滅するまでじっと抱え続けることになっている。それで解決はしない。最後は公的資金投入だろう。
   
ではどうするか。超慎重に、あらゆる手を使って国債値崩れのパニックを避けつつ、ごまかしごまかし少しずつ、日銀の国債を減らしていく「出口戦略」を模索する。賭けの要素もあるが、手はそれしか残されていないと思う。
   
   

■ 国債累積は心配ない?

安倍元首相が主柱であった財政ばらまき主義を支える「国債累積は心配ない」というMMT理論の当否をめぐる議論は、いつまでたってもすっきりしない。MMTは、ケインズ的景気調整策、金融論、そして財政論といった多面をもっていて、議論があちこちへ分裂してしまう。また、国債を大量発行してそれを中央銀行が買えば、貨幣が増発されてインフレになる、という難点が批判されると、「そこまではやらない。止めるからだいじょうぶ」と答えるので議論にならない。私見では、これが理由である。
   
筆者の考えでは、MMTの当否を抽象的一般的な論理で判定するのは不適当で、以下の3つの要素の状態によって結論は違ってくる。正誤は条件によって変わる(対立物の統一)。弁証法だ。つまり、
   
◆(1)需要が堅調で、(2)成長力が強く、(3)国債累積が軽微な経済では、少々の財政出動で経済は拡大して元気になり、国債も大したことはない。つまり、ふつうの景気政策にすぎない。これに対して、
   
◆(1)需要が低調で、(2)成長力が弱く、(3)国債累積が巨大な経済(=まさにいまの日本)では、経済を上向かせるには大規模な財政出動=国債増発が必要で、中央銀行(日銀)の国債買い入れ=貨幣増発も巨大になるから、破滅的なインフレの危機になる。
   
――このようにまったく異なるのである。
   
そしてMMTがいうようにはインフレは簡単に止まらない。なぜなら、第一に、金融を引き締める(貨幣量をしぼる、金利を上げる)のは、累積した国債が暴落してしまうので、できない。第二に、インフレのもとで歳出(人件費、物件費、社会保障費……)の額を削減するのは至難なため、財政を引き締めるのもほぼ無理である。だからこそ、3年で物価が200倍にもなった戦後インフレを止めることが、ドッジラインの強権までできなかった。最低限の歴史の事実を学ぶべきだろう。
   
ではどうするか。ここまで不健全になった財政は再建(国債残高を削減)しなければならないが、急いで日銀が国債を売ったりすると暴落がおきてパニックになる。混乱を避け、そろりそろり、じっくりと、まずは国債発行残高を増加から横ばいへもっていき、ついで数十年かけて健全化する道しか残されていない。増税は避けることができない。ここまで格差が拡大している現在、法人税、累進的所得税を軸にすえていくことが、当然にも必須になる。
   
   

■ 最後に

最後に確認と補足を。
   
いま日本経済にとって最重要事は、これまでと比べて「大幅賃上げ」を実現することである。特に日本でものごとを動かすには、外から枠を与えることが大事なので、最低賃金の底上げの意義が大きい。そのさい、フルタイムの標準労働時間=年1800時間をかけて考えてみることが必要だ。時給1000円で年収180万円、1500円で270万円。――賃金を上げると中小企業が苦しいとよくいうが、人を雇うなら、暮らせる賃金を払うのが資格要件であり、それを可能にする工夫をしなければならないのが原則である。加えて、無理と不条理をおこしている配偶者控除など扶養の制度を廃止する。
   
ガソリンや小麦などの値上がりのダメージが特に大きい事業や家計については、実質的な所得の減少であるととらえ、基本は累進的な所得税で、足りないときは所得補償で、対応すべきである。一律ばらまきは不要だし不可。
   
下請けいじめを制限する公正取引の行政、違法な雇用や労働を取り締まる労働基準監督はいま特に重要であり、これらの行政組織の拡充を強く主張すべきである。
   

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