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●2022年7月号
■ コロナ禍と円安・物価上昇の日本経済
    立松 潔

■ 1.コロナ禍と景気後退

日本で新型コロナ感染症の患者が出てから2年半がたとうとしている。コロナ禍は日本経済にも深刻な影響を与えているが、図表1をみると最も景気の落ち込みが大きかったのが最初に緊急事態宣言が発出された2020年4〜6月期だったことがわかる。この時のGDP(実質原系列)の落ち込みは前年同期比10.2%減であり、リーマンショック後の2009年1〜3月期の落ち込み(前年同期比9.0%減)を上回るほどであった。
   

(図表1・クリックで拡大します)
   
そしてその後の四半期毎のGDP(年率換算)の動きをみると、20年の10〜12月期までは比較的順調に回復していたものの、それ以降は今年の1〜3月期に至るまで停滞気味に推移している。22年1〜3月期のGDP(実額・実質原系列)は年率換算値でコロナ禍前の19年1〜3月期を4.3兆円(3.1%)程下回っているのである。この4.3兆円の落ち込みの内訳を需要項目別に見ると、家計最終消費支出が3.2兆円(4.3%)の減少と最も大きく、次に大きいのが民間企業設備投資の2.2兆円(8.5%)減であった。コロナへの感染防止のために巣ごもり生活を余儀なくされていることによる個人消費の低迷と、企業による設備投資の抑制が景気低迷の最大の要因となっていることがわかる。
   
全国の新型コロナ感染者数は今年の1月から4月までは毎月100万人を超えており、死者数も今年2月には4856人、3月4453人とこれまでのピークである21年5月の2817人を大幅に上回っていた。しかしその後5月から6月にかけて感染者数が減少傾向に転ずる中で、イベントの再開やスポーツ観戦の人数制限撤廃、外国人観光客の受入など、制限緩和が進められている。感染対策と社会経済の建て直しの両立を図るウイズコロナの試みである。ただし、これにより感染者が増加するようなことになれば、再度の制限強化が必要となるかも知れず、個人消費の拡大はまだ先行き不透明であると言わざるを得ない。
   
   

■ 2.消費者物価上昇の影響

さらに個人消費の回復の障害になっているのが物価の上昇である。消費者物価は2020年には低下気味に推移していたものの、21年には上昇に転じ、22年になるとそのテンポがさらに加速することになった。22年4月の消費者物価(総合)は前年同月比で2.4%もの上昇となっている。
   
特に値上がりが深刻なのがエネルギー関連(電気代、都市ガス代、プロパンガス、灯油及びガソリン)であり、今年4月には対前年同月比でなんと19%も上昇している。2月24日のロシアのウクライナ侵攻によって需給逼迫の懸念が生じたことで世界的なエネルギー価格の急上昇となり、さらに日本の場合は、円安の急進展による輸入品の価格上昇がそれに追い討ちをかけることになった。
   
消費者物価の上昇は、毎日ぎりぎりの生活を余儀なくされている低所得層にとって死活問題である。黒田日銀総裁が6月6日の講演で、「家計の値上げ許容度も高まってきている」との楽観的な見解を示したことに対し、批判が高まったのも当然である。
   
日銀によると、新型コロナによる外出制限などで消費に使えず、「半ば強制的に貯蓄された所得」(=強制貯蓄)が2021年末時点で50兆円たまっており、コロナの感染が広がった20年から2.5倍に増えたという。そしてこの「強制貯蓄」があるため、家計の値上げに対する許容度も高まっており、今後この貯蓄が取り崩されることによって個人消費を押し上げれば、日本の経済成長にもつながるというのが、黒田総裁の(楽観的な)見通しだったのである。
   
この「家計の値上げ許容度」発言に対する国民の批判の高まりに対し、黒田総裁は6月8日の会見で発言を撤回している。強制貯蓄はその大部分が高所得層によるものであり、多くの庶民は物価高を許容できるような貯蓄を有しておらず、物価上昇に対し、さらなる消費の抑制を余儀なくされているのである。
   
総務省の「家計調査報告」によると、2人以上世帯の物価上昇分を差し引いた消費支出の実質値は前年同月比で今年3月は2.3%減、4月は1.7%減と2カ月連続してマイナスとなった(名目値は3月が0.8%減、4月は1.2%増)。物価高によって節約を余儀なくされている状況が明らかである。賃金が低迷する中での消費者物価の上昇が、消費を抑え、景気回復の足を引っ張っているのである。
   
   

■ 3.資源価格上昇と円安による企業間格差拡大

国内景気の低迷にもかかわらず、円安などによって利益をふくらませている企業も少なくない。上場企業全体の2022年3月期決算の純利益は前年比35.6%増の33.5兆円となり、なんと過去最高を更新する見通しだという(「朝日新聞」2022年5月13日)。
   
もちろん上場企業のなかでも電力・ガスの大手企業は原油や天然ガスの高騰で大幅な減益となっている。しかし上場企業で大きな比重を占める輸出関連の製造業にとって円安は追い風であり、特に海外生産を行う製造業は海外での収益が円換算で膨らむことによって、利益を大幅に増やしている。
   
また、ウクライナ危機などによる資源価格の高騰も、大手商社などに恩恵をもたらしている。コロナ禍からの景気回復で鉄鉱石や石炭をはじめとする資源への需要が世界的に高まっており、資源権益を持つ三菱商事や三井物産など大手商社5社は全社で最終利益が過去最高を更新しているという。また物流の活発化で海運業界も大手3社がそろって過去最高益となった。
   
高収益を挙げている大企業がそれを国内での投資や賃金の引き上げに回せば、景気回復にプラスである。しかし残念ながら、現在のところ大企業では内部留保を積み上げ、自社株買いや配当で株主に還元するところが目立つものの、新しい工場の建設や社員の給料を上げる動きは鈍いという。
   
円安や資源価格高騰は以上のように上場企業には最高益をもたらしているのであるが、他方で内需型の中小企業の経営を苦境に追い込んでいる。資源高や円安で輸入物価が高騰したことの影響で、今年4月の国内企業物価指数の伸び率は1981年以降で最大となったという。特に輸入物価指数は4月に前年同月比で44.6%もの大幅上昇となった。しかし輸入品を原材料とする内需型企業にとって、国内消費が低迷するなかでは、値上げによって輸入コスト上昇分を回収するのは極めて難しいのが現状である。
   
   

■ 4.円安の急進展とその影響

以上のように円安は輸出や海外生産関連の製造業に大きな利益をもたらす一方で物価高を引き起こし、庶民生活や内需型企業に打撃を与えている。しかも昨年から今年にかけて円安の進行は急速の度合いを増しており、その影響も一層深刻になっている。21年1月末には104.6円だった対ドル円相場は6月末には110.6円、22年1月末には115.4円、4月末には130.6円へと急上昇し、6月に入るとさらなる円安によって13日には1ドル135円台まで下がり、約20年ぶりの円安水準となった。
   
アメリカがインフレ対策で金利引き上げに向かうことによって、異次元金融緩和を続ける日本との間の金利差が急拡大したことが円安の最大の要因である。低金利の日本で円を調達しドルに替え、高金利のアメリカで運用すれば利益を見込めるということで円売りドル買いが進行し、円安の急進展となったのである。
   
また財務省の発表によれば、日本の貿易収支は資源価格の上昇などの要因で2021年8月から今年の5月まで10カ月連続で赤字を続けており、これも円安の要因となっている。特に5月の赤字は2兆3846億円に達しているが、これは比較可能な1979年以降で2番目に大きく、5月としては最大の赤字だったという。
   
日本銀行の黒田総裁は、円安は日本経済にとってプラスとの立場から、引き続き低金利政策を継続すると表明していたが、6月17日の金融政策決定会合でも引き続きその方針が維持されている。日米の金利格差は今後も拡大する可能性が高く、円安による消費者物価の上昇は、まだしばらく続くことが予想される。
   
   

■ 5.増加する希望退職募集企業

コロナ禍による景気後退期の雇用の動きを見ると、完全失業率は2020年と21年のいずれも2.8%であった。雇用調整助成金制度などによる政府の雇用維持策の効果もあって、コロナ禍前の2018、19年の2.4%よりやや悪化した程度に収まっている。また、2020年以降の有効求人倍率(季節調整値)を見ると、20年1月の1.49倍から9月の1.04倍へと低下したものの、その後は上昇に転じ、22年4月には1.23倍にまで回復している。
   
しかし気になるのは希望退職の募集を行う企業が増加していることである。東京商工リサーチの発表によれば、希望退職募集を開示した上場企業は2018年12社、19年35社だったのが、20年には93社、21年84社と急増している。公表募集人員は2018年4126人、19年1万1351人から20年1万8635人、21年1万5892人と増加しており、これはリーマンショック後に次ぐ11年ぶりの高水準であるという。
   
さらに今年に入ってからも、富士通が大規模な希望退職募集を行っている。同社の3月8日の発表によれば、50歳以上の幹部社員に対して希望退職を募ったところ(募集期間は2021年12月から22年2月末まで)、応募者が3031人に達したという。東京商工リサーチは、2022年の希望退職募集の実施社数も20年、21年並みの高水準で推移すると予想している。
   
なお、2021年に希望退職を募集した84社のうち5社が1000人超の大型募集を実施しており、これは2001年の6社に次ぐ水準である。また84社のうち直前の決算で赤字を計上したのは47社(構成比56.0%)であったのに対し、1000人超の大型募集を行った5社では、なんと4社が黒字であったという。コロナ直撃によって業績不振に陥った赤字企業による小・中規模での希望退職募集事例が多いものの、他方で黒字企業による年齢構成是正や製造・営業拠点集約など、先行きの需給動向などを見通しての大規模な合理化策も進められていることがわかる。
   
   

■ 6.非正規雇用に集中する解雇・雇止め

正規雇用労働者も希望退職募集などリストラの対象になっているとは言え、今回のコロナ禍で最も犠牲になったのは非正規雇用労働者である。2021年の非農林業の雇用者数をコロナ禍前の2019年と比べると、正規雇用は75万人(2.1%)の増加だったのに対し、非正規雇用はなんと91万人(4.3%)も減少しているのである(総務省『労働力調査』)。
   
最も非正規雇用労働者の減少が大きかったのが、コロナ禍で最大の打撃を受けた「宿泊業、飲食サービス業」である。同業では2019年から21年にかけて正規雇用も8万人(9.2%)減少しているが、非正規雇用の減少数は、その4.5倍の36万人(13.5%)にも達していた。
   
これに対し、同じ時期に雇用者数を最も増やしたのが「医療、福祉」分野であり、41万人(5.0%)の増加、2番目に多かったのが情報通信業の25万人(11.4%)増であった。医療、福祉分野での雇用者増加はコロナ感染者数の増大への対応に他ならないが、情報通信業はインターネット付随サービスの拡大によるものである。コロナ感染防止のための外出自粛によってネット通信販売やコンテンツ(音楽・映画・電子書籍など)の配信サービスへの需要が増大し、さらにリモートワークやオンライン会議・授業などの増加もインターネット付随サービスの拡大をもたらすことになった。
   
今回のコロナ禍では、正規雇用については雇用調整助成金制度などによる雇用維持策によって、休業等を余儀なくされた企業でも雇用の維持が図られていた。また学生アルバイトなど雇用保険未加入のため雇用調整助成金制度が適用されない非正規雇用の場合も雇用維持の為の「緊急雇用安定助成金」が支給されることになった。しかしそれにもかかわらず、多くの非正規雇用労働者がこの時期職を失い生活困難に陥るものも少なくなかったのである。生活保護の申請件数が2020年、21年と2年連続で増加し、21年は全国で23万5063件に達し、20年と比べ1万1431件(5.1%)も増加していることからも深刻な状況がうかがえよう。
   
   

■ おわりに

岸田首相は政権発足当初から「新しい資本主義」路線を掲げ、格差拡大をもたらす新自由主義的な路線から「分配重視」へと転換するリベラル路線を政権の独自色としてきた。しかし、安倍元首相など党内の保守派との妥協によるものか、早くも経済政策のリベラルな独自性は消え失せているようである。
   
岸田首相は首相就任前の自民党総裁選の段階では、格差是正の観点から金融所得課税の適正化を主張していた。株式売却益などの金融所得は、一律20%の低税率による分離課税という富裕層に有利な税制になっていたからである。しかし政権発足後、この金融所得課税適正化は検討されることもなく引っ込められてしまう。そして代わりに打ち出されたのが「資産所得倍増プラン」であった。
   
6月7日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)では、投資による資産所得倍増を目指し、NISA(少額投資非課税制度)の抜本的拡充などの政策を総動員して、貯蓄から投資へのシフトを大胆・抜本的に進めるとしている。明らかにこれは富裕層向けの政策であり、わずかな貯蓄しか持たず投資に回す余裕などない世帯との経済格差の一層の拡大をもたらすことにならざるを得ない。
   
また岸田首相は防衛費について、相当な増額を行うと発言しており、「骨太の方針」でも、NATO諸国が国防予算を対GDP(国内総生産)比2%以上とする目標を掲げていることを例示し、「防衛力を5年以内に抜本的に強化する」(p.21)と宣言している。また「骨太の方針」では、原子力発電についても「可能な限り依存度を低減」との表記がなくなり、「最大限活用する」との方針を福島第一原発事故後初めて打ち出している。
   
6月10日からの3日間に行われたNHKの世論調査では、岸田内閣の支持率が59%と、5月より4ポイント上がり、昨年10月の岸田内閣発足後最も高くなったという。岸田政権が進もうとしている危険な方向について、国民に対し積極的に明らかにしていくことがますます重要な課題となっている。
   

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