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●2022年3月号
■ 若い世代への訴え
  ――この社会の建て替えを――     伊藤 修

■ イントロダクション

3月で大学の教壇を降りるにあたり、学生諸君を含む若い世代、次代を担うみなさんに伝えたいことを述べる。多くの方に考えてみてもらえるとありがたい。
   
毎年入れ替わる20歳前後の年代と35年間つきあってきて思うのは、「あまり変わらないな」である。世間では「今年の新入社員は……」などと違いを強調するし、「若者は保守化」「エネルギーがない」などとも言うが、僕は全然そう感じなかった。鈍感なのかもしれないが、世代ギャップというのも感じたことがない。「最近の若い者は……」と言う人は、本当はちゃんと接してないのでは。
   
僕は力投型で学生と組み合うタイプで、ゼミの合宿などもみっちりやる。近年の合宿で、日・中・韓の学生がそろったので、最近の東アジアの悪い外交関係について、時間をかけて討論してもらった。僕は一切口をはさまない、なぐり合い・どなり合いは禁止、を条件に。三か国学生共同による結論は、「いま東アジアには外交はない。政府や政治家の国内向けパフォーマンスだけ。どの国民にも迷惑至極」というもので、報告書をつくって学部全体に配った。安倍晋三並みの政治家はもちろん、桜井よしこらの「知識人」(煽り屋さん?)のレベルをはるかに超えており、見直した。頼もしくも思った。
   
若者の保守化と言われるのも、世論調査研究では、保守的な割合が多いのではなく、「わからない」層が多いために相対的に目立ってしまうだけだ、とされる。「就職状況がいいから安倍支持が多いって?」と学生に聞いたら、「そんな単純なやつ、いませんよ」と笑われた。
   
そう思っているので、諸君を信頼し、隠さず本音を述べる。これから言わんとすることを先に挙げておくと、これはもうひどい社会になっているぞということ、若い世代がこの社会を変える牽引車になってほしい(年寄りもいっしょに頑張るので)ということ、そして根本的な解決の方向として、社会主義という考え方をあらためて真剣に取り上げよう、ということである。
   
   

■ 今の世の中の真実の姿

社会を変えようという思想の土台には、このままでは耐えられない現実があるのでなければならない。それなしには自己満足の夢想である。社会主義も、この社会では庶民が苦しんでいる、という事実から出発する。そのうえで、原因は何か、正すにはどうするのか、と考えを進める。
   
出発点である日本の現実を見つめてみる。たとえば板倉昇平『大人のいじめ』(講談社現代新書)という最近出た本を読んでみよう。著者は、総合サポートユニオン労働組合を運営し、多くの労働相談を積み重ねてきた人だ。この本は、いじめとかハラスメントと呼ばれる職場の人権問題――ひどいときには労働者が精神疾患に陥ったり、辞めざるをえなかったり、自殺にまで追い込まれている――の事例を数多く挙げ、なぜ起こったかを追求する。こんな相談ケースが挙がっている。


  • 職場いじめ、ハラスメントの相談が圧倒的に多い業種は医療・福祉、なかでも保育と介護。ついで卸・小売、情報通信だという(公的な件数統計でも同じ)。
  • 保育の例……基準ギリギリの人員配置しかない過酷な労働下での園児虐待に異を唱えたCさんは、園長と取り巻きの徹底したいじめの末、退職に追い込まれた。
       
    Fさんの園も慢性的な人員不足で、新卒のFさんにいきなり担任をさせ、指導を求めたところ「可愛いからって甘えるなよ」といじめが始まり、精神疾患を発症して退職。
  • 介護の例……Hさんは、首都圏に約20施設を展開する医療法人の高齢者住宅で働く介護士。経営の黒字転換をかかげて新施設長が赴任して以来、用品・備品の「節約」(職員・入居者の自腹負担化)、入浴週1回化などの質低下、入居者食事代の過大徴収、残業代未払等々の「改革」を断行、1年で職員の約半数に及ぶ30人が離職した。残った人員で同量の仕事をさせ、これも施設長の「効率化」の「功績」とされた。意見を言ったHさんは攻撃の対象になり、腰痛、精神疾患、不眠症を発症、退職した。
       
    Iさんの職場は、介護大手のフランチャイズである株式会社。社長は繁華街のバー経営者で、利用者をできるだけかき集め、最小の職員をあてがって手軽に利益を上げようと、数年前に介護業界に参入した。職員の過酷は限度を超え、同時に高齢利用者の転倒、骨折、失神などの事故が多発。発言したIさんは攻撃され、退職に追い込まれたが、その後ユニオンに加盟して団体交渉を行い、社長に謝罪と解決金支払をさせた。
  • これらはごく一部だが、この分野の事例から見えてくる傾向には次のようなものがある。
       
    1. 個人的ないじめと見える事例にも、背後にほぼ必ず、人手不足、長時間・過密労働、低賃金、格差・差別といった職場の問題がある。
    2. 「虐待するか、いじめられるか、の二択」になっている例が多い。
    3. 質を保ち「いい仕事」をしようとする者、労働条件に関して自分の都合を言う者、つまり上の言いなりに同調しようとしない者が、攻撃の標的にされている。
  • 背後に規制緩和がある。2000年以降、新規の参入を促すため、保育園事業が利益をあげやすくするよう、それまでほとんど人件費指定だった運営費補助の使途を緩和、2015年には株主配当にまで回せるようにした。こうして、保育や介護に関心はなく、利益を追うだけの株式会社などがふえた。
  • Bさんの職場は物流大手だが、過重なノルマをこなすために、「使えない人間」を辞めるようもっていくのが慣例になっていた。馬鹿にする発言から始まり、事あるごとにきつく当たり、しまいには「本当に頼むから辞めてくれ」とまで言う。Bさんがあまりにひどい例を指摘すると、こんどはBさんが邪魔者にされ、攻撃された。
       
    孤立したBさんに「自信をもっていい」と思わせ、支えたのは、加入したユニオンの仲間だった(会社の組合は御用)。Bさんはこの職場に在職しながらでしかできないことをやり続けるつもりである(常にそれが正しいわけではない。すぐに離れるべきブラック職場もある)。
  • 加害者はもともと人格に問題があるというより、過酷な労働環境が意識に影響し、加害者へと作り替えられていったケースが多い。
  • ここで会社や管理者は損得計算で動く。ハラスメントやいじめは、それによって低賃金・不払い、長時間労働、無権利・奴隷状態が維持でき、利益になるなら、手をつけず維持される。告発や責任追及がされ、社会問題化したりして、「コストがかかる」(→損になる)と判断したときにのみ、対応に手をつける。

■ 日本社会の劣化と衰退

すごい特殊例だろうか。そうじゃないだろう。同じようなことが満ち満ちているのではないか。僕も大学のハラスメント処分の責任者をやり、とにかく被害を救うことを最優先にしてきたが、被害者だけでなく、加害者も程度の差はあれ精神疾患のことが多い。強度のストレスがこの社会を覆っている。これはひどい社会だ。我慢も限度。また、我慢して黙っていてはいけない実態である。
   
このストレス社会は、1970年代後半以降「コスト削減」「効率化」に狂奔してきた結末である。それで日本経済は強くなったか? 少し数字も確認してみよう。
   
国民の所得水準(あくまで「平均」だが)に近い「1人当たりGDP」は、1996年には日本は世界6位で、そのほか、ドイツ11位、アメリカ15位、フランス18位、等々であったが、2020年では、日本は29位まで下がり、ノルウェー8位、アメリカ10位、デンマーク11位、シンガポール12位、スウェーデン15位、フィンランド19位、香港22位、などとなっている。日本は大幅に落ちたこと、もうアジアでもトップクラスでないこと、北欧福祉国家が善戦健闘していること、がわかる。これが「コスト削減」狂奔の結果である。日本はもう豊かではない。
   
「技術大国日本」などと言っているうちに、技術も生産性も下位へ落ちた。宮川努学習院大教授によると、日本の人材育成投資は1991年がピークで、いまやそこから8割以上減った。その額は、先進諸国ではGDPの1〜2%だが、日本は0.1%。大学の予算や企業の研究開発費は削られ、先進国最低にある。日本の機械設備も古くなっている。
   
これでは衰退は当然だろう。信じられない愚策が続けられてきたのである。経営者だけでなく、政治も劣化した。
   
「低コスト」に依存して生き延びようとする日本の路線は、賃金削減→家計所得減少→消費支出減少→購買力縮小となり、日本経済を停滞・沈下させてきた。同時に、コスト削減のため「非正規」労働者を激増させて、身分差別をともなう格差を拡大した。これらすべてがストレス社会をもたらしている。
   
それだけではない。内閣府『令和3年版少子化社会対策白書』は、30〜34歳男性の有配偶率(結婚率)が、正規雇用59%に対して非正規雇用はわずか16%、年収でみると500万円以上は70%超に対し、300万円未満では40%以下という事実を掲載している。少子化→人口減少も自然現象ではなく、貧困と不安という社会問題がはっきりした一因なのである(だから変えられる)。
   
   

■ 当たり前に考え、当たり前を行う必要

「コスト削減」を最優先にして、庶民の大多数である労働者(employed worker――われわれ)の人権を破壊しているのが今の社会であった。理屈はいろいろ主張されるが、もたらしているのは非人間的な結果。そんな理屈を子どもに説明できるか。納得を得られるか。絶対無理である。そんなものは屁理屈、詭弁のごり押しでしかない。
   
子どもに説明できる当たり前の考え方をし、実行していこうではないか。いま保守の人たちは、敵を打撃する軍事力を用意することが敵の攻撃を抑止するのだと力説している。しかしそれをやったら、相手からは日本が攻撃準備を強めたとしか見えず、緊張を高めて、戦争に近づけてしまうのではないのか。世界平和を望む、と言えば大きな話だが、まずは隣近所と仲良くすることから始めよう、そのためにはどうしたらいいかというのが、子どもに聞かせられる真っ当な話ではなかろうか。どうだろう。
   
国内では、なんだかんだ理屈をつけて、人権を損ね、人々を苦しくしている。コスト削減は人の命よりも大事なのか。その理屈、子どもの前で説明できるか?
   
労働者は1人では弱い。ずっと力が強い雇用側と、対等に話ができるために、結束が不可欠であり、それが労働組合である。労働組合をもっと強くすることが、今の日本で大事なことの筆頭に置かれなくてはならない。
   
先の事例のように、まずは個人加盟の組合から始めるしかない職場も多い。そういう組合の運営は大変だから、大きい組織――連合がそのトップである――は総力を挙げて仲間を支援すべきだ。これも、子どもでも(子どもでこそ?)わかる当たり前ではないだろうか。
   
みんな、いっしょにやろう。情けは人のためならずだ。
   
   

■ 社会主義の理論

ひどい社会を良くするように力を出そう、と述べた。問題を根本解決するための理論と行動が社会主義である。あらためてその考え方の要点(と僕が理解しているもの)を、圧縮して、現代の言葉で述べてみる。

  1. 社会の問題の原因をつきつめていくと、利潤追求が社会原理になっていることに行き着く。利潤は売上収入からコストを引いたものだから、利潤競争はコスト削減(→賃金切下げ、人員削減、労働時間延長、労働密度強化)競争になり、労働者の精神・肉体の状態を悪化させるのである。
  2. 利潤追求は私有財産制を土台にしている。無限に利潤を追い、膨張しようとする財産のかたまりが「資本capital」であり、資本が世の中を動かす中心になっているこの社会はまさしく「資本主義capital-ism」である。
  3. 封建社会では、生産手段である土地の所有にもとづいて領主が百姓から年貢を搾取し支配した。今は、生産手段である資本(企業)の所有者・運営者(資本家)の階級が、労働者から利潤を吸い取って社会を支配している。利潤は年貢にあたる。身分とは言わないけれども、同じく階級支配の社会である。
  4. 資本家は、出資したのだから企業はおれの私物だ、と思っているかもしれない。しかし松下や豊田が当初に出資した金はわずかで、今の巨大なパナソニックやトヨタの資産のほぼ全部は、歴代の労働者の働きで生み出した利潤を付け加えてできたものだ。実質は私物ではない。
  5. 社会問題を基本から解決するには、だれかに期待してもだめで、この社会では圧迫され続けるほかない労働者の階級自身が力をつけて、現在の支配体制をくつがえし、新しい原理の社会をつくる。それが社会主義であって、その急所になる大前提は、私有財産制と利潤追求を否定して、公的な所有と運営の社会体制にすること、となる。それはやがて人間による人間の支配を廃絶するだろう。

■ 今、こういう社会主義を訴える

今の社会は変えなきゃならないとしても、ソ連・東欧の実際の社会主義は、ほかならぬ労働者大衆に批判され拒否され、崩壊して終わったではないか、という意見があるだろう。もっともであって、われわれはその経験を真摯に反省し、全力で再検討して、今あらためて説得力のある社会主義を提示する義務があると思っている。紙幅がないので、経済制度と政治制度の2つにつき、骨子何点かにしぼって私見を述べよう(くわしくは別の機会に)。 経済制度では、ソ連・東欧の崩壊の原因は、需要(人々のニーズ)と供給をマッチさせられなかったことにある(これは崩壊直前のソ連で実際に見てきた)。これをふまえて、ソ連・東欧型から少なくとも以下を修正する。

  1. 価格は固定制をとらず、需給を調整するよう変動させる。
  2. 全面計画・生産指令制度は無理なことが実証されたので、計画・調整は中枢部分のみに集中し、企業の活動は相当自由にする。
  3. その代わり、労働者の国である点を最大限に発揮し、労働者の権利は強固に保障する。
  4. 必需的な分野は、市場に委ねるのでなく公的に提供する。その範囲はいま考えられないくらい大きくなる。

政治その他の分野については、何よりも、コミンテルン(ロシア発祥の国際共産党)系社会主義の特性である権力の集中、指導の一元化が、専制と民主主義抑圧を招き、崩壊に導いたことの深刻な反省を要する。権力の一元集中は絶対不可であり、必ずチェック&バランスの機構を組み込み、維持しなければならない。
   
最も強調されるべき重要な点は、社会主義は、人権、自由、民主主義といった市民的権利、市民革命の思想――ブルジョア民主主義といってもいい――を徹底した上に、(ブルジョア的な限界を超えるという意味で)その先に、あるのでなければならない。この原点に立ち返り、再確認することである。コミンテルン系社会主義では、ブルジョア民主主義の限界という面が不当に強調され、結局、破綻してしまった。
   
さしあたりの例にしぼるが、次のようなことは徹底的に排除しなければならない。――あらゆる程度と種類にわたる個人崇拝(的な傾向)。幹部の世襲。あらゆる議論におけるレッテル張り手法(「非プロレタリア的」「小ブルジョア的」「修正主義」「日和見主義」など「正統と異なる」とするレッテルを張って論難・排除するやり方。これがソ連・東欧を誤りに導いた。議論は必ず、論理と実証だけでなされなくてはならない。)
   
続きはまた議論しよう。若い諸君も加わってほしい。
   

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