■ サイト内検索


AND OR
 
 
 月刊『社会主義』
 過去の特集テーマは
こちら
■ 2024年
■ 2023年
■ 2022年
■ 2021年
■ 2020年
■ 2019年
■ 2018年
■ 2017年
■ 2016年
■ 2015年
■ 2014年
■ 2013年
■ 2012年
■ 2011年
■ 2010年
■ 2009年
■ 2008年
■ 2007年
■ 2006年
■ 2005年
■ 2004年
■ 2003年
■ 2002年
■ 2001年
■ 2000年
■ 1999年
■ 1998年


 


●2020年10月号
■ 安倍退陣とコロナ危機
    立松 潔

■ はじめに

8月28日の安倍首相辞意表明を受け、9月14日に自民党総裁選の投開票が行われ、菅義偉官房長官が第26代総裁に選ばれた。9月16日には安倍内閣が総辞職し、同日召集の臨時国会で菅氏が第99代首相に選出されている。安倍首相辞任の理由は、1年で政権を投げ出した第一次政権(2006年9月〜07年8月)の時と同じ持病の悪化である。しかし本当の理由は、第二次安倍政権への国民の支持が薄れ、政治的、政策的な行き詰まりに直面したことであろう。本稿では最初に安倍長期政権の行き詰まりについて検討し、安倍政権の継承を公言する菅新政権の行方について考えてみたい。
   
   

■ 1.アベノミクスの行き詰まり

第二次安倍政権の在任期間は史上最長の7年8カ月におよび、その間に秘密保護法、安保関連法(戦争法)、共謀罪法などの反動的な立法を強引に成立させている。また、森友学園問題、加計学園問題、桜を見る会問題など、露骨な利益誘導やスキャンダルも明らかにされた。以上のような事態に対して、その都度国民の批判が高まり、内閣支持率が低下したのは当然であった。ところが、わずか2〜3カ月で再び安倍政権への支持率が回復してしまうという不可解な状況が続いたのである。
   
それはひとつにはその都度新たな政策スローガンを打ち出し、国民の目をそらす手法が功を奏したことがあげられよう。たとえば戦争法を強引に成立させた直後の2015年9月に、安倍政権は一億総活躍社会の実現と新三本の矢政策という新しい政策スローガンを打ち出している。新三本の矢の第一の矢は「希望を生み出す強い経済」であるが、第二の矢の「夢をつむぐ子育て支援」では待機児童ゼロの実現や幼児教育無償化の拡大、希望出生率1.8の実現などが打ち出され、さらに第三の矢の「安心につながる社会保障」では介護離職ゼロというスローガンが掲げられている。このような政権の支持率アップを狙う政策スローガンによって国民の期待をあおる手法が功を奏し、この時の内閣支持率は2カ月程度で再び回復することになった。しかし、待機児童ゼロや希望出生率1.8の実現、介護離職ゼロなどの公約が未だに実現されていないのは周知の通りである。
   
そして、巧みなイメージ戦略以上に安倍政権の高支持率を支え、長期政権の維持を可能にしたのが経済面での改善であった。株価の急上昇、企業利益の大幅改善、有効求人倍率の増加や失業率の低下などである。
   
日経平均株価(日次、終値)は、安倍政権の発足前日の2012年12月25日の1万0080円から急上昇し、15年6月24日には2万0868円になった。2年半で2倍以上に上昇したことになる。
   
その後世界経済の悪化で株価は下落に転じ、16年6月24日には1万4952円となって、株価重視の安倍政権を動揺させることになる。しかし同年7月に日本銀行が上場投資信託(ETF)保有残高を3兆円から6兆円に倍増させるという強引な手法で株価を買い支え、その結果日経平均株価は18年1月23日の2万4124円まで上昇したのである。そして安倍政権は第47回総選挙(14年12月14日投開票)と第48回総選挙(17年10月22日投開票)をいずれも株価の上昇局面で実施し、まんまと勝利を収めることになる。
   
企業(金融業、保険業以外の全業種)の経常利益も2013年度に過去最高益の59兆6381億円となり、その後は18年度まで6年連続で過去最高益を更新し続けている。また雇用面でも、有効求人倍率は2012年の0.80から18年の1.61へと改善し、2012年には4.3%だった完全失業率も18年には2.4%へと低下したのである。
   
以上のような株価、企業利益、雇用面での改善が安倍政権の長期化を支えた大きな要因であったことは疑いない。しかし、安倍政権に有利な経済状況は次第に失われて行った。内閣府経済社会総合研究所の景気動向指数研究会による今年7月30日の発表によれば、2012年12月に始まった景気回復局面は18年10月に71カ月で終了しており、それ以降日本経済は景気の後退局面に移行していたのである。そして2019年10月の消費増税に伴う個人消費の減少によって、19年10〜12月期の実質GDPは前期比で1.8%減(年率換算7.0%減)、続く20年1〜3月期にも前期比0.6%減(年率換算2.3%減)と、景気後退が鮮明になったのである。
   
日経平均株価も図表1からわかるように、2018年10月2日以降は下落・横ばいを続けることになる。その後19年12月17日に2万4066円まで回復したものの、新型コロナウイルスの感染拡大によって、株価は20年3月に一挙に暴落したのである。金融危機につながりかねない事態であったが、日銀が上場投資信託(ETF)買い入れ目標額の引上げ(年間約6兆円から約12兆円へ)を発表することでなんとか回復に向かうことになる。しかしそれも暴落前の水準にもどすのが精一杯であり、コロナ不況が深刻化する中では、かつてのような株価の上昇は期待できない。
   

(図表1・クリックで拡大します)
   
また、「法人企業統計」によれば、安倍政権発足後の2013年度から18年度まで6年連続で史上最高益を続けていた企業の経常利益は、19年度には遂に対前年度比マイナスとなり、さらに20年度の第1四半期(4〜6月期)は46.6%もの減少となった。これはリーマン・ショック後の09年4〜6月期(53.0%減)以来の大きな落込みである。
   
以上のように、すでに2019年の段階でアベノミクスは賞味期限切れに陥っており、かつてのように株価の上昇や経常利益の拡大が安倍政権を支えることは期待できない状況になっていた。そしてそのような困難な状況に新型コロナウイルスの感染拡大という緊急事態が加わることになったのである。
   
   

■ 2.コロナ禍対策の不手際と不況の深刻化

しかもコロナ禍に対する安倍政権の対応は不手際が相次ぎ、国民からの政権批判も高まることになった。一向に広がらないPCR検査、国民のニーズと乖離したアベノマスクの配布、感染が再燃するなかでの「Go Toトラベル」の強行などである。朝日新聞が今年7月に行った世論調査でも、「首相が感染拡大の防止に指導力を発揮している」と答えた人は24%に過ぎず、「発揮していない」が66%にも達していた。
   
コロナ禍対策以外にも河井克行前法相と妻の案里参院議員による大規模な買収事件が摘発され、選挙戦に異例のてこ入れをした安倍政権への批判も高まることになった。また6月には検察官の独立性・中立性を脅かす検察庁法改正案が、世論の強い反対で廃案に追い込まれている。
   
そして深刻なのはコロナ禍による景気の悪化である。GDP(国内総生産)の実質成長率は2020年4〜6月期に前期比(季節調整済)で戦後最悪の7.9%(年率換算28.1%)もの減少だった。この7.9%減少への寄与度でもっとも大きいのが民間最終消費支出(4.4%減)であり、次に大きいのが財貨・サービス輸出(3.1%減)であった。個人消費の減少は緊急事態宣言に伴う不急不要の外出自粛の影響等によるものであり、財貨・サービスの輸出減少は、世界的な感染拡大に伴う輸出と訪日外国人客の減少によってもたらされたものである。
   
コロナ禍の深刻な影響は経済的弱者である非正規雇用に対する解雇・雇い止めとなって現れている。「労働力調査」によれば、今年7月の非正規雇用者数は前年同月比で131万人も減少している。その内訳はパートが51万人(4.9%)の減少、アルバイトが33万人(7.0%)減、派遣が16万人(11.3%)減となっている。「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金制度」や「緊急対応期間における雇用調整助成金の特例措置」などの活用によって、正社員の雇用維持は(7月までの段階では)それなりになされているようである。しかし非正規雇用については、(以上の救済措置の利用が可能な場合でも)一方的に解雇される事例が多いと言われているのである。休業手当も出さず、テレワークも認めないというケースも報告されている。このような非正規雇用へのあからさまな差別が明らかになったのも今回のコロナ禍の特徴である。無期雇用への転換など非正規雇用の処遇改善が求められている。
   
2019年まで拡大していた有効求人倍率も同年12月の1.68倍をピークに急速に低下し、20年7月には1.05倍となっている。「労働力調査」によれば、20年7月の完全失業者数は6カ月連続の増加によって197万人になり、前年同月比41万人増となっている。
   
また、「帝国データバンク」によれば新型コロナウイルス関連倒産は今年の9月16日現在で533件が判明しており、業種別上位は

  • 「飲食店」(77件)、
  • 「ホテル・旅館」(55件)、
  • 「アパレル・雑貨小売店」(36件)、
  • 「建設・工事業」(34件)、
  • 「食品卸」(32件)、
  • 「アパレル卸」(21件)

などとなっている。ただし倒産より遥かに多いのが企業の休廃業・解散による自主的退出である。「日経ビジネス」2020年8月31日号によれば、今年の1〜5月の企業の退出数は3万1335社であり、前年同期比で16%もの大幅な増加である。このうち休廃業・解散による退出は約2万6000社であり、コロナ禍の影響で経営の継続をあきらめ、休廃業を選択する企業が増えていることがうかがえる。
   
コロナ不況の影響は大企業でも深刻である。SMBC日興証券によれば、東証一部に上場する3月期決算企業のうち、1419社の2020年4〜6月期決算では、純利益の合計が前年同期比53.7%減の4兆6757億円に落ち込み、赤字企業は約3割に当たる424社に及んだという。そのため大企業でも人減らしが加速しており、東京商工リサーチによれば、20年の上場企業の早期・希望退職者募集が9月14日に1万人を突破して1万0100人になったという。希望退職募集企業数は前年の1.7倍増の60社に達し、リーマンショック後の2010年の85社に迫る勢いである。
   
以上のような企業経営と雇用の悪化にコロナ禍対策の不手際が加わることで、安倍政権への支持率も一挙に低下することになった。NHKが行った世論調査でも今年の4月には支持(39%)と不支持(38%)が接近し、5月には支持37%、不支持49%と逆転したのである。そして8月までの4カ月連続で不支持が支持を上回ることになる。4カ月連続で不支持が支持が上回ったのは第二次安倍政権で初めてのことである。8月は支持34%、不支持47%であったが、この内閣支持率34%は第二次安倍内閣が発足して以降最低の水準であり、同じ時期の自民党支持率の35.5%をも下回っていた。支持率の高さを力の源泉のひとつとしてきた政権にとっては大きな打撃であり、8月28日の退陣表明もそのような状況のなかで行われたのである。
   
   

■ 3.菅新政権の限界と今後の行方

安倍前首相の退陣により成立した菅新政権は、これまでの安倍政権の継承を掲げている。もちろん誰が政権を担当しても、最大の課題がコロナの感染拡大を抑えて国民の安心・安全を確保し、不況の深刻化を抑え経済を回復させることであるのは変わらない。しかし、今回のコロナ不況によって非正規雇用など社会的弱者が特に深刻な打撃を受けていることをふまえるならば、企業の成長優先という安倍政権の路線を引き継ぐのでは、格差拡大や貧困化を食い止め、国民生活の安定を回復させるのは難しいであろう。
   
自民党政権が貧困対策に不熱心なことは、政権復帰を決めた2012年の衆院選で生活保護費の10%引き下げを公約に掲げたことにも示されている。そしてその後成立した安倍政権は13年8月から3回に分けて生活費に関する生活扶助基準を平均6.5%、最大で10%引き下げてきた。さらに15年に暖房費補助(冬季加算)と家賃補助(住宅扶助)の引き下げ、18年に生活費分の再度の引き下げと子どもの養育にかかわる加算の引き下げが実施されている。
   
しかも日本では生活保護の捕捉率が1〜2割(資産を考慮しても2〜3割)程度しかないという状況が続いている。本来生活保護で救済されるべき貧困者の圧倒的多数が救済されずに放置されているのである。このような捕捉率の低さについては、自己責任論の風潮による「生活保護は恥」との意識から申請を躊躇するケースが多いこと、生活保護の制度が正確に周知されていないこと、役所によって受給者を絞り込もうとする「水際作戦」がなされていること、などがその要因と言われている。福祉事務所にボランティアの支援者などに同行してもらうことでようやく受給にこぎつけるというケースも少なくないという。
   
高齢化に伴う社会保障費の自然増を押さえるために、小泉内閣以上の社会保障の抑制策を推し進めたのも安倍政権であった。そして菅新政権も、安倍政権と同様の成長重視路線を継承することが予想される。
   
菅首相が繰り返し掲げる言葉は「自助・共助・公助」である。その趣旨は「まずは自分のできることを自分でやり、無理な場合は家族や地域で支え合い、それでもダメな場合は国が守る」ということであり、自助を重視する自己責任論の主張である。コロナ禍で雇用を失い、貧困に苦しむ人が増えている時に、経済的弱者への公的な支援について消極的な首相では事態は悪化するばかりである。
   
また菅氏は安倍政権のもとで官房長官として官僚への統制強化や異論封じを推進していた張本人でもある。たとえば、ふるさと納税の自治体への寄付の上限額の倍増を安倍政権が進めようとした際の事例が有名である。この時自治体による寄付者への返礼品高額化競争の過熱を懸念して、一定の歯止めをかける提案をした官僚が左遷されているのである。菅氏は今回の総裁選の際の質問に答え、官僚が政権の決めた方向性に反対した場合、異動させる考えを示している。これでは官僚は政権の決めた政策に問題があっても、左遷を恐れて沈黙を守るようになるのは明らかである。また、安倍政権で問題になった公文書改ざんなどの違法な措置も、当たり前のように続けられる危険性が高い。
   
菅新政権はまた、秘密保護法、戦争法、共謀罪法などの反動的な立法を推進してきた安倍政権の政策を引き継ぐ姿勢を明確にしており、自民党総裁として「改憲への挑戦」を進めると明言している。改憲への動きを封じるためにも、野党共闘の再構築が不可欠である。
   
マスコミ各社の世論調査によれば、菅義偉内閣は軒並み6〜7割という高い支持率を記録している。新内閣発足に伴うご祝儀相場であるとも言えるが、この高支持率を背景に早期の解散がなされる可能性もないとは言えない。野党が協力してコロナ禍の弱者への打撃を緩和し、安倍政権が解決できなかった格差拡大や貧困の問題に取り組むことが求められている。
   
   

本サイトに掲載されている記事・写真の無断転載を禁じます。
Copyright (c) 2024 Socialist Association All rights reserved.
社会主義協会
101-0051東京都千代田区神田神保町2-20-32 アイエムビル301
TEL 03-3221-7881
FAX 03-3221-7897