■ サイト内検索


AND OR
 
 
 月刊『社会主義』
 過去の特集テーマは
こちら
■ 2024年
■ 2023年
■ 2022年
■ 2021年
■ 2020年
■ 2019年
■ 2018年
■ 2017年
■ 2016年
■ 2015年
■ 2014年
■ 2013年
■ 2012年
■ 2011年
■ 2010年
■ 2009年
■ 2008年
■ 2007年
■ 2006年
■ 2005年
■ 2004年
■ 2003年
■ 2002年
■ 2001年
■ 2000年
■ 1999年
■ 1998年


 


●2019年7月号
■ 人手不足と日本経済の矛盾拡大
     立松 潔

   

■ はじめに

内閣府が5月13日に公表した景気動向指数では、基調判断が遂に「悪化」に引き下げられた。昨年の8月までは「改善」とされていたのが、9月から12月までは1ランク下の「足踏み」となり、今年の1月から4月まではさらにその下の「下方への局面変化」に改められていた。そして遂に今回は最も厳しい判断である「悪化」へと落ち込んだのである。中国経済の減速によって、日本から中国への工業製品の輸出が悪影響を受けたことが主な要因だという。上場企業の2019年3月期決算を見ると、米中の貿易摩擦の影響により、製造業を中心に業績の悪化が目立っている。今後の米中経済摩擦がさらに激化すれば、中国を米国向けの輸出拠点とする日系企業への打撃は深刻なものにならざるを得ない。
   
他方、5月24日に出された政府の『月例経済報告』の総括判断は「景気は、輸出や生産の弱さが続いているものの、緩やかに回復している」であった。先月は「輸出や生産の一部に弱さがみられる」としていたのを、「輸出や生産の弱さが続いている」と改めることで景気判断を2カ月ぶりに引き下げたものの、「緩やかに回復」との見方を依然として維持したのである。景気動向指数が景気指標データーをもとに自動的に算出されるのに対し、『月例経済報告』は政府による景気判断を示したものである。参議院選挙に向けてアベノミクスの成果をアピールするためにも、政府は景気動向指数が示した「悪化」との判断を無視し、あえて「回復」との見方を維持したと見ることができる。
   
しかし、政府の強気の景気判断にもかかわらず、日本経済はアベノミクスの思惑のようには動いていない。賃金上昇が個人消費の増加をもたらし、デフレ経済の克服に結びつくという好循環は生じていないのである。そして、この状況下で注目されるのが人手不足の深刻化が及ぼす影響である。そこで本稿では、現在進行中の人手不足の問題を軸に日本経済の現状について検討してみたい。
   
   

■ 人手不足をめぐる状況

有効求人倍率(パートを含む、年平均)は、2012年の0.80から14年に1.09、16年には1.36、そして18年は1.61と、安倍政権が発足して以来、順調に上昇を続けているように見える。しかしこの有効求人倍率は職種ごとの格差が大きいことに注意が必要である。
   
直近の2019年4月を例に取ると、この時の常用(含むパート)労働者の有効求人倍率は1.38である。これを職種別にみると、最も求人数が多いのが「サービスの職業」であり、この職業への求人数だけで全体の約25%を占めている。そしてその有効求人倍率は3.38倍という極めて高い水準である。この「サービスの職業」のなかで最も求人数が多いのが介護サービスで、その有効求人倍率は3.94倍、次に求人数が多い飲食物調理が3.18倍、3番目が接客・給仕で3.97倍となっている。
   
以上のように、求人数が求職者数を大きく上回る職種がある一方で、依然として有効求人倍率が低水準の職種も存在する。たとえば、最も求職者の数が多い職業は事務的職業で、求職者全体の28%もの比重を占めている。しかしその有効求人倍率は0.48に過ぎないのである。
   
このような雇用のミスマッチにより、人手不足経済の下でも就職先が見つからない人びとが大勢存在し、失業問題は依然として深刻なままである。総務省の『労働力調査』によれば、完全失業者はピーク時の2002年の359万人と比べると大幅に減ったとは言え、2018年においてなお166万人も残っているのである。
   
求人倍率に影響を与える要因は様々である。成長産業では求人数の増加に求職者の増加が追いつかず、求人倍率が高くなることが多いし、高度な資格や経験が必要となる職業では、需要に供給が追いつかず、やはり求人倍率が高くなりやすい。しかし、注意すべきは労働条件が劣悪なブラックな職種であるために離職者が多くなり、その補充を求めて求人数が多くなるというケースである。今野晴貴『ブラック企業2「虐待型管理」の真相』(文春新書、2015年)によれば、「ブラック企業の最大の特徴は『大量募集・大量離職』にある」(P.20)という。そして同書は、外食・小売など労働集約的なサービス業でブラックな労務管理体制が敷かれることが多いと指摘する(P.142)。
   
たしかに新卒就職者の離職率を見ると、サービス業ほど高い傾向にある。2015年3月の新規高卒就職者(公務員を除く)の3年目までの離職率は全体で39%であるが、最も離職率の高いのが「宿泊業、飲食サービス業」の63%、次が「生活関連サービス業、娯楽業」の59%である。ちなみに最も就職者数が多いのは製造業であるが、その離職率は28%と平均よりかなり低くなっている。しかし、2番目に就職者数が多い小売業の離職率は49%、3番目の「医療、福祉」が47%と、いずれもかなり高い水準であるのは気になる点である。
   
人手不足のなかで職場でのトラブルの様相も大きく変化している。厚生労働省『平成29年度個別労働紛争解決制度の運用状況』によれば、民事上の個別労働紛争の主な相談内容別の件数推移では、2008年度から11年度まで解雇に関する相談がトップであった。リーマンショック後の景気の落ち込みによってリストラを進める企業が相次いだからである。しかし、その後の景気回復とともに解雇をめぐる労働相談は減少に向かい、12年度以降は「いじめ・嫌がらせ」についての相談がトップの位置を占める。そして2016、17年度は自己都合退職の相談が解雇についての相談件数を上回り、第2位となったのである。
   
自己都合退職についての相談とは、「会社を退職したいのに、引き留められて困っている」というものである。本来退職する際に企業から承認を得る必要はないのであるが、退職によって同僚や上司に迷惑をかけるという負い目を感じる若者も少なくないため、企業の強い引き止めにあい、精神的に追い詰められるケースもでてくるという。また、パワハラ上司を恐れて退職を言い出せないケースも少なくない。
   
そのため、最近では企業に本人に代わって退職希望を告げる「退職代行サービス」が繁盛しているという。利用料金が正社員の退職代行なら4〜5万円、アルバイトでも3〜4万円もかかるにもかかわらず、退職代行サービスに頼らなければならないことに、現在の雇用と労働現場の問題が現れている。
   
   

■ 人手不足と雇用形態の変化

人手不足に関連して注目されるのは、人員を確保するために賃金引き上げなど労働条件を改善する動きが広がるかどうかである。しかし人手不足の背景にある人口減少とそれに伴う個人消費の減少が企業経営に悪影響を与えている場合、事態はそう簡単ではない。しかも人口減少は地域ごとの差が大きく、それによって問題の深刻度も異なっている。『国勢調査』によれば、2010年から15年にかけての人口動向は全国平均では0.75%の減少に過ぎないが、東北6県の平均は3.8%の減少、北海道は2.3%減、四国が3.3%減、福岡県以外の九州6県の平均は2.7%減と、いずれも全国平均を大きく上回る。しかもこのような人口減少率の差は今後さらに拡大することが予想されている。
   
そして、人口減少に伴う個人消費の減少は域内需要を対象とするサービス業や飲食業、小売業に打撃を与え、企業間の生き残り競争が激化することになる。需要減少下の競争で疲弊した企業は、人手不足に対して賃金や労働条件の改善で対応する余力がなく、従業員の長時間労働によって乗り切ろうとすることになりやすい。人手不足が地域経済に与えるこのような悪影響には十分注意が必要である。
   
労働力不足が進行する中で注目されるのは、15〜64歳(生産年齢世代)の雇用形態に若干の改善が見られることである。図表1からわかるように、2012年から17年にかけての5年間に、15〜64歳の生産年齢世代では非正規雇用が42.6万人減少したのに対し、正規雇用は109万人も増加している。そしてそれに代わって非正規雇用の供給源となったのが65歳以上の高齢者であった。図表1を見ると高齢者の場合正規雇用が31.3万人しか増加していないのに対し、非正規雇用は132.4万人も増えている。
   

(図表1・クリックで拡大します)
   
そして図表2からわかるように、2012〜17年の5年間の非正規雇用の割合は、生産年齢世代では36.1%から34.8%へと減少したにもかかわらず、65歳以上の高齢層で74.0%から76.5%に上昇したことで、全体では38.2%のままにとどまったのである。
   

(図表2・クリックで拡大します)
   
しかし、地域別に見ると雇用形態の変化にもかなりのバラツキが見える。総務省『就業構造基本調査』では都道府県ごとの雇用形態の構成を見ることができるが、そこで注目されるのは、47都道府県のうち19都道府県で非正規雇用が減少していることである。特に非正規雇用の減少率が大きかったのは山形県(8.3%減)、北海道(6.7%減)、高知県(6.0%減)、青森県(5.5%減)、岩手県(4.4%減)であり、しかもこの5道県とも正規雇用者の数は増加しているのである。人口減少が著しい北海道、東北、四国などの地方では、労働者の引き留めのために非正規雇用(有期雇用)の無期雇用への転換が進んでいることが考えられる。このような動きが全国的に広がるかどうか、今後の動向が注目されよう。
   
雇用形態に関する制度上の重要な変更は、5年を超えた有期雇用契約の無期転換ルールが、2018年4月から開始されたことであろう。これは、有期労働契約が更新されて通算5年を超えたときに、労働者の申込みにより期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換できるというルールである。しかし、5年ルールの適用直前の雇止めや契約期間と契約期間の間に空白期間を設けることで5年ルールの適用を逃れようとする悪質な事業主も少なくない。この無期転換ルールによってどの程度雇用形態の改善が進むかは不透明である。不安定雇用の縮小と非正規雇用の処遇改善に向けたさらなる取り組みが求められている。
   
   

■ 日本企業の体質改善は進むか

デフレ不況期には雇用の悪化とともに過重労働の職場も広がっていった。しかし人手不足が続けば、労働者を使い潰すようなブラック企業は人手を確保できなくなり、次第に淘汰されるのではないか。最近ではそんな楽観論も聞かれるようである。しかし、はたしてそのような方向に事態は進むのであろうか。
   
まず注目されるのが、2017年から進んだヤマト運輸の「手厚いサービス縮小」の動きである。同社では2017年春闘で労働組合側がドライバーの負担軽減のため、荷物量の抑制を初めて要求したところ、経営側が利用者向けの手厚いサービスの縮小で応じる形で交渉が決着したのである。法人客への実質値上げなどを通じて、荷物の取扱数量の適正化を進め、宅配ドライバーの過重労働を緩和するというのである。
   
具体的には宅配便の時間帯指定区分の見直しや再配達の受付締切を1時間早め午後7時にすること、大口法人顧客との契約内容見直しによる取扱数量の適正化などである。またこれと併せて労働者の年間総労働時間の削減や年間126日以上の休日・休暇確保、10時間の勤務間インターバル規制の導入、そして賃上げなどが労使の妥結内容に盛り込まれた(『朝日新聞』2017年3月17日)。
   
首藤若菜『物流危機は終わらない』(岩波新書)によれば、ヤマト運輸は2018年1月末、値上げ交渉をしていた大口顧客のうち6割が値上げに応じて契約を継続し、4割とは取引を解消したことを明らかにしている。これにより宅急便1個あたりの単価は、559円から597円に上昇したという。しかしながら、このような動きが今後どの程度宅配便業界やトラック業界全体に広がっていくかというとまだまだ不透明である。
   
ヤマト運輸に限らずトラック業界は相変わらず慢性的な人手不足である。今年3月の有効求人倍率を見ても、「自動車運転の職業」は2.91と、全職業平均の1.38を大きく上回っている。しかし、人手不足でも労働者が長時間労働を我慢すれば、業務はまわって行き、企業は存続し続けることができる。ヤマト運輸が宅配ドライバーの過重労働緩和に踏み切ったのは、労働組合からの強い要求があったことが大きいが、さらに同社が宅配業界でトップのシェアを持ち、荷主に対する交渉力も強かったからである。宅配業界はヤマト運輸、佐川急便、日本郵便の3社でシェアの9割以上を占める寡占状態である。しかし、一般貨物の運送業には、6万を超える事業者が参入しており、過当競争が繰り広げられている。荷主に対して運賃値上げやサービスの縮小を要求するのは容易ではない。
   
「働き方改革」によって労基法が改正され、時間外労働の上限規制が原則月45時間、年360時間とされ、臨時的な特別な事情がある場合のみ年720時間、単月100時間未満(休日労働含む)を限度とする、と定められた。しかしこの緩やかな規制ですら、業界団体(全日本トラック協会)の反対によって自動車運転者については実施に猶予期間をもうけることになり、上限規制の適用を5年後にすることになった。しかも、5年後に適用される内容も、年720時間ではなく年960時間と、一般労働者よりも年240時間も長い上限が容認されたのである。これを見ても、自動車運送業界での労働条件改善が容易でないことが明らかであろう。
   
さらに最近注目されるのが、コンビニの24時間営業をめぐる動きである。今年の2月下旬に東大阪市で営業するセブン・イレブン加盟店オーナーが深夜の人手確保の困難等を理由に営業時間を2月から19時間に短縮したところ、セブン側(本部)はそれを契約違反であるとして認めず、1700万円の違約金支払いと契約解除を通告するなど厳しい姿勢を示したのである。しかし、このニュースが広まるとセブン・イレブンへの世論の批判が噴出し、セブン側は営業短縮の実験に踏み切らざるを得なくなった。公正取引委員会も4月24日の定例記者会見で、オーナー側の営業時間の変更希望を一方的に拒否すると、独占禁止法が禁じた「優越的地位の濫用」にあたるとの見解を示している(『週刊ダイヤモンド』2019年6月1日号)。
   
経済産業省の『コンビニ調査2018』によれば、加盟店のオーナーに対するアンケートで、「従業員が不足している」との回答が61%に達しており、人手の確保が深刻な問題になっていることがうかがわれる。セブン・イレブンは依然営業時間の短縮には後ろ向きであり、今回の事件が果たして24時間営業の見直しにつながるかは定かではない。しかし、人員過剰・就職難の時代に、コンビニオーナーや店員に過重な負担を押しつけることで拡大したコンビニ経営も、人手不足時代になって経営のあり方を再検討せざるを得なくなっていることは確かである。
   
デフレ不況期には、規制緩和を進めて競争を促進すれば、サービスの改善や価格の低下が進み、消費者の利益に結びつくという、新自由主義的ドグマの影響が広まった。そして企業間競争の激化は、消費者に都合の良い結果だけでなく、雇用や労働条件の際限のない悪化を引き起こしたのである。
   
しかし、現在の人手不足はこのような労働者の犠牲を伴う過剰な競争やサービスを見直すための絶好の機会を提供している。この機会を利用し、安定した雇用と健全な労働条件の実現に向けて取り組むことが強く求められているのである。
   
   

本サイトに掲載されている記事・写真の無断転載を禁じます。
Copyright (c) 2024 Socialist Association All rights reserved.
社会主義協会
101-0051東京都千代田区神田神保町2-20-32 アイエムビル301
TEL 03-3221-7881
FAX 03-3221-7897