●2018年6月号
■ 安倍内閣の退陣に向け総力を挙げよう
小笠原福司
■ 1.経済情勢の特徴の一視角
・(1)リーマン・ショックから10年の主要国経済
08年秋のリーマン・ショックから10年、世界同時金融恐慌に直面した各国の中央銀行は、この10年間「歴史的に未体験ゾーン」となる量的金融緩和政策を継続し、空前の資金供給を行ってきた。その内実は、実体経済は、1.2倍しか増大していないのに、日米欧と中国の中央銀行は、資金供給をほぼ5倍に増大させた。そして、リーマン・ショック前は4〜5%だった各国の政策金利は0%近傍まで引き下げられ、勤労諸国民からの収奪も進んだ。
空前の「緩和マネー」は、世界の株式、債券などに投資され、バブル景気を演出する一方で、金融資産総額が実体経済の規模、国内総生産(GDP)の4倍ほどに膨らんでいる。過剰資金の一例として、「世界の上場企業の手元には膨大なキャッシュ(現預金、保有債券、貸付金など)が積みあがっている。その総額は、12兆ドル=1350兆円。主な内訳、
- 米国:315兆円、
- 欧州:236兆円、
- 日本:213兆円、
- 中国:191兆円
と全体の63%を占めている(17年7月2日、日経)」とのことである。
そして、各国共に労働者、勤労諸階層には「生存の不安定性」の増大がもたらされ、他方で大企業、金融機関、投資家、富裕層はバブルの恩恵を受け、利益や資産を急増させますます肥え太った。例えば、「17年に世界で新たに生み出された富を見ると、82%が世界で最も豊かな1%の人たちのものになり、世界の下半分の37億人が手にした取り分は1%にも及ばない。世界の億万長者の資産は、2010年以降、毎年平均して13%増加。一方で一般的な労働者の賃金収入は、毎年平均して2%しか増えていない(国際協力団体オックスファム「格差に関する2018年度版報告書」1月22日)」と分析されている。
・(2)「経済の好循環が着実に回り始めている」?
「戦後2番目の景気回復期間の継続」「4年連続の賃上げによって、デフレ脱却の道を確実に進んでいます」(安倍首相、通常国会冒頭)とのこと。果たしてその内実はどうか。安倍晋三政権の5年間で実際に実質賃金がプラスだったのは16年だけ。民主党政権の最終年である12年の実質賃金に比べると、なんと4.1%の減となっている。また、総務省の家計調査によると、17年に2人以上の世帯が使ったお金が前年を上回った月は3回だけ。働き手の財布の紐は固く、個人消費は伸び悩んでいる。
では、膨大な富の行方はどうなっているのか。財務省の「法人企業統計」によると、資本金10億円以上の大企業(金融・保険を除く)の現預金は、2008年の35.6兆円から16年度は63.6兆円と1.79倍の増。経常利益は08年度の19.4兆円から16年度は42.4兆円と2.18倍の増加。内部留保も同期間で241.9兆円から328.1兆円へと1.36倍増えている。
一方で機械設備や工場など有形固定資産は同じ期間に197.1兆円から198.9兆円へと1.01倍しか増えていない。株式や公社債など換金可能な有価証券(流動資産)は08年度の12.6兆円から13年度の16兆円まで右肩上がりに増加したが、14年度から微減の傾向となっている。これらは、企業が有効な投資先を見つけられずに、企業内に貨幣を滞留させ労働者の生み出した富が有効に活用されていないことを教えている。
なお、その期間における従業員の1人当たりの給与・賞与(年額)は、565.4万円から576.6万円と1.02倍で、史上最高益を更新し続けている大企業ですらほとんど増えていない。
「それは労働生産性が低かったから」との反論があるが、同期間の1人当たりの付加価値(法人企業統計の集計)は、08年度に1104万円、16年度には1324万円と、1.2倍になっており、労働者に分配されていないことは明白である。
・(3)現代資本主義の行き詰まりの要因
世界の主要国に見る莫大な過剰資本の存在、それが実体経済にはわずかしか投資されず、株式、債券などに擬制資本化している事実。だけでなく、莫大な内部留保として資本家の懐に貯められている現実をどう考えるかである。
結局、労働者が生み出した富が需要に応じて生産に投資され、商品、サービスとして必要なところに配分され、消費される。さらに次の拡大再生産のために投資される、という持続的な成長へと繋がっていないことを教えている。
「では、何故、実体経済に投資されないのか」。それは、グルーバル競争の激化と相まって市場が狭隘化し、資本の価値増殖欲を満たす有望な投資先が見いだせないということである。労働者、勤労諸階層の豊かな生活と文化、そして持続的な社会の発展のための生産、サービスの提供ではなく、「自己増殖=いかに利潤を増やすのか」が投資、生産の目的だからである。この価値増殖欲に規定された資本主義的な無政府的な生産こそ行き詰まりの根本原因である。
では、どうすれば良いのか。「利潤を増やす目的の生産」から、「本来の生活、文化を豊かにする。それも持続しつつ、発展させる」という生産に代えるしかない。
そのためには、主要な生産手段を資本家から奪い、労働者、勤労諸階層で管理、運営するしかない。その生産、管理、運営の能力は日々の労働によって培われている。また、日々の協働労働の経験を通して、計画的、組織的な生産体制を担えることを教えている。
■ 2.政治腐敗の下で急速に進む反動化
・(1)「安倍一強政治」の腐敗が頂点に
森友・加計問題をめぐる公文書改ざんを機に、この間の腐敗の事実が一気に表面化した(行政権力の私物化と立法府に対する嘘の上塗り)。官僚機構そのものが内閣に服従している結果という側面がハッキリとうかがえる(内閣人事局を使った人事統制)。当然のこととして各種世論調査の6割強が、「安倍首相が信頼できない」と答え、内閣支持率も「危険水域」と言われる30%強となっている。
公文書は、権力者のために記すのではない。ましてや権力者や、それを忖度した者が改ざんするのは、国民と民主主義への背信行為である。「公文書のあり方は、その国の民主主義の成熟度を測る尺度とも言える」との指摘を受け止めたい。
また、昨年2月に発覚した防衛省の南スーダンPKOの日報問題は、ここにきてイラクPKO日報までが1年以上に渡って隠ぺいされていたことが明らかになった。自衛隊のイラク派兵は、「人道復興支援」などを口実に米軍の侵略戦争を支援するために強行された。自衛隊の活動は「非戦闘地域」に限るというのが建前だったが、実際は「純然たる軍事作戦」(陸自文書「イラク復興支援活動行動史」2008年5月)であったことが明らかになっている。
強大な軍事力を持ち、組織が重要な情報を隠し(憲法違反の実態隠し)、国会や国民を欺いてきたことは極めて深刻かつ危険なことである。実力組織の暴走をコントロールできない安倍首相の責任こそが問われる。
現職の幹部自衛官(三等空佐・一線の部隊の指揮をとれる中堅幹部)が、国民の代表である民進党小西洋之参議院議員に対して、「お前は国民の敵だ」「国会での言動が気持ち悪い」などと罵倒を繰り返すという、およそ考えられない異常事態が起きた(防衛相は、8日に訓戒処分=記録に残さない口頭注意の類を出した)。
防衛省は「勤務後」の私的場面での紛争と認定したが、当人が「自衛官である」と名乗ってからの暴言は、政治が軍事に優先するシビリアンコントロール(文民統制―戦前の日本で軍部が暴走し、政府がそれを抑えきれずに戦争に突き進んだ教訓から生まれた)の原則からの逸脱は明らかである。「国民の一人であり、当然思うことはある」(小野寺防衛相)との発言は、文民統制逸脱の容認とも採れ、言語道断であり、小野寺防衛相の辞任要求は当然である。
・(2)憲法改正発議阻止の大衆運動強化を
自民党は、3月25日自民党大会で九条一項、二項を維持した上で自衛隊を明記するなど首相案に沿って4つの項目で憲法改正を進めていくことを決定した。
安倍首相は、「自衛隊違憲論争に終止符を打つ」「九条一項、二項を維持したまま自衛隊の存在を明記することで、自衛隊の任務や権限に変更が生ずることはない」と述べている。いま問われているのは、海外で無制限に武力行使をする自衛隊にして良いのかどうかである。
九条改憲の方向は、新しく九条の二に「必要な自衛の措置をとることをさまたげず、そのための実力組織」として「自衛隊」の保持を明記するとしている。「自衛」(自衛権が主要な論点と思われるので、詳細な研究が必要)の範囲には限定がなく、集団的自衛権の行使が含まれる。しかも、「自衛の措置をとることを妨げず」との例外規定を設けることで、「戦争をしない」「戦力を持たない」と決めた九条一項、二項を文字通り空文化させる内容になっている(詳細は、『社会主義』5月号、特集を参照のこと)。
「明治憲法は、軍隊を明記して正当性を正面から認めていたが、軍事力の統制に失敗をした。その反省から戦後日本は、国民が違憲性を指摘することで、自衛隊の活動を常に監視し、自衛隊を憲法にあえて書かずに統制する方法を生み出してきた。しかし、自衛隊を憲法に明記すれば、………武力行使を目的とする軍事組織の存在を真正面から認めることになる。……自衛隊の活動は基本的にすべてが許されることになる」(伊藤真弁護士)。結局、安倍首相が書き込もうとしている自衛隊は、安保法制で地球の裏側の戦闘地域に行って集団的自衛権を行使する自衛隊である。
自民党の改憲案に対して、それを阻止する力として3000万人署名運動(4月下旬現在、1350万筆を集約)、さらに現在、元最高裁判事、元内閣法制局長官らの協力も得て東京地裁をはじめ、北海道から沖縄まで全国25の裁判所で安保法制の違憲性を問う裁判が展開されている。こうした運動をいかに幅広く広げるのかが問われている。
・(3)6野党共闘の強化から安倍内閣退陣へ
3月2日、朝日新聞の国有地取引決裁文書の改ざん報道から一気に、「安倍政権は総辞職に値する」と6野党共闘が成立し、安倍政権の退陣を求めての国会追及が強められてきた。森友・加計問題や自衛隊の「日報」隠ぺいなどの真相究明に対し、与党側は「ゼロ回答」を示し、連休を挟んで国会は18日間空転した。5月8日から再開した国会審議でも、安倍首相が関与して政治がゆがめられた疑惑はますます深まった。
さらに、21日に国政調査権に基づき、与野党が一致して愛媛県に提出を求めていた文書が出された。そこにはますます深まる「加計ありき」が記録されていて、安倍首相の国会答弁に疑義が生じた。
野党5党1会派(立憲民主党、国民民主党、日本共産党、社民党、自由党、無所属の会)は22日、国会内で緊急会議を開き「安倍総理の進退が問われる重大な局面を迎えた」との認識で一致し、「安倍内閣打倒」へと一歩踏み出した。
なお、新党「国民民主党」(穏健保守からリベラルまでを包摂する中道改革政党)が5月8日に衆参62人で結成され、野党第二党となった。参加者の傾向として、1つは当選1〜2回で、自前の後援会が整っていなく、ポスター張りなど地元の連合に依存している。もう1つは、かつて民社党を支持した旧同盟系、UAゼンセン、自動車総連、電力総連など民間労働組合が目立つ。そして、「非共産」「現実的な安全保障」などという路線と言われている。
いずれにしても立憲4党を中心とした野党共闘を軸に、平和フォーラム、市民の会などとの幅広い大衆運動の組織化を通して、安倍内閣の退陣、改憲発議阻止の闘いを強めることである。
■ 3.労働戦線の統一闘争強化を
(1)長時間労働の改善を全労働者の課題へ
連合は、とりわけ社会的に大きな問題となっている長時間労働の是正に向けて、三六協定の締結について
- 「月45時間、年360時間以内」を原則に締結する、
- 特別条項を締結する場合は「年720時間以内」とし、より抑制的な時間となるよう取り組む、
- 休日労働を含め「年720時間以内となるように取り組む」、
- 本則の適用猶予となっている業種(自動車運転業務、建設事業、医師等)についても、原則に近づけるための労使協議を行うとともに、適用除外となっている業務(新商品・新技術等の研究開発)も、本則を適用するよう労使協議を進める
ことを方針とした。
この方針の背景には、
- 「会社が残業を命ずるためには三六協定の締結が必要」
- 認知率は5割半ば、20代では半数を下回る結果。
- 勤め先が三六協定を
- 「締結している」4割半ば、
- 「締結していない」2割弱、
- 「締結しているかどうかわからない」4割弱、
- 心身の健康に支障をきたすと感じる1カ月の残業時間平均46.2時間
(連合「三六協定に関する調査(17年6月6日〜8日)」)。
- また、所定内労働時間を8時間とすると、
- 2016年度時点で男性の約3割、
- 女性の約1割が1日3時間以上の残業をしている実態
などがあると推測される。
「三六協定を順守させる」という運動は簡単には進まないとは思われるが、こだわり続け社会的に広げることが急務といえる。でなければ、「働き方の見直しも安倍首相に……」となり、労働運動の弱体化に拍車がかかることになる。
この取り組みは「働き方改革関連法案」が例え国会で強行採決されても、法案を骨抜きにさせることにつながる。無論、連合のみでなく「三六協定」の水準を社会的に確立することを労働3団体(連合、全労連、全労協)を中心とした統一要求として掲げ、野党共闘と連携して取り組むことである。
・(2)「生活防衛」から「生活改善」の春闘へ
連合は、2014春季生活闘争から統一ベア要求を復活させた。それまでの「定昇分が確保できるかどうか」が争点だった春闘からすれば、やっと積極的に賃上げ要求をし、闘うという当たり前の労働組合らしくなったといえる。しかし、1997年を1.0とした2015年時点の年間平均賃金推移の国際比較では日本は0.88、独は1.41、伊は1.48、仏は1.52、英は1.73、米は1.75と先進国の中でも最も低い水準にとどまっていて、労働運動の弱さの反映ともいえる(OECD)。
連合18春闘第5回回答集計結果では、「『賃上げ』の流れは企業規模に関わらず、額・率ともに昨年同時期を上回っていて、特に中小が率で2.02%と、21世紀では初めてのこと」と報告されている。平均賃金方式で6061円、率で2.09%となっている。しかし、今春闘の「有利な情勢」(大企業の利益は3月期で過去最高。内部留保も過去最高に達し、数十年ぶりの人手不足など)から検証すると、妥結水準のベア0.52%程度では、3月の生鮮食品を含む消費者物価指数の前年同月比1.1%を大きく下回り、「生活防衛」どころか「賃金デフレ」に転落しかねない。より一層の奮闘が問われている。
・(3)中小・地場組合の雇用条件の底上げに全力を
トヨタが賃上げ額を明示しない「一般組合員の賃金改善分は昨年を上回る」との日本語回答を行った。ベアの非公開を合意し、組合員にも、産別にも知らせないという組合民主主義の問題。ベア3000円要求には応えず、自己研鑽費用補助など経団連の「多様な賃上げ」の土俵での回答。そして、日本語回答は、共闘の相乗効果で高い水準の獲得を目指す春闘方式の否定となり連合の求心力にも関わる、などの問題点が指摘されている。
GDPの6割を占める個人消費、生活改善の観点を重視し、堂々と賃上げ闘争を地域から組織することである。特に、地方連合、平和センターなどが中心となり中小・地場組合の賃上げ・雇用条件改善に向けて援助し、連帯して闘う取り組みを重視することである。その広がりで民間大手を含め春闘の共闘態勢づくりの強化が問われている。
(5月22日)
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