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●2015年12月号
■ 2015年の日本経済をふりかえって
   伊藤 修

   

■ 2015年日本経済の推移

――消費中心の落ち込み
   
年の終わりにあたり、この1年の日本経済をふりかえった上で、今後の焦点を考えたい。
   
まず主な経済指標の推移を確認する。図表1をご覧いただきたい。数字が並んでいるが、データで客観的に事実を知ることは経済の分析には必須である。
   

(図表1・クリックで拡大します)
   
   
<実質GDP成長率>は、2012年度1.0%、13年度2.1%、14年度▲0.9%(▲は減)と推移し、15年に入っても(まだ四半期データだが)変わらず低空飛行であった。
   
それと相違して、法人企業統計(財務省)による全企業の<営業利益>は、13年度21.5%増、14年度9.7%増、今年も直近20.5%増と、猛烈な増勢にあり、利益額は史上最高を更新している。<設備投資>は利益よりずっと低水準で、1けた台の増加である。
   
生産の動向を<鉱工業生産>でみると、14年3月までは強い増勢にあったが、4月から弱まり、7月からは減少を始めて、15年3月まで水面下に没した。このため14年度(4〜3月)では▲0.4%の減となった。今年4月からは、弱いながらも水面上にときどき顔を出すようになっている。
   
昨年(14年)4月から今年(15年)3月までのこの生産の落ち込みはどうしておきたのか。
   
<消費支出>をみよう。やはり昨年4月から今年3月まで大幅に減少(年度では▲5.1%の減)し、今年4月から弱いながら上向いている。この動きは<小売販売額>でみても同じである。消費は総需要の6割を占める最大項目であるから、それが5%も減っては売れ行き減は当然となる。ちなみに消費の比率は、他の先進諸国では7割と高く、中国は5割以下と異常に低い。
   
なぜ消費は落ち込んだのか。
   
消費支出は、

  1. 所得が減ったとき、
  2. 将来不安で財布のひもが固いとき、

に減る。将来不安は、社会保障が心配だ、非正規雇用の低所得や不安定が深刻だ、といった場合に高まる。現在、2.の要因は大きい。
   
1.の所得は、賃金と物価で決まる。具体的には、賃金上昇マイナス物価上昇=実質賃金が購買力を決める。1人当たり<給与総額>でみた昨14年度の賃金上昇は0.5%であった。15年も、4月以降、ほぼ同じ傾向にある。これに対して<消費者物価>は、昨年4月からの消費税の3%引き上げで、年度2.8%上昇した。なおこのうち消費税が転嫁された分は2.0%で、残りの“本物の”物価上昇は0.8%とされる。「対前年同月比」での消費税上げの影響は1年後の今年3月で終わり、その影響が剥げ落ちた4月以降はゼロ%を前後するようになって、直近8・9月は▲0.1%の下落である。
   
こうして、今年4月以降は、<給与総額>でみる賃上げが0.5%強、物価がほぼ横ばいで、差し引き=実質賃金は0.5%前後の上昇に転じた。それが、消費支出の大幅減少にブレーキをかけ、ひいては生産の落ち込みも止めつつあると考えられよう。
   
以上から2つのことがいえる。

  1. 消費税込みの物価は2.8%上がったのに対し、賃上げは0.5%にすぎなかったため、実質賃金は▲2.3%も大幅減少した。
  2. 消費税の影響が剥落したこの4月以降、物価上昇はほぼゼロになっている。

2.は次に論ずるとして、まず1.の点を考えてみる。
   
――実質賃上げが焦点
   
ようするに、賃上げ(0.5%)が物価上昇2.8%よりひどく低かったために実質賃金が▲2.3%と大幅に下がり、消費が▲5.1%も削減されて、経済が縮小した。経済の推移の要点はこれであった。元凶は、また現在の経済の焦点は、実質賃金にあり、賃上げにある。これは、イデオロギーがどうであれ、争う余地のない事実である。
   
したがって、きたる春闘での賃上げは日本経済の命運を分ける。きわめて大まかな計算になるが、マクロ(全体)では以下のようになる。実質賃金は、3月までの1年間に2.3%下がり、その後0.5%増のレベルにあるので、差し引き1.8%の切り下げであった。消費税上げ前の収入をとりかえすだけの最低限として必要な賃上げは、1.8%となる。そしてこれは実質賃金ベースの話であるから、賃上げ額は、これに今後1年で予想される物価上昇を加えなくてはならない。それは現時点ではもちろん未知であるが、責任者である政府・日銀とも2%を公式に見込んでいるのであるから、これを採用すると、足して3.8%になる。
   
くりかえすが、3.8%以上の賃上げでなければならない。これは大幅でもなんでもなく、この2年で切り下がってしまった分をとりかえすだけの最低線にすぎない。これに生活向上分を加えることになる。企業の手元には死に金が腐るほどたまっている。なお公務員賃金は、この金が税となって回ってくるべきものである。
   
昨今の労働運動には力が不足しているというより、それ以前に要求が低すぎる。経済を縮小均衡、悪循環、共倒れに陥らせている主犯は、なんといっても超消極的で守銭奴と化している日本の経営陣であるが、このままだと労働組合指導部も共犯者になってしまう。社会から客観的にみれば、そうである。
   

■ 「アベノミクス」の現状と焦点

――当初の目論見の破綻
   
さきに残しておいた2.、すなわち直近で物価上昇率が小幅なマイナスになっている点を考えよう。安倍内閣・黒田日銀の公約は、(2013年4月から)2年で物価上昇率を年2%にするというものであった。もう2年はとうに過ぎている。そして目標は2回も延期された。つまり、公約は破綻した。それもまったく破綻した。この事実をマスコミがまったく報道しないことにも強く抗議したい。
   
日銀の黒田東彦総裁、岩田規久男副総裁、原田泰審議委員ら「リフレ派」によれば、日銀が大量に貨幣を発行すれば、企業・金融機関・個人などの民間は、これなら物価は上がるだろうと予想し(このことを「期待インフレ率が上がる」という)、借金が実質軽くなったり収入金額が上向くなど先行きを明るく見込むようになって、経済を押し上げると主張していた。「気分を変える」がポイントである。
   
ところが直近のデータでも、期待インフレ率は上がっていない。金融市場関係者のインフレ期待(物価上昇予想)を示す数値とされるBEIは1%であり、「日銀短観」の企業アンケート結果は、1年後1.2%、5年後でも1.5%であって、政府・日銀の公約にまったく追随していない。これすら希望的観測込み、半信半疑の高めであろう。ブルームバーグ・ニュースによれば、岩田氏は自分の見通しの誤りを認めたそうである。われわれはずっと前から誤りを指摘していたのだが。
   
日銀がいかに大量に市中銀行に資金(ベースマネー)を渡しても、その先で、市中銀行が貸し出さなければ、世間に貨幣(マネーサプライ)は出回らない。消費と生産という経済の基本部分が活発化し、商品取引が拡大して、社会の必要貨幣量が増加してこそ、貸出がなされ、貨幣の出回りはふえる。結果として物価も上がってくるのである。
   
――「改訂版」は目くらまし用
   
こうして「アベノミクス」当初版は完全に破綻した。ところが手回しよくというべきか、これもあまり国民に浸透していないが、6月に『日本再興戦略2015年改訂版』、9月に『アベノミクス「第2ステージ」』なるものが出され、実質すでにバージョン3に改訂されているのである。
   
『改訂版』は、「デフレ脱却は間近」で、「企業は利益を上げ、賃金に回し、消費がふえつつある」との虚言――すでに確認したとおり「企業は利益を上げ」以外はまったく事実に反する――を強弁し、需要刺激の緊急措置は達成されたから、これからは日本産業の体力=「供給力」を強化する段階に進むのだ、と改訂を理由づけする。
   
『第2ステージ』は、

  1. GDPを600兆円に(3%成長)、
  2. 出生率を1.8に、
  3. 介護離職ゼロに、

を「新・三本の矢」として打ち出した。
   
これについてとりあえず三点指摘しておきたい。
   
第一に、改訂は、国民の目先を変えるための目くらましである。秘密保護法や集団的自衛権で安倍の独裁体質に批判が高まり、また当初版「三本の矢」の公約が破綻してしまったので、ガラッと話題を変えて目をそらし、選挙までもたせる狙いは見え見えであろう。防御に回らず、国民につぎつぎ新しい課題を“具体的でわかりやすい”かたちで提示し、主導権を握って引き回す手法は、小泉流である。小泉の軍師だった飯島勲氏がいま安倍の参謀についているようだから、まちがいなかろう。国民はその手に乗らず、安保関連(海外派兵)法に賛成した者を忘れないで日本政治から追放し、「安保関連法を廃止する法律」を可決しなければいけない。
   
第二に、需要拡大の課題はまったく終わっていない。そしてその要点は“支出を委縮から解放すること”にあり、具体的には実質賃金上昇とミニマム社会保障整備が柱である。
   
第三に、出生率1.8、介護離職ゼロ、はたまた女性管理職30%にしろ、実現できる条件をつくる具体的措置が不可欠なことである。それには日本の雇用や職場での働き方を大きく改善しなければならない。それは、現場労働者に無制限な無理を強い、湯水のように労働を投入して、それでも能率が低い日本の仕事の組み方のシステム、したがって経営の欠陥を、基本から見直す課題とほぼ重なる。さらに進めようとしている労働規制の緩和は、不安を高めて需要を委縮させるとともに、右の課題を覆いかくすことによって、日本経済の足を引っ張るものでもある。
   

■ われわれの立脚点

――若い世代の意識が変わりつつあること
   
こちらも話をガラリと変える。私は今年から「日本経済論」という科目を担当することになった。夏休み前、授業をひととおり終えた時点で、学生に「現在の日本経済の一番の問題点はどこにあると思うか」を自由に書いて提出してもらった。受講生は228人。少数だと偏った傾向が出る恐れもあるが、これだけ多数なら、現在の学生の世代の意識傾向がわかると考えられよう。分類・分析した結果を次に示す。
   
意外にも圧倒的に多いのが“日本の雇用、職場、働き方に問題がある”という内容で、92人(40%)にものぼった。ついで“巨大な財政赤字や税制のゆがみ”が40人(18%)、“企業経営者の質の劣化、経営の内向き”が29人(13%)、“少子高齢化”が15人(7%)と続き、その他が54人(24%)であった。その他では「政府がうまく機能していない」「国民の心理が委縮している」「日本の組織の悪い面が出ている」「購買力支出縮小というマクロのアンバランス」といったものがめだった。
   
“雇用・労働が問題”との意見から、いくつか論旨を抜き出してみよう。彼・彼女らの意見(あるいは叫び)を聞いてほしい。

――日本の職場が問題

●「労働者の賃金が一番の問題。いくら政府や日銀がマネーを供給して好景気につなげようと画策しても、その恩恵は一部の大企業で止まってしまい、市民の財布のひもは固くなるばかりだ。この停滞がマネーの好循環を妨げている以上、賃金の上昇が最も必要である。そのためには労働組合がより力をもつべきだと思う」。
●「日本経済の問題点は何といっても、過労死してしまうまで働く人がいる一方で職が見つからない人がいるという労働市場のいびつさにある」「日本の大部分を占める労働者は疲弊し、消費を行わなくなり、政治へ関与する力もそがれ、日本の経済はその主である労働者がほぼ関与できない状態になっている。これが停滞をもたらす」「日本経済の問題点は労働環境にある。会社は平気で労働者に違法なサービス残業をさせ、世論はそれを問題提起しないというかできない。それほどまでに仕事にエネルギーを注いでいるので、家族、地域、政治にまで関与する気力を持てない」「人々は政治に関心を持つ時間や余裕がなく、彼らの声は政治に反映されなくなってしまう」。
●「非正規雇用の増加は能力のある若者の活用を困難にする。……また少子化にも結びついている。これらを解決するためには、労働組合が団結して力を強めることが必要である」「オランダ・モデルのように非正規の格差を小さくする制度にすべき」「企業側に力が集中し、労働者は企業に従うしかない状態に問題がある。非正規雇用者も加入する労働組合の運動を活発化させ、労使間関係を対等にする必要がある」。
●「就職活動を行う身としては、俗にいうブラック企業の増加は深刻な問題である」「最近の若者は車も買わないなんて言葉を聞くが、そりゃその収入ではそんな余裕はないだろう。まして結婚して子供を作るなんて厳しい。これだけ社会問題になっているブラック企業をいつまでも野放しにしているのは明らかにおかしい」「労働基準法に反した企業に対する罰則を強化し、また労働者側も労働法などの知識を身につけ、自分の身を自分で守る意識が必要」「労働者がサービス残業といった違法な行為を訴えていく必要もあり、日本人の集団的な付き合いといった考え方も改めなくてはならない」。
●「学校で金融教育が必要といわれるが、今の日本ではそれよりも中学・高校・大学で労働法教育を必修にする方が緊急」(いい提案だ……伊藤)。

──いかがだろうか。上記は創作ではない。予想外であり、腰が抜けるほど驚き、見直した。事実を鋭くとらえており、課題も的確であると思う。現実はここまできているというべきか。われわれが立ち遅れていてはいけない、と最後に訴えたい。
   
(11月16日)
   
   

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