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●2015年5月号
■ 日本的雇用の変質と「アベノミクス」の雇用改革
   立松 潔

   

■ 好調な新卒採用とフリーターの中高年齢化

3月20日発表の厚労省資料によれば、今春卒業の大学生と高校生の就職内定率(2月1日時点)は大卒が前年同期比3.8ポイント上昇の86.7%、高卒は2.1ポイント上昇の92.8%であった。大卒は4年連続の改善で2008年春卒以来7年ぶりの高水準、高卒は1993年春卒以来22年ぶりの高水準だという。このような学生達の就職状況の改善は確かに喜ばしいことである。しかし、就職氷河期のことを思い出すと、学生の努力や能力とは関係ない経済動向によって一生が決まってしまうことには割り切れない気持ちも抱かざるを得ない。
   
バブル崩壊後の就職氷河期には多くの学生が就職が決まらないまま卒業していき、いわゆるフリーターとして低賃金・不安定雇用のもとに置かれている。文科省の「学校基本調査」によれば、バブルのピークの1991年3月卒業生の場合は卒業無業者の割合は大卒者の5.2%に過ぎなかった。しかし、バブル崩壊とともに増え続け、就職超氷河期の2000年3月卒から04年3月卒までの5年間は、就職が決まらないまま卒業した学生が20%以上に達していたのである(ピークは03年卒の22.6%)。
   
その後景気が回復しても彼ら既卒者を正規雇用として採用しようとする企業は少なく、現在ではフリーターの中高年齢化が深刻な問題となっている。総務省の「労働力調査」結果を見ると、新卒採用の増加により年齢層15〜24歳(在学中を除く)の非正規雇用の割合は2013年の32.3%から14年には30.7%へと低下しているが、25〜34歳は27.4%から28.0%へ35〜44歳は29.0%から29.6%へと逆に増加している。
   
日本独自の雇用慣行である新規学卒者一括採用(新卒一括採用)という枠組みから既卒者は排除され、正社員として就職するには中途採用に応募せざるを得ない。しかし、日本では新卒一括採用が雇用の大きな柱になっているため、中途採用の門戸は狭い。しかも新卒採用とは違い、中途採用では実務経験や資格が選考の際に重視されるから、実務経験も資格も持たないフリーターにとって正社員としての採用はさらに狭き門になってしまう。
   
以上のような既卒者の不利益を緩和するため、厚生労働省は2010年11月に青少年雇用機会確保指針を改正し、卒業後3年以内の既卒者に対しては新卒枠での応募を受け付けるよう事業主に要請している。しかし、就職情報サイト「マイナビ」の調査によれば、2014年8月末時点で、現役学生の内定率が69.8%だったのに対し、既卒者の内定率(14年9月時点)は30.7%に過ぎず、また、アンケート調査では約8割(77.7%)の既卒者が、既卒未就業者を採用対象としている企業探しに苦労したと回答している。このように、卒業後3年以内の既卒者ですら正社員としての就職が難しい現状では、3年を超える年長フリーターの正社員就業が、いかに困難であるかは明らかであろう。
   

■ 非正規雇用の急増とその背景

バブル崩壊後のデフレ不況期に新卒採用が減少したのは、1つには不況の長期化による企業経営の悪化で企業が人員削減を余儀なくされたからであるが、単にそれだけではない。政府と経済界が進めてきた雇用政策転換の結果でもある。重要な転機となったのは1995年5月に日経連が出した報告書「新時代の『日本的経営』」である。この報告で注目されるのは、今後の雇用形態について、長期継続雇用という考え方に立つ「長期蓄積能力活用型グループ」の他に、必ずしも長期雇用を前提としない「高度専門能力活用型グループ」と「雇用柔軟型グループ」の活用を提起したことである。
   
そしてこれ以降、正規雇用の削減と雇用柔軟型の非正規雇用の増加が急速に進展する。正規雇用は管理職、総合職、技術職およびその候補などに限定され、少数精鋭化が進むと同時に、それまで正社員が担当していた一般職、技能職、販売職などが非正規雇用に置き換えられていったのである。こうして、家計補充のための主婦のパートタイマーか学生アルバイトが中心だった非正規雇用に、(新卒一括採用から外れた)青年層が多数組み込まれていくことになった。
   
その結果、1990年には雇用者全体の20.2%、95年の段階でも20.9%にとどまっていた非正規雇用は、その5年後の2000年には26.0%へと一挙に増加し、05年には33.0%と、全体の約3分の1に達することになる(総務省統計局「労働力調査詳細集計」)。2000年代後半に格差の拡大やワーキングプアの問題がマスコミ等でも大きく取りあげられるようになったのはそのためである。また、2008年9月のリーマンショック後の世界同時不況の際に、製造業において大規模な派遣切りが行われたことも記憶に新しい。その後非正規雇用の増加のテンポは弱まったものの、その割合は2010年には34.4%、14年には37.4%と引き続き増加を続けている。
   
政府も非正規雇用の拡大を特に派遣労働の規制緩和によって支えることになる。1985年に労働者派遣法が制定された際は専門業務(13業務)に限定され、例外的な働き方としてのみ認められていた派遣労働は、日経連の報告書が出された翌年の96年には対象業務が26業務に拡大され、さらに99年には対象業種が原則自由化されることになる。禁止業務(港湾運送,建築,警備,医療,製造業)以外は原則認められるというネガティブリスト方式への転換である。そして小泉政権下の2003年(施行は04年)には製造業への派遣も解禁され、08年の派遣切り事件まで増え続けることになる。その結果2000年には33万人だった派遣労働者数は05年には106万人、08年は140万人になっている(その後いったん減少し12年には90万人となったものの、その後再び増加し、14年は119万人)。
   

■ 企業の人材育成機能の低下

実務経験のない既卒者が単純な仕事しか与えられない非正規雇用を続けていては、高度な職業能力を身に付けることは困難であり、景気回復により中途採用市場が拡大しても正規雇用での就職は難しい。彼らの職業能力向上のための公的支援が不可欠であるが、日本では職業教育に関する公的な支援制度は極めて不十分である。かつてはほとんどの若者が新卒一括採用で就職し、企業内の教育研修で職業能力を身に付けることができたため、公的な支援へのニーズは大きくはなかった。しかし非正規雇用の労働者がふくれあがってしまった現在、職業能力開発に対する公的支援の拡大充実が急務の課題となっている。
   
しかも、正社員に対する企業内研修や日常業務を通じた教育訓練(OJT=オン・ザ・ジョブトレーニング)による能力開発も、かつてと比べると機能低下が指摘されている。バブル崩壊後のデフレ不況期に新卒採用が抑制されたため正社員1人当たりの労働負担が大きくなり、新入社員や若手社員への教育指導に十分な時間が割けなくなっているからである。また経営難により研修費の削減が進んだことも企業内教育の後退をもたらすことになった。
   
『平成22年版労働経済白書』はこの時期の日本企業の雇用制度(賃金・処遇制度)の変質について次のように批判的に総括している。すなわち、「バブル崩壊以降の雇用システム改革では、コスト抑制志向が強まり、平均賃金の低下や格差の拡大をともないながら、我が国の所得、消費の成長力が損なわれ、さらには、労働生産性停滞分野で不安定就業を用いる傾向が強まるなど、産業発展の可能性が狭められることとなった」。「今までの雇用システム改革では、本来、目指すべき付加価値創造能力の向上が、人件費抑制志向に打ち消されてきた感があり、不安定就業層を増やし、所得・消費の縮小をもたらしながら、労働者の技術・技能の蓄積を損なう側面もあった。大企業中心に取り組まれた賃金・処遇制度の改革も、賃金格差を拡大させ、人々の生きがい、働きがいを損なった面もある」(206頁)。指摘されているように、単純作業にのみ従事し、職業能力の向上(スキルアップ)の機会を与えられない非正規の低賃金労働者を増やすことは、日本経済全体の人的能力の低下をもたらし、経済発展の足を引っ張るとともに、消費を低迷させデフレ不況を長引かせることにつながったのである。
   

■ 残業代ゼロ制度強行の背景

以上みたように、これまでの雇用改革は正規雇用を非正規雇用に置き換えて賃金コストを抑える方向で進んでいた。しかし、基幹業務にあたる正社員を減らしすぎたことは、従業員の年齢構成の世代間バランスをゆがめ、企業内教育の機能低下など企業組織上の問題を引き起こしている。しかも、いくらコスト削減のためとは言え、際限なく正社員の削減を進めるのが困難なことは明らかである。そこで次に進められようとしているのが、正社員の労働強化と賃金抑制によってコストパフォーマンス(費用対効果)をこれまで以上に引き上げようという改革である。安倍内閣が4月3日に閣議決定した労働基準法など労働関連法の改正案はまさにそのための試みにほかならない。
   
現在政府が強行しようとしている法案には、労働時間管理に関する規制緩和が盛り込まれており、特に問題なのは「特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)」すなわち残業代ゼロ制度(ホワイトカラー・エグゼンプション)の創設である。同法律案要綱によれば、これは「職務の範囲が明確で一定の年収要件(少なくとも1000万円以上)を満たす労働者が、高度な専門的知識を必要とする等の業務に従事する場合に、労働時間、休日、深夜の割増賃金等の規定を適用除外とする」ものである。わかりやすく言えば、成果を達成するために残業や休日・深夜労働を行っても、企業はそのための割増賃金を支払う必要がなくなるというのである。企業にとって賃金コストの抑制につながることは言うまでもない。法案が今国会で成立すれば来年4月の施行となる。
   
法案で定められている1000万円以上という年収要件に当てはまる労働者は全体の3.9%程度に過ぎず、そのうち大多数は管理職であるため、新たに残業代ゼロになる者は現時点では少数(1万人以下)にとどまるともみられている(「日経新聞」15年4月2日)。しかし、いったん法律が成立してしまえば、条件を緩和することは容易である。かつて派遣労働がごく一部の専門職にのみ適用される例外的な措置とされたにもかかわらず、その後なし崩し的に対象職種が拡大されたことをみればそれは明らかである。
   
この残業代ゼロ制度に対して、全労働(全労働省労働組合)が現場で働く労働基準監督官に行ったアンケートでは、導入に賛成は13.3%に過ぎず、53.6%が反対と回答していたという(33.1%は「どちらとも言えない」と回答)。毎日新聞の取材によれば、監督官からは「残業に対する企業の意識を変えないまま労働時間の規制から除外したら、残業させ放題になる」、「労働時間の規制は労働者を守るための基本。それを除外することは、監督指導の根拠を失うことにもつながる」との懸念の声が寄せられたという(「毎日新聞」2015年4月3日)。
   
今回の法案でもう1つの問題は、裁量労働制の対象が広げられたことである。裁量労働制とは業務の遂行方法が大幅に労働者の裁量に委ねられる場合に、実労働時間ではなく、あらかじめ想定したみなし労働時間で賃金を支払うものである。ホワイトカラー・エグゼンプションとは異なり、深夜や休日に働いた場合は割増賃金が支払われるが、実際に働いた時間が想定を超えても追加の残業代が出ないという点では、残業代ゼロ制度の一種であるとも言えよう。
   
現在の裁量労働制には、専門的な職種の労働者を対象とする「専門業務型」と、経営の中枢部門で企画・立案・調査・分析業務に従事する労働者を対象とする「企画業務型」の2種類があるが、今回の改革は、この企画業務型の対象をさらに広げようというものである。特に注目されるのは、専門的知識を持って顧客の経営課題の解決につながる提案を行う営業職を新たに加えるという点である。具体的には「高度な金融技術を使って企業の資金調達を支援する銀行員や、顧客の事業に対して複雑な保険商品を組み合わせてすすめる損害保険会社の社員、顧客企業にあった基幹システムを提案する営業担当者など」(「日経新聞」15年4月2日)が想定されているという。この裁量労働制の改革によって対象に追加される労働者がどの程度になるかは明らかでないが、一説では数万人にも上り、その影響はホワイトカラー・エグゼンプションを上回るのではないかとも言われている。
   

■ 正社員不足と限定正社員

先ほど指摘したように、デフレ不況期に正社員を減らしすぎたことは現在の企業経営に深刻な問題を引き起こしている。帝国データバンクの今年(2015年)1月の調査によれば、正社員が不足していると回答した企業は全体の37.8%に達しているという。しかし、それにもかかわらず中途採用の正社員への求人は低いままにとどまっている。最近の景気回復で雇用状況も改善されたと報じられているが、それは新卒採用と非正規雇用にとどまっており、正社員の中途採用には及んでいない。パートタイムの有効求人倍率は昨年(14年)の平均で1.38、直近の今年2月が1.61と高い水準であり、人手不足状態にあるが、正社員の有効求人倍率は昨年平均が0.66、今年2月が0.75であり、依然として厳しい状況にある(厚生労働省「一般職業紹介状況」)。
   
正社員の不足は情報サービス、建設、医薬品販売などで深刻であり、専門的な資格や知識、実務経験を持った人材が特に不足しているのだという。中途採用でそのような即戦力となる人材を確保するのは難しく、企業内での教育研修やOJTでは一人前になるまで時間がかかる。同じ時間をかけるなら、中途採用ではなく新卒採用を増やすことで対応し、当面の人手不足は正社員の長時間労働と労働強化で乗り切ろうというのである。そしてそのような長時間労働のコストを抑えるための「改革」が、残業代ゼロ制度の導入というわけである。
   
しかし、根本的な問題は単純労働にしか従事できない非正規雇用が増加し、日本経済全体で人材面での劣化が進んでいることである。公的な職業能力開発施策を充実させることでフリーターにもスキルアップの機会を提供し、正社員への道を広げていかなければならない。
   
これに関連して注目されるのは、非正規雇用の正社員化の動きである。昨年はスターバックコーヒーやユニクロ(ファーストリテイリング)などが非正規社員の正社員化を発表して話題になった。小売業や外食産業などでは人手不足が深刻化しているため、非正規の正社員化によって人材の定着(囲い込み)を図ろうというのである。また、景気回復と少子化により新卒採用市場が売り手市場になり、新卒採用だけでは正規雇用の確保が難しくなっていることも背景として考えられる。ただし、以上のような非正規の正規化の動きはまだ一部にとどまっており、景気が後退すれば尻すぼみになる恐れもないではない。今後の動きが注目される。
   
もう1つの留意点は、非正規の正規化の場合、多くが限定正社員として採用されていることである。限定正社員とは、無期労働契約でありながら、職種、勤務地、労働時間等が限定的な正社員をさす。労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査によれば、2010年において従業員総数に占める限定正社員の割合は18.5%に達しているという(JILPT「多様な就業形態に関する実態調査」2011年、37頁)。しかし、今後限定正社員の人数が増えるとともに、企業側からはその雇用ルールの規制緩和を求める動きが強まることが予想される。勤務地の事業所閉鎖や業務縮小の際に、勤務地限定や職種(業務)限定の正社員については、一般の正社員より解雇しやすくするよう雇用ルールを改めるべきであるというのである。非正規雇用の正規化は雇用の安定という点で歓迎すべきであるが、限定正社員の雇用自体が不安定化するようでは元も子もない。今後はこのような雇用ルールの改悪についても警戒を強め、早い段階で食い止めていかなければならない。
   
   

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