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●2013年12月号
■ 世界初の自然災害と原発事故の同時発生
  ――「複合災害」の観点含めた、被害の検証が必要――
   宮城県護憲平和センター  菅原 晃悦

   
   

■ 1. 「複合災害」による「特有の被害」

3.11東日本大震災から3回目の冬を迎えようとしています。被災現地の多くは未だ復興からほど遠い状態を余儀なくされるなど混乱が続いています。2万人余りの犠牲者を出し、今なお多くの犠牲をもたらし続けているこの大震災は、「地震・津波」被害に“東京電力福島第一原発事故”による「放射能」被害が複雑にからみあう「複合災害」として捉える必要があると感じています。
   
地震学者の石橋克彦氏が、『科学』(岩波書店 1997年10月号)で、「原発震災」という言葉・概念を提唱し、震災軽減の重要な一環としてその回避を訴えた「地震が街に被害を及ぼすと同時に原発にも事故を発生させ、通常の震災に加えて放射性物質による被曝でも多くの人が死傷する。原発から大量の放射性物質が漏れ出すと、被曝を恐れ、地震被災地に救援物資や応援部隊を送り込むことができなくなる。交通網の寸断で避難も難しくなる」との指摘は、紙一重で免れた事象もありますが、ほぼ指摘されたとおりの被害となりました。
   
「原発から南西3kmにある双葉総合病院の入院患者333人と近くにある同系列の介護施設入所者100人の計433人の内、3月12日からはじまった避難により50人が亡くなっている。30km圏の特別・擁護老人ホーム、12施設入所者826人中、事故後3カ月で77人が亡くなっている。これは前年比の3倍である(福島:石丸小四郎氏調べ)」等は、まさに石橋氏の指摘の通りです。
   
しかしながら、「原発震災」が現実に起きてしまった今となっては、こうした痛ましい被害であっても、「被害の一面でしかない」ということを伝えなければなりません。
   
東電福島第一原発事故は、原発の単独事故であったチェルノブイリ事故とは異なる、自然災害の元で発生した世界で初めての原発事故です。放射能の健康影響等「共通する被害」のみならず、自然災害に加えた原発事故の「特有の被害」があるからです。
   

(図表)
   
「特有の被害」と考える主な点をあげれば、

  1. 「情報の遮断により、原発事故の発生さえ知り得ない多くの被災者が多数存在する」
  2. 「自然災害の復旧・復興に大きな支障を来す」
  3. 「根源の異なる被害が混在し、被災者間の分断が生じやすく、援護策も多様になる」

等です。ですから、「チェルノブイリ事故に学ぼう」だけでは、ともすれば、原発事故による「特有の被害」を切り捨てることにつながりかねないのです。
   
逆に、健康影響等を考える際には、チェルノブイリ原発事故の「特有の被害」につながった、「山間部での事故=キノコ等の摂取」「事故当初の強制避難が、30km圏12万人にとどまっていた」等についても考慮する必要があります。自然災害の元で発生した福島第一原発事故の「被害の事実」から出発することが大切だということです。
   
ですから、「複合災害」の観点から、福島原発事故の深刻な被害実態と同時に、原発から一定離れた宮城の「特有の被害」についても、世界に向けて発信する必要があると感じるのです。
   
特に、自然災害が多発している今日においては、地震・津波による原発事故の誘発に限らず、原発の「単独事故」であっても、大雨や竜巻被害などの自然災害の復旧・復興に大きな影響を与えかねません。原発立地自治体のみならず、原発から離れた地域の皆さんにも、「複合災害」の被害現状を知って頂きたいと考え、以下に報告をします。
   
   
・1) 被災者の救助・捜索に大きな影響
放射能の飛散量が比較的少なかった(とされる)宮城県の沿岸部(福島第一原発から約50〜180km)の被害を把握するためには、「複合災害=特有の被害」の観点が必要です。津波被害の惨状は省略しますが、救助の困難さだけではなく救助される被災者側の視点で捉えることも重要になります。救助する側は、「被曝を恐れる」ことは(政府の情報発信にもとづくが)可能ではありました。しかし、救助される被災者は、「寒さに凍えながら数日間情報が遮断された学校やビルの屋上で救助を待って」おり、“原発事故の発生さえ知り得なかった”のです。もちろん、原発事故の発生を知り得たにしても、仮に大量の放射能が飛散していたとしても「被曝を防ぐ方法はなかった」のです。
   
実際の救助活動においては、政府の「放射能情報」の隠蔽というより、経験したことのない大津波の惨状を目の当たりにしたことから、人道的観点で救助に向かった方がほとんどだったと推測されます。というのも、私の所にも「雨が降っているが放射能は大丈夫か」と電話で相談される方が少なくなかったからです。放射能がどの程度飛散しているかがはっきりしない中では、本来は「行かない方が良い」と言うべきでしたが、とても「こうあるべき」と言うことが出来ず苦悩したのも事実です。宮城の犠牲者は1万人を超えていたことから、子どもの行方が分からない、両親の行方が分からないなど、ほとんどが「家族の捜索」であり、「被曝の影響」を知っていても捜索を続けられた方は大勢いたと推測されます。
   
もちろん、紙一重で事故を免れた女川原発が事故に発展していれば、オフサイトセンターさえ津波により壊滅状態(=原発反対の方でもほとんど想定していなかった)であったことから、「救助を待っていた方」さえ置き去りにされていた可能性を否定するものではありません。
   
高濃度の放射能が飛散した福島の沿岸部にあっては、政府による「強力な立入制限」によって「捜索を断念」せざるを得ませんでしたが、行方不明者の家族や捜索関係者にとっては、本当に無念であったに違いありません。今なお、「お墓に葬ることが出来ない」「お参りにさえ行けない」という、原発事故の理不尽さも耳にしています。
   
   
・2) 災害の復旧・復興に大きな影響
宮城県内で最大の被害を受けた石巻市では、約4000人(死者・行方不明者)が犠牲となりました。8月までは行方不明者の捜索が続けられ、本格的な災害廃棄物(ガレキ)の撤去や処理が他の自治体に比べ遅れることとなりました。
   
仙台市と比較する形で石巻市の震災廃棄物撤去の遅れを問題にする向きもありますが、「ガレキをかき分けての行方不明者捜索を最優先にした」という事実を知らずに言っているのだとすれば残念なことです。石巻の被害の大きさは、震災廃棄物の量の多さ(県内の半分以上)にも現れており、その処分方法も困難を極めました。災害廃棄物の広域処理の善し悪しは述べませんが、「放射能」が自然災害の復旧・復興にとって大きな足かせになったことは事実です。
   
さらに、原発事故の影響は放射能やガレキ問題だけではなく、自治体の人員不足、業者不足、資材不足にも拍車をかけています。昨今発生している、自然災害の復旧・復興についても少なからず影響を受けているのではないでしょうか。福島をはじめとする被災者は、原発事故の終息作業や除染作業に影響を与えかねない「東京オリンピック」は、複雑な想いで受け止めていると思います。
   
   
・3) 追いつかない援護策、分断・対立も助長
原発事故被害と地震・津波被害が混在している中での復旧・復興については、被災者一人ひとりの置かれた事情を加味しながら推進していくことが必要になります。被害の原因の違いにより、賠償に差が生じるのは仕方ありません。しかし、問題はどの賠償にせよその内容が不十分なことです。このため、被災者間の分断や対立、差別を招きかねません。現に発生している感情のすれ違いは、東電の「地震・津波被害の区分け」を強いる補償のあり方、政府の「復興」ありきの援護策が大きく影響しており、こうした課題が惹起すること自体も、「複合災害」がもたらした「特有の被害」だと言えます。
   
「復興」ありきの援護策に対し、「放射能被害に復興はない」と強調する傾向も見受けられますが、生活再建が求められている津波被災地の復興にとっても、真に役立つ援護策にはなっていません。津波被災を受けた沿岸部では、漁を再開しなければ加工場の復興や流通関係の復興にも影響しますから、海の中のガレキを除去し、岸壁や工場の復旧を急ぎ、漁の再開に向けての努力が続けられてきました。
   
しかし、復旧にこぎつけても、政府の「放射能」に対する対策の不十分さによって、「販売の回復」が困難になっているのです。自然災害の復旧・復興の援護策にあっても、放射能被害の観点での援護策が必要であり、政府の被災者間の分断さえ利用しているかに見える「放射能被害の切り捨て政策」に惑わされず、真に復旧・復興につながる援護策を求めていくことが必要です。
   
   

■ 2. 国の責任を明確にした援護法が必要

こうした放射能被害を発生させた原発事故の責任は、東電だけではなく国の責任でもあります。放射能被害に対する東電の「損害賠償責任」は当然ですが、

  1. 原子力政策を国策として進め、事故を未然に防げなかった責任、
  2. 「放射能の拡散情報」を隠蔽して国民を被曝させ、一生涯健康影響を心配させる事態を引きおこした責任、
  3. 放射能の拡散で、国民の幸福追求権、生存権、財産権を侵した責任

は、国が第一義的に負うべきであり、「国の責任」に基づいた、「(仮)原発事故被災者支援法」が必要と考えてきました。
   
しかし、その具体化に向けては、議員立法で成立した「原発事故子ども・被災者支援法(以下、支援法)」さえ無視する政府の姿勢を見ても、容易なことではありません。
   
以下に「支援法」の成立やその後の経過を含め報告します。
   
   
・1)「支援法」の具体化が先決
原発事故後、原発事故の被害の救済のため、「放射性汚染物質対処特措法」(2011年8月30日公布、2012年1月1日全面施行)、「福島復興再生特別措置法」(2012年3月30日公布・施行)等の法律が制定されましたが、

  1. 被災者の生活再建支援策がない、
  2. 県外避難者が対象外、
  3. 福島県外は、一定以上の線量(年間1ミリシーベルトの被曝)を超える自治体の申請による除染しか認められない、

等の課題が残されていました。
   
こうした状況から、多くの市民団体や被災者から「救済が不十分」との声が上がり、これに応える形で「支援法」が、2012年6月21日に議員立法によって成立しました。
   
しかし、民主党政権下、異例の速さで、しかも全会一致で政府を押し切って成立したためか、予算措置さえない「理念法」にとどまったことから、「支援法」第五条の「基本方針」の策定が急がれました。
   
東北ブロック平和労組会議・フォーラム連絡会議では、「不安解消のため」として、加害者である「東電や国の責任」を明確にしない法案そのものへの疑問、この法案だけでは「損害賠償」の時効問題が解決しないなどの問題点を確認しつつも、多くの皆さんの尽力で成立した「支援法」を具体化させることが先決であることを確認してきました。
   
運動の方向性としては、

  1. 「支援法」の具体化に全力を挙げる。
  2. 「支援法」で救済できない課題については、全国に問題点を発信し続けていく。
  3. こうした取り組みを通じて、最終的には3つのホショウ(過去の損害に対する補償、現在の暮らしや健康維持のための保障、確実な将来のための保証[本誌2012年10月号参照])を基本理念とする「(仮)原発事故被災者支援法」の制定をめざしていく、

としてきました。
   
   
・2)支援法「無視」の姿勢を貫く政府
支援法成立当初は、遅くても年内には基本方針が定められ、年明けには対策が具体化すると思われていました。しかし、積み重ねられた政府交渉では、「支援法」第八条の「支援地域の基準」に責任を持つべき復興庁は「支援地域の基準策定に時間がかかっている」と逃げ、他の省庁は「支援策は準備しているが、支援地域の基準が定まっていない」とかわし続け、本年3月15日に支援法と無関係な「被災者支援施策パッケージ」が復興庁から発表されました。
   
根本匠復興大臣は、この施策パッケージについて、「支援法による必要な施策については、この対策で盛り込んだ」と説明していましたが、とても国会審議で「チェルノブイリ法に近い保障内容を想定」して制定された支援法の理念に沿った内容ではありませんでした。
   
政府の姿勢が、支援法「無視」をあからさまにしたのは、昨年末の衆議院選挙による第二次安倍内閣の発足後ですが、7月の参議院選挙の自民圧勝後にはさらに強硬な姿勢に変わりました。支援法成立から1年2カ月後の本年8月30日に、復興庁から「基本方針(案)」が示されましたが、施策の基本となる「支援地域の基準」は、「原発事故発生後、相当な線量が広がっていた福島県中通り、浜通り(避難指示区域等を除く)を法第八条の「支援対象地域」とする」と、厚顔無恥にも「一定の基準」を「相当な線量」に置き換え、法第五条三項の「政府は、基本方針を策定しようとするときは、……(中略)……住民、当該地域から避難している者等の意見を反映させるために必要な措置を講ずる」としていた「住民・避難者の意見」を無視し、政府がこれまで示してきた「被災者支援施策パッケージ」を基本とする姿勢を貫いています。
   
「基本方針(案)」をめぐっても、パブリックコメントの募集期間や説明会の周知期間が短いなど多くの問題があり、しかも、自治体や被災者から寄せられた4963件の意見(内2063件が「意見反映が不十分」、2707件が「支援対象地域の基準を1ミリシーベルトにせよ」)さえ反映させることなく、10月11日に閣議決定されました。
   
この背景には、国の原子力政策の下で発生した「福島原発事故」の国の第一義的責任を放棄し、「国の責任」に基づく被災者援護ではなく、東京電力が起こした事故の「損害賠償責任」に対する「国の支援」に留めようとする政府の思惑があると思われます。
   
こうした姿勢を暴露しながら、どう粘り強く運動を展開していくかが課題となりますが、あらためて広島・長崎の原爆被爆者の経験や運動に学ぶ必要性を感じています。
   
   
・3)広島・長崎の原爆被爆者の経験に学ぶ
   
(1) いつ悪影響が出るかを一生涯心配しなければならない
広島・長崎の原爆被爆者が苦しんできたのは、被曝による健康への悪影響だけではありませんでした。
   
原発事故が起こった際に、原爆被爆者(宮城在住)の方から言われたのは、「あなた達は私たちと同じ苦しみを味わうことになってしまった」「私たち被爆者は、子どもが風邪を引いても、自分が受けた『放射能の影響』ではないかと悩んだ。子どもが結婚する際も、被爆者の子どもということで破談にならないか。孫が生まれるときも、無事に生まれるだろうか、等々『生涯悩み続けてきた』」ということでした。幸いにして健康でおられる方もいますが、健康であっても「生涯悩み続けて来た」ことは大きな心の負担であったと思います。
   
低線量といえども「放射能の影響」は少なからず心配なのであり、残念なことですが否が応でも悩み続けなければならない「心の負担」を背負ってしまいました。
   
また、「癌になったのは原爆の影響だと思う一方で、原爆の影響でなければいいと思うこともあった。原爆の影響でなければ、子どもや孫に影響しないからだ」という原爆被爆者の言葉も心に残っています。誰しもが子どもに悪影響が出なければいいと願うのであり、必ずしも「健康への悪影響」を前提とした国家補償をすんなり望むことが出来ない心情も受け止める必要があります。
   
原爆被爆者からから学びつなぐのは、健康への悪影響が「出る、出ない」だけではなく、「いつ悪影響が出るかを、生涯心配しなければならない」、ということだと思います。
   
   
(2) 「心の負担」も放射能被害に他ならず
「子どもを被曝させてしまった」と悩む「心の負担」は生涯続くのであり、いかに「心の負担」を軽減するかも重要です。
   
もちろん、「心の負担」は、広島・長崎の原爆被爆者やチェルノブイリ原発事故の被災者が背負ってきた「被害」に他ならず、政府のように「心の問題」にすり替え「心配ない」と誤魔化そうということではありません。
   
原爆被爆者の疫学調査で示された、「放射線は、これ以下なら健康影響がないという閾値がない」という調査結果に学ぶからこその「心の負担」です。しかも、予め個人を特定して影響のあるなしを確定することが出来ないため、「心の負担」を背負い続けることになるのです。
   
国の責任による「早期発見・治療」体制を整えさせることや、病気により生活に影響が出た場合の「生活保障」体制を整えさせることで、被災者の「心の負担」を少しでも軽減させることも必要な援護策だと思います。
   
   
(3) 広島の被爆者運動の経験に学ぶ
原水禁広島大会で、広島の金子哲夫さんから「広島の被爆者運動の経験」を学ぶ機会がありました。
   
金子さんは、「国の責任で健康診断をやれと地域で闘ってきたが、被爆者の思いも様々でなかなか進まなかった。ふと気づくと職場段階の取り組みがおろそかになっていることに気づいた。被曝の影響で体調が思わしくなく、休みがちになっていた労働者が『差別』を受けていた。国の責任による健康診断はもちろん必要だが、『国の責任』や『差別』をなくすのには時間がかかる。今必要なのは、『定期的な健康診断』であり、もちろん国に対しても求めていくが、職場段階での『定期的な健康診断』を求めることも重要ではないか。そうした取り組みを通して『差別』問題も解消していこうと、労働組合レベルでの闘いが始まった。闘いの中で、多くの組合に『被曝二世協』も結成され、息の長い闘いが継続している」と話されていました。
   
組織として闘うことの重要性や、足下の職場から闘いをつくることの大切さ、闘いの中で差別を解消してきたことに学び、長い闘いを粘り強く担う必要性を感じました。
   
   

■ 3. 「人権侵害」が、「脱原発」の根拠

「支援法」無視の政府の姿勢は、「支援法」でクリアできない「損害賠償」の問題、被災者の「自立支援」に対しても大きく影響します。「損害賠償」については、日本弁護士連合会が、「被害者が被った損害の内容によっては、最短で2014年3月10日の経過により時効を迎える可能性があり、被害者の権利の救済が阻害される事態が生じる」ことになることから、「国は、1日も早く被害者を時効消滅の不安から解消するべく、一義的でわかりやすい立法措置を採らなければならない」と訴えています。
   
現状では、被害の算定や請求の難しさから「泣き寝入り」する小規模事業者や個人農家などは宮城県にも多くいます。例えば、2008年6月に発生した岩手・宮城内陸地震で被害を受けた栗駒山麓南東の耕英地区は、全国から寄せられた義援金などで復興に向かってきました。東日本大震災の被害も受けましたが、地域の協力や助成制度等を活用し「イワナ養殖」などもなんとか軌道に乗せられるまでに復活しました。しかし、原発事故による風評被害≠フ直撃を受け、今年に入って廃業に追い込まれたのです。
   
また、前年度との収入比較(収入減の算定)が困難であったり、請求しても補償が遅れたり認められない方も多くおり、資金繰りが困難なことによる廃業は今後も予想され、時効消滅の不安を早期に解消する立法措置が必要です。
   
「自立支援」については、東京電力まかせの補償のあり方が、被災者の自立を妨げているという問題があります。
   
例えば、放射能の影響を受けた原木シイタケ(露地)農家ですが、使用できる原木(50ベクレル/kg以下)の入手が出来ず休業に追い込まれています。休業補償はありますが、販売の回復まで考えれば家業として子どもたちへ引き継ぐことはためらわれます。また、引き継ぐことを予定した設備投資の借入金も負担となり、転業も容易ではありません。施設栽培への切り替え(100ベクレル/kg以下の原木の使用が可能との研究結果)も検討されていますが、販売回復の見込みや施設栽培への設備投資資金の問題が残ります。転業や廃業で打ち切られる現行の休業補償では、被害者の救済にはつながりません。「家業の喪失」に対する賠償や国の責任による「自立支援策」が求められます。
   
以下に、原水禁東北ブロックニュースの抜粋を掲載しますが、被災地では原発事故「被害」=「脱原発」と短絡的に捉えては、被害の回復につながりません。事故以前から続く労働者被曝などの「人権侵害」が事故後も続いているからこそ「脱原発」が必要なのであり、「(仮)原発事故被災者支援法」の制定に向けても、「『人権侵害』がどのように拡大しているのか」の視点で捉える事が重要と考えています。


◆原発事故による風評被害は青森にも!
3.11の東日本大震災被害は、青森県においては八戸を中心とした太平洋岸に集中しました。放射能被害については、農産物や観光業の分野で「風評被害」が発生しており、風評被害については、JAが農産物を対象に取りまとめて賠償請求をしていますし、旅館・ホテル等は、宿泊客のキャンセルや減少に伴う損害に対して賠償請求を行っています。


◆支援や交流力に脱原発実現!(秋田)
秋田県でも、7月1日現在で842人の避難者が生活を送っており、避難している保護者・児童への教育支援、交流の場の提供、生活相談への対応、親子スキー教室の開催等に取り組んできました。このような取り組みを平和労組会議や社民党が恒常的に展開してこそ、原子力ムラの解体と脱原発社会実現の展望が開けるものと確信します。


◆賠償の遅れから廃業も!(岩手)
福島から250km離れた岩手でも放射能汚染問題の影響は深刻です。未だにシイタケをはじめとする農産物をはじめ野生のシカやクマ、川魚のウグイやイワナ、海産魚のクロソイにまで広がっています。
   
今年3月から、ようやく岩手県についても原発事故の農林水産業者、食品加工業者・流通業者への風評被害も賠償対象となりましたが、「あまりに国や東電の対応が遅すぎる」「逸失利益の証明と言っても、沿岸部に処理業者が集中して、内陸部は後回しだ。時間がどんどん過ぎて時効が迫る」との怒りの声が上がっています。
   
事実、県南部の中山間地域のシイタケ栽培業者の多くが今春の「植菌」を見送り、40年続けてきた栽培を断念した業者も出てきています。さらに、規制のかかっていない県北地域でも、原発事故前の価格から1/5の1000円/kgにまで下落し、県全体の生産量も半減しているのです。


◆避難者の支援制度の継続必要(山形)
山形県内でも多くの避難者が厳しい生活を余儀なくされていますが、約8割が警戒区域や計画的避難区域以外からの「自主避難者」といわれています。多くは、放射能から子どもを守るための母子避難で、夫や家族と離れて暮らす状態が長期に及んでいることから、福島と山形の二重生活による経済的・精神的な負担が大きくなっています。
   
しかし、国の補償や支援制度の期限による打ち切りが予定されており、「福島原発避難者の会」が山形県に、
   
(1)来年3月で期限切れとなる住宅無償提供の無期限延長、
(2)子どもの健康問題ではホールボディカウンターによる内部被爆検査・血液検査・尿検査の実施(避難先では甲状腺が受けられない)、
(3)福島の家族に会いに行くための高速道路料金の無償化等々、
   
の要望書を提出しています。


◆まずは、被災者に向き合う(宮城)
東日本大震災は、特に沿岸部が大津波を被り、未だ10万人を超える方が、仮設住宅や借り上げアパートで仮住まいを余儀なくされています。沿岸部の産業の復旧・復興も全国の御協力を頂きながら徐々に進んでいますが、地盤整備や農地の除塩など復旧にはまだまだ時間がかかります。復興に最低限必要な、住まいと仕事の再建が思うように進んでいないことから、人口流出も大きな問題となっています。復興庁が昨年末に示した「住まいの復興工程表」は、とても将来展望を描けるものではなく、復興を見ずして、「地域崩壊」に至る心配さえあります。
   
加えて「放射能被害」ですが、汚染された稲ワラ(4800トン)や牧草(4万1000トン)、キノコの原木(約157万本)等の農林業系副産物の処分も大きな課題です。県は国の方針通り、平均8000ベクレル/kgを超える稲ワラ以外は、一般廃棄物に混焼して処分(岩手県の「一ノ関方式」)するとしていますが、住民理解が得られず、未だ多くは農家が保管したままです。


◆福島原発災害の現状と健康不安(福島)
2013年7月8日原発の新規制基準が施行され、電力各社は再稼働をめざしこぞって審査を申請しました。日々深刻さを増している原発災害の現実をどの様に見てきたのでしょうか。未だに一〜三号機は放射線量が高く、毎日400トンの地下水が原子炉建屋内に流れ込み、汚染水が溜まり続ける状況。これだけ深刻な被害を出しても再稼働をめざしていることに、被災者の誰もが信じられない状況です。
   
県内では除染も行なわれていますが、除染が必要な住宅の1割も完了していません。除染後、日数がたって線量が上昇しているところもあります。甲状腺検査も行われていますが、2011年・2012年度の県民健康調査で合計27人が甲状腺ガンと「確定したか疑いがある」とされました。「専門家」と言われる方々は、「検査機の性能向上も一因」「科学的に見て、原発事故の影響とは考えられない」「心配する必要ない」とまで言い切っています。
   
政治的とも受け取れる発言、はじめに結論ありきの偏った「科学的知見」に対して、二次検査対象となった子どもの母親などからは大きな不安の声が上がっています。

   
   

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