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●2012年1月号
特集・2012年 世界と日本の経済・政治・労働
■ 新たな危機と向かい合う世界経済
   北村 巌
 
 

■ 1. 深まる欧州危機

(1)イタリアへの飛び火
ギリシャから始まった欧州債務危機は、とうとうイタリアに飛び火した。2011年11月11日にはギリシャでパパンドレウ首相が辞任し、連立政権が成立したかと思ったら、今度は11月14日、イタリアでベルルスコーニ首相が辞任し、モンティ元欧州委員会委員を首班とする内閣が生まれることとなった。イタリア国債が売られ、利回り急上昇、起債が困難になったことがきっかけだ。政権の担い手を政治家の手からテクノクラートに代えることでこの窮地を脱したいという理由での政権交代である。
 
イタリアの財政赤字はギリシャのように非常に悪化した状況にあったのか、といえば、必ずしもそうはいえない。確かに現在の政府債務残高GDP比はグロスベースで約130%、ネットベースで約100%と債務残高はかなり大きいのだが、それは20年以上も前に作った赤字の累積に起因しており、プライマリーバランス(利払いを除く収支)は概ね均衡しており、財政規律は少なくともフローではかなり保たれているという評価ができる。しかし、経済運営という点では、経常赤字の拡大を食い止められず、結局のところ、それがイタリア国債の利回り急上昇が起きた背景になっている。公的債務残高が大きいと、利回り上昇が利払い費を増加させ財政の悪化に直結しやすい。すなわち、利払いが利払いを生むという悪循環が加速し、債務増加の雪ダルマ構造になってしまう。
 
イタリアはもともと過去の財政赤字の累積による公的債務残高が大きく、また対外資産負債バランスも大きな負債超であった。すなわち、欧州の他国の金融機関を中心にして、外国からの資金流入に支えられて成立していた財政と国際収支状況であったことがイタリアの脆弱性だった。こうした財政金融構造をもった国は、いったん国際金融が危機モードに入った場合、経常収支が赤字であること、対外純債務が負債超であることが大きな弱点になる。金融危機モードのもとでは、銀行にとって、ソブリン(国債)といえども外国資産は圧縮の対象であり、いったんプレーヤーの一部が売却を始めて価格が低下し始めると、他の金融機関等がいっせいに売りに傾いてしまうという状況を生んでしまう。今回の場合も、急にイタリアの財政問題が悪化したということではなく、大手金融機関の側の事情による売却が、イタリア国債の利回り上昇を招いたのである。債務危機というよりは金融危機のもたらす現象と捉えるべきであろう。金融面での十分な公的介入や政権交代などなんらかの政治的な転換によって市場心理を安定させられなければ、危機は深まっていく。
 
(2)EU協定の改正へ
12月8日、EU首脳会議を前にしてECB(欧州中央銀行)は利下げ(1.25%→1.0%)を行った。利下げ幅が0.25%と小さかったこと、記者会見でドラギ総裁が欧州国債の購入拡大に否定的な発言を行ったことで、欧州債券市場ではイタリアやスペインの国債の価格が下落(利回りは上昇)し、世界の株式市場は下落した。
 
こうした市場の短期的な反応はともかく、問題は流動性の供給で解決できる範囲を超えてきており、欧州全体での財政赤字抑制の確固としたメカニズムを作り、また金融機関の自己資本の強化を早急に行う必要がある。
 
前者について言えば、本質的、長期的には欧州の財政統合が必要であり、その第一歩として共通債の発行が欠かせないと思われる。これまでに合意されている対策としては、市場から資金を調達できなくなったユーロ圏加盟国を厳しい条件付きで支援する現在の制度EFSFを基にしてEMS(欧州安定機関)という恒久的な危機対応の機関を2013年7月1日に設立する予定である。
 
12月8、9日のEU首脳会議では、このESMを前倒しで2012年7月までに発足させることを決めた。また、債務危機の再発防止に向けて、単年度の財政赤字をGDPの0.5%以下に抑えることを柱とした財政規律の強化策で基本合意した。一方で、財政規律を厳格化する新たな「財政協定」をEUの基本条約に反映させるための条約改正は、主権の制限を懸念する英国の反対を受けて見送られた。ただし、ユーロ圏17カ国と厳格化に賛同する非ユーロ圏の国にだけ適用する。ユーロ圏はGDP比3%以上の財政赤字となった違反国に自動的に罰則を科す仕組みを導入し、市場の信頼回復を図ることになった。2012年3月までの新協定策定を目指すが、罰則の内容など詳細は示されておらず、実効性に疑問が残っている。またユーロ圏からIMFへ2000億ユーロを拠出。必要に応じて危機対策に充当することとした。
 
ユーロ共通債の導入問題は2012年6月まで検討を続けるとして先送りした。ESMに銀行免許を与え、欧州中央銀行(ECB)からの資金調達を可能にする案も協議されたが、財政規律の緩みを警戒するドイツなどの反対で合意できなかった。
 
今回の合意は欧州の債務問題解決への一歩前進ではあるものの、根本的な対策にはなっておらず、今後、金融機関が自己資本の増強よりも資産圧縮による自己資本比率向上をめざす行動が続いていくと、2012年前半中に金融危機が大きく深まっていく可能性を排除できない。
 
EUの銀行監督当局を統括する欧州銀行監督機構(EBA)は首脳会談の初日12月8日、欧州域内銀行の財務状況を査定し、国債価格の下落を反映したところ、求められている自己資本の水準に資本が1147億ユーロ(約12兆円)不足していると発表した。各行に対し、2012年6月までに資本を増強するよう求める。銀行は来年1月20日までに増資計画をEU当局に提出することとした。ただし、自己資本比率を高めるための融資削減は認めず、景気に悪影響が出ないよう配慮するとしている。
 
国債下落で銀行の資本不足懸念が強まったため、EBAは域内の約70行を対象に自己資本を洗い直した。欧州国債を9月末の市場価格で時価評価したうえで、普通株と内部留保で構成する「狭義の中核的自己資本比率」が9%を下回らないよう求めた。
 
国別の資本不足額は、自国国債の値下がりが厳しい南欧が多く、ギリシャ300億ユーロ、スペイン262億ユーロ、イタリア154億ユーロの不足額となった。ただし、9月末以降の国債の値下がりは資本不足額に反映させないこととした。反映させると、銀行が今後の値下がりを恐れて国債を売り急いでしまうため、売りが売りを呼ぶパニックが起きかねない。しかし、実際の時価は9月末を下回っているわけで、銀行は将来的な損失の発生を恐れたり、銀行間市場における信用を維持するために、信用度の低くなった国の国債を優先的に売却していく行動をとることは十分に考えられる。
 
(3)危機が問う統一欧州強化か分散か
危機にあえぐ欧州経済であるが、ユーロの導入時からいずれ現行制度の欠陥が露呈せざるをえないことはおおいに予想されていた。それでも欧州統合の長い道のりの一部であるとしてユーロという統一通貨は導入されたのである。今回、英国は財政統合の方向を進めるEU基本条約に反対したことで、他の欧州諸国からの孤立感を深める結果となった。逆にユーロ圏17カ国+アルファの諸国の欧州統合の必然性への確信は強くなったのではないだろうか。今回の危機は真の欧州統合の生みの苦しみと位置づけることもできるのではないだろうか。
 

■2. 停滞感漂う米国経済

(1)緩やかな雇用市場の回復
米国経済の最大問題は雇用市場の回復が緩やかであり改善に力強さがでてこないことであろう。2011年11月の非農業雇用者数は12.0万人増(前月比)となり、米国の雇用環境は底堅く改善しているとはいえる。2〜4月に記録した月平均21.5万人増のペースとは10万人程度の乖離があり、オバマ政権の目標には程遠い。一方、11月の雇用統計では、完全失業率が大きく低下し8.6%となった。しかし、これは見かけ上の要因が大きく単純には楽観できない数値である。就業の増加より、労働参加率が低下したために統計上の失業率の上昇が抑制されており、雇用市場の改善と受け止めるのは早計であろう。
 
雇用の状況をセクターごとに見ていくと、政府部門の減少傾向が継続している。11月の政府部門は前月差2.0万人減と3カ月連続で減少した。依然として州・地方政府が足を引っ張っている状況である。2008年後半から始まった州・地方政府の減少トレンドは止まっておらず、2008年8月のピークから累計63.9万人減っている。
 
民間部門では、建設業が不振のままである。しかし、小売や専門・企業向けサービスや教育・健康サービス、レジャー・接客業などサービス部門の雇用は増加している。しかし、雇用者数は緩やかに増えているものの、増えているセクターは相対的に低賃金であり、平均賃金水準は上昇していない。労働市場は依然として企業側優位であり、一部の職種を除いて、企業は労働条件を引き上げなくても必要な人数を雇用できる状況である。コストを強く意識した企業経営態度が続いている。
 
(2)家計のバランスシート調整
米国の家計はリーマンショック以来、バランスシート調整に入ってきた。家計貯蓄率はリーマンショック前には1%まで低下していたが、2008年11月には6.5%まで上昇した。最近は緩やかに低下しており、2011年10月3.5%となっている。この水準であれば、資産価格さえ安定すれば、バランスシート調整は着実に進展していくと思われる。すでに消費者ローンに関しては、可処分所得比でみると2009年2月21.4%まで上昇していたが、2011年3月に18.7%まで低下し以後横ばい基調である。住宅ローン残高(資金循環表)もピークの2008年3月末10兆6130億ドルから2011年9月末9兆8822億ドルへと6.8%減少した。負債の可処分所得比はピークの2007年6月末1.35倍から2011年9月末1.19倍に低下している。米国の家計は全体としてはバランスシート調整中であるものの、その圧力はだいぶ緩和されたといえる。
 
家計の資産の状況はどうであろうか。全米20大都市の住宅価格(ケースシラー指数)は2006年4月をピークにし、2010年3月まで約4年間で33%下落した。以降、わずかに上昇する動きとなっており、直近の2011年8月では、ボトムから3.8%上昇した。住宅価格の水準を住宅賃貸料と比較してみると、ほぼ2000年初めの相対位置に近づいたところで横ばい安定してきているといえるだろう。賃貸料を住宅価格で割ってみた住宅の利回りは2000年頃並へと大きく回復している。住宅賃貸料自体も、2010年半ばごろまで上昇率が鈍化して一時的にマイナス基調になっていた状況から、かなり回復しており、2011年10月では6カ月前比年率で4.1%の上昇となっている。4%台となるのは2008年8月以来である。住宅ローン金利も、30年通常固定金利ローンで4.2%(11月末現在)とボトムより若干上昇したものの歴史的に低い水準である。一般勤労者にとっても住宅はかなり買いやすくなっており、これ以上の価格下落は考えにくい。今後、国内要因から逆資産効果がでてくることを想定する必要はなさそうだ。
 
そのため、今後は可処分所得の増加並みの個人消費の増加が予想される。米国景気は緩やかな拡大過程を継続する条件下にあり、不況に陥るリスクは欧州危機のあおりを受けるかどうかにかかっていると言えるであろう。
 
(3)国際収支の改善
米国は80年代同様、国際収支(経常収支)と財政収支の双子の赤字問題を抱えている。オバマ政権はドル安の維持を図りながら輸出を伸ばすことで国際収支を改善させ、それをテコにした経済成長により財政収支を改善させようという戦略を採っている。
 
まず輸出の状況をみてみよう。輸出額はリーマンショック後の2009年には前年比▲18.1%と急減したが、2010年以降は回復し、2010年は15.0%増加、2011年は9月までの累計前年比で15.8%の増加となっている。今後、欧州の需要減退によって停滞する可能性があるが、米国経済がしだいに輸出を主導役へとする移行過程にあるとみることはできる。
 
米国経済は輸出主導に体質改善しようとしているが、一方で、個人消費などの国内需要が強まると輸入が大きく増加する輸入依存体質の改善も課題である。もちろん、輸出入がともに伸びて国際分業が深化していくことをオバマ政権が否定的にみているわけではないが、マクロ的な体質としては改善対象だろう。
 
もっとも輸入が大きくなった相手先は中国である。中国からの輸入額は2010年で3649億ドルに達している。2000年ではちょうど1000億ドルであったので、10年間で3.6倍もの伸びであったことになる。2011年も9月までの累計で10.4%増加しており、やや増加ペースは緩んだものの2ケタペースの増加となっている。中国からの輸入を財別に見ると、家電製品やPCなど電子製品の輸入の増大が目立つ。
 
リーマンショック後、輸出入ともに縮小する中で貿易赤字が減少する局面があったが、この主な要因は自動車の需要急減にともなって自動車や自動車部品の輸入が減少したことであった。米国における自動車需要の回復は緩やかであり、リーマンショック前のバブル的な状況がすぐに再現することはないだろう。その意味では、この貿易収支改善要因はしばらく継続しそうである。
 
(4)タックス・ザ・リッチ ── 所得格差問題
「ウォール街占拠運動」にみられるように、所得格差問題は社会問題として脚光を浴びている。来年の大統領選挙に向けて、オバマ陣営は「富裕層への増税」を掲げて争点作りを狙っており、保守側の茶会党に対抗した選挙戦別働隊ではないかとの見方もある。しかし、ウォール街批判は当初財政によって「救済」を行ったオバマ政権批判につながったが、しだいに富裕層そのものへ目が向けられつつあるのは事実であろう。茶会党=ティーパーティー運動も基本的には、国家財政で危機を起こした金融界を救済することに対する批判として生まれた右側からのウォール街とそれと癒着する政治家への批判から始まった。
 
一方、「ウォール街占拠運動」のスローガンは1%対99%である。80年代以降、トップ1%の所得は大きく向上したのに99%はたいして改善していない。この問題意識は「ウォール街占拠運動」によって米国内に大きく広がった。
 
財政支出への依存による不況の克服は、たしかに危機を止めることにはなんとか成功したが、景気を再び改善させていく迫力には乏しい。これは公共投資などに需要創出力がないということではなく、時間がたつにつれ地方政府の財政困難が地方政府の財政緊縮につながっており、これがむしろ景気抑制要因になっているためである。
 
連邦財政の赤字解消のために、共和党主流の主張する単純な支出削減策を採れば、政府部門が再び大不況への引き金を引きかねない。増税による歳入増は当然民間の消費や投資を抑制する効果がでてしまうものの乗数効果は一般には大きくないので、政権は増税を志向している。特に、もともと貯蓄性向の高い高所得者、富裕層への増税であれば、個人消費に与えるマイナスの影響も比較的小さい。それがオバマ政権が「富裕層増税」を志向する背景でもある。
 

■ 減速が鮮明になった新興国経済

(1)中国経済
中国経済の成長は継続しているが、先行きには鈍化の兆しがあり、中長期的な課題も様々に浮かび上がってきている。1人当たりGDPが5000ドルの水準に達し、かつてそうした水準に達した中進国がその後成長鈍化や債務問題などに苦しんだことから、中国政策当局自体が、問題意識を高めているようである。輸出主導型から内需主導への転換が必要であり、一般国民の所得の向上と個人消費の増加により生活向上を図ることが政策目標とされている。
 
最近の経済動向をみると、輸出の伸びに鈍化傾向がでている。10月の輸出が前年同月比15.9%増と、9月(同17.1%増)より鈍化し、中国の輸出全体の約35%を占める半導体などの電子情報製品に欧州向け輸出の低迷の影響がでてきている。生産調整の動きもでてきており、2011年11月の鉱工業生産は前年同月比12.4%増と、2009年8月以来の低い伸びとなった。今後、欧米依存度の高い輸出構造から新興国向けのウェイトを高める方向へ変えていくことも課題である。
 
中国経済は高度な技術の導入とその適用が産業全体に進んでいる過程にあり、技術進歩率が高く、成長率が8%前半以下では失業率が上昇する。今後成長率見通しが8%を下回るような状況がでてくると、財政出動の可能性が高まってくるだろう。一方で、リーマンショックに対応したインフラ投資による景気押し上げは既に一巡し、不良債権化の問題もはらんでいる。まずは一二次五カ年計画の目標でもある産業の高度化を手助けする資金調達環境を安定化させる措置を優先するだろう。また、一部の産業の民間参入制限の緩和など、内需拡大に繋がる細かい制度変更も積極的に行っていくとみられている。
 
また金融政策面では、12月5日に大手銀行の預金準備率の引き下げを行い、緩和方向に舵を切った。11月の消費者物価上昇率は前年同月比4.2%と10月の5.5%から大きく鈍化している。2012年3月の全国人民代表大会で消費者物価目標が何%に設定されるかが注目されるが、仮に目標が今年と同じ4%前後であれば、2012年初にも実際の上昇率がそれを下回る可能性が出てきているので、金融政策はより緩和に向かうと思われる。
 
中国経済の長期的な問題は、人口の少子高齢化問題とともに現在5%程度と推定されている全要素生産性、つまり技術の導入による生産性の上昇要因がしだいに縮小していくと考えられていることである。これまで、中国は製造業を中心に外国企業の直接投資を導入しながら、国内産業の技術水準を上げていくことができた。輸出から内需に主導役を移していきながら生産性上昇を維持しようとするとき、第三次産業の発展はこれまで公的セクターが担ってきた部分での技術革新とそれにともなう合理化を必要とすることになるだろう。
 
(2)ブラジル経済
中国と並び、リーマンショック後も順調な成長を示してきたブラジル経済にも陰りが出てきている。9月の鉱工業生産は前年比ベースでは前年割れ(▲1.6%)し、前月比では2カ月連続のマイナス(8月▲0.2%、9月▲2.0%)となった。季調済みで生産の水準をみると2010年1月時点まで後戻りしている。特に不振が目立つのが耐久消費財であり、前月比では8月の▲4.2%に続き、9月は▲9.0%とマイナス幅が拡大している。9月の水準はリーマンショックの余韻が残る2009年5月以来の低さである。資本財も9月には前月比▲5.5%と沈んでおり、これまでの利上げ、および政府による「マクロプルーデンス政策(信用拡張牽制策)」の効果が集中的に現れてきている感が強い。
 
11月30日、ブラジル中央銀行は現局面で3回目となる利下げを発表した。政策金利は11.5%から11.0%へ0.5%引き下げられた。11月に入り、レアルが対ドル・ユーロで再度急落したことは、利下げを決定するうえで妨げにならなかったようだ。実際、下落しているのは新興国通貨全般であり、各国の政策運営を通じたコントロールの余地は限られている。それよりも景気の実態に配慮し、金融政策や為替レートから来るインフレ要因は受け入れるという政策の方向性が打ち出されたと考える。
 
一方、実物経済の上での強さもある。低下こそ止まったものの、失業率が史上最低水準で横ばい圏内にあることから、消費者心理は比較的底堅い。耐久財等に対する引き締め効果の顕在化により消費支出が鈍化していたが、金融政策の緩和への転換はプラスになるだろう。問題は、消費者心理の底堅さは景気の一段の停滞を回避させる要因だが、生産活動の鈍化が続いて雇用情勢にも跳ね返ってきた場合は景気停滞はより明確になってくるだろう。
 
11月中旬の消費者物価上昇率は前年比6.7%であった。9月(同7.3%)まで加速が続いたインフレ率がようやく10月(同7.1%)にやや沈静化し、11月の減速はより顕著なものとなった。前月比では11月も0.5%と比較的高水準だが、その多くが食料品(同0.8%)の上昇の結果であり、製造業製品の価格は落ち着いている。サービス価格の高い上昇が続いている(前月比0.6%、前年比8.7%)ことは懸念材料だが、労働需給の逼迫が緩むにつれ、労働集約的サービスセクターにおいて人件費を価格に転嫁する動きも収まってくる可能性が高い。欧州情勢云々を言う前に、明らかにブラジル経済の現状は利下げを正当化するし、それを必要とする度合いが強まっている。少なくとも、2012年春までは連続的な利下げが行われる可能性が高く、場合によっては利下げ幅の拡大もありえよう。
 
9月の鉱工業生産の水準は予想外に悪く、同国経済の失速のリスクが大きくなってきたことは否定できない。しかし、これも述べたように、生産統計の悪化は、これまでの利上げと信用拡張抑制策の顕在化という側面を強く有している。したがって、比較的早期に政策を転換したことの意味は小さくない。マクロプルーデンス政策も近く調整される可能性が高く、何よりインフレリスクが限定的となりつつある今、11%の利下げ余地を残していることは同国の大きな強みである。
 

■ まとめ

世界経済は新たな危機の局面に入っている。リーマンショックの後、米国の急激な需要減退に対して、新興国の成長がそれをカバーする形でなんとか短期的な経済の回復が図られた。しかし、欧州財政金融危機の進展に対して、再び新興国の成長力に依存することは困難となる可能性がある。
 
世界はこれまでとは違った対応を求められているし、各国の金融財政政策はそのように動きつつある。第一に比較的財政に余裕のある中国を除いて、財政支出の大幅な拡大による景気安定策は避けられる傾向にある。国家債務の実質的な軽減を図りながら民間需要の刺激を行って景気を安定させる政策を採らざるをえないだろう。それは金融政策を重視したインフレ容認のマクロ政策になる。
 
国家債務を増税や歳出削減なしに軽減するためには、インフレ率よりも利子率を低くして実質的にマイナスにすればよい。例えば、国債の金利が1%で物価が2%上昇すれば、実質的には1%の利子だけ払って2%国債残高が実質的に減少したことになる。実際、現在、米国などの多くの先進国で超金融緩和を行っている結果、ほとんどの期間の金利がインフレ率より低くなっており実質マイナス金利になっている。その直接的な目的は流動性の潤沢な供給による金融システムの安定化であって、政府債務残高の実質減少が意図されているとはいえないが、結果としてはこれまでの財政赤字の棒引き効果があがることになる。
 
それでは、その債務棒引きは誰の負担になるのか?実質金利がマイナスであるということは、預金や債券の保有者がその分だけ損失を受けるということである。つまり、実質ベースで預金や債券の保有者から債務者に資産の移転が行われるということになる。仮に債務者が国家だけであれば、金融資産の残高に税をかけることと、実質ベースでは同じことになる。しかし、実際には債務者は国家に留まらないので、マイナス実質金利による解決は資産再分配上も大きな副作用を伴い、バブルを生み出すリスクもある。また名目的にはプラスの金利が維持されるものの、大きなマイナス実質金利は一国だけでは持続できない。もしある国が実質金利をマイナスにし続ければ、その国の通貨は世界市場で売られ通貨安とそれによるインフレ昂進を覚悟しなければならない。例えば、1980年代の中南米諸国を襲ったような危機である。
 
インフレ経済が常態化していった場合、労働者にとっては、賃上げをインフレ以上に確保できるかが最大の問題となる。単純にインフレーションで物価だけが上昇し賃金が十分に上昇しなければ、実質的な賃下げとなる。生計費にかかわる物価上昇以上の賃上げを確保できなければインフレ環境は好ましいものではない。ただし、雇用市場が実質賃金を確保できる賃金上昇が起きるほどに十分にタイトかどうか、労資の力関係から実質賃金を維持できるかどうかが問題となる。一方で、賃金上昇が十分に物価上昇を追い越すなら、賃金上昇がコストプッシュ的に物価上昇をスパイラルに生み出すことになり、インフレーションが根強いものとなる。
 
つまり、労働者にとっては、インフレによる実質金利マイナス政策はかならずしも経済的利益とはならない。賃上げできる経済環境があるか、労働運動に十分な賃上げ闘争力があるかがやはり問題なのである。
 
また実質金利マイナス政策は富裕層により大きな負担がいくことは確かであるにしても、年金生活者など一定程度に公的年金以外の金融資産の運用を収入の足しにしている人にもマイナスとなる。
 
世界経済をデフレ的恐慌に陥らせてはならないし、日本経済もデフレを克服する必要があることは確かだが、我々は単純なリフレ礼賛に対しては警戒感も持っておく必要があるだろう。
 

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