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●2011年7月号
■ 東日本大震災と日本経済
   山形大学教授 立松 潔
 

■ はじめに

3月11日の東日本大震災の勃発から3カ月が経とうとしている。依然として多数(8000名以上)が行方不明のままであり、多くの人(5月末時点で10万人あまり)がまだ避難所生活を余儀なくされている。震災からの復興への取組みが現在の日本にとって最大の課題であることは言うまでもない。
 
復興の問題を考える際に重要なのは、世界同時不況の深刻なダメージから十分回復していない、いわば体力の弱った日本を震災が直撃したという点である。歴史を振り返ると、1923年の関東大震災も16年前の阪神大震災も似かよった経済状況で発生している。前者は第一次大戦ブーム(一種のバブル経済)が崩壊し、1920年の反動恐慌で深刻なダメージを被った日本経済を襲い、後者はバブル経済の崩壊によって不良債権問題が深刻化する時期に勃発した。そして関東大震災の4年後には金融恐慌、7年後には昭和恐慌に襲われ、阪神大震災の場合は3年足らずの後に連続金融破綻(97年11月)が起きている。震災はブーム(バブル)崩壊後の経済に対する深刻なボディーブローとなり、政策的な対応が不十分だったこともあり、日本経済はその後深刻な経済危機に突入する。
 
今回の東日本大震災が世界同時不況の影響に苦しむ日本経済にとって大きな負担を意味することは間違いない。問題はそれが新たな経済危機を呼び起こす危険性である。政策的対応によってはその危険性を現実のものにしてしまう恐れがないとは言えないからである。震災からの復興を進めるにあたっては、過去の経験に学び適切な政策判断を行うことが何よりも必要とされている。本稿ではそのような視点から現在の日本経済の現状と政策課題について検討したい。
 

■1. 大震災の日本経済への影響

東日本大震災による被害総額は内閣府が3月23日に発表した試算によれば、16〜25兆円に上るという。阪神淡路大震災の被害額9.9兆円を大幅に上回ることは確実である。この数値には原発事故や計画停電による経済損失は含まれていないというから、実際の被害額はもっと大きくなる可能性がある。
 
地震や津波による被害は、経済活動に深刻な影響を及ぼしている。たとえば、今回の震災では多くの企業設備が破壊され生産停止に追い込まれた。生産停止が長期にわたれば、企業の存続も危うくなり、雇用も失われることになる。
 
さらに、被災地から部品など中間財の供給が滞ることによって他地域の生産活動にも深刻な影響をもたらしている。現代の企業はコスト削減のために無駄な在庫を保有せず、原材料や部品の調達、製造、流通・販売の流れをジャストインタイムで管理するようになっている。そのため、1個所で生産が止まり、1つの部品の供給がストップするだけで、直ちに生産工程全体に支障が出てしまうことになる。たとえば、東日本大震災の被災地には自動車メーカーの下請け部品工場が数多く立地しており、それらが震災の影響でストップしたため、トヨタやホンダなどの完成車工場まで生産休止に追い込まれた。自動車には1台あたり2〜3万点もの部品が必要であり、そのうち1つでも欠けてしまうと生産が進まなくなってしまうからである。
 
これは日本国内、日本企業への影響にとどまらない。たとえば、アメリカの自動車メーカーGM(ゼネラル・モーターズ)社は日本からの電子部品の供給がストップしたため、スペイン・ドイツなど欧州拠点やアメリカ国内のルイジアナ州、ニューヨーク州の工場の操業停止を発表した。またアメリカのアップル社も「iPad2」の主要部分に使われている日本製部品の入手が困難になったため、生産に支障が出ているという(「被災地がニッポン経済を支えていた」『アエラビズ 日本経済の新常識』13〜17頁)。
 
地震や津波による直接的被害に加え、原子力発電所の事故による影響も深刻である。福島第一原子力発電所の半径30q圏内にある工場は操業停止となり、農産物の出荷制限、漁業における操業自粛も余儀なくされた。福島第一原子力発電所の周辺で立ち入りが制限された区域に拠点を持つ企業は7000社に及び、30q圏内の企業の雇用者数は2万人超に及ぶといわれている(『日経新聞』11年6月5日)。
 
そしてこれに追い討ちをかけたのがいわゆる風評被害である。多くの国・地域で日本から輸入する食品等に対して放射能検査の実施や輸入停止などの規制が行われ、そのため輸出にも悪影響がでている。また、海外からの訪日旅行の大幅な減少に伴う影響も深刻である。東北地方では国内からの観光客も激減し、地域経済への大きな打撃となっている。
 
5月19日に公表された政府の速報値によれば、1〜3月期のGDP実質値は前期比0.9%減、年率換算で3.7%ものマイナス成長になった。震災まではプラス成長になると予想されていたにもかかわらず、震災発生後のわずか20日間で投資や消費が大きく落ち込み、一挙にマイナス成長へと転落したのである。
 

■2. 世界同時不況の影響と「回復」過程

日本経済が深刻な不況状態になったのは、震災から2年半ほど前のリーマンショック(08年9月)をきっかけとしてであった。世界同時不況によって輸出が激減したのが最大の要因である。この不況が底を打ったのは、内閣府経済社会総合研究所の発表によれば09年3月であり、景気はその後ゆるやかな回復過程に入ったとされている。回復過程とは言え、病人で言えば最悪期を脱したということに過ぎず、病気は治りきっておらず体力も回復しきっていない。そこを震災が襲ったのである。
 
大震災の日本経済への影響を考える場合、どの程度不況からの回復が進んでいたかが重要である。そこでまず、世界同時不況が日本経済に与えた打撃の大きさを量と質の両面から見てみたい。
 

 (図表1・クリックで拡大します)
 
図表1は最近数年間の実質GDPの四半期ごと(季節調整済)の動向である。これを見ると、08年1〜3月期から09年1〜3月期にかけてのGDPの落ち込みが極めて急激だったことがわかる。
 
急激な景気後退は雇用面に深刻な影響を及ぼした。総務省「労働力調査」によれば08年10月に3.8%だった完全失業率は同年12月には4.4%に跳ね上がり、その後も悪化を続けて09年7月には5.5%となった。派遣切りが大きな問題になったのはこの時である。完全失業者数は08年10月の253万人が12月には295万人へと2カ月で42万人も増加し、ピーク時の09年7月には364万人に達している。その後景気回復に伴って雇用状況も徐々に改善にむかったものの、大震災直前の11年2月の完全失業者数は305万人、失業率は4.6%と、世界同時不況前の水準(07年平均の完全失業者数257万人、失業率3.9%)と比べて依然として高い水準にあったのである。
 

 (図表2・クリックで拡大します)
 
世界同時不況による急激な景気悪化の背景を知るためGDP(実質)の需要項目別の数値を示したのが図表2である。これによれば輸出の落ち込みが飛び抜けて大きく、ピーク時の08年1〜3月期から翌年1〜3月期にかけて36.5%(34.0兆円減)も減少している(数値はすべて年率換算、以下同じ)。同じ時期に民間企業設備投資は16.6%(14.9兆円)の減少、家計消費は4.8%(14.8兆円)の減少に過ぎず、輸出の減少がこの時の景気後退の最大の原因だったことが明らかである。2002年から輸出主導によって景気を回復させてきた日本経済は、世界同時不況時の外需縮小によって、一挙に深刻な不況に突き落とされたことになる。(世界同時不況の日本経済への影響について詳しくは労働運動研究会編『連合運動』〈えるむ書房、2009年〉の拙稿論文26頁以下を参照のこと)。
 
以上のように、世界同時不況は輸出を激減させることによって外需頼みの経済成長の脆さ・不安定さを明らかにしたのであるが、しかし、その後の回復を主導したのも輸出であった。まず日本経済全体の動向を実質GDPでみると、2009年1〜3月期から10年の7〜9月期にかけて順調に回復の方向をたどっている(図表1、2)。実質GDPは10年7〜9月期に544兆円に達しているから、不況前のピーク時(08年1〜3月、567兆円)に対し、96%まで回復した勘定である。需要項目別に見ると、輸出の伸びが44.8%(26.5兆円)と最も大きく、GDP全体の増加額(33.6兆円)の78.9%を占めている。不況からの回復期に再び輸出主導=外需頼みの体質が明らかになったと言える。
 
景気回復を支えた要因として輸出の次に大きかったのが家計消費であり、3.7%(10.7兆円)の拡大であった。この時期は雇用環境が悪化し、実質雇用者所得は減少を続けているのであるが、それにもかかわらず消費が拡大したのは、エコカー減税・補助金や省エネ家電への購入支援策など、政府の経済対策の効果によるものであった(内閣府『平成22年版経済財政白書』38頁)。政策的に底上げされた需要であり、これが自律的な回復に結びつくかどうかは雇用環境の改善と雇用者所得の回復にかかっている。そして、雇用の改善には企業による設備投資の拡大が必要であるが、図表2でわかるようにこの時期に民間企業設備投資は横ばい気味に推移しているのである。輸出と消費の回復も新たな設備投資を引き起こすまでにはいたっておらず、この時の「景気回復」がまだ自律的・本格的な回復には至っていないことがわかる。
 

 (図表3・クリックで拡大します)
 
したがって、エコカー補助金の終了によって家計消費が減少し、円高によって輸出が減少に転じると、景気回復も足踏みを余儀なくされるのである。図表3でわかるように、09年になって一時沈静化していた円高は、10年に入ってから再燃し、対ドル・対ユーロ相場ともに短期間にかなりの上昇となっている。経済産業省が10年8月に行った「円高の影響に関する緊急ヒアリング結果」によれば、対ドルの円高で製造企業の約6割、対ユーロ円高で約5割が減益と答えており、企業の経営に深刻な影響を与えていることがわかる。さらに1ドル85円の円高が継続した場合、製造企業のうち4割が生産工場や開発拠点等を海外に移転し、6割が海外での生産比率を拡大すると回答しており、産業空洞化が懸念される状況となっている。
 
さらにウォン安・円高により、電機など輸出産業が新興国市場で競合する韓国企業との競争において苦戦を強いられていることも、輸出停滞の要因となっている。韓国通貨ウォンは07年7月から翌年にかけて下落を続け、100ウォンが13円前後だったのが、2010年7月には7円へと大幅に(46%も)下がっている。逆に円はウォンに対して大幅な円高になったわけであるから、価格競争において不利になるのは避けられない(経済産業省「円高の影響に関する緊急ヒアリング結果(参考資料)」参照)。
 

■3. 大震災からの復興と輸出主導型経済の可能性

日経新聞(11年5月20日)によれば、「エコノミストの間では4〜6月期まで3期連続でマイナス成長になった後、企業の生産体制の修復につれて『V字型』で景気も持ち直すとの予想が多い」という。震災の後ではその復興のための需要が増えることが大きな要因である。たしかに95年の阪神大震災の際にも、復興需要によって同年秋頃から96年にかけて景気が回復に向かっていた。
 
しかし、復興需要は政府の公共事業に依存するところが大きいため、復興が一段落し財政支出が削減されるとともに、縮小に向かうことになる。消費についても同様である。地震や津波で住宅や家財道具を失った人は、生活を再建するために住宅を確保し家財道具を新たに調達せざるを得ないため、それらが新規の需要になり経済成長を押し上げることになる。しかし、それは貯蓄の取り崩しや借金を伴うことで家計を圧迫することになり、一時的な消費拡大にとどまる可能性が高い。復興需要は必ずしも持続的な内需拡大につながるものではないのである。
 
それでは大震災が輸出主導型経済に与える影響はどうであろうか。震災後の工業生産は被災地での生産停止と部品の供給網(サプライチェーン)が寸断された影響で大きく落ち込み、たとえば、自動車大手8社の4月の国内生産台数は前年同月比で60%も減少したという(「毎日新聞」11年5月27日)。生産減少は輸出の減少となり、財務省の貿易統計(速報)によれば、今年4月の輸出額は前年同月比で12.5%も減少し、貿易収支も4637億円の赤字となった。震災による減産によって自動車や電子部品の輸出が減少したことが原因である。特に最大の比重を占める自動車輸出金額の落ち込みが大きく、前年同月比で67%も減少している。震災が工業生産や輸出に深刻な影響を与えたことが分かる。
 
しかし、その後部品調達網の修復は当初の想定より急ピッチで進み、夏場の電力逼迫による影響などの懸念材料はあるものの、6月以降は生産が回復に向かうとみられている。たとえばトヨタ自動車は当初7割としていた6月の稼働率の見込を9割に引き上げている。被災した部品メーカーに人員を派遣して支援したことで復旧が予想以上に早く進んでおり、たとえば「自動車制御に欠かせない半導体『マイコン』で世界シェアトップのルネサスエレクトロニクスも、自動車メーカーなどから延べ2500人の応援を得て、当初予定より約1カ月早い6月に生産を一部再開できるようになった」(「毎日新聞」11年5月28日)というのである。
 

 (図表4・クリックで拡大します)
 
以上のように震災からの復旧が進めば、円高の影響や欧米の景気動向など先行き不透明な要因はあるものの、中国など新興国との貿易は今後も拡大が予想されることから、輸出は依然として重要な役割を果たすものとと思われる。しかし、肝心の雇用に及ぼす影響はというと、製造業に大きな期待をかけることは困難である。2002年から07年にかけて輸出が急速に拡大したときも、雇用の拡大はわずかなものにとどまっていたからである。財務省国際収支統計によれば、日本の輸出金額は02年の49.5兆円から07年の79.7兆円へと6年間で61%も拡大した。しかし、日本の製造業の従業者数は図表4からわかるように、同じ時期に832万人から852万人へと5%ほどしか増えておらず、2000年から02年にかけての減少すら回復できていないのである。
 
日本においてこれまで輸出の拡大を担ってきたのは、製造業のなかでも国際競争力の高い自動車産業など一部の「特定グローバル製造業」である。これらのグローバル製造業では輸出競争力を高めるために絶えずコスト削減を迫られており、生産拡大時も正規雇用を抑制し、派遣など非正規雇用の拡大で対応している。したがってリーマンショック後のような輸出減少の際には一挙に雇用が縮小するのに対し、生産拡大期にも雇用はさほど増えない体質になっているのである。また、これらグローバル製造業は円高などに対応した生産拠点の海外移転にも極めて積極的であり、今回の円高が長期化するようなことがあれば、国内での生産と雇用を大きく縮小することが考えられる。雇用の安定・拡大がなければ消費の自立的拡大も困難であり、そのような意味で輸出主導型の景気回復に大きな期待をかけるのは誤りであることがわかる。
 

■ 4. 雇用と消費の拡大に向けて

国勢調査報告によると05年の日本の就業者のうち製造業就業者は17%に過ぎず、残りの83%は卸売業,小売業、建設業、医療、福祉、宿泊業、飲食、運輸、教育、生活関連サービスなど内需を中心とする産業の就業者である。しかも製造業でも輸出を主導するのは輸送用機器、一般機械、電気機器など一部の特定グローバル製造業であり、それ以外は食品工業など内需関連製造業が大きな比重を占めている。そして90年代からのデフレ経済によってそのような内需関連の産業が停滞し伸び悩んでいることが、雇用にとって最大の問題である。
 
バブル崩壊後進められた政策は、規制緩和によって参入を促進し競争を通じて産業を活性化させようというものであった。しかし、その結果起きたことは(たとえばタクシー業界への参入や大型店出店の規制緩和にみられるように)供給過剰による中小零細企業の経営悪化、賃金など労働条件の切り下げであった。そしてそのため個人消費は低迷し、デフレ不況が深刻化することになる。規制緩和は消費者利益の拡大を大義名分として行われたのであるが、消費者の多数が勤労者であり、雇用の安定や労働条件の改善こそが消費の拡大をもたらすという事実がないがしろにされた結果、消費拡大とは逆の結果をもたらしてしまったのである。
 
以上のように、長期化するデフレ経済のもとで消費の低迷が続いた結果、内需関連産業は停滞を続け、一部の特定グローバル産業の輸出拡大のみに過度に依存した経済構造が定着してしまう。もちろん、中国などアジアの新興国の経済成長を取り込んでいくためには、今後も輸出に力を注ぐ必要があることはいうまでもない。しかし輸出を増やすために労働条件を切り下げ、労働者の所得を引き下げるのでは、いつまでたってもデフレ不況から脱出することは不可能である。また就業者の圧倒的多数を占める内需関連産業の安定的な発展も困難となろう。内需関連産業の成長にはGDPの6割近くを占める個人消費の持続的な拡大こそが必要だからである。
 
しかし、大震災は個人消費に深刻な影響を与えている。内閣府が5月16日に発表した4月の消費動向調査では、消費者心理が急速に冷え込んでいることが明らかになった。個人消費の先行指標となる消費者態度指数(季節調整値)が33.1と前月から5.5ポイント低下、比較可能な04年4月以降では最大の落ち込みだというのである。震災により先行きへの不安が高まったことが消費に悪影響を及ぼしているのである。個人消費主導の景気拡大の実現は容易ではない。
 
消費の拡大が困難な中で、当面は公共投資など復興需要への依存度が高まらざるを得ないであろう。しかし、ここで重要なのは復興財源の問題である。当面は復興債など借金に依存せざるをえないが、国債発行の増加が続くと、その消化が困難になり、金利の上昇や国債価格の下落を招くことになりかねない。そうなると、すでに膨大な国債を抱えている金融機関は財務面で深刻な問題を抱え込むことになる。
 
菅首相の私的諮問機関である「東日本大震災復興構想会議」(議長=五百旗頭真防衛大学学校長)は10兆円を超えると見込まれる被災地の復興費用をまかなうため、期間限定の国債を発行したうえで、臨時増税によって償還財源を確保することを検討中だという(「読売新聞」11年6月9日)。他方で税と社会保障の一体改革を議論する政府の「集中検討会議」(議長=菅直人首相)では当面の社会保障財源として消費増税を検討中である。第10回会議(11年6月2日)に出された「社会保障改革案」では、2015年度までに消費税率を10%の水準に段階的に引き上げる方向が打ち出されている。まだ結論には至っていないものの、復興財源としての臨時増税と社会保障のための消費税率の引き上げが相次いで実施される可能性が具体化されようとしているのである。
 
しかし、増税のタイミングを誤ると、かえって事態を悪化させることになりかねない。阪神大震災後の消費税率引き上げ(97年4月)が不況を深刻化させ、アジア経済危機とも重なって97年11月の連続金融破綻を引き起こしたことは記憶に新しい。震災後の景気対策や復興需要による一時的な景気拡大を過大評価し、拙速に財政再建策を打ち出したことが事態を悪化させた原因である。同様のことは関東大震災のあとの財政再建にも当てはまる。関東大震災の復興財源も国債の増発によってまかなわれていたから、財政再建策の実施がずっと懸案となっていたのであるが、それを実施した1929年の緊縮財政(井上財政)が、米国の恐慌と重なって昭和恐慌を引き起こすことになってしまう。いずれも財政再建策の実施が経済危機につながり、その結果再び赤字国債の増発による積極財政に転換せざるを得ず、財政赤字のさらなる深刻化という逆の結果をもたらすことになってしまったのである。
 
日本は先進国の中では米国と並んで国民の租税負担率が軽く、その意味では増税による負担増も十分検討に値する選択肢であることは確かである。しかし重要なのはそのタイミングと内容である。復興需要による一時的な景気回復に惑わされて、拙速に増税による財政赤字減らしに踏み切るようなことがあると、かえって経済危機を深刻化することになりかねない。また過去の経験からも明らかなように、国際経済の動向にも細心の注意を払わなければならないであろう。
 
増税の内容にも慎重な検討が必要である。特に消費税率の早期引き上げについては極力避けるべきであろう。低所得層に負担が大きく、個人消費支出を抑えて経済に悪影響を及ぼす可能性が高いからである。将来的には社会保障の充実のために消費税率の引き上げが必要になるとしても、2015年までに5%引き上げというような拙速な進め方は避け、当面の復興財源は所得税、法人税など消費税以外の増税を中心に考えるべきである。

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