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●2011年1月号
特集 2011年世界と日本の経済・政治・労働
 
■ バブルの後遺症に悩む欧米経済
  ――貨幣資本過剰が景気変動の大きな要因――   北村 巌
   
 

■ 不安定な景気回復過程にある世界経済

世界経済は2008年9月のリーマンショックをきっかけにして深刻化した不況から緩やかな回復過程にあると概ねみることができる。今回の世界不況は発生時には1930年代の大不況に比肩する可能性が指摘されたが、少なくとも表面的には、そこまでの深刻さを示してはいない。しかし、その回復の足取りは極めて不安定なものである。
 
不況の原因は広い意味での生産力の過剰であると位置づけることができる。一方、その裏側で生じる貨幣資本の過剰が景気変動の大きな要因となっており、その理解なしには現代の世界資本主義の動態を分析することはできないだろう。拙稿では、まず、現在の景気の概観を把握し、そのうえで、貨幣資本の過剰の本質とその景気への影響の発現メカニズムについて論じてみたい。
 
景気回復が比較的順調なのが、いわゆる新興国である。中国、インド、ブラジル、インドネシアなどの諸国はもともと潜在成長力が高く、国内投資が回復していることによってすでに高めの成長率を実現している。中国はリーマンショック発生とともにすばやく公共投資増大、地方における自動車購入への補助金政策など輸出の急減少に備えた国内需要の喚起策を行って、いち早く景気が回復し、現在はむしろバブルやインフレ高進のリスクを抱えている。中国政府は最近になって金融政策を緩和から中立に転換する方針を打ち出した。
 
一方、先進国は、日本も含め、景気回復の足取りには弱さが目立つ。設備投資が底打ちしたものの低迷状態が続いており、雇用情勢が改善方向に転じていない。リーマン危機を脱したかにみえた2010年初めには、財政政策による景気てこ入れや金融政策の超緩和をどう止めるかの出口戦略が語られたが、現在は、先送りされているかのようである。ただし、先進各国とも財政赤字の膨張に苦しみ始めており、負担は金融政策、為替政策に向かいがちとなった。
 
特に2010年5月に表面化したギリシャ財政危機は、財政赤字の拡大が国家財政への信用を落とし国債の発行コスト(支払い金利)が劇的に上昇してしまう状況を見せ付けた。ギリシャの場合、政権交代で新政権が、旧政権が財政状態について偽りの開示をしていたのを暴露したことから危機が発生した。財政危機を乗り切るためには外からの金融支援を受けなければならない。それには財政緊縮を行うことが条件とされる。公務員給与や年金のカットなどの財政緊縮策は当然国民の大きな反発を受け、大規模なストライキやデモにつながった。
 
他の欧州諸国にも同様の事情を抱えた国があり、特にポルトガル、アイルランドの財政赤字が市場の危機意識を刺激し、これらの国の国債金利が跳ね上がることになった。特に秋以降は、アイルランドの金利の上昇が目立ち、財政危機が国際金融市場でクローズアップされるようになった。
 
11月21日、EUによるアイルランドへの金融支援が決定された。規模は800から900億ドルと報道されている。アイルランドは、90年代半ばころから金融の規制緩和を進め、首都ダブリンに金融特区「国際金融サービスセンター」を設けて金融業の誘致を行った。金融特区に進出した企業には法人税10%、固定資産税(地方税)の10年間の課税免除、利子および配当についての源泉税の非課税、賃貸不動産の損金として計上できる措置という画期的な優遇措置が受けられる仕組みとした。同センターは、その名のとおり国際金融業務を主軸におき、海外企業の誘致活動を積極的に展開した。こうした政策は、いったんは奏功し、IT産業の立地が活発になり、アイルランド政府の積極的なインフラ整備政策もあって、リーマンショック発生までアイルランド経済は欧州の中でも高い成長を実現し好調な時期となった。アイルランドには住宅ブームも起きて住宅価格の大きな上昇が発生しバブル的要素も強まった。そのため、結果として金融業重視はリーマンショックの悪影響を増幅するものとなった。アイルランド経済はリーマンショック以降、バブル崩壊局面となり、財政赤字の急拡大が起きてしまったが、さらにこの財政赤字が国家信用の低下にまで結びつき、国債金利の上昇につながってしまったのである。国債金利の上昇は財政赤字改善の見通しを悪化させるわけだから、ギリシャ同様、いったんはかなりの荒療治による財政緊縮あるいは外からの金融支援や救済策が必要になる。
 
このように2007年まで続いたバブルのつけ払いがまだまだ継続しているのが欧米経済の実態である。ここに景気回復の不安定さがついて回る。
 

■ 低迷する米国不動産市場

リーマンショックを招いたバブル崩壊を起こした米国の不動産市場であるが、それを取り巻く環境は1年前と比較するとかなり改善したように思われる。しかしながら、不動産価格は低位横ばいで回復トレンドは生まれていないのが現在の姿である。これは住宅バブルがいかに大きかったかの反映でもある。
 
まず住宅価格の動きについてみてみよう。全米20大都市の住宅価格(S&Pケースシラー指数)は2006年4月をピークにし、2009年5月まで約2年間で32%下落した。以降、わずかに上昇する動きとなっており、直近の2010年8月では、ボトムから4.4%高い位置にあるが、7、8月と連続してわずかながら下落する動きになっている。賃貸料との関係をみると、ほぼ2000年頃と同様の相対位置に近づいたところで安定してきている(図1参照)。2000年と比較すると住宅価格そのものは元通りになるまで下がっていないが住宅賃貸料は上昇しているので、利回りは大きく回復して当時の水準に回帰している。住宅ローン(モーゲージ)金利も、30年通常固定金利ローンで4.6%(11月末現在)とボトムより若干上昇したものの歴史的に低い水準だ。一般勤労者にとっても住宅はかなり買いやすくなっているといえる。
 

(図1・クリックで拡大します)
 

(図2・クリックで拡大します)
 
そのような条件の下で、住宅価格の本格的回復は起きていない。住宅の需給関係からみると、在庫水準が高く、販売用、賃貸用をあわせて、ピークであった2009年9月末657万戸に対し、直近の2010年9月末では627万戸と漸減でしかなく、まだ200万戸程度は過剰なのではないか、と考えられる。特に賃貸用の在庫が大きく、先行きの賃貸料見通しにネガティブな影響を与えていると思われる。そのため住宅需要が回復してきても価格の上昇に結びつくまでには時間がかかりそうだ。
 
住宅を含めた不動産価格は、将来発生してくる賃料を現在価値に換算した額に収斂するというのが価格決定の原理である。これは擬制資本一般に適用される原理であるが、ここに資本そのものを商品化し貨幣価値表現をすることの矛盾が表現されている。その矛盾とは、つまり、将来の賃料というのは、賃料の相場も稼働率も期待値でありリスクを伴うし、現在価値に換算するに当たって、リスクに相応する適切なレベルの割引率というのは厳密に確定しがたい。価格原理は、すでに蓄積された価値を反映するのではなく、広い意味での資本市場の将来期待を反映して成立する。もともと、理論価格の算定にはかなり幅を持ってみる必要があるわけだ。特に現在の米国では、不動産に対するリスク認識が大きい。そのために割引率が相当に上昇、つまり価格は相当抑えられている可能性が見て取れる。
 
同様な現象は株式市場でも起きており、米国において資本のリスクテーク機能が十分に回復してきていないことが、一般的に資産価格形成にネガティブに影響しており、不動産価格形成にもそれが当てはまる状況にある。こうしたリスクテークの機能不全は資産市場の低迷の長期化につながり不況の長期化の要因となる。
 
そこで特に収益性の点が価格決定要因として重要な商業用不動産価格の状況をみてみよう。格付け会社ムーディーズとマサチューセッツ工科大学が共同発表している商業用不動産価格指数によると、米国全国平均の商業用不動産価格は、ピークをつけた2007年10月に比べて2010年10月に44%の下落となっていったんボトムをつけた後、2010年の春以降再び低下局面となり、8月現在ではピークから45%下落した水準へと2009年のボトムを下回り、依然下げ止まりの気配がない。種別には小売店舗や産業用施設がオフィスや賃貸アパートに比べて弱い動きを示している。これも住宅同様に割引率のうちのリスクプレミアムの上昇で説明できる現象であろう。
 

■ バブル起こしに踏み切った米国金融当局

資産市場の停滞は米国の景気改善を遅らせる大きな要因であり、中間選挙で共和党に敗北したオバマ政権は資産市場の活性化に取り組まざるを得ない状況に追い込まれている。 米連邦準備制度理事会は11月3日、公開市場委員会で6000億ドルの国債購入に踏み切り、それによって準備制度のバランスシートを拡大する量的金融緩和第2段(俗にQE2と呼ばれた)に踏み切った。具体的にはニューヨーク連銀のトレーディング・デスクで6000億ドルの国債を2011年6月末までに追加購入するという内容である。同時に、モーゲージ・エージェンシー(住宅金融の政府支援機関)の負債や担保証券の元本回収分は国債に再投資することも決定された。同日発表されたニューヨーク連銀の声明によると、購入する国債は、満期2年半から10年に厚い分布で平均満期を5、6年とする予定である。
 
これが実行されると、米国の中央銀行負債はさらに6000億ドル拡大し、今後3年程度は自動的には残高は減少しないことになる。11月3日時点での連銀システムのバランスシート総額は2兆2825億ドルであったが、毎月700億ドルから800億ドル程度の増加で来年6月末には2兆9000億ドル程度に膨張することになる。
 
これを受けた他国や市場の反応は通り一遍ではない。景気回復が順調でインフレの芽も生まれている中国などの新興国は、米国の超緩和に対して批判的である。米国の超緩和に対して自国が引き締め気味の政策を発動すれば自国通貨高の圧力が高まってしまうことを恐れている、という要因が大きいだろう。しかし、自国通貨高はインフレの抑止、景気の過熱防止に役立つわけだから、マクロ政策運営の見地からは本来容認可能なもののはずであろう。米国の実質実効為替レートは対先進国では史上最安値水準に接近したが、対新興国ではそこまでになっていない。もともと新興国通貨に上昇余地が大きいのである。
 
市場の反応は、今のところ、緩和期待の出尽くしという側面と、米国の景気回復期待、あるいはインフレ期待の回復という側面がミックスした状態だ。ドル相場は、連銀公開市場委員会の決定を境に概ね強基調に変化した。6000億ドルの供給は基本的には為替市場でかなりのドル安圧力を継続させるはずだが、インフレ期待と景気回復期待の改善がもたらした金利の上昇によって、むしろドルは買われているというのが足元の動きである。
 
米国の順調な景気回復のためには、住宅市場の一段の落ち込みは避けなければならない。その前提条件はモーゲージ金利の低位安定である。連銀は景気の状況と市場金利の状況を見極めながら国債購入を通じた資金供給を行っていくはずであり、6000億ドルはそのためには十分な額といえよう。そうすると、先進国の長期金利が揃って継続的に反転上昇していく可能性は低いのではないか。世界経済にリフレの種が蒔かれ始めたという認識で誤りないと思われる。
 
こうした政策に対して、新興国の政策当局を中心に批判的な空気が生まれている。米国の超金融緩和政策がドル安政策であり、世界経済にバブルの種を蒔き、結局、他国にしわ寄せがされるという見方からである。これは、米国の需要にのみ依存しなくても経済成長をできるようになった、という新興国の自信を反映しているのかもしれない。
 
経済的な力関係の変化からすでに従来の先進国の利害だけを反映するG7体制は、新興国も含めたG20の枠組みによって補完されなければ機能しなくなってきた。リーマンショックを境にこの世界の経済政策の協調体制の変化はきわめて鮮明になっている。新興国はG20を通して米国の超金融緩和への批判的な立場を反映させている。そのため、米国の通貨ばら撒き政策は世界全体の政策の基調にはなっておらず、むしろ将来ドル基軸体制の大幅な後退に結びつく要因となったと言えるのではないか。
 

■ 円高と日本の景気状況

日本の景気の状態は改善方向が根本的に変わったとまではいえないが、2010年半ばころから徐々に力強さを失いつつあるようにみえる。リーマンショックからの立ち直り過程では、日本の生産活動の回復はアジアを中心にした輸出の回復に大きく依存してきた。しかし、新興国がインフレやバブルへの懸念から景気にブレーキをかけている一方、欧州や米国向けの輸出もスローダウンしている。
 
2010年10月末まで、米国の金融超緩和への期待が円への資金移動を誘導し、円高をもたらしていた。米国以外の通貨があまり大きく上昇していない状況で円がもっとも大きく上昇したため、2010年春以降の半年での実効レートの上昇はかなり大きかった。実効為替レートを指数化した円インデックス(日本銀行)では、4月2日109.02から10月29日125.27まで14.9%の上昇であった。
 
11月以降、円相場はやや落ち着いてきたと観察されるが、80円台前半の円高水準が長引いた場合、国内産業のいわゆる「空洞化」の進展が懸念される。これまで、アジアに生産拠点を増加させことは、かならずしも「空洞化」ということではなかった。国内拠点と補完的に働き、事業の連動性を保っている場合も多かった。しかし、円高が長引いてくると、これまで国内生産をしていた部門自体の海外移転が進んでいくだろう。これまで製造業を中心に日本の多くの国内産業は「合理化」によってコストを抑え、技術革新と相俟って着実に生産性を上昇させて、実質ベースでの国際競争力を高めてきたことは疑いない。しかし、相対的な国際競争力の実質的な上昇以上に円高が進行し長期に定着すれば、国内立地の不利は企業の投資行動に影響し、産業の空洞化は避けられないことになる。
 
長期的に円ドルの購買力平価(物価水準を同じにする為替レート)を日米の生産者物価の相対比で計ってみると、ニクソンショック後にいったん落ち着いた1973年を基準にして計算すると、現在1ドル106円台になる。凡そこの水準の為替レートが、日本の国内産業が世界市場に実質的な競争力に見合った利潤の水準を実現できる為替レートということになる。もちろん、大きく経常黒字を出している国の通貨が購買力平価より高くなるのは普通のことであり、1995年頃の円高は現在よりもずっと購買力平価から乖離した円高だった。日本の企業はそれをさらなる「合理化」で乗り切ってきたのである。
 
しかし、製造業の競争は先進国間から中国をはじめとする新興国相手に変化してしまった。日本経済にとっては、円ドルよりもむしろアジア通貨との相対的位置のほうが大きな要因になってきた。中国人民元が上昇を始めた2005年6月を基点にしてアジア通貨の動向を比べてみると、特にリーマンショックを挟んで大きく3つのグループに分かれてしまった姿が明らかとなる。多数は強い通貨に位置づけられる。2005年6月=100の指数で対ドル相場をみると2010年11月末時点で、日本円123.0、中国元121.2、シンガポール・ドル119.1、マレイシア・リンギ114.7など対ドルであきらかに上昇したといえるグループがある。次に台湾ドル100.9、インドネシア・ルピア101.6とドルに連動している通貨、そして韓国ウォン90.6、インド・ルピー90.9とドルに対して約10%下落している通貨である。韓国ウォンや台湾ドルが最近上昇し始めているとはいえ、水準的に円に比べるとかなり安い水準にあるということは、日本の産業のうち電機産業などこれらの国と競争関係にある産業の国際競争環境を極めて厳しいものにしている。
 

(図3・クリックで拡大します)
 
資金循環表(図4、日本銀行発表)でみると、景気の回復により企業部門の収益が回復している一方、国内投資が停滞し法人企業部門の大幅な資金余剰が目立つ。今年4-6月期までの1年間で非金融民間法人企業の資金余剰は22.2兆円であり、この不均衡が日本経済の停滞の象徴であるともいえる。これは円高と設備投資不足の悪循環からもたらされている。円高と設備投資不足はニワトリとタマゴのような関係にある。悪循環に陥った両者の関係を好循環の側に転換させるには政府の「介入」が必要となってくる。日本政府はまず為替レートを安定させることが景気回復持続の必要条件であると考え、9月半ばに円売り介入を行った。しかし、11月のG20では通貨安競争をやめるという観点の議論から暗に介入は批判された形となり、日本政府の円売り介入は止まっている。
 

(図4・クリックで拡大します)
 
12月15日に発表された短期経済観測(日本銀行)によると、9月と比べて円高が進行したにも関わらず、売上、利益、設備投資ともにわずかながら上方修正となった。円高が企業収益に与えている悪影響は、売上の増加とコスト削減の継続効果で和らげられている。雇用は、過剰感がわずかながら改善しており、景気が縮小方向に逆転してしまうリスクは大きくない。企業景気は、勢いが落ちたものの、回復局面をおおむね維持しているといえるだろう。ただし、先行きについては企業の見方は厳しくなっており、エコポイントの剥落効果などがどの程度のマイナスにでてくるのかを見極めたいという企業の心理が表れているようだ。
 
12月現在、一方的な円高は止まっているが、日本の金融政策には限界がみえており、円相場はもっぱら海外景気に依存することになるだろう。
 

■ 分かちがたい貨幣資本の過剰と財政赤字の累積

資金循環表は経済主体間の資金取引を種類別に記述したものである。当該期間内の取引(フロー)と期末の取引残高(ストック)の数値が計算されたものであるが、ほとんどが中央銀行の統計として発表されており、日本では日本銀行によって四半期ごとに発表されている。資金循環表は貨幣資本の状況を把握する良い手段である。
 
貨幣資本というのは、貨幣の形態をとった資本としてその自己増殖が目的となる。たとえば、株式、債券などの有価証券や預金がこれにあたる。貨幣資本の担い手は、最終的には個人であるが、間接的には銀行などの金融資本や年金基金などの機関投資家である。金融資本や機関投資家は個人が所有する資金を取り入れ、これを金融取引によって増殖させようと機能している。
 
日本の場合、資金循環表によると、個人金融資産は1445兆円(2010年6月末)であり、この資金は直接的に株式や債券を保有しているほかに、銀行への預金、年金や保険の保有により、金融資本や機関投資家の運用資金を供給しており、これによって金融資本や機関投資家はさらに資金の最終需要者に対して貨幣的な形態での資本を提供している。より具体的には株式、債券などの証券、あるいは直接的な貸付という手段による。
 
つまり、個人の金融資産が原資となるのだが、例外がひとつある。それは中央銀行の現金通貨発行である。中央銀行は負債として現金通貨を発行する。不換通貨体制の下で中央銀行の現金供給は国債やその他の証券などなんらかの資産を中央銀行が購入することによって行われるが、それは国家や金融機関の負債である。結果的には、中央銀行が負債を増加させて、現金という金融資産を市中に追加する役割を果たしているのであって、過剰な供給を行えば通貨価値の低下=インフレーションにつながる。逆に過小な供給しかないとデフレにつながる。現在のようなゼロ金利下では、現金供給がさらに金融システムの信用乗数効果を発揮するということは期待できないが、それでも実際に現金供給を増加させることができれば、インフレ効果は生まれると解釈してよいだろう。
 
しかし、インフレーションといっても常にモノやサービスの価格上昇に結びつくとは限らない。資産価格の上昇にのみ向かう場合もたびたびあり、これがバブル現象となることが多い。これは生産されたモノやサービスが供給過剰で需要と供給の関係から価格上昇が起こりにくい場合、市中に投機資金に向かう資金が供給されてもモノやサービスには向かわずに証券や不動産などの資産に向かっていくことがブーム化することが多いからである。
 
中央銀行の貨幣供給政策は短期的にバブルが発生するかどうかにとって重要な要素となる。今回の日銀による指数連動型上場投資信託や不動産投資信託の購入政策は、規模は小さいものの直接的に資産価格を買い上げようとするものであり、証券市場における投機を促そうとするものであるし、米連銀理事会の超緩和策もなんらかの資産市場(おそらく株式市場を意図していると思われる)でリフレ的な動きが出てくることを期待したものだ。しかし、長期的に世界資本主義がバブル発生と崩壊の繰り返しを起こしている事情の背景には、恒常的な貨幣資本の相対的な過剰傾向があるのではないかと考えられる。
 
では何をもって貨幣資本の「過剰」を定義すべきだろうか。貨幣資本は、本来は生産的な資本、すなわち生産手段の所有を通し、労働力を利用することにより利潤を獲得する資本の貨幣的な態様であった。しかしながら、いったん貨幣的な形態をとった資本は擬制資本であり、独自の運動法則を獲得する。より具体的には期待によって価格付けられ、方向性を与えられる存在になる。現代においては、資産価格は当該資産の、他の資産との裁定関係においても決まってくる。この貨幣表現でのマクロ的な総額が、生産的資本に投ぜられた価値を大きく上回ってくるとき、それは「過剰」を形成していると定義できるのではないか。
 
過剰の発生には2つの要因がある。第1に貨幣資本の領域が利潤を生む生産的資本の領域を超えて、単なる利子生み資本として家計(住宅ローンや消費者ローン)や政府(国債)に拡張していくことである。第2に、価格の上昇により、投ぜられた価値から大きく乖離してくる場合である。実際には両者は並行的に生ずる場合が多い。
 
前者は生産的な資本の自生的な領域拡張では資本の自己増殖を満たすことができず、その外延に自己増殖の機会を求めざるを得なくなるところから起きている。これは利潤率の傾向的低下と表裏の関係にある。つまり、需要不足を家計や政府への信用供与によって補うことで主となる生産的資本の利潤実現を確保しつつ、新たな投下先が不足して過剰となった資本が、家計や政府への貸付資本に転換することで過剰の矛盾が噴出するのを防ぐという役割を与えられるのである。また資産価格の上昇はそれ自体が企業の設備投資や家計の消費を高めるという効果を持っている。
 
しかし、この資本蓄積ルートは持続可能なものではない。資産価格の過度の上昇とそのゆり戻しが起こることにより、いわゆるバブル崩壊現象を招く。資産価格の上昇は過去の投資に対してみかけの高い収益率をもたらすが、将来に向かっての期待収益率を低下させる。それが行き過ぎればかならず市場は期待収益率の回復を要求する局面、すなわち資産価格の下落局面をもたらすほかはない。
 
こうして訪れるバブル崩壊とそれがもたらす不況は負のスパイラルを起こしやすい構図になるため、金融的なパニックを伴うのが常である。現代においては、資本主義体制を維持するためには、どのような手段によっても、これを克服するという国家の介入を必然的なものとする。そして、この不況からの脱却にはやはり、財政赤字と金融緩和によるバブル的構図をもってするほかに選択肢がなくなっているのである。 リーマンショックへの対応も結局は財政赤字の巨大化と超金融緩和による資産価格の買い支えによってなんとか切り抜けられようとしている。しかし、数年後には新興国も巻き込んだより大きな波となって世界経済に襲いかかってくる可能性は甚だ大きいと言わざるをえない。
 
資本主義である限り、これを完全に克服することはできない。ただし、この過程において労働者(現役も将来世代も)にのみ犠牲を強いる方法に対して、対抗することは不可能ではない。労働運動や勤労国民を代表する政治勢力には、そうした政策提示を具体化していくことが期待される。
 

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