■ サイト内検索


AND OR
 
 
 月刊『社会主義』
 過去の特集テーマは
こちら
■ 2017年
■ 2016年
■ 2015年
■ 2014年
■ 2013年
■ 2012年
■ 2011年
■ 2010年
■ 2009年
■ 2008年
■ 2007年
■ 2006年
■ 2005年
■ 2004年
■ 2003年
■ 2002年
■ 2001年
■ 2000年
■ 1999年
■ 1998年


 


●2010年5月号
■JR不採用問題の政治解決に当たって
  社民党副党首・参議院議員 又市征治
     

■ はじめに

  4月9日、1987年の国鉄改革に伴って惹き起こされた1,047名のJR不採用問題で、民主党・社会民主党・国民新党及び公明党の四党(以下「四党」と略す)が提示した「国鉄改革1,047名問題の政治解決に向けて(申し入れ)」を国土交通大臣と国鉄労働組合(国労)をはじめとする四者・四団体(四者・国労闘争団全国連絡会議、鉄道建設公団訴訟原告団、鉄道・運輸機構訴訟原告団、全動労争議団鉄道・運輸機構訴訟原告団、四団体・国鉄労働組合、全日本建設交運一般労働組合、国鉄闘争支援中央共闘会議、国鉄闘争に勝利する共闘会議)がそれぞれ「受け入れ」表明し、これによって、23年余の長きにわたる労働争議が政治解決することになった。
 
 わが党は、当初からこの戦後最大の国家的不当労働行為事件を厳しく追及すると共に、国労や闘争団を全国で支援し、1日も早い政治解決に努めてきただけに、感慨ひとしおであり、この日が迎えられたことをすべての関係者と共に喜び合いたい。
 
 私は、この問題の発生当時、地元・富山で支援共闘会議の責任者を務め、その後、地方労働委員会の委員として国労の各種差別事件にかかわり、また国会議員となってからは党でこの問題の担当を引き継ぎ、さらに今回は党を代表して和解案策定に携わってきただけに、感慨深いものがある。
 
 ここに、今回の政治解決に至った経過を報告する。
 

■ 1.JR不採用問題の本質と取組の経過

(1) 国鉄改革(分割・民営化)のため、1986年11月に国鉄改革関連八法が成立し、翌87年4月1日に施行された。これに伴って、国鉄の分割・民営化に反対した国労・全動労所属組合員らがJRに採用されず、その後3年間、不採用者に対する再就職促進法に基づく就職斡旋も形式的で誠意がなく、90年4月には1,047名が国鉄清算事業団(現在は独立行政法人:鉄道建設・運輸施設整備支援機構)からも解雇される事態が起こった。
 
 この過程で、国鉄当局は、「組合所属による(採用)差別はあってはならない」との参議院決議にもかかわらず、「国労や全動労を抜けない限りJRに採用はされない」などと組合員を恫喝して組織を切り崩し、脱退しなかった組合員の多くを不採用としたのである。
 
(2) このような国家的不当労働行為に対して、国労や全動労は各地方労働委員会そして中央労働委員会に救済申し立てを行った。その結果、いずれも国鉄当局の不当労働行為を認定し、JRへの採用を命じる救済命令を発したのは理の当然である。
 
 しかし、これを不服としたJR側は行政訴訟を提起した。これを受けた裁判所側は、「(組合による差別があったとしても)名簿作成は国鉄が行ったことであり、JRは提出名簿によって社員を採用したにとどまるから、JRは不当労働行為責任を負わない」旨の不当な判決を下したのである(2003.12.22最高裁)。
 
 つまり、国鉄改革法第二三条が雇用の責任主体を曖昧にしたため、不当労働行為が明白であるにも拘わらず、被解雇者の法的救済が閉ざされてしまい、国労や闘争団の出口の見えない苦難の闘いが今日まで続くことになったのである。「政治が犯した過ちは政治が正す」以外にない(10.2.4参院決算委、又市質問)と言う所以である。
 
 こうした事態を憂慮した国際労働機構(ILO)は、9度にわたり「人道的見地から早急な政治解決」を政府に求めてきたし、また東京高裁も判決(09.3.25)に当たって政治に異例の「早期解決」を求めたのである。
 
 なお、この問題に関する自公政権下での一連の動き(概要)は資料1のとおりである。
 

(資料1・クリックで拡大します)
 
 

■ 2.政権交代後の経過

 (1) 09年8月30日に行われた総選挙で与・野党が逆転し、9月16日に鳩山連立政権が誕生した。わが党は、連立政権協議の中で「国鉄問題の早期解決」も課題の1つに上げて大筋合意してきたが、鳩山総理が2月16日に開催された「1,047名問題の政治解決を求める集会」に当時幹事長として他の四党の代表者と共に参加し、「この問題は人道的な立場から政治的に解決をさせていこう。23年が24年にならないうちに解決できるように私どもとしても全力を尽くしてまいりたい」と表明していただけに、三党連立政権の誕生はこの問題の政治解決の第一の関門を開いたと言える。
 
 こうした認識に立ち、わが党は昨年10月下旬に国労・弁護団を招いて対策会議を開き、「年内解決(遅くも年度内解決)」を目指して、与党三党はもとより公明党などとも連携を強めることとし、また四者・四団体にも一層の運動の強化を求めた。
 
(2) 昨年11月26日の「JR不採用問題の解決に向けた集会」(自民党を除く五党の代表が参加・激励)は、星陵会館の1階ロビーまで参加者があふれ、解決に向けた期待の大きさをうかがわせた。これを受ける形で、12月11日の与党三党党首会談では福島社民党党首がJR不採用問題の早期解決を提起し、また年末の三党幹事長・国対委員長懇談会でもわが党からこの問題の早期解決を話題に上げ、大筋の了解を得た。
 
(3) 年明けて1月13日、与党三党の担当者が集まり、四者・四団体代表者の意向を聞き、解決案づくりに入ることを確認した。これには公明党の参加を呼びかけることになった。私は、この点について国会での認知が必要と判断し、2月4日の参院決算委員会(全閣僚出席)で、要旨次のような質疑を行った。
 
●又市征治君 (前略)JRの不採用問題が起きましてから24年目を迎えるということになりました。言うまでもなく、国鉄の民営化は国策として国が行ったわけであります。……その結果として1,047名の方々が首になるということになってしまったわけです。(中略)被解雇者のうち、既に59名の方がお亡くなりになっている、家族の思いはいかばかりか。……この政権交代が実現した今こそ、過去の政権が犯した過ち、改革法……の誤りを正す絶好のチャンスなわけですから、今、与党三党と公明党を中心に、このJR不採用問題の年度内解決に向けて、この政治解決に向けて努力を進めているところでありますけれども、是非、このことの積極的な受け止めと総理の見解を承っておきたい。
 
●内閣総理大臣(鳩山由紀夫君) 又市委員がこの問題に大変熱心に取り組んでおられること、敬意も表したいと思います。この問題は、……私も何度も会合に出させていただいて、やはり人道的立場から解決を急がなければならない、そのように申しましたし、政権を取った中でもその思いを変えているつもりはありません。今、努力が与党の中で始まった、……今年の1月13日にその与党三党が解決策を取りまとめるということになりました。是非、しっかりと取りまとめていただいて、それを与党三党でありますから政権の思いとして実現して解決をしてまいりたい。
 
(4) こうした院内の取り組みや四党の努力と併せ、2月26日には四者・四団体が東京都内で大規模な解決を目指す集会を開き、併せて各政党と政府に対して早期・政治解決を求める要請行動を行った。
 

■ 3.解決案をめぐっての攻防

(1) 2月下旬、「年度内解決」を目指し、四党の担当者で「政治解決案」〈叩き台〉を策定し(資料2・資料3)、政府との調整を進めることで合意した。
 

(資料2・クリックで拡大します)
 
 

(資料3・クリックで拡大します)
 
(2) この叩き台を基に、3月上・中旬、国交大臣側との調整に入った。
四党側は、鳩山総理が「与党三党が解決策を取りまとめるということになりました。…それを…政権の思いとして実現して解決をしてまいりたい」と明言したのだから、この案を実現すべきだと迫り、国交省側は「説明根拠を明確にする必要があり、また他の和解事案などとのバランスもある」などとして調整に手間取った。
 
 ようやく3月中旬に双方が了解点に達し、18日に四党幹事長連名で前原国交大臣に「国鉄改革1,047名問題の政治解決に向けて」の申入書を手交するに至った。
 
 その概要は上記のとおりである。
 
(3) こうして四党と所管の国交大臣との合意によって、ようやく第二の関門をくぐり抜け、「年度内解決」の灯りが見えたかと思われ、四党担当者も安堵した。
 
 ところが、ここに第三の固い関門が待ち受けていたのである。
 
 この問題は、国交大臣だけでの処理でなく、財務大臣及び官房長官との調整が必要だとされた。ここに、事の本質を理解しない(しようとしない)人々、官僚群の抵抗が介在することになった。
 
 それは、次のような主張による抵抗であったと思われる。

  • 他の和解案件で、判決で示された金額を大きく超えるものはなかった。その他の和解案件とバランスを欠く。
  • 最高裁判決で原告らのJR採用責任が否定されているのに、政府がこうした支援措置を取ることは説明がつかない。「労組に甘い」などの批判を受ける。
  • 再就職に応じなかったものの、自主退職し自ら就職活動をした者とのバランスを欠き、「ゴネ得」と見られる……等々。
(4) 四党は、国交省(辻元副大臣・三日月政務官)を挟んで、官邸や財務省側と「靴の裏から足を掻く」ような調整を迫られることになった。
 
 そこでの四党側の主張の概要は以下のような内容である。
  • 「与党三党が解決策を取りまとめ、それを……政権の思いとして実現して解決する」という総理の表明に沿ってまとめた政治解決案を値切ることは許されない。
  • そもそも、不当労働行為が明白であるのに、国鉄改革法二三条によって雇用の責任主体が曖昧にされたため、23年もの長期間、被解雇者が法的救済を受けられなかった。だからこそ政治的解決が不可欠である。
  • 国鉄を引き継いだJR各社もこの問題に対する道義的人道的責任は免れない。
  • 判決で示された金額はJRへの採用期待権侵害に対する損害金にすぎず、法的救済を阻害してきたことなどの和解金は加味されていない……等々。
(5) こうした国交省を挟んでのもどかしい調整に手間取り、ついに年度末を越える事態となった。最後まで揉めたのは、次の点であった。
  • JRの採用責任は2003年の最高裁判決で否定されており、政府としてJR各社に採用要請はできない。したがってJRには四党から要請されたい。
  • 他の和解案件と比べて和解金などが高過ぎる。
 しかし、双方の主張がぶつかり合ってさらに時間を空費すれば、折角の政治解決への期待に水をさすことになりかねず、四党側としては、頑迷な官僚群の抵抗を排して名実共に「政治主導」を実現するため、場合によれば「四党幹事長による三大臣との会談での決着」も辞さずの厳しい姿勢で臨んだ。
 
 その結果、4月8日夜に至り、最終的に三大臣との合意に達することになった。その内容は資料4・資料5のとおりである。
 

(資料4・クリックで拡大します)
 
 

(資料5・クリックで拡大します)
 
(6) これを受けて、4月9日午前、四党代表者が四者・四団体に四党解決案(政府・与党合意内容)の受け入れを打診し、了解を得た(正式には9日中に確認)。
 
 その上で、午後に四党解決案を前原国交大臣に再申し入れし、大臣は「四者・四団体が三条件を受け入れることを前提に、申し入れ内容を了解する」旨を表明した。
 
 この時点で、最後まで揉めた「JRの採用責任は2003年の最高裁判決で否定されており、政府としてJR各社に採用要請はできない。JRには四党から要請されたい」との主張は撤回され、「政府はJRへの雇用について努力する」ことになり、前原大臣は直後の会見で「(JRに)最大限の努力をしてもらいたい」と語った。
 
 こうした動きと並行して四党幹事長と三大臣が持ち回りで右記の合意書に署名した。
 

■ 4.むすびに

 23年の長きにわたるJR不採用問題はようやく政治解決を見ることになった。これを闘い抜いてこられた当該組合と闘争団はじめ支援者の方々にとって失われた年月は取り戻せないのだから、決して満足できる内容ではないかもしれないが、以上に述べてきたとおり、現下におけるギリギリの攻防の結果であったことをご理解願いたい。特に最後まで雇用責任を回避し続けた従来の政府の姿勢を転換させ、「政府はJRへの雇用について努力する」ことを確認させ、国交大臣が「(JRに)最大限の努力をしてもらいたい」と表明したことは長きにわたる闘いの成果であろう。
 
 そして、この不屈の闘いが様々な不当な攻撃に遭った多くの労働者に大きな励ましとなってきたことに誇りを持って頂きたい。そして雇用問題など最終決着に向けて、さらに団結を固められ頑張って下さい。
 
 おわりに、あらためて闘い半ばで倒れられた方々のご冥福をお祈りし、ご遺族の皆様のご多幸をご祈念申し上げる。

本サイトに掲載されている記事・写真の無断転載を禁じます。
Copyright (c) 2017 Socialist Association All rights reserved.
社会主義協会
102-0072東京都千代田区飯田橋1-8-8 ASKビル4階
TEL 03-3221-7881
FAX 03-3221-7897