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●2010年2月号
■現代に生きる『資本論』
  小島 恒久
     

■ 見直される資本論

 このところマルクスの『資本論』が見直され、『資本論』に関する本の出版が相ついでいます。『資本論』の翻訳書が増刷されているだけでなく、『資本論』をやさしく説明した本がつぎつぎに出されています。たとえば、『面白いほどよくわかるマルクスの「資本論」』『高校生からわかる「資本論」』『図解資本論』『学びたいあなたのための「資本論」Q&A』などといった解説本が本屋の棚に並んでいます。
 
 これまでも学界などではマルクス・ルネッサンスというので、マルクスの復権が論じられることはありました。だが、今日のように一般大衆向けに『資本論』を解説した啓蒙書が巷にあふれるというのは、近時の新しい現象でしょう。これは、今日の行きづまった経済の状況や働くものの困窮のなかで、その謎を解くカギを『資本論』に求める世の要望が、それだけ高まっているということのあらわれといっていいでしょう。
 
 1、2年前に『蟹工船』ブームというのがありました。これは小林多喜二の小説『蟹工船』の中で描かれている船員の苛酷な労働の状態が、今日の労働者の状態に類似しているというので、その売れゆきが急増したものでした。だが、こうした労働の現象面だけでなく、その底に横たわるもの、すなわちそうした現象が起きてくる理由、さらには社会のしくみそのものを知りたいという要求が生まれ、その要求にこたえるものとして、今日の『資本論』ブームはおこっているといってよいでしょう。
 
 このマルクスの『資本論』第1巻が初めて世に出たのは1867年でした。今より140年以上前です。その後、マルクスの遺した膨大な草稿から、盟友のエンゲルスが編集して第2巻、第3巻を出しましたが、第3巻が刊行されたのは1894年でした。それからでも百年以上の歳月が経過しています。その間に資本主義は大きく変わりました。にもかかわらず、『資本論』が今日なお読まれるのは、それが資本主義の最も本質的な性格を解明しているからです。その間多くの経済に関する本があらわれましたが、「資本主義とは何か」を根源的に問い、その本質を体系的に明らかにしたいという点で、われわれはこの『資本論』を超すものをまだもちえていません。
 
 だから、資本主義の混迷が深まり、閉塞状態におちいるたびに、この『資本論』の原点に立ち返って、今回の問題を考察し、そのたどる方途を探求してみようという動きがおこります。今回『資本論』に関する本がつぎつぎに出ている背景にもまた今日の経済、労働の当面している深刻な状態があるということができます。
 

■ 剰余価値論を導きの糸として

 マルクスは1883年、亡命先のロンドンで亡くなりました。この時その墓前で盟友のエンゲルスが次のような葬送の辞をのべました。
 
「ダーウィンが生物界の発展法則を発見したようにマルクスは人間の歴史の発展法則を発見しました。唯物史観がそれです。またマルクスは、今日の資本主義社会を分析し、剰余価値の理論を発見しました。人間一生にこうした発見を1つするだけでもたいへんなことなのに、マルクスは唯物史観と剰余価値という2つもの大きな発見を人類に残してくれたのです。彼の名は幾世紀にもわたって生きつづけるでしょう」。
 
 マルクスは唯物史観を発見した後、その社会発展の土台をなす経済の研究に打ちこみ、その集大成として『資本論』を完成させました。『資本論』はマルクス自身言っているように、資本主義社会の経済的運動法則を明らかにしたものですが、そこにおけるマルクスの偉大な発見として、エンゲルスは「剰余価値の理論」をあげたのです。資本主義社会とは、読んで字のように資本によって生産が行われる社会ですが、その軸心をなすのは、資本と労働との関係です。この資本と労働との関係を分析し、はじめて科学的に解明したのが、この剰余価値の理論であったのです。
 
 この剰余価値の理論を確立するにあたって、そのカギをなしたのは、マルクスが労働力と労働の違いを識別したことでした。これを識別することによって、労働力の価値(賃金)とその労働の作り出す価値とが違うこと、そしてその差額が、不払部分、すなわち剰余価値として資本家のふところに入り、そのもうけとなることを明らかにしました。この剰余価値の理論を、別名搾取の理論とも言います。この剰余価値の理論によって、これまで誰も明らかにすることが出来なかった資本のもうけの源泉が、はじめて科学的に解明されることになったのです。
 
 この資本主義における労資関係の基本をなす剰余価値の理論に到達した後、マルクスはさらにその理論を現実の社会に対応して発展させていきます。たとえば、資本はその儲けをできるだけ増やそうとして、その源泉である剰余価値の増大をはかっていきますが、その方法として『資本論』は4つの方法をあげています。

  1. 労働時間の延長
  2. 労働強度の増大(労働強化)
  3. 労働生産性の向上
  4. 労働賃金の引き下げ

 この4つの方法が今日もその手段をより巧妙化しながら、労働者からの搾取を強める方法として機能しつづけていることは周知のとおりです。
 
 つぎに、資本はこの労働者から取り上げた剰余価値をもとにして生産を拡大し、資本を大きくしていきます。これを資本の蓄積と言います。この資本の蓄積はしかし、労働者の労働と生活を良くはせず、逆に労働者に新たなしわ寄せを生み、労働者を苦しめます。たとえば、失業者を生み出します。そのからくりを『資本論』はこう説いています。
 
 資本はその資本を拡大する場合、競争に勝つために生産性を高めようというので、機械装置への投資に、より多く力を入れます。そのため、資本のうち、生産手段(不変資本)部分の割合が増え、資本の有機的組成は高度化する傾向を辿ります。だから、労働力を雇う可変資本部分は相対的に小さくなり、資本が大きくなっても、労働者の雇用はあまり増えません。増えないどころか、いよいよ省力投資がすすみ、オートメーション化が進行するような所では、労働者の数はむしろ減少します。
 
 こうした資本蓄積のしくみのゆえに、資本主義社会では、たえず失業者が生み出され、相対的過剰人口が発生します。ここで「相対的に過剰」というのは、資本の需要に比して過剰、資本蓄積のしくみにたいして過剰という意味です。
 
 しかも、こうした相対的過剰人口の存在が資本の蓄積に有利に作用します。というのは、つねに職を求めている産業予備軍がいるということは、資本家が必要とする時にいつでも労働力を手に入れることができるということです。またこうした失業者の存在が、現に就業している労働者の労働条件を引き下げる作用をもちます。このように失業者の存在が、資本蓄積には有利に働きますから、資本家は失業者をなくすことに関心を持たずたえず人減らしを進めていきます。だから資本主義が発展し、資本の蓄積が進むにつれて、失業者の規模はむしろ拡大していきます。ここに資本主義における失業の不可避性というものがあるのです。
 
 まさにとんでもない結果です。資本主義が発展するにつれて、働く者の労働や生活が良くなるというのなら話はわかりますが、逆に、資本の蓄積が進むにつれて、失業者の規模が大きくなり、就業労働者に対する搾取もひどくなるというのですから、話は逆立ちしています。しかも、たまたまそうなったというのではなく、資本蓄積のしくみそのものがそういう結果を生んでいるのです。だから、これを資本主義的蓄積の一般的法則と言います。
 
 このように資本の蓄積は、資本家の側に富と力を累積し、他方、労働者の側に貧困と失業を累積していきます。ここからいわゆる「窮乏化」という問題も生まれます。この「窮乏化」については、もう「窮乏化」という考え方はないという人がいます。だが、そういう人たちは「窮乏化」というのを非常に狭く解釈して、賃金の絶対額が下がるとか、食うや食わずの状態をいうかのように考えています。だが、マルクスはもっと広い意味で「窮乏化」をとらえています。
 
 たとえば『資本論』の「資本主義的蓄積の一般的法則」の章の中で、マルクスは一方における資本の蓄積は、他方の労働者階級の側における「窮乏、抑圧、隷従、堕落、搾取の度の増大」を生むことを指摘しています。またエンゲルスは『エルフルト綱領批判』の中で、今日「確実に増大しているのは生存の不安定である。私はこのことばを挿入したい」とのべています。
 
 ここでマルクスやエンゲルスが「窮乏」あるいは「生存の不安定」と言っている状態が、今日労働者の労働や生活をひろく蔽っていることは周知のとおりです。こうした「窮乏化」の進展に対して、労働者は当然抵抗し、たたかいます。この労働者の抵抗、闘争がなければ、窮乏化法則はもっと露骨な形で労働者にしわ寄せされていくでしょう。
 
 このように『資本論』は、今日労働者の当面している諸問題について、きわめて科学的で、体系的な解明をあたえています。だからこの『資本論』第1巻が出版された時、エンゲルスはそのもつ意義をこうたたえました。
 
「この世に資本家と労働者が存在するようになって以来、労働者にとって本書ほどの重要性をもつ書物はまだ1冊もあらわれていない。今日のわれわれの全社会制度がそれをめぐって回転する軸である、資本と労働との関係がここではじめて科学的に、しかもマルクスだけに可能であったような徹底性と鋭さとをもって展開されたのである」と。
 
 この言葉は今日もなお生きています。時代が混迷し、情勢が厳しければ厳しいほど、われわれは『資本論』に立ち返って学び、それをわれわれの闘争に生かす必要性が今日強まっているということができます。
 

■ 古くて新しい『資本論』

 ところで、今日『資本論』が改めて見直されている時代的背景を、資本主義の歴史を振り返りながら、もう少しくわしく見ておきましょう。
 
『資本論』第1巻が発刊されたのは、前にも述べたように1867年でした。この1860年代は、資本主義が産業革命をへて確立し、自由主義を基調として最も典型的に花開いた時代でした。なかでもイギリスで、この資本主義が最も早く確立し、自由主義経済が最も純粋に近い形で展開されていましたから、そのイギリスをモデルとして、マルクスは『資本論』を書きました。そこをモデルとすることによって、資本主義の基本的なしくみを、最もよく解明することができると考えたからです。
 
だが、資本主義はそこにとどまることなく、その後その矛盾に対応して、変容を重ねていきます。その大筋の流れをたどると、まず1870年頃から、資本主義経済の中に独占の形成がすすみ、独占資本主義に移行しはじめます。そしてそれを土台として、世紀の変わり目頃には帝国主義の時代を迎えることになりました。この時代を、『資本論』を踏まえながら分析した古典が、レーニンの『帝国主義論』です。
 
 20世紀に入り、1914年には、最も典型的な帝国主義戦争といわれる第一次世界大戦が起り、その末期1917年にはロシア革命がおこなわれました。それとともに世界は両体制対立という新たな時代を迎えることになりました。さらに1929年には世界大恐慌がおこり、資本主義経済はかつてなく深刻な危機に当面しました。
 
 このような矛盾の深化に対処して、資本主義諸国では国家が全面的に経済過程に介入して危機の打開をはかる、いわゆる国家独占資本主義へと移行しだしました。そうした時期の代表的な経済理論として登場したのがケインズ理論でした。これは国家が財政・金融面からのテコ入れを強めて、有効需要をつくりだし、恐慌の克服をはかるとともに、完全雇用を実現していこうとするものでした。こうした世界恐慌を機にあらわれた国家の介入政策は、第二次大戦後にも引きつがれ、さらに整備されて、戦後の復興を支えるとともに、その後の経済成長を促進していきました。
 
 だが、この戦後の成長と安定を支えてきた枠ぐみが1970年代になると崩れだしました。その最初の現れが1971年のドルショックであり、これを機に従来の国際通貨体制が崩れだしました。次いで73年には石油危機がおこり、これが世界のインフレを高進させるとともに、深刻な不況をもたらしました。いわゆるスタグフレーションの進行です。
 
 この構造的矛盾の打開は従来のケインズ流の景気刺激策ではなかなかできませんでした。
 
 こうした事態に対処して、これまでのケインズ主義にかわるものとして、1980年代に新たに登場したのが新自由主義でした。アメリカのレーガン大統領がとった経済政策「レーガノミックス」や、イギリスのサッチャー首相がとった「サッチャーイズム」は、その代表的現れでした。またその日本版ともいうべきものが、中曽根が推進した「行政改革」でした。これらの新自由主義では、かつての自由主義時代にいわれた「小さな政府」を旗印として、市場原理主義を基調とする政策が推進されました。
 
 さらに1990年前後、ソ連、東欧の社会主義が崩れるとともに「社会主義にたいして資本主義が勝った」というので、従来の社会主義を意識してとられていた宥和政策、福祉政策をかなぐりすて、世界経済グローバル化のなかで、いよいよむき出しの市場原理万能的な政策が強行されるようになりました。アメリカのブッシュ大統領や日本の小泉内閣がとった新自由主義的政策はまさにそういうものでした。
 
 この新自由主義では、市場原理を強調し、市場の自由にまかせよというので、規制緩和が推進されました。とくにそれを強く主張したのは独占資本でしたが、その要求にもとづいて独占禁止法などの規制が緩和され、独占の利潤追求活動がぐんとやりやすくなりました。そしてその弱肉強食の冷酷な競争下に、格差の拡大が進展しました。すなわち一方で独占資本の支配が着々と強化されるとともに、他方で中小企業や農林水産業などが取り残され、企業間でも産業間でも、地域間でも格差が大きく拡大しました。
 
 さらに働く者に大きな影響を与えたのは労働面の規制緩和でした。この背後にも財界の要求があり、その要求に沿って労働基準法などが改悪されて、労働者の保護や権利が取り払われ、資本の利潤追求に好都合な労働力がつくりだされていきました。また雇用形態を多様化するという方針のもとに、労働者派遣法などが改悪されて、派遣労働者など非正規の労働者が大幅に増やされ、それが労働者の3分の1を占めるようになりました。しかも、日本ではヨーロッパ諸国とちがって、これらの労働者に対する均等待遇制度が不備なので、非正規労働者の賃金はきわめて低く、雇用関係も不安定であり、生活保護の給付水準も下回る「働く貧困層」が増大しました。こうした低賃金で無権利な労働者の利用、搾取によって、企業はコストを削減し、利益を増大させたのです。
 
 こうした労働諸条件だけでなく、小泉の新自由主義的改革では、「小さな政府」を旗印とし、自助努力をうたいながら、社会保障費の抑制がはかられ、社会保障の改悪が進みました。その結果、国民の健康と老後を守る安全のネットワークは大きく破壊され、国民生活の将来はいよいよ不安になりました。こうして新自由主義の下で『資本論』で指摘されている「窮乏化」などの現象が大きくひろがりました。
 
 さらにこのような労働者や国民生活に対するしわ寄せを、もういちだん強めたのがアメリカの金融危機を発端とする100年に1度と言われた恐慌の来襲でした。恐慌は資本主義の業病ともいうべきもので、もともと資本主義の利潤めあての無政府主義的生産のもとで発生する生産と消費のギャップが拡大して、その矛盾が爆発しておこるものです。今度のばあい新自由主義がそのギャップをいよいよ大きくして、爆発を促進しました。すなわち、新自由主義は元来、サプライサイド(供給重視)の経済学を土台とし、市場原理を強調しながら、生産力の増強に力を入れました。その他方、労働者の人件費は削減し、社会保障も抑制しましたから、消費は伸びません。だから、この新自由主義のもとで、生産と消費のギャップが大きく拡大し、過剰生産、過剰設備が累積して、今度の恐慌を招く大きな要因となったのです。
 
 しかも、こうして経済危機が勃発すると、資本はその危機打開のために政府に財政面、金額面からのテコ入れを強く求めるとともに、直ちにリストラを強めました。そして「派遣切り」など非正規労働者の解雇や雇い止めをはじめとして、正社員の解雇も増大し、失業者やホームレスが急増しました。また賃金の減額やボーナスのカットなども強められています。こうしてこれまで以上に労働者の搾取を強め、労働者に犠牲をしわ寄せしながら、危機の打開をはかっているというのが現状です。
 
 このようにかつて自由主義時代について、マルクスが『資本論』で説いた失業や「窮乏化」などの問題が、新自由主義といういわば先祖返りした状況下で、現に目の前で展開されているのです。それらの問題を解明した『資本論』が見直され、改めて脚光をあびているのは当然といってよいでしょう。
 

■ 今後の課題

 このように新自由主義の下で進行した労働者をはじめとする勤労国民へのしわ寄せは、当然それにたいする不満と怒りを累積させ、それが昨年の総選挙における政権交代となって現れました。そして民主党を中心とする社民党、国民新党の連立政権が発足しました。これは従来の新自由主義路線を転換し、「福祉国家」づくりにのりだす新たな第一歩といってよいでしょう。だが、前政権の負の遺産を背負っての発足ですから、その前途に多くの難関が横たわっているのも事実です。たとえば、新自由主義の下で壊された社会保障を修復し、セイフティネットを再構築しようとしても、その前には、これまでに累積してきた財政難の壁が大きく立ちふさがっています。
 
 しかも、経済的には深刻な不況が依然としてつづいています。政府の財政、金融面からの非常なテコ入れによって、経済危機が崩落、ガラ、恐慌として爆発するのを一応回避しましたが、そのかわりに、整理されるべき過剰資本が温存されて、不況が長期化し、デフレがつづいています。また巨額の財政出動の結果、財政赤字がいちだんと累積しています。だから、景気刺激のためにニューディール的な政策をとろうとしても、財政難のために、財源の確保がなかなか難しいという問題をかかえています。
 
 また深刻な経済不況の件で、資本の労働者にたいするリストラ政策を依然として厳しくつづけています。政権が交代しても資本とくに独占資本の労働者にたいする態度が急に変わるということはなく、基本的には従来どおりの厳しい態度で相対してきているといわなければなりません。もっとも、これまで新自由主義下の規制緩和で労働者の権利を剥ぎとり、資本が勝手放題に労働者を酷使してきた状態を是正するために、一定の法的改正をおこなおうとするばあいに、連立政権の成立が有利に作用するということはあります。だが、その場合でも、たとえば労働者派遣法を改正するという場合でも、資本は依然としてそれに抵抗する姿勢をとりつづけています。その意味では、法的改正のためにも、また新自由主義下で劣化した労働諸条件の改善をかちとるためにも、労働者が組織を強化し、闘争力を強めることがいよいよ重要な課題になっているといわなければなりません。
 
 こうした種々の問題をかかえていますが、これらの課題を克服しながら、われわれとしては当面、政権交代によって第一歩を踏み出した「福祉国家」づくりに、全力をあげて取りくむべきでしょう。そしてその中でできるだけ社民党の主張を入れてゆく努力をつづけねばなりません。だが、この「福祉国家」づくりは、いうまでもなく資本主義体制内の改良闘争ですから、資本主義は依然として存続し、資本主義社会の基本的矛盾は、これによっては根本的には解決しないことも知っておく必要があります。
 
 マルクスは『資本論』の中で、この資本主義社会のしくみとそのもつ矛盾を大本から分析し、その矛盾を根本的に解決するためには、社会を社会主義に変えるよりほかないことを明らかにしました。ここに示されている道は今日も依然として正しいということができます。 この社会主義については、ソ連、東欧の社会主義崩壊以降、これに触れることをタブー視するような風潮が今なお支配しています。だが、資本主義の矛盾がこれだけ深まり、出口の見えない閉塞状況がつづいていることを考えると、それを真に克服する社会主義への道について議論をおこすべき時期が来ているように思われます。マルクスは生前、1871年のパリ・コミューンが敗れた後、直ちに『フランスにおける内乱』という本を書いて、その経験を分析、総括して、次の革命に備えていきました。われわれもソ連、東欧の社会主義崩壊の経験を充分に総括して、新たな、日本に最も適合した社会主義像を構想することが求められているように思われます。

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