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●2010年1月号
■新政権が踏み出した福祉社会づくりの第一歩
  佐藤 保
     

■ 日本政治の転換

 1980年代に、イギリスのサッチャー政権、アメリカのレーガン政権によって開始された「新自由主義」に立つ政治は、日本では自民党政権とりわけ中曽根首相によって強行され、小泉政権によって頂点に達したが、さきの総選挙における自民党の大敗と民主党中心の連立政権の発足によって、大きく変わり始めた。
 
 サッチャーが「国家という手段をつうじての貧困化の政治綱領」として攻撃した「福祉国家」、その「福祉国家」への転換が、おくればせながら、日本でも、いま、行われつつある。
 
 新自由主義的政治から、「福祉社会づくりの政治」へのこの転換は、直接には、「構造改革」という名の新自由主義政治によって激化した貧困化、格差拡大にたいする労働者、勤労者の反抗の増大、怒りの爆発を起動力とするものであった。この怒りの爆発が、さきの総選挙において自民党を大敗させ、その裏返しとして民主党の圧勝による政権交代を実現させた。
 
 私は、本誌08年11月号(「深刻な経済危機下の総選挙」)で、日本国民は、その6割弱が「北欧のような福祉を重視した社会」を「望ましい社会モデルとして考えている」という学者の世論調査を紹介し、「国民の6割弱が、『北欧のような福祉を重視した社会』を望んでいるのに、日本の現状は、この願望から、はるかに、かけ離れたところにある。何故だろうか」と、問うて、つぎのように答えている。
 
「一言でいえば、労働者の組織力が、弱いからである。早い話、スウェーデンの労働組合の組織率は約80%なのに、日本は20%程でしかない。しかもスウェーデンでは、専業主婦がいないうえ、パートや派遣労働者、学生、失業訓練中の労働者、失業者でも、殆んどが労働組合員だという。他方、日本では労組員の大部分は、大企業の正社員と公務員で、低賃金で劣悪な労働条件を強いられている非正規労働者や小・零細企業の労働者などの組織率は極めて低い。さらに、政治面でも、スウェーデンでは社会民主党が強力で、長期にわたって政権を担っているのに、日本では労働者の利害を代表する政治勢力が弱く、保守勢力が政権を独占し続けている。
 
『福祉を重視した社会』を築くには、労働組合など労働者の組織力を、強化することが不可欠である。社民党など、労働者、勤労者の側に立つ政治勢力を強大にし、その影響力の拡大をはかることも重要である」。
 
 それから1年、09年8月に行われた総選挙で、さきに見たように自民党が大敗し、民主党が圧勝した。そして、民主党、社民党、国民新党の連立政権が発足した。この連立政権は、選挙公約の忠実な実行を表明し、早速に政治と行政をつうじた、福祉社会の実現にとりかかっている。
 
 こうして、政治の力による、国家権力の市場経済への介入による福祉社会建設の第一歩が踏み出されている。
 

■ 政治転換と労働運動

 この「福祉国家」への第一歩は、日本の労働者階級の組織的力量が、労働組合においても、労働者、勤労者の側に立つ政治勢力に関しても、質的、量的に強化され、その影響力の拡大によって踏み出されたものではない。
 
 そうではなく、くり返し述べてきたように、自民党政治の下で激化した「貧困化」にたいする民衆の怒りの爆発によって、踏み出されたものにほかならなかった。
 
 それ故、この第一歩を、第二歩、第三歩と前進させていくためには、労働組合や革新政党、さらには市民団体等、労働者、勤労者のさまざまな組織の強化、その影響力の拡大が急務である。
 
 いうまでもなく、「福祉国家」は、資本主義国家であり、国家による福祉社会の建設は、資本主義の枠内の改良を越えるものではない。その意味では、賃金引上げや労働時間短縮などの、労働条件の改良と基本的に異なるものではない。
 
 ただ、賃上げ、時短などの改良の多くは、個別資本を相手とする経済行動によって、実現されるのに対し、「福祉国家」、政治の力による福祉社会の実現は、当然なことながら、労働諸立法や八時間労働法、最低賃金法などの制定と同じく、国家、総資本を相手とする政治行動によらなければならない。したがって、「福祉国家」の建設は、このような政治行動を担い遂行しうる労働者、勤労者の組織的な力、その中軸となりうる労働者運動の強化なしにはありえない。
 
「福祉国家」の建設に、資本家階級が強く反対し妨害することは、西欧や北欧、たとえばイギリスやスウェーデンの経験などからも明らかである。日本でも日本経団連などの資本家団体と、資本家階級の利害を代表する自民党などの政治勢力やマスメディアなどの強い抵抗が予想される。
 
 これらの反対や抵抗、妨害を、はねかえし、福祉社会の建設をおし進めていくためには、労働組合や労働者、勤労者の側に立つ政治勢力の質的・量的強化が不可欠である。
 
 さらに言えば、連立政権で圧倒的な力を持つ民主党には、新自由主義に立つ勢力が存在しており、その力は軽視できない。それは、すでに、連立政権の運営にも影をおとし始めている。一例をあげると、財政のムダを削るための「事業仕分け」の判定結果には多くの批判が出ているが、亀井静香金融・郵政改革担当大臣も、11月18日の衆院財務金融委員会の答弁で、仕分け人に「小泉政治を、市場原理至上主義を支えてこられた方々を、国民の、一般の意見を代表するというような形でお使いになるのはどうか」と批判している。それ故に、民主党が、連立政権の「政策合意」を、ぶれることなく実現していくようにするためにも、労働組合など連立政権を見守り支える勢力の質的・量的強化が重要である。
 
 日本の労働運動は、本誌でも幾度も述べてきたように、長年の自民党政治、とりわけ1980年代以降の新自由主義的政治の下で、大きな後退を強いられてきた。だが、さきの総選挙で、自民党は大敗し、国鉄の分割・民営化を強行し、国鉄労組に時代錯誤の不当労働行為、組織破壊の攻撃を加えた中曽根政権から、小泉「構造改革」に至る自民党の新自由主義的政治は、退場させられた。日本の労働運動をとりまく政治的環境は、大きく変わった。
 
 政治的環境が、労働運動、その前進と後退に、いかに大きな影響をおよぼすかは、大きくは、労働運動が禁圧され、非合法の状態におかれていた日本の戦前と戦後とを比べて見ただけでも、明白である。この点について、私は本誌09年5月号に、こう書いた。
 
「戦前の日本では、組織率は最も高かった1931年でも7.9%にすぎなかった。その最大の原因が、団結権などの労働者にとって、かけがえのない大切な基本的人権がはく奪されていたこと、さらには1901(明治34)年に制定された治安警察法、行政執行法などによる労働組合とその運動に対する政府の極度の弾圧にあったことは言うまでもない。
 
 戦後は、戦争前から戦争中にかけて労働組合運動を弾圧していた治安警察法、行政執行法、治安維持法その他すべての法令が廃止された。
 
 弾圧法令が廃止されただけでなく、労働基本権が憲法で保障され、組合運動を支える労働法制が制定された」(「闘いとった基本的人権、その空洞化に歯止めを」)。
 
 また、弾圧法令が廃止され、労働運動が合法化され、労働運動への資本の側の抑圧や介入が占領軍によって阻止された敗戦直後の一時期の労働運動の急速な前進と、その後の占領政策の、労働運動の抑圧への大転換による、労働運動の後退・停滞とを、単純に比較するだけでも明らかである。この政治的環境の変化をムダにしないためにも、労働運動は、質的・量的強化を急がねばならない。その点で付言しておくと、日本の労働組合運動は、今こそ、労組連動の出発点、労働組合の原点に立ち帰らねばならない。
 
 労組の原点とはなにか。周知のように、ブルジョア(市民)革命によって、「自由放任」(レッセ・フェール)の時代に入ったが、労働者は自由な労働市場で労働力を商品として売り、生活の質を手に入れるほかなくなった。自由な労働市場は、万人の万人にたいする闘争、競争の場である。そこで、労働者は、労働力の価格(賃金)や販売条件(労働条件)をまもるためには、この労働市場での労働者間の競争を規制する手だてが必要となった。こうして労働組合が組織されることになった。労働市場のなかで労働者相互の競争を規制する、このことが労働組合の原点である。
 
 労働者は、なぜ、労働組合に結集したのかについてのエンゲルスの次の言葉は誰でも知っていることだが、日本の労働運動のなかでは忘れられているのではなかろうか。
 
「資本は集積された社会的な力であるのに、他方、労働者のもちあわせているのは自分の個人的な労働力だけである。だから、労使の契約が公正な条件にもとづいてなされるということは、けっしてありえない。……
 
 労働者がわのもちあわせる唯一の社会的な力は彼らが多数なことである。しかし、多数の力は不一致によって分散させられる。労働者の分散状態は、まぬかれられない労働者の仲間同士の競争によってつくりだされ、維持される。労働組合は、はじめは、資本の専制的命令とたたかい、この仲間同士の競争を阻止するかせめて抑制し、そうすることにより、せめてたんなる奴隷の地位よりましなものに労働者をひきあげるような契約条件をかちとろうとする労働者の自然的な企てから発生した」(大月書店、国民文庫=17「労働組合論」所収)。
 
 労働者相互の競争を規制、阻止するには、できるだけ多数の労働者、可能ならば全労働者を組織することが望ましい。労働運動研究会編『連合運動』(えるむ書房刊)のなかで、善明建一氏が、くわしく述べている(「2 連合組織強化と組織拡大運動」)ように、「連合」は組織拡大にとり組んでいる。だが、組織率は、現在18.1%で、この20年間で7.8ポイント低下している。とりわけ、小企業、非正規雇用労働者の組織率は、極度に低い。問題の困難さはわかるが、労組の原点は労組の命だ。
 

■ 平和と福祉社会

 岡沢憲芙氏は『スウェーデンの挑戦』(岩波書店)で、「スウェーデン型福祉社会には八つの主導価値」があるとし、そのなかの一つに「平和」をあげてこう述べている。
 
「財布にどんなにカネが詰まっていても、銀行にどんなに預金があろうとも、戦争の危険があれば真の豊かさなど実感できそうもない。『平和にまさる福祉なし、戦争にまさる環境破壊なし』である。平和はスウェーデン・モデルの貴重な政治資源であり、経済資源である。非同盟・武装中立主義と国連主義外交は、長い間、外交政策の基線となってきた。1814年のナポレオン戦争終結後約180年間にわたる不戦の伝統は、この国に貴重な資産を残した」。
 
 そして、そのような資産の一例として、道路、住宅、上下水道、公共施設などの「社会資本の充実」をあげ、「平和の伝統は政治的信頼の確保に貢献している。若いときに支払った膨大な税金も老後には確実に回収できるという確かな手応えがなければ、誰が悪名高き重税に耐えるであろうか。究極的な点で政治が市民の信頼を繋いできたという事実が、福祉財源の調達を可能にした」。
 
 平和が、福祉社会づくりに、どれ程重要な役割を果たすものであるかは、このようなスウェーデンの経験からも、明らかである。
 
 政治の力によって福祉社会を実現する「福祉国家」と、「平和国家」とは、きわめて密接な関係にある。そして、日本国憲法は、その前文(「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」)、第九条(戦争放棄)、第二五条(生存権)で、それらを保障している。
 
 このように見てくると「平和で豊かな福祉社会」づくりを訴え続けてきた社民党が、新連立政権のなかで、どんなに重大な役割を担っているかが、改めて痛感される。新政権が、福祉社会の実現に失敗すれば、勤労国民のきびしい批判をうけ、総選挙による政治転換でようやく前進し始めた政治の流れを、再び逆転させることになりかねない。きびしく困難な状況のなかでの社民党の奮闘が期待される。
 

■ 政治転換と体制転換

 総選挙で、自民党が大敗して、政権が変わったけれども、地域や職場の状況は、少しも変わらないという声を耳にする。その通りだと私も思う。これは、どうしてだろうか。
 
 しかし、よく考えてみれば、少しも不思議なことではない。政権交替が行われ、新政権は第一歩を踏みだしたばかりだということもあるが、この政権交代は、資本家階級内の政権の担い手の交代であって、新政権には社民党が連立政権の一翼を担う形で加わってはいるが、ブルジョア政党から中間政党ないしは社会民主主義政党への政権交代でさえない。
 
 ましてや、資本家階級から労働者階級への政治権力の移行、「革命」ではない。政権が代わっても、政治権力は、がっちり資本家階級に握られているし、社会の下部構造、経済構造にも変化はなく、いわゆる経済権力も資本家階級に掌握されており、資本主義という社会・経済体制は、微動だにしていない。
 
 むろん、さきに見たように、これから、新政権の手によって、福祉社会づくりが進んでいけば、福祉や、雇用、教育などをはじめ、労働者、勤労者などの生活や権利が、少しずつ改善されてくるだろう。だが、忘れてならないのは、階級闘争なしに、自動的に、資本家階級が譲歩し、労働者状態の改善が進むということはありえないということである。福祉づくりを約束した政府ができたから大丈夫だろうと、手をこまねいて、たたかうことを忘れてしまっては、福祉社会づくりは進まず、働く者の生活や権利が改善されるということはありえない。
 
 このことは、西欧や北欧の「福祉国家」づくりの経験からも、明白である。「妥協の政治」の国とか、「争いごとを嫌がる国民性」(岡沢憲芙前著)とかいわゆるスウェーデンでも、大きな闘いが行われてきた。また「福祉国家」フランスの35時間労働制をめぐる闘いや、年金改革など社会保障をめぐる闘いについては、松村文人氏の論文「フランスの労働運動」(えるむ書房刊『連合運動』所収)に詳述されている。
 
 さきに見たように、新政権がつくりあげようとしている福祉社会は、西欧や北欧の福祉社会と同じ、資本主義の枠内のものである。社会の上部構造の一角である政治に多少の変化が起こっても、生産関係の総体としての下部構造、資本家階級が労働者階級を搾取しているという経済の仕組みには、基本的な変化はない。
 
 資本主義経済の基本的矛盾の爆発である過剰生産恐慌、深刻な不況、金融危機などは、西欧や北欧の「福祉国家」も、げんに今その直撃をうけていることからも、明らかなように、福祉社会になっても、資本主義である以上、無くならない。過剰生産恐慌を無くするには、資本主義の経済構造を根本的に変革する、体制の転換が、社会主義社会への飛躍が不可欠である。マルクスが『資本論』のなかで論証している「窮乏化」作用に関しても、福祉社会は、この作用に対する「堤防」の役割を果たしうるだけで、この作用そのものを廃止することはできない。
 
 政治の力、国家により福祉社会づくりの第一歩を、ようやく踏み出したばかりの今の時点で、わざわざ、福祉社会、「福祉国家」の限界を言う必要があるのか、という批判があるかもしれない。
 
 筆者も、今は、福祉社会づくりに、全力をあげて取り組まなければならないと考えている。しかし、それでもあえてこの問題に言及したのは、福祉社会づくりに取り組むなかでも、資本主義体制の根本的変革という戦略目標を、しっかりと見据えていなければならないと思うからである。
 
 そして、政治の力による福祉社会づくり、「福祉国家」づくりという改良闘争にとり組むなかで体制変革の主体、組織的力を、きたえあげていくことが、肝要だと考えるからである。
 
(2009年12月9日)

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