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●2008年8月号
■新自由主義、社会民主主義、社会主義
            佐藤 保
   
 

 イデオロギー(思想)としての、新自由主義、社会民主主義、社会主義を検討し、その内容と、その相互関係とを、考えてみようというのが、本稿の課題である。
 
 1970年代以降、とりわけイギリスのサッチャー政権、アメリカのレーガン政権の登場以来、新自由主義という言葉がクローズアップされてきた。日本でも、小泉内閣によって新自由主義の本格的展開が行われ、はやくも、その付けが福田内閣を直撃している。
 
だが、この新自由主義なるものの意味するところは、必ずしも明確ではない。新自由主義というからには、旧自由主義があるはずだが、両者はどのように違うのか。そもそも自由主義とは、どのような思想なのか。リベラル(自由)という言葉は、よく耳にするが、なにを指してリベラルと言っているのかは、論者によってまちまちで、必ずしも判然としない。
 
まず、自由主義、新自由主義の検討から始めよう。


 去年の参議院選挙から1年が経ちました。参議院での与野党逆転という「民意の力」はすごいなと実感をしています。専門家や政治評論家、あるいは大きなマスコミは、ねじれ・ねじれと、あたかも不正常な状態とか、政治の停滞という論調ですが、私は今の方がずっと正常だと思います。
 
 去年の安倍政権時代には通常国会だけで17本もの強行採決が行われました。その原動力になっているのが、小泉さんの郵政選挙で出てきた議員たちです。小泉劇場などと言われ、刺客を送ったなどと大騒ぎしましたが、結局は造反議員も自民党に戻っているという、いわば「いかさま選挙」でした。それで得た衆議院での圧倒的多数、自民・公明で3分の2をとっているという数の力で強行採決を連発したわけです。そのときは参議院でも、自民・公明で数をとっていましたから、ほとんど国会での議論がありませんでした。防衛庁を防衛省にしたり、教育基本法を改悪したり、憲法改正の国民投票法を国民の要請もないまま成立させたり。遡れば、小泉総理の時代にも後期高齢者医療制度を強行採決したわけです。こうした政治のあり方より、今の方がはるかに健全でマシだと思います。


■ 2つの新自由主義

 自由主義思想は、封建制度、絶対王政からの自由を求めて、「自由、平等」を合言葉に市民革命を遂行した資本家階級、ブルジョアジーのイデオロギーである。この思想における自由とは、国家権力、国家の権力統制からの自由であった。
 
 ブルジョア革命を経て、国家は「夜警国家」として、後景に退き、いわゆるレッセ・フェール(自由放任)の時代が、やって来た。ここでの自由とは、「貨幣の自由」であり、「商業の自由」に他ならなかったが、野放しの自由競争、市場原理万能とも言われる時代であった。
 
 この時代の思想、いわゆる古典的自由主義においては、大まかにいって、個人主義、「天は自ら助くる者を助ける」という自助原則が、社会生活の基本とされた。貧困や失業の原因は、もっぱら個人的欠陥にあるとされ、すべての責任は、個人の自助努力の不足にあるとされた。
 
1・修正自由主義
 これに対して19世紀から20世紀初頭にかけて、個人の欠陥に起因する貧困はあるが、大事なことは個人の力や責任を超えた社会的・経済的原因による失業や貧困があることを、認識することだという思想が、他ならぬ古典的自由主義のなかから、生まれてくる。1つ目の新自由主義思想の登場である。古典的自由主義、旧自由主義と、この修正自由主義、新自由主義とは、社会生活における社会と国家の責任と役割に関して、決定的に見解を異にした。さきに見たように、旧自由主義は、国家からの自由を求めた。これに対して、新自由主義は、社会生活への国家の介入、失業や貧困等々の社会問題に、国家が積極的に関わることを求めた。
 
 このような自由主義思想の変化の背景には、市場経済の基盤の上で、資本主義が急速に発展し、資本と労働の階級対立が激化し、資本主義社会に特有の失業問題が深刻化し、一方における富の蓄積と他方における貧困の蓄積(マルクスは「資本論」で、「資本主義的蓄積の敵対的性格」に関して「資本の蓄積に対応する貧困の蓄積をかならず生む。したがって一極における富の蓄積は、同時に対極における、すなわちそれ自身の生産物を資本として生産する階級の側における貧困、労働苦、奴隷状態、無知、粗暴、道徳的堕落の蓄積である」〜岩波文庫 P.232〜と述べている)が急激に進むなど、資本主義の発展に伴う社会経済情勢の大きな変化があった。
 
 この修正自由主義と呼ばれる新自由主義は、第二次世界大戦後に、イギリスをはじめ西欧、北欧諸国で、労働党や社会民主党などが主導する政権によって生まれた「福祉国家」の思想的礎石としての役割を果たした。アメリカでは、1930年代の大不況期に、ケインズの有効需要論に媒介されて、ニューディールとして結実した。
 
2・ハイエク、フリードマンに始まる新自由主義
 いま1つの新自由主義は、思想としては、第二次大戦後まもなく1940年代の後半に、生まれた。「新自由主義︱その歴史的展開と現在」(作品社の翻訳書)で、著者のD・ハーヴェイは、このハイエク、フリードマン等の新自由主義について、こう述べている。
 
「この理論的枠組みは…論理的に完全に整合されているわけではない。それが信奉する新古典派経済学の「科学的」厳密さは、個人的自由という理念への政治的忠実さと容易に両立しないし、またそれは、あらゆる国家権力に対して不信を抱いていると称しているが、私的所有、個人の自由、企業活動の自由を守るためには、必要とあらば強権を発動する強力な国家を必要としていることともあいいれない」(034)。
 
 この指摘は、この新自由主義思想の特徴をずばり突いていると思うが、そのことを前提として言えば、この思想の特徴は、資本主義的市場原理万能であり、19世紀以前の、旧自由主義、古典的自由主義への回帰ということに尽きる。さきに見た、福祉国家の礎石となった修正自由主義は、自由主義思想の発展と見ることができ、新自由主義の名がふさわしい。これに対して、フリードマン等の新自由主義思想は、20世紀の自由主義思想を19世紀以前のそれに大きく、後退させるもので、時代錯誤の旧自由主義の亡霊が、さまよい出たといって過言ではない。
 
 では、このような歴史の歯車を、逆転させるような自由主義思想と、この思想に立つ保守政治とが、20世紀末、1970年代頃から、世界的に大流行するようになったのは、何故であろうか。
 
 さしあたり、2つのことが考えられる。その1つは、以前にも書いたことがあるが、第二次大戦後の資本主義経済が、1970年代を境にドル・ショック、オイル・ショックを契機として「高成長」から「低成長」に転じ、相対的安定期ともいえる「高成長」期に蓄積された経済的矛盾が、スタグフレーションという形で噴出したためである。西欧ではイギリスに典型的に見られたように、福祉国家の財政が悪化し、その維持が困難となった。福祉国家とその思想的基盤である修正自由主義を、攻撃し、それにとって代わる絶好のチャンスが、旧自由主義の亡霊とそのイデオロギーに立つサッチャー等の保守政治勢力の前に、現れた。いわば、自由主義思想と、その政治的担い手とをとりまく客観的条件の変化である。
 
 いま1つは、D・ハーヴェイが、さきにあげた著書のなかで述べている「新自由主義化は、その当初から階級権力の回復を企図していた」という見解である。ハーヴェイは、この問題を、詳細に論証している。
 
 ごく簡単にいえば、こうである。1970年代に生じた資本蓄積危機は、世界的規模の「スタグフレーションをもたらし、万人に影響を与え、労働運動、社会運動を高揚させ、『経済エリートや支配階級』が政治的・経済的脅威を、感じる」までになった。
 
 そこで「上層階級は、自分たちの政治的・経済的破滅を避けるために断固たる行動をとらなければならなくなった」とハーヴェイは述べている。そして、その断固たる行動とは、イギリスのサッチャー首相や、アメリカのレーガン大統領に代表される、「大企業が利益をあげるための無制限の市場的自由の新しい領域を切り開いた」規制緩和、大企業と金持ちに対する「史上最大の減税」、「労働組合や職業団体に対する攻撃」など、新自由主義的政治の遂行であった。その結果、労働者運動は、大後退を強いられ、労働者状態は、著しく悪化した。第二次大戦中と戦後に縮小していた富の格差も、戦前なみに拡大した。市民の自由も民主主義も、大きな打撃をうけた。
 
 歴史の歯車を大きく逆転させる「新自由主義」化が、遂行されたのは、その思想の力ではなく、資本主義体制の危機的状況に、危機感を募らせた支配階級の、階級権力の維持、強化のための全力をあげた反撃によるものだった。


■ 社会民主主義、今こそ、出番

 社会民主主義という用語は、19世紀には、ロシアの社会民主労働党や、ドイツの社会民主党のように、社会主義、科学的社会主義と、同じ内容を意味する同義の言葉として、用いられたこともあった。しかし、ここで言う、社会民主主義とは、社会主義、科学的社会主義とは、基本的に異なる意味で、内容をもつ別の用語であることを、初めに、断っておきたい。
 
 ここで取り上げる社会民主主義とは、今日の西欧、北欧などの社会民主主義政党における社会民主主義である。イギリスの労働党やスウェーデンの社会民主党など、多くの社会民主主義政党は、いわゆる福祉国家の担い手として、また、より基本的には労働階級の政治的自由や権利の拡大、民主主義の拡充・発展、賃金の引上げ、労働時間の短縮、首切りや労働強化や不当配転などの「合理化」攻撃の阻止等々、労働組合と協力して、働く者の「生命と暮らし」を守り高めるために重要な役割を果たしてきた。労働者、勤労国民の政治的、経済的、社会的状態の改良に、社会民主主義政党が、大きな役割を果たし、重要な貢献をしてきたことは、紛れもない事実である。
 
 いくつかの社会民主主義政党は、政権を獲得し、福祉国家を立ち上げた。しかし、前進はそこでストップし、それ以上、先に進むことはできなかった。先に進めなかっただけでなく、たとえば、イギリスではサッチャーの「新自由主義」政権にとって代わられ、労働組合は大打撃をうけ、福祉国家は大きく破壊された。
 
 社会民主主義は、資本主義社会における「窮乏化」作用に対する防波堤としては重要な役割を果たすことができたが、この作用そのものの廃絶をめざすものではないし、廃絶することはできない。ここに社会民主主義の限界がある。そして、この限界は、社会民主主義思想そのものに、由来している。と言うのは、社会民主主義は、資本家階級のイデオロギーである自由主義思想、先に見た「修正自由主義」思想を基盤として、その発展として生まれたものであるからだ。
 
 念のために付言しておくと、社会民主党が立ち上げた福祉国家は、「市場経済」を大前提としており、市場の力や機構を、制限、修正する機能を持つ資本主義国家であり、その、よって立つイデオロギーは、先に見た「修正自由主義」思想である。
 
 このような限界はあるが、「新自由主義」の暴風が吹きまくっている現在、社会民主主義とその政党の果たす役割、担わねばならぬ任務は、決して小さくはない。小さくないどころか、あえていえば、今こそ、社民党の出番である。
  「新自由主義」の逆流を阻止するためには、自由主義者、少なくとも、その革新的な部分とその党派を含む広範な勢力の結集が不可欠であるが、その結集の要として、もっとも適しているのは、社会民主主義勢力である。
 
 社会民主主義勢力は、先に見た「修正自由主義」に立つ勢力、いわゆる革新リベラルなどの自由主義者と、その思想的立場が近い。他方、「新自由主義」は、「修正自由主義」や福祉国家を「内なる敵」として、その外部の敵である社会主義と、同列において攻撃する。だから、社会民主主義勢力は、この「新自由主義」にとっての内と外の両方の敵を、「新自由主義」勢力を包囲し、孤立させるために、結集するのに、一番適している。また、平和と民主主義を守り、勤労者、労働者の生活と権利を擁護するという点では、社会民主主義と社会主義とは、手を携えて、闘うことができる。
 
 1930年代、フランスでは、社会党、共産党をはじめ広範な勢力を結集して、反ファシズム人民戦線を形成してたたかった。この経験に学んで、「新自由主義」を孤立させる勢力の結集を、急がねばならない。社民党の責任と役割は大きい。


■ 社会主義、労働者階級の思想

 自由主義が資本家階級の思想であるのに対し、社会主義は労働者階級の思想である。
 
 社会主義思想は、自由主義の流れに立つ社会民主主義思想とは全く別の流れに立つ、資本主義批判の思想である。ブルジョア革命によって、資本家階級は自由を手にしたが、労働者階級が得たものは、新たな搾取と抑圧だった。それに対する抗議、批判として、社会主義思想が生まれた。それは、空想的社会主義として出発し、科学的社会主義として、完成する。
 
 科学的社会主義は、ドイツの古典哲学、イギリスの古典経済学、フランスの空想的社会主義という、人類の最良の思想的遺産を、源泉とし、マルクスとエンゲルスが、それらを批判的に継承し発展させて成立した思想体系である。この思想体系は、哲学(弁証法的唯物論、唯物史観)、経済学(剰余価値学説)、狭義の科学的社会主義の3つの部分から、成っている。
 
 その説明は省略するが、労働者階級の歴史的使命を明らかにし、働く者に自信と勇気を与え、資本主義社会のなかで、労働者、勤労者が、どのように考え行動したら良いかを考えるのに、大変役立つ思想的、理論的宝物である。資本との闘争と、この思想の学習とによって、労働者は相互に結合し、階級意識を高め、組織された労働者階級として、その歴史的使命を遂行しうるように、成長、強化される。
 
 最期に付言しておくと、社会主義思想については、更に研究を深めねばならぬ問題が多い。資本主義から社会主義への移行の時代の、とば口に、人類はさしかかったばかりなのだから、当然のことである。
 
 その1つは、社会主義社会とは、どのような社会か、という初歩的な問題である。
 
 科学的社会主義の創始者、マルクスは、社会主義(マルクスは共産主義という用語を使っている)社会については、資本主義社会に対する批判の論理的帰結として、抽象的一般的にしか語っていない。言うまでもないが、当時は、社会主義社会は、存在していなかったのだから、唯物論者マルクスとしては、当然のことであった。一例をあげておくと、こうである。
 
「階級と階級対立の上に立つ旧ブルジョア社会に代わって、各人の自由な発展が万人の自由な発展の条件であるような一つの協同社会が現れる」(「共産党宣言」大月版マル・エン全集 496頁)。
 
「共同の生産手段をもって労働し、彼らの多くの個人的労働力を、意識して一つの社会的労働力として支出する」「自由な人間の一つの協力体」(「資本論」岩波文庫 141頁)。
 
 マルクスの盟友、エンゲルスは、「反デューリング論」(その抜粋が「空想から科学へ」)で、社会主義について、より詳細に論じている。これらによりながら、また、挫折はしたが、実際に一歩踏み出した社会主義、社会主義の旗を守り孤立を余儀なくされながらも苦闘し耐え抜いている国々の経験を含めて、研究を深めることが重要である。
 
 いま1つあげると、多くの誤解をうけているものに「プロ独裁」の問題がある。マルクスは、こう述べている。「資本主義社会と共産主義社会とのあいだには、一方の社会から他方の社会への革命的転化の時期がある。この時期に対応して、また政治上の過渡期がある。この過渡期の国家は、プロレタリアートの革命的独裁以外のなにものでもありえない」(「ドイツ労働者党綱領評注」〜労働大学 古典シリーズ4 ゴータ綱領批判〜)。同時に、マルクスは共産主義社会では「国家は死滅する」と、述べている。
 
 この問題については、「国家と革命」のなかでレーニンが詳細に論じている。研究すべき課題は山積みしている。

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