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●2007年4月号
■ 保守とは何か、いかに対抗するか
                 (広田貞治)
 

■ 保守の一般的定義・その淵源

 思想としての「保守」は厳密な定義をもたない。その内容・傾向は時代や国によって多様であるが、心の奥にある生活観とか文化的色彩の意味合いが強い。しかし、本稿では「経済・社会を中心とした政治思想としての保守」について大雑把に考察することとする。
 
「保守」の基本的な考え方は「人間の思考や理想に期待しすぎない、人は過ちを犯すし完全なものではない」という前提に立ち、伝統的価値観(家族、慣習、宗教、道徳、共同体、政治体制など)を尊重することである。先祖たちが試行錯誤しながら獲得してきた知恵が凝縮されていると考えるからである。国家は祖先からの相続財産で、現在生きている国民は相続した国家を大切に維持し、子孫に相続させる義務があり、未来を着実に進むためには歴史から学ばなければならないと考える。その価値観の現在への反映を主張する。
 
「保守」は「維持せんがために改革する」というイギリスの政治家ディズレーリの言葉に見られるように、漸進的な改革を否定しない。権利についても、フランス「人権思想」とは異なるが、「先祖が獲得した権利を譲り受けた相続財産」と捉え、過去に獲得されてきた市民的権利は擁護する。自由主義的な懐の深さで保守の文化・社会を守っていく。この現実対応能力によって権力を維持してきた。
 
「保守」は何かの変革が起こりそうな時や起こった後、それに対する反応として形成される以上、常に反動に変質する可能性を秘めている。ときにナショナリズムをあおり、帝国主義的膨張主義や好戦的態度につながる傾向を持つ。
 
 政治思想としての「保守」は17世紀イギリスのコモン・ローの法思想を中心として発展し、18世紀にエドマンド・バークによって大成された。フランス革命における恐怖政治への批判が柱で、理想を掲げてもジャコバン派のように性悪的要素を払拭できないものであり、伝統こそがそうした矛盾を歴史的に克服し濾過して存続してきたものだとして尊重される。階層の差・格差は当然とするが、上位者は下層の人の面倒を見る「義務と責任」を負うという考え方でもある。また、下位者に向上の機会を与えることは認める。
 
「保守」の基盤は、伝統的価値観となじみやすい農業など第一次産業従事者の多い農村部や宗教を支持母体とすることが多い。しかし、資本主義の発展の中で第一次産業が衰退し宗教心が薄れた結果、今日の保守の力の根源は大企業・資本家である。その代弁者は保守政党・政治家と高級官僚である。日本の保守系議員はこの3勢力の出身が多い。
 
 対抗概念は現状変革を求める考え方であり、かつては「革命」「革新」「進歩主義」であった。今日では「革命」のイメージが影を潜め「社会民主主義」となったが、「新保守(新自由主義)」も「(旧)保守」に対置され、鼎立とはいえないが複雑化している。
 
「社会民主主義」は独立した個人に価値をおきながらも、格差や環境破壊など「保守」や「新保守」の弊害を公共性で是正しようとする。「新保守」は個人に価値を置く点では社会民主主義と共通するが、格差を認め徹底した市場主義を追求する。新自由主義に公的な規制をかける点では「(旧)保守」と「社会民主主義」は共通するが、前者は旧来の保守的な共同体社会の維持をめざし、後者は国民参加による福祉国家をめざす点で異なる。
 

■ 日本における戦後保守と労働者の保守化
 
 日本では、明治維新以後、国策で資本を育成したことから、官僚が最近まで欧米より力を持って保守の中核をなしてきた。その影響もあってか、戦後、吉田茂がとった軽武装・経済優先路線の下で、政治的位置では保守的ながらも経済的には革新的思想も取り入れた自民党保守本流派が政治をほぼ独占していた。「中国、朝鮮、東欧諸国の社会主義化や冷戦の開始」と「新憲法」が55年体制における保守・自民党と革新・社会党の対立の構図を規定していたと考えられる。
 
「保守」は戦後の復興が終わった後、世界でもまれな高度成長に成功し、パイを再分配する懐の深さを持って社会党・総評ブロックの闘いに対応し、政権を維持し続けた。最近になって「保守の社会主義化であった」との言い方さえあるほどである。一方、戦前と正反対に「日米安保体制でアメリカと一緒に進む」のが保守という見方も定着した。
 
 アメリカナイズされながら高度成長を遂げる過程で、日本の歴史的遺産たる文化はすたれ、政官業の黒い癒着構造が定着し、拝金主義が蔓延し、「心の荒廃」が進んだ。保守は資本主義発展と権力維持のための「改革」を続けた。一方、革新は社会主義への関心が次第に薄れ、憲法を守り、資本主義による労働者へのしわ寄せに抵抗し、闘いで勝ち取った既得権を守るようになった。「守る」という意味で次第に保守化し圧力団体化していった。
 
 労働者は、自分たちにとって資本主義は決して良いものではないと体験で分かっている。しかし、闘争や高度経済成長によって、また保守政権が社会主義との対抗上とらざるを得なかった福祉政策で、物質生活が向上してきたことも体験で分かっている。産業構造の高度化、ソフト化、中間管理層の増大が労働の形態や意識の変化を生み、不満は持ちながらも、大枠での現体制肯定がふえていった。
 
 社会主義への期待は、ソ連・東欧の崩壊とその後の展開によって消え失せ、それどころか、今よりもっとひどいことになるのではないかと考えるようになった。ヨーロッパでは共産党はほぼ壊滅するか社民化した。共産党独裁の中国でさえ資本主義的な「社会主義市場経済」が本流となり、資本家の入党や私有財産も認め、将来にわたって不可逆的だとされている。

  こうした国内外の変化によって労働者階級は企業意識に縛られ、停滞を続け、闘争が弱体化し、資本の攻勢に追い込まれて行った。マスメディアや学者文化人も変貌し、権力批判の影が薄くなり、悪法反対の大衆運動を報道しなくなった。そして国民総体が保守化し、「保守か革新か」という二項対立的思考は形骸化した。かくして、社会主義政党・革新政党は弱体化するか変質し中道化せざるをえなくなった。社会党の衰退と三分裂、および保守と革新の合体した民主党の誕生はある意味で必然的であった。共産党も綱領は変えないものの、「社会主義は百年先」に見られるように、政策や運動の実態は社民化している。
 

■ 新保守主義(新自由主義)の専横
 
 新自由主義は70年代末以降、英米を先頭に、オイルショックとスタグフレーションの壁に突き当たったケインズ主義に替わって台頭し、世界を席捲してきたグローバルな経済政策である。「市場万能主義」と「能力主義」であり、私的利益追求を抑制せず、弱肉強食を容認する。弱肉強食は国際問題にも波及し、「ボーダレス経済」と「強い国家」をめざす「新保守主義」となる。その目的のための絶えざる改革、創造的破壊をよしとする。
 
 日本では、バブル崩壊後、長引く不況の中で新自由主義者の小泉が登場した。「古い自民党をぶっ壊す」「聖域なき構造改革」「改革なくして成長なし」と叫び小泉劇場を演じ始めると、閉塞感に苦しんでいた勤労国民の多くは喝采した。「ほかに手段がなく、閉塞状況を打ち破ってくれるのであれば多少の痛みには耐えよう」と受け入れた。「国難」を乗り切ることを、非力な野党ではなく、「与党自民党(旧主流派)を敵に回す覚悟の小泉首相」に託したのである。小泉は「改革者」となり、ついでに自民党は「改革の党」となった。それに反対するものは、味噌も糞も一緒くたに「守旧派」「退場すべき無能力者」の名で切り捨てられた。従来の保守と革新に逆転現象が起きたのである。
 
 小泉は一方で失業・倒産をものともせず過剰生産力(設備や労働力)を破壊した。返す刀で財政再建のためには「小さな政府」がよいと宣伝し、公共事業費と抱き合わせに、高齢化社会の社会保障の改悪も強行した。そして戦後保守が維持してきた再分配機能は破壊された。労働者階級には反撃がほとんど生まれず、戦後初めてとも言える深刻な長期不況にたじろぐばかりであった。労働運動の足腰も頭脳も弱体化しており、闘えなくなっていたのである。「(旧)保守」は「労使(資)運命共同体を」唱えたが、「新保守」は一言も口にしない。
 
  現在の自民党は旧保守傍流が「新保守主義」勢力となって主流となり、旧保守本流は少数派となっている。連動して、若手を中心にタカ派がハト派を圧倒している。かつての保守本流の一部は自民党を離れ、民主党や国民新党、新党日本にある程度存在する。双方は同じ保守でありながら、多くの面で対立している結果、ポピュリズム化が進んでいる。
 
  自民党と民主党が似ていてどこがどう違うのかよく分からず、選択に躊躇し、無党派層が増大している。社民党や共産党は明らかに保守とは異なるにもかかわらず、存在感が希薄で選択肢として浮上できない。残念ながら、小政党に不利な小選挙区制や議会運営は二次的要素であろう。この点を正確に分析することが、革新(政党や政策を含む労働者運動総体)の的確な指針を見出し、再生につながる道だと思われる。
 
 民主党の歴代代表は「こちらが保守本流」「自民党と構造改革を競争する」「労働組合とのしがらみの解消」などと表明してきた。小沢現代表も彼らの先達者であったのだが、「生き残るためには変わらなければならない」というフランス革命時の貴族の言葉を引用して、小泉・安倍政権との対抗を優先し、「日本改造計画」とは異なる「社会民主主義的」な立場を鮮明にした。しかし、民主党内は新自由主義者が多いから、選挙で負ければまた方向転換するであろう。そのスタンスは先行き不透明である。
 
  いま、労働者は「新自由主義的構造改革」が(1)「期待に反して耐えがたいほどの貧困化と格差拡大をもたらしたこと、(2)その一方で大企業がバブル期以上の利益を上げ続けていること、(3)「結果の平等」はおろか「機会の平等」さえ現実には存在しないこと、(4)「権利の剥奪」や「ジェンダーへのバック・ラッシュ」が常軌を逸していること、(5)トータルとして人間の絆を断ち切り、生存の不安定と社会病理現象が蔓延していること、などをもたらしたことに気づき、不信と怒りがマグマとなり噴出し始めた。

  保守の論客の中にも「新保守」を批判し「いま穏健で健全な左翼政党があれば小泉改革で切り捨てられる層の不満や要求の受け皿になるかもしれない」と述べる人が少なくない。
 

■ 革新は保守総体にいかに対抗するか
 
 安倍政権は「開かれた保守主義」「美しい国」を唱え、教育基本法を改悪し、防衛庁を省に格上げし、海外派遣(国際協力)を自衛隊の本来任務に格上げした。「国民投票法」を成立させ、アメリカとの軍事一体化と改憲を図ろうとしている。一方、小泉政権の新自由主義を継続し、「上げ潮路線」と言う名で経済成長を国民生活に優先している。「強い国家」と「小さい政府」を「平和国家」や「福祉社会」に優先するものである。しかし、こうした親米的な新保守主義の矛盾は、今後おりに触れて危機を迎えることは避けられない。
 
 安倍政権は支持率低下の一途をたどる政権の浮揚策として、形ばかりの「再チャレンジ」「底上げ」政策を掲げたが、内容はきわめて軽薄短小である。一方で、「公務員や大企業の労組および民主党などは非正規労働者を見捨ててきた。自民党政府こそ非正規労働者の味方だ」などとデマを振りまき、社会的運動の担い手である公務員への攻撃を強めている。
 
  たしかに、当該労組が「非正規労働者に責任を持てない」として、自己保身と思われるほどに看過してきた責任は否定できない。しかし、非正規労働者とその悲惨な労働条件を作ったのは彼らではない。作ったのは、労働者や下請けを「買い叩くべき」商品としか見ず、国際競争下での競争力強化・利潤追求のためにリストラ合理化を強行した大企業・独占資本と、それを法的・財政的に側面から支援した自民党政府と高級官僚である。
 
 非正規労働者が塗炭の苦しみを味わい、正規労働者もその悪影響を大きく受けて、やっと「構造改革」の欺瞞性に気づき、その克服のために連帯し、要求を掲げて闘いに立ち上がりはじめた。保守化に追い込まれていた労働者階級がやっと自らの階級的立場を再認識し、人間的に生き、働くために「革新」として連帯し再生しつつあるのである。
 
  現下の最も重要な政治的テーマは「格差社会の是正」である。勤労国民の暮らしや平和を守り、未来を切り開くには、「保守総体」に対抗する「革新」の戦略を立て直し明確化することである。「その問題を含め自民党の政治を終わらせることであり、政権交代を図ることが最重要だ」との論調もある。しかし「そのことで格差社会を解消し、国民生活を資本の国際競争力に優先し、アジア諸国との平和的な共存共栄を実現できるのか、保守二大政党政治での政権交代では大して期待できない」との論調も多い。
 
  留意すべきは、今日の現実的な思想・理論の対抗軸は「新保守主義」対「社会民主主義」であって、「資本主義と社会主義」の対抗ではないということである。階級対立は今日でもなくなっておらず、かえって激化しているにもかかわらず、それは社会主義に直結せず、「革命」ではなく「(闘いによる)改革」を大多数の労働者が選んでいるからである。
 
  政権政党たる新保守は「資本の自由を最大限認めるため選挙に勝つ」には、労働者・勤労諸国民の社会民主主義的な要求を少しは受けいれざるを得ないという矛盾を持つ。一方、社会民主主義は「資本主義経済を認めた上で、これに公的規制をかけ社会保障などの社会政策を加えて、より多くの幸福を勤労国民にもたらそうとする」ものであるから、資本主義の矛盾をある程度までは容認せざるをえない。したがって、力関係を基本的な背景にしながらも互いに中道化し、政策競争が比重を増すことは避けられない。
 
  社会民主主義の党は政策力をさらに高めていかなくてはならないし、労働運動は、企業意識、職業的利己心の克服、労働者の連帯を取り戻す思想と組織運動の強化が求められる。くり返すが、今日的な中心課題は、非正規など未組織労働者、幅広い勤労国民の連帯(統一戦線)であり「格差社会の是正」である。怒りと抵抗の組織化にとどまらず、未来への指針を示す先見性・創造性であり、個別政策をつなぐ総合的な思想・理論体系である。
 
  紙幅の関係で、外交や安保・防衛に細かく立ち入れないが、経済を含め国際問題が内政以上に重要な時代になっているし、複眼的な視点が必要でもある。旧主流派は総体としてハト派であったが、現在は鳴りを潜めている。
 
  安倍ら新保守主義者はタカ派で、政治大国化、国連安保理常任理事国入りのためにも改憲策動を強めている。「日米機軸」と「国連中心主義」を掲げ、アメリカ一極支配に加担しながら、アジアの盟主の地位をめざしている。
 
  しかし、急激に国力をつけ日本経済に不可欠となった中国とも関係改善が必要になっている。「中国を日米機軸で包囲・牽制する」か「日米中の三国連携を強化するか」で保守総体の中で見解が対立し錯綜している。
 
  安倍政権は「拉致問題」を理由に、朝鮮民主主義人民共和国との国交正常化や友好関係を凍結し、圧力一本槍で対処している。しかし、六者協議や米朝直接対話の進展、中・韓の柔軟な態度を見ると、拉致問題は解決できず、外交的孤立に陥る危険性が高い。保守内に心配と批判がある。
 
  靖国問題や従軍慰安婦問題について、中国・韓国のみならず、アメリカでも批判が強まっている。東アジアの安定に向けた米中の戦略的協調も進んでおり、保守総体に動揺が見られる。アメリカは「日本は、現在は対米同盟に忠実だが、将来的には『自主防衛』と『対等な対米関係』を狙っている」と危惧し始めている。日米間の矛盾が経済、安保を含めて大きくなりつつある。
 
  「革新」は「保守総体」の危険性と矛盾を暴露し、未来志向の外交政策を対置して「改憲阻止」を図らねばならない。統一自治体選挙、参院選挙は正念場である。

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