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●2007年1月号
■ 新年にあたりて
   新保守主義の潮流の変化と安倍政権
     (社会主義協会代表 佐藤 保)
 

■ 米国におけるネオコン退潮のきざし
 
 昨年末の米国の中間選挙で、共和党は惨敗し、ブッシュ大統領は、イラク戦争の立役者だったラムズフェルド国防長官を更迭した。イラク戦争の泥沼化は、この戦争の本質、その真実の姿を、アメリカ国民の前にあらわにさらけだした。共和党の敗北の背景に、イラク戦争批判の世論の高まりがあったことは、言うまでもない。
 
 むろん、これによって、アメリカのイラク政策が大きく変わり、米軍のイラクからの撤退が急速に進むとは、簡単には言い切れない。中間選挙で勝利した民主党にも、ヒラリー・クリントン上院議員など有力議員を含め、早期撤退に反対ないし慎重な議員が少なからずおり、その選挙公約でも早期完全撤退とは言っていないからである。
 
 だが、ブッシュ政権、共和党、さらにはアメリカの政治全体におけるネオコン(新保守主義者)の発言力は、まちがいなく低下するだろう。チェイニー副大統領と共にネオコンの主唱者であるラムズフェルド国防長官の更迭は、その象徴的なできごとであった。
 
 もちろん、1980年代のレーガン政権の新保守主義・新自由主義の流れに立つアメリカの政治が、変化するかどうか、また、どのように変化するかは、次の大統領選挙の結果にもかかっており、いまは速断できない。しかし、ブッシュ共和党政権にたいするアメリカ国民の不満は、イラク戦争に対してだけではなく、その社会・経済政策全般に対して高まっている。その現われが、さきの中間選挙の結果であった。新保守主義主導のアメリカの政治の流れは、おそかれはやかれ変わらざるをえないであろう。そして、それが日本はもとより、世界の政治全体におよぼす影響は単純ではないが、決して小さくはないであろう。

■ 新保守主義はなぜ福祉国家を敵視するか
 
 では、新保守主義、新自由主義とは、どんなものか。どのような主義、いかなるイデオロギー(思想)か。すでに語りつくされていることではあるが、アメリカだけではなく日本でも、1980年代以降とりわけ小泉政権で、新保守主義、新自由主義の政治が強行され、その後継の安倍政権にも引き継がれようとしているので、ここでも簡単に述べておきたい。
 
 私は、以前にも、新保守主義とそれが敵視する福祉国家について述べたことがあるが、くりかえしをいとわず述べてみたい。
 
 よく知られていることだが、新保守主義の代表的な論客である経済学者ミルトン・フリードマンは、レーガンが大統領として登場する20年ほど前、まだイギリスの福祉国家にかげりが見られなかった1962年に『資本主義と自由』という著書のなかで、こう述べている。
 
「自由の推移と拡張は、今日2つの方向から脅かされている。一方の脅威は…われわれを葬り去ろうとするクレムリンの悪者たちからくる外部的な脅威だ。他方の脅威は…善意の人々からくる内部的な脅威だ。…福祉国家の実現をめざす改革のような〈政府の役割を大きくする政策〉はすべて、人間を奴隷にする全体主義国家の実現へ導いていく」。
 
 新保守主義の代表的な政治家であるイギリスのサッチャー首相やレーガン大統領が、この主張を、現実政治のなかで最も徹底的に推し進めたことは周知のとおりである。
 
 ここで1つの疑問が生じる。社会主義を敵視するのは、新保守主義者にかぎらず、すべてのブルジョア諸党派に共通の現象だが、新保守主義が、ブルジョア国家に属する福祉国家をも敵視するのは、何故であろうか。新保守主義も福祉国家も、ともに、市場原理に発する自由主義イデオロギーに立つものであり、いわば自由主義思想の枠内の分派にすぎないのに。
 
 その答えは、フリードマンの先にあげた著書のなかにある。簡単に言えば、こうである。
 
  福祉国家(その理論的礎石を置いた自由主義者たち)は、古典的自由主義者が敵として戦った「国家の干渉」を、福祉と平等の名で復活させた。これは、国家権力からの自由を基本とする自由主義に反するから、けしからん、というわけである。
 
 このことから明らかなように、新保守主義は、古典的自由主義、言い換えると19世紀以前の自由放任(レッセ・フェール)の古い自由主義と向じ、または、その復活をめざす時代錯誤のイデオロギーである。それ故に、新保守主義には、一般に広く使われている新自由主義という別名ではなく、旧自由主義という名称こそがふさわしい。ちなみに、フランスの社会学者ピエール・ブルデューは「ネオ・リベラリズムとは、もっとも古臭い経営者のもっとも古臭い考え方がシックでモダンなメッセージという衣装をまとって復活したもの」(『市場独裁主義批判』藤原書店)と述べている。

■ 窮乏化の防波堤としての福祉国家
 
 ところで、新保守主義者が敵視する福祉国家は、第二次大戦後の英国で労働党政権の手によって本格的な第一歩を踏み出すのだが、その理論的礎石を置いたのは革新的な自由主義者であった。かれらの思想にこそ、古典的自由主義、古い自由主義を変革、修正し、いわば批判的に継承したという意味で、新自由主義という名前がふさわしい。実際にも、20世紀初頭にこの思想潮流が現われた当時は「現代自由主義」と呼ばれていた。
 
 イギリス福祉国家の礎石を置いた自由主義者といえば、まず頭に浮かぶのは、「ベバリッジ報告」の主ベバリッジや経済学者として著名なケインズ等であるが、忘れてならないのは、かれらの源流となった19世紀末・20世紀初頭の革新リベラル、新自由主義者たちである。
 
 古い自由主義から新自由主義への転換の契機となったのは、自由主義思想における貧困観、貧困のとらえ方の変化であった。「天は自ら助くる者を助く」という格言にみられるように、貧困を個人の問題としてとらえるのが、自由主義本来の、古い自由主義の貧困観であった。
 
ところが、19世紀末、資本主義の本山イギリスで、従来の循環的不況とは様相を異にする大不況が起こり、大量失業など深刻な社会問題が発生した。このような社会的背景のもとに、貧困を個人の問題としてではなく祉会の問題としてとらえる潮流が、自由主義思想のなかにあらわれた。
 
 そして、貧困が社会問題、言い換えると、貧困の原因と責任が社会にあるとするならば、その対策、その解決の責任も社会・国家にあるという認識が、生まれることになる。だが、自由主義は、もともと、国家からの自由、市民生活への国家介入の排除を、第一義とする思想である。だから、貧困を社会問題としてとらえ、その解決の責任は国家にあるとし、国家の関与を主張することは、自由主義思想の修正となる。修正自由主義または新自由主義である。
 
 1942年に出た「べバリッジ報告」は、この新自由主義思想の発展であり、その実現のためのプランであり、社会政策であった。べバリッジは、同じ年に出した「戦後再建問題、行く手を阻む五人の巨人」という論文で、攻撃すべき5つの巨大な害悪として、窮乏、病気、無知、無為(怠惰)、不潔をあげている。そして、この害悪に立ち向かう社会政策を打ち出したのが、「ベバリッジ報告」であった。
 
「窮乏」に対する所得保障政策、「病気」に対する保健医療政策、「無知」に対する教育政策、「無為」に対する雇用政策、「不潔」に対する住宅・環境政策などである。
 
 イギリスでは、第二次大戦後、1945年の総選挙で勝利した労働党のアトリー内閣が、べバリッジ・プランの実現に取り組み、窮乏化の防波堤、福祉国家への本格的な歩みを始めた。

■ 「窮乏化」法則は生きている

 周知のように、マルクスは『資本論』で、資本主義的蓄積が労働者状態に及ぼす影響について「それは資本の蓄積に対応する貧困の蓄積をかならず生む。したがって、一極における富の蓄積は、同時に対極における、すなわちそれ自身の生産物を資本として生産する階級の側における貧困、労働苦、奴隷状態、無知、粗暴、道徳的堕落の蓄積である」(岩波文庫『資本論』B、231〜2ページ)と述べている。さきに見た自由主義思想に転換が起こるよりも、かなり前のことである。
 
 さらに、マルクスはこの「窮乏化」にたいして必然的に生ずる反作用について「窮乏、抑圧、隷従、堕落、搾取の度が増大するのであるが、また、たえず膨張しつつ資本主義的生産過程そのものの機構によって訓練され結集され組織される労働者階級の反抗も、増大する」(前同、415ページ)と書いている。
 
 なお、この「窮乏化」の問題に関連して、エンゲルスが、労働者階級の反抗という反作用が「困窮の増大に対して一定の堤防を築き上げる」(大月書店版『マル・エン全集22』237ページ)と、述べていることもよく知られている。
 
 ところが、最近では、北欧など例外はあるが多くの資本主義国で、労働者階級の側における「窮乏化」は深まるばかりなのに、それに対する労働者階級の反抗は増大するどころか、反対に減少し弱まるばかりである。これは、何故であろうか? マルクスのいわゆる「窮乏化」法則は、今日の資本主義、現代資本主義には、あてはまらなくなったのであろうか。
 
 私はそうは思わない。労働者階級の反抗、闘争は減少したが、いまなお、時としては、激しい闘いが行なわれている。その一部は、本誌でも、時折報告されている。

 ところで、労働運動の後退が著しい日本、アメリカ、イギリスについて、組合組織率、労働争議の推移を見ると、労働運動が大きく後退し始めたのは、1970年代後半とりわけ80年代以降である。その当時は、第二次大戦後比較的順調に発展してきた資本主義経済の大きな転換点で、ドル・ショック、オイル・ショック、スタグフレーションの発生など、戦後経済の復輿と発展のなかで長年にわたって蓄積されてきた矛盾が一気に噴出した。
 
 そして、このような事態に危機感を強めた資本家階級は、労働運動とそれが築き上げた福祉国家に対する攻撃を、異常に激化させた、この攻撃の思想的武器となったのが、さきに見たような新保守主義のイデオロギーであった。さらに、その政治的担い手となったのが、イギリスのサッチャー政権、アメリカのレーガン政権、日本の中曽根政権などの新保守主義政権であった。
 
 これらの政権が、それぞれの国の労働運動に対して、いかに厳しく対処し、思想攻撃、労働法制の改悪などをも含めて、激しい抑圧、弾圧を、長期にわたって続けてきたかは、よく知られており、本誌でも取り上げられてきた。むろん、こうした抑圧、弾圧に対する反抗も、繰り返し行なわれたが、力及ばず、これらの国では労働運動は長期にわたって後退し、労働者、勤労者層の窮乏化が著しく深まった。「生存の不安定性」は、かつてなく増大している。
 
 だが、いまや、この文章の冒頭で述べたように、流れが変わり始めた。1970年代後半から80年代にかけて、イギリスやアメリカで大きな力をもち始め、それ以来、多くの資本主義国で、人々の考え方や、社会・経済政策に大きな影響を及ぼし、保守政治の本流として、傍若無人に振舞ってきた新保守主義に、かげりが見え姶めてきた。
 
 広範な勢力を結集して、この潮流の変化を推進し、歴史の前進をはかることが重要である。

■ 反「新保守主義」共同戦線を

私は以前に「新保守主義の特徴は、簡単にいえば、極端な反社会主義、反『福祉国家』、反労働組合であり、『強い国家』への指向である」と書いたことがある(えるむ書房刊『日本資本主義の現状と改革課題』)。これに、いま一つ、反民主主義を、つけ加えることが必要である。かつて、サッチャー政治は「選挙で選ばれた独裁制」と呼ばれたことがあったようだが、これにレーガン、中曽根、小泉と並べてみれば、いずれ劣らぬ「独裁」ぶりで、反民主主義を新保守主義の特徴とすることに説明の必要はなかろう。
 
 小泉政権を受け継いだ安倍政権が、このような特徴をもつ新保守主義政権であることは、言うまでもない。安倍政権が、どのような政治を行なおうとしているか、それによって日本の政治がどのようになっていくかについては、本誌、昨年11月号の広田論文「安倍タカ派政権発足と日本の政治」に詳しく述べられている。ここでは、つぎのことだけを述べておきたい。
 
 さきに、新保守主義に、かげりが見え始めた、と述べたが、これは世界的な大きな流れとして言えることで、日本は、まだそうなっていない。先にあげた新保守主義の特徴を全部持った小泉政権によって、日本では、平和も、民主主義も、勤労国民の生活も権利も、がけっぷちに立たされていると言って過言ではないところまで、改悪され、追い詰められている。
 
 けれども、これに対する民衆の不安、不満は、くすぶっているが、反撃の炎となって、燃え上がるという状況にまではなお至っていない。フランスでは、昨春、「26歳以下の青年を雇うとき、2年間は理由なしで解雇できる」というCPE(初採用契約制度)法案に対し、学生などの青年と労働組合が、巨大なデモやストで闘い勝利した。日本でも、1970年代の前半までは、幾度も、このような大衆運動の大きな盛り上がりがあった。
 
 しかし、この30年程は、日本の労働者運動(労働者政党と労働組合の運動)は、先に見たような新保守主義のイデオロギーに立つ、資本とその政府の攻撃に反撃することができずに、ずるずると後退に継ぐ後退を強いられてきた。これは、戦前は別として、敗戦後は初めて経験する異常な事態である。だから、簡単に、安易に、やすやすと、短期間に、流れを変え、前進し、失ったものを取り戻すことはできない。
 
 社民党を核として、新保守主義に反対する広範な勢力を結集し、労働者運動の強化に取り組む長年の辛抱強い活動と闘いが必要であろう。その覚悟と決意を新たにしなければならない。

■ 参院選勝利で改憲にブレーキを

 だが、いま大事なことは、その第一歩を、力強く、着実に踏み出すことである。その最大の課題が、目前に迫った統一自治体選挙であり、全国的政治決戦としての参議院選挙である。
 
 安倍政権の出鼻をくじき、小泉政権によって強められた、新保守主義の政治の流れを変えるためにも、自民党を敗北に追い込まなければならない。イラク侵略でアメリカ国民をだまし、多くの生命を奪い、国民生活を犠牲にし、歴史を逆流させてきたブッシュ政権は、中間選挙で厳しい批判をうけ敗北した。このブッシュ政権に全面同調し協力してきた小泉政権を受け継いだ安倍政権が、参議院選挙でブッシュ政権と同様の批判をうけるのは当然である。
 
 新保守主義に反対する勢力(政党だけではなく、市民グループ、学者・文化人、労働組合等々)の結束と闘いを盛り上げて、この批判を汲み上げ、民衆のくすぶり続けている不安、不満に点火し、参議院選挙で自民党に痛打を浴びせることが、絶対に必要である。社民党をはじめ野党が、参議院選挙で勝利し、自民党を敗北させることが、教育基本法の改悪、平和憲法の改悪をはじめとする危険きわまりない逆流を阻止し、国民の生活と権利を守りぬくためには、不可欠と言って過言ではない。
 
 アメリカのイラク侵略戦争は、どんなに強大な軍事力も、決して万能ではないことを、あらためて明示した。ブッシュ政権は、イラク戦争で、イラク国民に多大の損害を与えただけでなく、自国民をも犠牲にし自分自身をも破滅の危機に立たせてしまった。他方、小泉首相は、イラクに派兵はしたが、皮肉にも、自ら破壊しようとしていた憲法第九条のおかげで、自国民にもイラク国民にも、死傷者を出さずにすんだ。
 
 平和憲法は、人類の未来を照らす、世界に誇りうる日本の宝である。この貴重な宝を、破壊しようとする時代錯誤の愚行を、断固阻止しなければならない。間近に迫った参議院選挙は、そのための大事な闘いである。悔いを残さないよう、全力をあげて頑張ろう。

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