●2006年12月号
■ 必要なのはすべてのパート労働者への差別禁止
(均等待遇アクション21 酒井和子)
■ パート労働法改正は安倍政権の目玉か
均等法の改正を審議した衆議院厚生労働委員会では、間接差別禁止とともに、パート差別が大きな論点となった。当時の川崎厚生労働大臣は答弁で「正社員と同じような仕事をしているパートの均衡処遇について国会でご審議頂く」と発言しており、衆議院厚生労働委員会の附帯決議では「正社員との均衡処遇に関する法制化を進めること」が明記された。さらに7月7日に閣議決定された「骨太方針2006(経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006)」でも、再チャレンジ支援として「均衡処遇の推進等の問題に対処するための法的整備等や均衡ある能力開発等の取組を進め、正規・非正規労働者間の均衡処遇を目指す」とされている。
これを受けて、労働政策審議会の雇用均等分科会では、7月から改正均等法の指針案についての審議と同時並行して、パ―ト労働法改正についての審議が始められた。雇用均等分科会は、労働契約法制を審議している労働条件分科会と同じように、月2〜3回審議日程が入れられ、拙速としか思えない審議が進んでいる。どちらも11月中に報告書案が出され、年末には審議会の建議、年明けには法案要綱、通常国会に法案提出というスケジュールに沿った動きである。
■ この10年でパート労働は「正規代替労働」に
次に、この10年のパート労働の変化を簡単に追ってみたい。従来のパート労働は、補助的労働で家計補助、自由な働き方としてパートを選択した主婦が主流であるとされ、それを理由に時給は地域相場と最低賃金に貼りつけられてきた。しかし、1993年のパート労働法が掲げたのは、パートの差別禁止ではなく「パートの戦力化」であった。
2005年のパート実態調査では、職務が正社員とほとんど同じパートがいるという事業所は42.5%であった。また別の調査では、正社員とほとんど同じ仕事に従事する非正社員が3年前から増加しているという事業所は43.4%となっており、すでにしっかりと「戦力化」されている。
この10年を比較すると、パート労働に占める女性の割合は約7割で変化はないが、女性労働者に占めるパートの割合は31.6%から40.6%へと急増し、主婦パートからあらゆる年代層へとひろがった。それ以上に大きな変化は、男性労働者に占めるパートの割合が8.6%から12.3%に上昇し、とりわけ25〜34歳の増加率が2.7倍にも登っていることである。男性パートに占める世帯主の割合も34.0%と増加している。パートを選択した理由として、家族的責任との両立で正社員として働けないからという者や、正社員として働ける会社がないからという者が増えている。
正社員とパートの賃金格差をみると、女性パートは女性正社員の69.0%であるが、男性パートは男性正社員の52.5%でしかない。10年間で女性パートの時給は毎年若干上昇しているが、男性パートの時給は逆に下がるか横ばいという状態である。
こうした統計をみると、もはやパート労働は、補助的労働で家計補助のために好きな時間だけ働く女性労働の問題とは言い切れなくなってきたことがわかる。パート労働は、正社員と同じ労働、同じ生活を担っている男女非正社員に対する差別問題として取り組まねばならなくなってきたのである。しかしながら、パート差別の本質は女性差別であり身分差別であることを忘れてはならない。要するに、若年男性層が女性労働者の足元まで引きずり降ろされたということなのである。
■ パート労働法改正の論点――問題の深刻さを反映
こうした状況をふまえて、パート労働法改正についてどのような論議がされているのか、11月10日に出された雇用均等分科会の論点整理と公労使の意見の主なものを表(図表1)にしてみた。労使の意見の隔たりは大きいが、あえて法制化するとしたら合意できるのは以下の項目であろうか。
(図表1・クリックで拡大します)
(1)労働条件の文書による明示の義務化
(2)賃金・教育訓練・福利厚生の均衡処遇の法制化
(3)パートから正社員への転換(応募機会の優先的付与)の義務化
(4)処遇の説明の義務化
いずれも現行法では、パート指針で努力義務となっているものである。指針から本文に格上げし、努力義務から義務規定とすることは当然であるが、均衡処遇の法制化(とりわけ賃金に関するもの)については、さまざまな問題を含んでいるので、詳しく検討してみたい。
・パート指針の日本型均衡処遇は間接差別
パート指針によるパート労働者のタイプ分けを図(図表2)にしてみた。今回のパート労働法改正では、太枠の中だけ「均衡処遇ルール」として指針から本文に格上げするのではないだろうか。この場合、賃金の支給方法や支給基準は同じにしても、水準は8割でよいというのは納得できない。8割というのは、丸子警報器パート裁判の地裁判決を根拠としているが、職務が同じなら同じ賃金であるべきだ。残業、配転、転勤の有無を基準として処遇を分ける「日本型均衡処遇」は間接差別そのものである。
(図表2・クリックで拡大します)
改正均等法では、コース別雇用管理における募集・採用時に転居を伴う転勤の可否を要件とすることや、昇進時に転勤経験の有無を要件とすることは、間接差別として禁止された。パートに対する賃金差別や福利厚生からパートを除外することは、均等法では禁止されなかったものの、日本においてもっとも大きな間接差別であることは明らかだ。
大手スーパー業界の人事制度の例をあげてみよう。大手スーパーは、パート雇用がもっとも進んでいる業界である。最近の人事制度の共通点は、労働時間と就業場所すなわちフルタイム就労で残業もできるか、転居を伴う転勤が可能かという二点を社員区分の基準としていることである。転勤可かどうかを適用することによって、多くの女性正社員が退職に追い込まれるかパートに格下げさせられた。それによるコスト削減分を、管理的パートや熟練パートの時給の上積みにあてたスーパーもある。安定した雇用の場から女性を排除し、女性の中だけで賃金を再配分するという女性差別構造を維持したまま、スーパー業界の人事制度が行なわれていることがわかる。
しかしながら、雇用均等分科会では、間接差別は均等法の問題であるとされ、パート差別が間接差別であるという本質的な議論は避けられ、均衡処遇の水準という技術的な面での議論に終始している。
職務と残業、配転、転勤可という一部のパートの均衡処遇を確保することが、他のパートの処遇改善につながると一部の公益委員は主張するが、それが嘘であることを女性労働者は過去の経験から良く知っている。均等法から20年、女性労働者の現状は、男性並みに戦力化されたごく一部のキャリア女性と、底辺労働で使い捨てられる大多数の女性労働者に二分化され、女女間格差がひろがったのである。
今回のパート労働法の改正は、すべてのパート労働者の差別禁止でなければならない。残業、配転、転勤をクリア出来るわずか4%のパートにだけ均衡処遇を法制化しても、それを一歩前進と評価することはできない。正社員並みに戦力化されて働くごく一部のパートと、底辺で使い捨てられる大多数のパートに二分化され格差拡大が進められるのは明らかだ。
・すべてのパート労働者の差別を禁止し、ILOパート労働条約を満たす法改正を
最後に、残された課題について簡単にふれておきたい。
(1)身分としてのパート(呼称パート)差別の禁止
パート指針では「正社員と労働時間がほとんど同じで、同じ就業の実態のパート」を正社員にすることを努力義務としている。さらに通達では、「事業主はその名称によることなく実態に則して通常の労働者としてふさわしい処遇をするように努めること」としているが、まったく効果があがっていない。1日の労働時間がわずか15分とかあるいは1時間短いという疑似パートは、身分としてのパート差別である。疑似パートは正社員にすることを義務付けるべきである。
また、正社員と労働時間がまったく同じ「フルタイムパート」は、短時間労働者ではないので、パート法が適用されない。法の隙間にある「フルタイムパート」の正社員化もパート労働法で義務づけるべきである。
(2)有期契約の規制と均等待遇
約8割の事業主がパートを有期雇用にしている。雇用均等分科会では、有期契約の問題は労働基準法に関するものとして議論の対象からはずされたが、短時間労働と有期雇用という二重の差別を禁止するために、パート労働法で合理的理由のない有期雇用を禁止すべきである。
(3)職務評価制度の確立
パートの職務と同じ職務の正社員が同一職場にいない場合、パートの職務は補助的定型的なものとみなされ、均衡処遇ルールの対象からはずされているが、同一職場にいなければ、同一業種での比較を行なうことが必要である。同じ職場の正社員に合わせるのではなく、パートでも正社員でも同じ職務なら価値は同じという性に中立で公正な職務評価制度を確立することが、すべてのパートの均等待遇につながるのである。
(4)生活できる賃金としての最低賃金制度
(5)公正で性中立的な税制・社会保障制度
(6)ワークライフバランスに不可欠な均等待遇と選択可能な相互転換制度
(7)ILOパート労働条約(175号)の批准と同一価値労働同一報酬条約(100号)の完全実施
■ ワークライフバランスに不可欠な均等待遇と
選択可能な相互転換制度
パート指針には労働時間について定めた項目がある。その通達では、「パート労働者の多くは、家庭生活との両立等のため、短時間かつ自己の都合に合う一定の就業時間帯を前提として勤務している者であり、事業主はパート労働者の事情を十分考慮して労働時間・労働日を設定するように努め、できるだけ残業させたり出勤日以外の日に労働させないよう努めること」と定めている。ところがパート労働者は、仕事と家庭生活の両立(ワークライフバランス)ができる働き方を選んだが故に、時間が短いこと、企業中心でない働き方であること、を理由として差別されてきた。
労働時間法制について審議している労働条件分科会では、仕事と生活のバランスを実現するための「働き方の見直し」の観点から、長時間労働を抑制しながら働き方の多様化に対応するために必要な法整備を行なうとしている(11月10日「素案」)。しかし、ワークライフバランス実現のために働き方を見直すというのであれば、企業との結び付きの強い長時間労働を評価し、結び付きの弱い短時間労働を差別するという「労働時間差による差別」をなくし、仕事が同じなら時間給は同じという均等待遇が不可欠であろう。
また、フルタイム労働とパート労働の相互転換の権利が保障されなければ、企業中心の生活から家庭や個人の生活へと比重を移すことはできない。現実には、パート賃金は低すぎて生活が成り立たなくなるので、正社員からパートへの転換はすすまない。逆にパートから正社員への転換はハードルが極めて高く、残業や休日出勤、転勤に応じることが条件になっている。これではワークライフバランス実現のために、正社員とパートの相互転換をすることはできない。
均等待遇と労働者が選択可能な転換制度が保障されなければ、企業にとって不必要な労働者を正社員からパートへと格下げし、正社員並みに無制限に働けるパートだけ正社員にするという、企業にとって都合のいいワークライフバランスになりかねない。
ワークライフバランス実現には、男性をモデルとした働き方、正社員をモデルとした働き方を、両性モデル、パートモデルに切換えることが求められているのである。
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