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●2005年8月号
■ 日本企業のアジア進出――その作用と反作用
   (多国籍企業研究会 菅原修一)

 
 この小論では、日本の製造企業、なかんずく電機企業のアジア展開の現状と、それが日本国内におよぼす反作用をあつかう。
 
 日本は景気回復の過程にあるといわれるが、そのきっかけの一つとなったのが中国への輸出拡大であったことは、今後の日本とアジアの関係を暗示している。日本経済の長期低迷をよそに、中国をはじめとしてアジアは成長の途上にある。アジアの経済成長を日本の利益にかえること――これこそが日本独占のアジア戦略の要諦である。このために日本政府は、アジアとの自由貿易協定(FTA)の締結を急いでいる。
 
 他方で、アジア労働力の強搾取がもたらす超過利潤は日本独占の蓄積を加速させ、国内における独占資本の搾取と支配の体制を強化する。だが同時にこの道は、日本とアジアの労働者の団結を育み、やがては日本独占を墓場にみちびく道でもある。

 ■ 一、日本企業のアジア進出

 1 日本企業の対外進出の概観
 
 はじめに、日本企業の対外進出の全体像をざっと概観しておきたい。
 日本企業は、90年代以降の長期停滞期にも年々数兆円規模の直接投資をおこない(財務省、『対外直接投資実績』)、経済産業省の調査(注)によれば、02年度末で1万3000社の現地法人を世界各国に展開している。これら日系現地法人の総売上高は138兆円、うち製造業は65兆円である。製造業現地法人の同国内法人の売上高に対する割合(海外生産比率)は17.1%であり、93年度の7.4%から10年間に2.5倍近い伸びを示している。従業員数は、全産業で341万人、うち製造業は214万人に達し、これは同年の『労働力調査』(総務省)の国内製造業就業者数(1214万人)の17.6%にも相当する規模となっている。経常利益は、全産業で3.7兆円、うち製造業は2.4兆円と、01年度から倍増し、国内製造業の経常利益に対する比率は19.6%となった。
 
 日本企業の海外活動は年々拡大し、そしてとくに02年度は例外的に高かったのだが、国内の2割にも相当する利益を海外現地法人が稼ぎ出しているのだ。
 
 注 この小論のデータは、とくに断り書きがないかぎり、『03年度海外事業活動基本調査』(経済産業省、05年3月発表)による2002年度末のものである。この調査で「現地法人」とは、海外子会社(日本側出資比率10%超)と海外孫会社(日本側出資比率が50%超の海外子会社が50%超を出資)の総称であり、本稿の用語もこの定義にならう。経済産業省のこの調査は全数調査ではあるが、指定統計でないため回答率は決して高いとはいえず、海外現地法人を有する本社企業の3分の2弱しか捕捉していない。だが、大企業にかぎっては回答率が高いため、この調査により海外現地法人の活動の大筋はつかむことはできる。
 
 2 アジアに展開する日本企業

 話をアジアにしぼろう。90年代以降の対アジア直接投資は平均すると年8000億円ほどであり、このうち製造業が7割弱を占めている。直接投資全体ではアジアはアメリカの3分の2程度であるが、製造業にかぎってみれば、アジアへの資本輸出額はアメリカへのそれと同程度となる。アジア向けの製造業直接投資は、「バブル経済」の崩壊によりいったん大きく減少したが、93年からの「円高」の進行を背景にふたたび増加に転じ、97年には過去最高の9000億円に達した。だが同年の「アジア経済危機」で急落し、その後はまた、穏やかな増加傾向にある(図表1)。
 

 
 これをさらに、NIEs(韓国、台湾、シンガポール)、ASEAN4(タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン)と中国に分けて見てみると、近年は中国の伸びが著しいことがわかる。日本企業の進出の歴史がふるいNIEsとASEAN4では、90年代までに日本からの投資が一巡しており、これ以降は、新規投資はもっぱら中国にむかった。アジアの製造業現地法人(7000社)のうち、中国は2600社を数えるが、この8割は90年代以降の設立である。
 
とはいえ、この間、NIEsやASEAN4で進出企業の活動が停滞していたというわけではない。海外の企業活動は、当初は日本からの直接投資ではじまるが、その後、経営が順調に進めば、現地で稼ぎだした利益や現地の借入で追加投資をまかなえるようになる。アジアにおけるこうした再投資は年々増大し、近年は直接投資の1.5倍にもなっている。アジアの子会社・孫会社は、再投資が可能なだけの利益を稼げるようになったのである。早くから現地法人を展開してきたNIEsやASEANでは、再投資の比率も高い。
 
 アジアの現地法人の売上高は40.1兆円で、うち製造業は22.1兆円であり、ヨーロッパの11.5兆円をしのぎ、アメリカの27.1兆円にせまる勢いである。従業員数は214万人、うち製造業は192万人と、いずれも欧米を大きく上回って、全地域の6割強を占めている(図表2)。
 

 
 製造業現地法人数を業種別に見ると、@情報通信機器、A輸送機械、B化学、C一般機械、D電気機械の順となる。02年に日本産業分類が改訂され、「情報通信機械器具製造業」と「電子部品・デバイス製造業」が「電気機械器具製造業」から分離したが、旧分類を適用してこれらを電機にくくれば、電機産業は22%で、圧倒的に子会社・孫会社の数が多いことになる。60年代からアジアに進出していた電機産業は、日本企業全体のアジア展開をリードしてきたのである。
 
 電機につぐのは自動車であるが、このどちらも加工組立産業である。多くの部材を加工し、組み立てて製品とする加工組立産業では、最終的な組み立てに先立って、あらかじめ必要な部材が用意されていなければならない。これら部材の生産は、往々にして最終商品の組み立てを行うセットメーカーとは別個の企業によってになわれる。この多くは中小企業であるが、これらの企業は、セットメーカーを頂点する規模別の階層構造に組み入れられている。いわゆる系列・下請生産である。電機がその典型だが、加工組立産業のアジア生産は、こうした系列・下請けのすそ野がアジアにまで広がったものである。
 
自動車の場合は、部品の「すり合わせ」が製品の品質を左右するため、部品メーカーは、通常、完成車メーカーの系列ごとに組織されている。これに対して電機では、モジュール化された部品の組み立てのため、セットメーカーは、必ずしも部品メーカーを自社の系列に囲いこむ必要がない。こうして日本では、電子部品工業というセットメーカーからは独立した企業群が発達してきた。そして、これらの部品メーカーは早くからアジアに進出している。
 
 3 製造業現地法人の比較――アジアと欧米

 日本企業の子会社・孫会社といっても、アジアの発展途上国の現地法人と欧米先進国のそれとでは際立った違いがある(図表3)。
 

 
 まず、資本金は、アジアは1社平均で北米の4分の1程度の規模でしかない。他方で、アジアと欧米で1社あたりの従業者数は大きく違わないことから、アジアは資本装備率が低い、すなわち労働集約型の事業所が多いといえる。中小企業の進出も活発である。先に、アジア生産はアジアに拡張された系列・下請生産であると述べたが、一連の生産工程のうち、主として労働集約的な工程がアジアに移されたのである。
 
 日本側100%出資の法人が少ない、つまり合弁が多いこともアジアの特徴だ。日本企業はアジア進出に際して現地のパートナーを積極的に迎え入れているわけだ。これは現地政府との折衝に有利なばかりでなく、アジア労働者の労務管理を円滑に進めるためも必要なこととされる。合弁であれば、技術漏えいが懸念されるが、資本金規模からも推察されるように、大方の日本企業は、あえて秘匿するほどの技術を持ち出していないのではないか。たしかに近年は、模造品の氾濫と製造技術の流出が問題とされているが、技術流出は現地のパートナー経由というより、アジア企業への日本人技術者の移籍によるものが多いという。日本企業のリストラの報いともいえよう。
 
 現地法人の売上高に占める現地および域内の販売割合を比較すると、ここにも、アジアと欧米で歴然とした違いがある。北米やヨーロッパでは、9割以上が現地および域内販売だが、アジアは売上高の3分の1がアジア以外の第三国、すなわち欧米先進国や日本への輸出である。またアジア域内の販売であっても、部品メーカーなどの場合は、最終製品の販売地は域外というケースが多く、アジアの実質的な現地販売割合は図表3の数字よりずっと小さなものとなろう。
 
 北米やヨーロッパにおける現地生産は現地販売のための生産であり、市場の確保を目的としている。電機製品にしろ、自動車にしろ、もとは日本で生産し、日本から輸出していたのだが、貿易摩擦が激化し、現地生産におきかえたのである。これに対してアジア生産の目的は、一連の生産工程のうち労働集約工程を移管したものであり、現地市場というよりは低賃金労働力の活用である。このことは、アジアでは売上原価に対する給与総額割合が低いことからも、その裏面として経常利益率が高いことからも分かる(図表4)。アジアの日系現地法人の経常利益率は、アジア経済危機で沈んだ97年と98年を除けば、欧米はもとより、国内のそれよりも高い。だからこそ、日本企業はアジアに出て行くのである。このことは、国内法人より利益率が低いにも関わらず、市場を求めて欧米に進出するのとは本質的に違っている。
 

 
 4 日本とアジアとの関係
 
 日本企業が欧米に進出し、欧米企業もまた日本で活動している。日本資本が欧米の労働者を搾取し、利益を上げるのと同様に、欧米資本は日本の労働者を搾取し利益をあげているのだ。この意味で、日本企業と欧米企業とは、対等・平等の競争関係にある。これに反して、日本で生産をおこない、自国以上の利益を上げているアジア企業はないに等しい。日本企業が一方的にアジアに進出しているのである。現地の労働者を搾取し利益を上げていることは欧米に進出した場合も同じだが、アジアでは日本国内よりもずっと大きな利益を上げているわけで、ここには、実質的な支配・従属関係があるといえる。
 
 この地域で、資金や設備、技術、市場などを日本が独占しているために、アジア資本は、日本独占に従属せざるを得ない。このことは、国内の中小資本が独占資本に従属しているのと同じことである。むろん、アジア諸国はそれぞれ発展段階を異にし、それに応じて従属の程度に強弱の差はある。また、中国のように非資本主義的な発展の道をたどる国については、それはそれで他のアジアの国々とは別の角度からの考察が必要となろう。あるいは、アジア資本にとっては、日本独占ばかりでなく、欧米の独占資本に従属するという選択肢もある。しかし、この地域に展開している資本の量と質を考えれば、日本独占は相対的に優位に地位にあり、アジアが日本に実質的に従属しているという言い方も、決して大仰とはいえまい。
 
 むしろ、アジア資本は、積極的に日本独占に従属する中で成長をはたしてきたのである。台湾の電子部品メーカーや韓国の自動車産業などはこの典型といえよう。アジアの経済成長は、日本の資本輸出やODA(政府開発援助)に負うところが大きく、日本政府もこのことをあからさまに自負している。
 
 もちろん、日本独占は、アジアの経済成長の果実をアジア資本が受け取る以上にわがものとし、自らの力を強めてきた。日本独占は、アジア資本が成長する以上に資本力を増強してきたからこそ、日本とアジアの支配・従属関係も再生産されてきたのである。
 
 ■ 二、アジア依存を深める日本企業
 
 1 国内成長の行き詰まり
 
 日本経済は、「バブル崩壊」以降の長期停滞を脱して、新しい成長の軌道に乗りつつあるといわれる。このことの当否はおくとして、ここでは長期停滞の方を問題にしたい。こうした状況を象徴しているのは、またしても電機産業である。自動車産業と並んで日本経済のリーディングセクターとされる電機は、90年代に入ってからというもの、驚くべきことに、まったく成長をみていない。総売上高は、91年の73.5兆円に対して03年は70兆円と、12年の間、まったく伸びていないのだ。営業利益は大きく上下に振れており、「ITバブル」が崩壊した01年にはマイナスに転落してしまった。
 
 この背景には、国内労働者の窮乏による需要の減退ばかりでなく、製品価格の著しい低下がある。たとえば、液晶パネルとPDP(プラズマディスプレイ)の価格は図表5の通りである。液晶やプラズマなどを心臓部品とする薄型テレビは、デジタルカメラとDVDレコーダーとならんで「新三種の神器」といわれ、現在の景気回復を主導してきたのだが、こうした最先端商品の価格が、発売後1年もたたないうちに半値にまで下落してしまうのだ。
 

 
 他方で、売上が伸びない中でも、というより売上が伸びないからこそ、各企業とも必死になって合理化によるコスト削減に躍起となった。労働生産性の上昇もあり、また、アジアへの工場移転も急速に進めたため、電機産業では、国内の工場数、従業員数とも大きな減少をみている(図表7)。工場数は3万7000から2万2000へ3分の2に整理淘汰され、従業員数も198万人から130万人へと68万人も激減した。電機産業ほど極端ではないが、同じことは日本の産業全体についてもいえる。90年代以降の失業率の急伸は、なによりも、成長なき合理化の結果である。
 
 こうした行き詰まりを打開すべく、日本経済のアジア依存は強まるばかりだ。いかにしてアジア経済の成長の果実を取りこむか――ここに、日本の政府と独占資本の関心は集中している。「わが国と東アジアの新次元の経済的繁栄に向けて」と題された今年の『通商白書』は、このことを「高い潜在成長力を有し、製造業の生産ネットワークを中心に相互依存関係が深まる東アジア地域は、生産拠点、消費市場、生産要素供給源(人材、資本、知的資本)として、我が国の成長の源泉となりつつある」と述べている。
 

 

 
 2 「成長の源泉」としてのアジア
 
 『通商白書』は、日本にとってのアジアを、@生産拠点、A消費市場、B生産要素供給源の三つに位置づけているが、とくに近年は、国内市場の低迷をうけ、消費市場としての期待がふくらんでいる。「アジアにおいては、需要の拡大とともに市場としての魅力が急激に増しつつある地域も見られ、…消費・生産等の活発化を通じて、わが国の成長への糸口を見いだす」。これも『白書』の文言だが、この意味で、今回の景気回復が、アジア、とりわけ中国への輸出拡大をテコに実現されたことは象徴的である。他方でアメリカについて『白書』は、「財政赤字と経常収支赤字といういわゆる『双子の赤字』が拡大し…」と、経済成長の「持続可能性」への懸念を表明している。
 
 日中貿易を見ると、輸出入とも00年から急増しており、輸入では02年からアメリカを抜いて、日本の第一の相手国となっている。中国からの輸入品目は、@電気機械、A繊維製品、B食料品、C一般機械の順であるが、00年から輸入を大きく押し上げたのは電気機械の急増である。輸入額は、95年の3000億円から03年の2兆5000億円へと8倍以上も増えている。電気機械は輸出品目でもトップであり、こちらも95年の4000億円から03年の2兆円へと5倍増だ。以下、輸出品目は、A一般機械、B化学品、C鉄鋼とつづく。
 
 電気機械や一般機械の輸出増は、中国に進出した現地法人への部品や設備などの供給という側面が大きく、これは90年代後半以降の日本の対中直接投資の急増を補完するものである。だが、そればかりでなく、中国企業への基幹部品や設備の販売額も大きくなっている。いまや中国は、機械・電気製品の一大輸出国となっており、このことが日本企業をも潤しているのだ。
 
 輸入でも、電気機械と一般機械の急増が目立つが、これもまた、日本の直接投資の結果だ。先にみたように、中国で労働集約工程をすませた中間製品や最終製品が日本に逆輸入されているのである。繊維製品や食料品の輸入はこれ以前から高い比率を占めているが、アジア製の安い生活手段の輸入は、日本の労働者の賃金引下げのテコとなる。いまや身のまわりの衣料品、はき物や生活雑貨などは、ほとんどが中国をはじめとするアジア製品になったといっても過言でない。店頭には中国やタイ産の野菜や肉類もあふれている。
 
 こうして日本企業のアジア展開は、第一に、アジア労働力の搾取によって日本独占に超過利潤をもたらし、第二に、製品の販売市場を提供している。そして第三に、アジアから輸入される安価な生活手段は、日本の労働力の価値を引下げ、日本の労働者に賃下げをせまっている。
 
 3 アジアの自由貿易協定の推進
 
 日本独占の強い意向を受け、アジア生産とアジア市場からえる利益の極大化のために、政府は自由貿易協定(FTA)の締結を急いでいる。詳細は、別の論考にゆずるが、日本企業の展開と関連して肝要な点は、自由貿易協定の締結により「我が国企業が効率的な生産・投資を実現でき」、そして「我が国自身が国内外の資源を取り込み、我が国経済の成長への原動力へと変えていくことができる」としていることだ。いずれも今年の『通商白書』からの引用であるが、ここではまず、前者について付言しておきたい。
 
 すでに見たように、日本企業は長年の直接投資とその現地での増殖によりアジアに濃密な生産ネットワークを張りめぐらせてきた。たとえば松下電器一社で、百数十の子会社をもつほどだ。しかし、これは、各国の関税政策におうじてASEAN各国と中国に工場と販売拠点をセットで展開してきた結果でもあり、必ずしも効率的な生産体制とは評価されていない。設備や生産品目が各国で重複しているのだ。
そこで松下は、まず、ASEANの生産・販売拠点を集約し、事業の効率化をはかっている。冷蔵庫を例にとれば、3ドアの大型冷蔵庫はタイ。マレーシアで生産していた2ドアタイプはインドネシアに移し、1ドア、2ドアタイプの小型冷蔵庫の生産をインドネシアに集約するというように、機種ごとに生産国のすみわけをおこなっている。そのうえで、さらに中国拠点とASEAN拠点の間で部品の相互供給をはかる計画だ。松下はこれを「拡大アジア戦略」と呼んでいるが、この実現には、東アジア各国間で商品と資本の自由な行き来が可能にならなければならない。国境をこえた合理化――ここにアジアのFTAの意味がある。
 
 また、FTAが締結されれば、日本からの商品輸出も拡大する。高い関税にはばまれて、各国でノックダウン生産をおこなってきた自動車産業などにとっては、これは福音となろう。だが、完成車の輸入自由化はアジアの自動車産業にとって脅威であり、先進国の仲間入りをはたしたとされる韓国ですら強い抵抗がある。
 
 ■ 三、アジア展開の反作用――国内合理化

 1 賃金の切下げ
 
 アジアにおける日本独占の生産ネットワークの進化は、ひるがえって「我が国経済の成長」、すなわち国内の賃下げや合理化を推し進める「原動力」ともなる。
 
 一つは、すでに触れたアジアからの安価な生活手段の流入である。これを賃金切下げの条件とすれば、資本にとってその動機は、あくなきコスト削減である。産業・業種を問わず、日本企業は、国の内外で激しい競争を強いられている。独占資本といえどもその利益の大半は国内に依存している。日本独占は、独占本体の合理化はもとより、系列・下請の中小企業を駆って日本の低賃金労働力を組みこみ、国内の低コスト生産を武器に欧米独占と闘っているのだ。
 
 第二の原動力は、アジア労働力の包摂によって、日本独占は、相対的過剰人口の新たな供給源を手に入れたことから生まれる。そもそも日本企業のアジア進出は、国内農村に滞留した過剰人口が枯渇にむかうのと並行して始まったものだが、独占資本にとって予備役となる過剰人口のアジアへの拡大は、日本国内の賃下げの強力なテコとなる。最近の春闘では、「賃金を上げろというのなら、仕事を中国にうつす」という恫喝がさかんに繰りかえされている。
 
 2 アジアとのすみわけ――不断の合理化
 
 今回の景気回復は、大がかりな合理化によってもたらされた。「選択と集中」を合言葉に強行された企業再編は、不採算部門の切り捨てと、残った部門の徹底的な合理化の追求であった。この際、アジアとのすみわけが、取捨選択の基準の一つとされた。
 
 電機産業の90年代は、一方ではIT化の利益をアメリカに独占され、他方では日本を猛追する韓国、台湾とのコスト競争にさいなまれた「失われた10年」であった。今日、苦境脱却の切り札として、デジタル家電が熱い視線をあびている。製造技術、基幹部品とも、日本のオリジナルといわれ、技術を秘匿し、リードタイムを短縮するために、生産の国内回帰も叫ばれる。
 
 だが、国内回帰の条件は、アジア工場に匹敵する低コスト生産である。このため「構内請負」と呼ばれる不安定就労の低賃金労働者が多用され、生産量に応じて柔軟に労働投入を調整できる「セル生産方式」がもてはやされている。不断の合理化こそが国内に生産と職場をのこす道、というわけだ。
 
 日本の労働者は、賃金でも合理化でもアジアの労働者と競争させられる。日本の労働者もアジアの労働者も、その運命は、日本独占の手に握られているわけだが、こうした仕組みの認識は、遠からず日本もふくめたアジアの労働者全体のものとなるであろう。

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