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●2023年11月号
■ 資本の論理を徹底させてきた岸田経済政策
    北村 巌

■ 岸田流「新しい資本主義」の改訂

岸田政権は、2021年10月に「新しい資本主義」という一見綺麗な言葉を掲げて登場し、安倍・菅政権からの政策転換となるのではないかとの期待を一時的には国民に抱かせた。しかし、選挙目当ての綺麗事でしかなく、2年経った今、大した成果も示せないまま多くの国民の失望感を誘い、政権への支持率を大きく落としている。マイナンバーカード普及のために健康保険証を廃止しようとしたり、消費税のインボイス制度導入を強行したりと、多くの国民の反対を押し切ったやり方も、当初の「聞く力」宣伝とは正反対である。
   
もともと岸田政権が行なってきた経済政策に「新しさ」はない。当初、岸田首相は格差を広げてきた現在の「分配のあり方」を問題とするような姿勢をみせ、所得格差の拡大への対処、税制を通じた再分配の是正の可能性を期待させたが、賃上げはほとんど掛け声だけ、最低賃金の引き上げ幅を僅かに高めたり、介護労働者などへの一時的な賃上げを行ったりしたことが実際に実行された施策であり、大多数の労働者の実質賃金は物価上昇によって低下してしまっている。岸田流「新しい資本主義」は、これまで通り、労働者の搾取を強め、日本独占資本の利害を貫徹させようとする政策の羅列であり、安倍政権が称した「アベノミクス」同様、一貫した経済政策の体系もなく、「見せ方」が新しくなっただけと言えるのではないか。
   
6月16日に「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」と「成長戦略等のフォローアップ」が閣議決定された。昨年6月6日に発表された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の1年経ってのアップデート版である。新しい資本主義に関する具体的政策が着実に進展したとして、次の4点を挙げている。

  1. 人への投資、科学技術・イノベーション、スタートアップ、GX及びDXの4本柱への計画的な重点投資、
  2. 「スタートアップ育成5か年計画」に基づく、1兆円規模の予算事業、スタートアップへの投資を促す税制、オープンイノベーション促進税制の拡充等の措置、
  3. 「資産所得倍増プラン」に基づく、NISA制度(少額投資非課税制度)の抜本的拡充・恒久化、消費者に対する中立的なアドバイザー制度の創設等の措置、
  4. リ・スキリング、職務給の導入、労働移動の円滑化からなる「三位一体の労働市場改革の指針」の策定、

である。実際に具体的に行われた施策は、といえば、スタートアップに関するファンドの設定と税制上の優遇措置、NISA(少額投資非課税制度)の拡充くらいであろう。ファンドの設定は実際の投資ではなく、取り組んでいるという「見せ方」の1つに過ぎない。
   
今回の改訂版では、

  1. 人への投資・構造的賃上げと「三位一体の労働市場改革の指針」

を柱の1つに掲げた。昨年版では、労働移動の円滑化のためのスキルアップという点が強調されたが、今回は、「労働者が自分の意思でリ・スキリングを行え、職務を選択できる制度に移行していくことが重要」として、リ・スキリングによる能力向上支援、個々の企業の実態に応じた職務給の導入、成長分野への労働移動の円滑化、という三位一体の労働市場改革を目指すとしている。企業側の「人材投資」の不十分さを指摘しつつも、要は労働者個人のリ・スキリング努力による生産性の向上を求めると同時に、従来の雇用・賃金制度をより労働力の流動化を促すものに変えようとする。三位一体の労働市場改革で構造的賃上げをするというが、この構造的賃上げの意味するものは、職種ごとの賃金水準の同一化の一方で、英米のように賃金格差を大きく広げるものである。そして、現在までに勝ち取られてきた労働条件を根本的に資本の論理のもとに再編しようとするものに他ならない。
   
例えば、雇用調整助成金の見直しについては、「休業よりも教育訓練による雇用調整を選択しやすくするよう、助成率等の見直しを行う」としているが、三位一体労働市場改革分科会で労働側を代表した神保連合副会長が意見書の中で指摘しているように「引き続き、現場の状況に応じて、休業・在籍型出向・教育訓練の選択肢から雇用維持策を選択できることが重要」であろう。
   
ところで、成長分野への労働力移動の円滑化は最優先事項なのだろうか。知識集約型、高技術産業を担う人材養成を軽視していいわけではないが、現在の日本経済が抱えている労働力ミスマッチ問題は、介護士や看護師など今後の超高齢社会を担う労働者の不足であり、建設現場などで働く労働者の不足である。有効求人倍率(2023年8月分)を見れば、建設躯体工事従事者9.47倍、介護サービス職業従事者3.94倍などとなっている。こうした分野での労働力不足という現実への対応を軽視して、「成長分野へ」というのは経済成長に幻想を持たせるイメージ作りにしかならないだろう。
   
前年は5ページ弱の紙幅で言及されていたに過ぎないGX、DXへの投資は、今回は大項目として取り上げられ、20ページの紙幅で詳細に触れられた。10年間で150兆円を超えるGX投資を官民協調で実現するという目標は変えられていないが、その具体策として「国として長期・複数年度にわたり支援策を講じ、民間事業者の予見可能性を高めていく必要がある。そのため、新たに『GX経済移行債』を創設し、これを活用することで、国として20兆円規模の大胆な先行投資支援を実行する」と金融手段として新たな債券発行を謳っている。しかし、現在の日本の金融情勢では、大企業は金余り状態で、かつ銀行からの融資や社債発行でも非常に低コストで資金調達が可能なのであるから、資金不足で必要な投資ができていないわけではない。一体どのようなコンセプトの債券で資金調達すればGX投資を喚起することができるのか明らかではない。そのほか、「排出量取引制度」の本格稼働、発電事業者に対する「有償オークション」の段階的導入などの項目が並び、官民協調と言いながら、あくまで市場的・金融的な手法によるGX推進を目指す立場である。
   
また今回は、食料安全保障、農林水産業のグリーン化、農林水産物・食品の輸出拡大、スマート農林水産業といった農業関連課題をGXに結びつけている。これらは従来の自民党の政策課題をGXに結びつけて盛り込んだという性格が強いだろう。DX投資に関しては、インターネットにおける新たな信頼の枠組みの構築、デジタルガバメントの推進との項目が新たに加わった。
   
昨年は1段落で触れられたに過ぎない「分厚い中間層の形成」は、「資産所得倍増プランと分厚い中間層の形成」という大項目となった。資産所得倍増が手段であれば、資産家の所得が増加するだけであって、老後資金も十分に貯蓄できていない多くの労働者にはなんのメリットもない。これでは資産家層がますます所得を増やし、平均的所得階層はますます疲弊していくだけである。こうした資産家優先政策を臆面もなく「分厚い中間層の形成」と言っているが、彼らの頭にある「中間層」とは大資産家とまでは言えないが、高額所得の大企業役員・管理職といった階層であり、これが人数的に分厚くなることはない。中間層を分厚くするためには、最低賃金の引き上げなどを通じて、平均所得以下の勤労階層の所得をあげる以外にはなく、資産所得の増加など全く関係がない。
   
岸田政権による各界の「有識者」を集めた「新しい資本主義実現会議」は、これまで9月までに22回行われてきた。5月以降、最近5回のテーマは、

  • 「三位一体の労働市場改革の指針」(5月16日)、
  • 「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版案等の決定について」(6月6日)、
  • 「(1)新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版案等・(2)経済財政運営と改革の基本方針2023(案)」(6月16日)、
  • 「賃金や投資を含む成長と分配の好循環の進め方を議論」(8月31日)、
  • 「新しい資本主義の推進について(案)」(9月27日)

となっている。
   
「三位一体の労働市場改革の指針」では、「一人ひとりが自らのキャリアを選択する」時代になったとして、年功賃金制などの戦後に形成された雇用システムを変えなければならないとする。しかし、90年代以来、そうした雇用システムの改悪は民間部門で広範に行われてきたのであり、年功賃金だの生涯雇用だのというのは、現在の多くの民間企業では全くの虚構になってしまった。政府が労働市場の改革を言うのであれば、政府が実行できることをまず行うべきであり、公務員の非正規雇用を止めること、同一労働同一賃金を実現すべきである。
   
中小企業の賃上げのためには「中小・小規模企業の賃上げには労務費の適切な転嫁を通じた取引適正化が不可欠であるという考え方を社会全体で共有することが必要である」などというお説教を書き連ねている。しかし、賃金などの労働条件は、企業経営者が雇用する労働者と交渉によって決定し、契約するものであって、対等な交渉ができるように中小企業分野での労働組合組織化を進めることが最大の解決の道である。そもそも、大企業が下請けに対し下請け企業の賃上げのために自主的に委託費を増加させるなどと期待するのは愚の骨頂としか言いようがない。優越的な立場にある大企業による下請け企業への搾取を緩和するためには下請法のさらなる強化(罰則や不当行為の範囲の拡大)および公正取引委員会によるエンフォースメントの強化が必要である。そうした具体的政策なしに「考え方の共有」などという言葉でお茶を濁すのは、実際にはそうした大企業優位の状況を放置し続けようとするものでしかない。
   
岸田首相ら自民党幹部は最近になって減税を仄めかす発言を行っている。支持率低迷に対する焦りもあるが、所得税減税や法人税減税を先行させる一方で消費税増税を行い、さらに税制の逆進性を強める狙いもあるのではなかろうか。中曽根政権以来、一貫して自民党が推し進めてきた格差拡大政策をさらに進めていこうとするものだ。
   
   

■ 経団連の規制改革要求

岸田政権の経済政策の背景をみていく上では、日本の独占資本全体の利害をまとめている経団連の存在は欠かすことができないだろう。
   
9月12日に経団連が発表した「2023年度規制改革要望」の内容を検討してみよう。基本的な考え方として、

「グリーントランスフォーメーション(GX)とデジタルトランスフォーメーション(DX)は、企業の事業活動を抜本的に変えるゲームチェンジャーとなりつつある。このゲームチェンジに企業が適切に対応していくためには、民間の努力はもちろんのこと、政府としても前例のない政策手段を通じて企業の後押しをしていくことが不可欠である」

として、そのために4つの柱を設定して規制改革要望をまとめた、としている。4つの柱とするものは、

  • 「GX・サーキュラーエコノミー(CE)」、
  • 「DX」、
  • 「人の活躍」、
  • 「成長産業の振興」

となっている。最近流行りのGXとDXを前に持ってきただけで、人の活躍と成長産業の振興という新味のない陳腐なスローガンだが、岸田政権の「新しい資本主義のグランドデザイン」に平仄を合わせたとも言える。
   
さて、実際の規制改革要望(新規)の項目をみてみよう。
   
まず、1.グリーントランスフォーメーション(GX)・サーキュラーエコノミー(CE)として、圧縮水素スタンドによって充填可能な容器の対象拡大、水素・バイオメタン製造装置に対する規制緩和、電力の環境価値訴求における国際的な証書の活用、温対法SHK制度における証書の利用拡大など17項目だが、いずれもグリーントランスフォーメーションを推進していくというよりは、現行規制の中で企業活動にとって負担となる部分の緩和・撤廃を求めるものである。
   
2.デジタルトランスフォーメーション(DX)としては、死亡・相続に係る手続のデジタル完結、差押通知書の送達のデジタル完結、社会保険・雇用保険手続のデジタル完結など官庁手続きの電子化とともに、保険証券の電子化、個人情報・仮名加工情報の第三者提供規制の緩和といった項目が並ぶ。とりわけ個人情報・仮名加工情報の第三者提供規制の緩和については本人同意を得ない個人情報の第三者提供に道を開こうとしており、その危険性は見過ごせない。
   
岸田政権のいう三位一体の労働市場改革に関係する「3.人の活躍」では、副業・兼業の推進に向けた割増賃金規制の見直し、介護の両立支援等に資する深夜労働の割増賃金規制の見直しと、割増賃金規制の見直しによる事実上の深夜労働の賃下げを要望する内容となっている。
   
4.成長産業の振興では、(1)ヘルスケア・バイオで19項目、(2)モビリティで3項目となっている。どれも仔細な規制緩和要望であり、成長産業を育てるためというより既存の業界要望を取りまとめたものとなっている。
   
10月10日に十倉経団連会長は、経団連の政党への評価を発表し、その中で、自民党の課題として経済成長と財政健全化の両立をはじめ「こども・子育て政策において、広く国民全体が負担する財源のあり方の検討」を主張し、消費税増税を強く求めた。その上で、会員企業に自民党のみへの政治献金を呼びかけた。まさに自民党と経団連は一体である。
   
   

■ 資本主義を問題にしよう

日本の景気状況は景気動向指数コンポジットインデックス一致指数が114.3(8月)と高水準を維持しており、足元では好調であると言える。しかし、先行指数はすでに2022年4月をピークに緩やかながら低下し、今後の景気減速を想定するものとなっている。常にこうした指数が正しいとは限らないが、名目ベースでの企業設備投資の水準はGDP比16.9%(4-6月期)とかなり高い水準でピークアウトしてきており、設備投資額そのものも年率換算99兆円の高水準となっている。その投資水準のもとで、民間企業設備の実質固定資本ストックの伸びも高まってきており、来年には設備過剰が生まれてくる可能性が高い。
   
日本経済の長期的な行き詰まりは、単に安倍―菅―岸田の自公政権の失政・無能ぶりだけによるものではない。日本独占資本自体は史上最高水準の莫大な利益を上げ続け、外国への投資を拡大し、資本としての搾取力を強化している。ただし、今後の国内における長期的な成長分野は限られ、新たな実物投資機会(生産手段の取得と投下の機会)は、広がっていない。そのために、特に日本独占資本は金融資産を過剰に蓄積することになっている。この一部分は企業買収資金となり、大企業は設備投資より他企業買収による企業規模拡大に傾斜してきている。企業買収の対象はその多くが外国企業である。資本は利益機会を目指して国境を超えて移動する。多国籍化の度合いを強める日本の大企業の多くは、すでに日本経済の成長自体には大した興味を持っていない。
   
こうしたあくなき利益追求を基礎とする資本主義のもとで、労働者の実質賃金は下がり続け、自営業・零細企業経営も多くが苦境に追い込まれている。労働者・勤労国民の生活を守るための政策課題実現のためには、労働運動の強化を基盤として、反自民の政治勢力の前進が必要である。当面の政策課題として、法人企業減税の効果によって大企業に蓄積された金融資産に対する課税を行い、所得税や相続税における累進性の再強化や給付付き税額控除の導入によって格差拡大を緩和する再分配を行うこと、公的な教育や医療福祉サービスの無料化、低負担化を進めることが必要であろう。また働き方改革の名の下に行われてきた非正規労働(形式的な業務委託を含む)の拡大を逆転させ、労働者の権利が守られる労働環境を構築しなければならない。
   
同時に我々が問題にしなければならないのは、現代の資本主義そのものである。資本主義である限り周期的な不況は避けられず、失業も避けることができない。また資産・所得の格差も常に拡大する。これらの問題は一定の政策的対処で緩和することは可能だが、無くすことはできない。我々は、利潤率を高めることだけに関心を持つ日本独占資本の動きに反対し、人々の生活の向上こそが目的となる経済社会を実現するために資本主義社会の変革を目指していかなければならない。
   
   

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