●2023年8月号
■ 通常国会から今後の課題をさぐる
宝田 公治
■1. はじめに
私は、本誌2月号で「歴史的転換の闘いに勝利しよう」と、その1つに通常国会をあげた。しかし、「戦後最悪の国会」との声もあるように、岸田政権の野党分断、首相の「解散風」などによって、議論が深まらないまま多くの悪法が成立した。防衛財源確保法、防衛産業強化法、GX推進・関連5法、LGBT法、入管法、マイナンバ―法など国のあり方を大きく変えるものだ(詳細については、本誌7月号「飯山論文」、8月号「特集」を参照のこと)。維新・国民は財源確保法を除いて賛成した(防衛産業強化法は立憲も賛成)。両党は内閣不信任案にも反対した。もはや野党とは言えない状態だ。
しかし、世論調査では法案成立とは真逆の民意が示されている。これらのいくつかについて課題を述べることとする。そして最後に、次期総選挙に向けて野党共闘は深刻な事態ではあるが、展望を述べてみたい。
■2. 世論調査結果より
「北海道世論調査会」の報告(各社6月世論調査の分析)を中心に見てみる。内閣支持率は今年に入って上昇傾向、4・5月は支持が不支持を上回った。とりわけ5月19〜21日に開催されたG7広島サミットは、ゼレンスキー・ウクライナ大統領を招いて、ウクライナへの支援強化をまとめるなどで
- 「G7で岸田首相の指導力は」に
- 評価する59%
しない23%
- 「G7でゼレンスキー大統領が参加」に
- 評価する75%
しない18%
となっている。ところが、6月には
- 「政権を支持するか」に
- 支持39.7%
不支持44.3%
と支持率は▲6.3ポイントも急落した。7月はさらに低下している。原因の1つは、岸田首相の秘書官だった長男が首相官邸で忘年会を開催し、岸田首相もその場にいたことが明らかになったこと。2つは、財源を先送りし続ける少子化対策である。
- 「少子化対策に期待するか」に
- 期待する34.8%
しない60.6%
- 「少子化対策は改善されるか」(FNN)に
- される18.8%
そう思わない76.5%
3つは、マイナンバーカードをめぐるトラブルである。
- 「マイナンバーカード活用に対する不安」を
- 感じる71.7%
感じない23.7%
- 「マイナンバーカードと保険証との一体化」に
- 賛成36.3%
反対54.8%
である。
政党支持率は、自民党が33.0%(▲1.5%)に下がったが、立憲6.1%(▲0.1%)、維新8.9%(▲0.6%)と維新がリードしている。とりわけ「野党で期待・主導権を握るべきは」(読売・日経)に「立憲27.5%、維新43.5%」と維新が立憲を大きく上回っており、このままでは立憲は、次期総選挙で野党第一党の座を維新にゆずる可能性が大である。
■3. 通常国会等で明らかになった課題
・(1) マイナンバー制度・マイナカードの問題点
マイナカードをめぐるトラブルが相次いでいる。「コンビニで別人の証明書を交付」「公金受取口座の誤登録」「マイナ保険証に別人の情報をひも付け」など多種多数にのぼっている。
- 1:マイナカードとは
- マイナカードには、マイナポータル(情報提供等記録開示システム)として、納税・保険料納付・受けたサービス・公金受取口座など「社会保障」「税」「災害対策」の3分野29項目の個人情報がひも付けられている。今回の法改正では、省令で利用範囲を拡大できるようにし、さらに、6月9日閣議決定した「デジタル重点計画」では、「マイナカードと運転免許証・介護保険証の一体化」「オンラインでの携帯電話購入・銀行口座開設の『本人確認』をマイナカードに義務付け」などの利用拡大が示されている。
- 2:マイナンバー制度導入のねらい
- ねらいの1つは、マイナカードは前記のように利用範囲と民間利用が拡大されていく。これまで財界は「マイナカードと健康保険証の一体化の義務付け」を提言してきた。自民党も同主旨の提言をしてきた。そして、昨秋政府は「24年秋までに保険証の廃止をめざす」とし、「任意」とされてきたマイナカードの取得を実質義務化するという「ムチ」を決めた。それもマイナポイント2万円付与という「アメ」とセットで。さらに財界は、利用拡大を「ビジネスチャンス」と位置づけ、マイナンバーを現在の「特定個人情報」から「一般個人情報」に規制緩和し、民間によるデータ利用の拡大を求めている。
2つは、社会保障など個人が受給した「行政サービス」と個人の資産を国が把握・管理し、「負担に応じた給付」ということで、国民への徴税強化と給付削減、企業の税・保険料負担を軽減することにある。
- 3:何が問題か
- 1つは、膨大な個人情報を行政が一括管理することの危険性。2つは、個人情報の誤登録によって、行政サービスの権利が失われること。とりわけ医療情報の誤りは、命の危険を伴う。3つは、個人情報の漏洩。4つは、国民皆保険制度の危機。マイナ保険証を持たない人は、毎年「資格確認書」の申請が必要になる。また、マイナ保険証は5年ごとの更新と暗証番号が必要になる。申請・更新しないと保険料を支払っていても無保険者となる。5つは、制度設計からシステム構築まで富士通など5社連合が参入している。この内4社が8年間で5.8億円を自民党に献金している、そこへの政府幹部の天下りも明らかになっている。政官財の癒着である。
7月に入って世論調査は、「マイナカードと保険証を一体化し、現行保険証を来年秋に廃止する」に「延期・撤回」が7割以上、「廃止見直しは今からでも遅くはない」(読売)と多くのメディアが「中止・見直し」を主張している。
6月21日設立した「情報総点検本部」は、自治体での総点検の報告期限を7月末としているが可能だろうか。また、政府の「個人情報保護委員会」は7月19日、デジタル庁への立入検査を開始した。こうした状況では予定通り進むはずがない。
また、政府内部からも「初診時は、従来の保険証も持参」(加藤厚労相)、「暗証番号なしで保険証だけに使えるマイナカードの発行も検討」(松本総務相)、「マイナカードの名称を変える」(河野デジタル相)、「『資格確認書』を申請なしで送付することも検討」など制度の根幹に関わる発言も相次いでいる。制度の廃止を含めた見直しが求められる。
・(2) 次元の異なる少子化対策
6月13日「こども未来戦略方針」、16日「骨太方針2023」が決定された。岸田首相は会見で「少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンス」「不退転の決意」と威勢はよいが課題は多い。1つは、対策のいの一番は「若年層の賃上げ」のはずだが、「構造的な賃上げ」を掲げるだけで賃上げの道筋は見えない。2つは、児童手当の拡充や所得制限撤廃などは示されたが、高等教育の抜本的な負担軽減や無償化の方策はない。3つは、「2028年度までに安定財源を確保。それまでの財源不足は『こども特例公債』を発行」と財源は先送りした。また、「消費税を含めた新たな税負担は考えていない」としているが、一方で「社会保障の徹底した歳出改革」を明言、どこかにそのシワ寄せがくる。世論調査は、
- 「国民負担が増大すること」(読売)に
- 賛成 31%
反対 61%
- 「社会保障の削減」(FNN)に
- 賛成 24.2%
反対 68.4%
である。
財源に関するもう1つの大きな課題は、防衛費GDP比2%の大軍拡、約5兆円増額との関連である。先に防衛費の拡大を決めているが、本末転倒で少子化対策が優先されるべきである。5兆円あればどの程度の子育て・教育、社会保障ができるか、立憲や東京新聞が試算をしている。
- 大学授業料の無償化:1.8兆円
- 児童手当の高校までの延長と所得制限撤廃:1兆円
- 小・中学校の給食無償化:4386億円
- 公的保険医療の自己負担をゼロ:5兆1837億円
などである。
・(3) G7広島サミット
初めて被爆地で開催されたG7広島サミットは、「首脳宣言」「核軍縮に関する広島ビジョン」をまとめて終えたが、2つの大きな課題を残した。
その1つは、宣言で「必要な限りウクライナを支援する」ことを決めたが、このことが世界の分断を深めている。従って、停戦・和平の糸口は見えないままだ。G7後、岸田首相はゼレンスキー大統領と会談し、ウクライナへの自衛隊車両100台の提供を約束した。その後、バイデン大統領は、クラスター爆弾の供与を決めた。このことも含め戦争の継続によって大量の市民の命が奪われていることをはじめ被害は増大の一途だ。これが戦争の実相である。この戦争からまなぶことは「戦争は起こしてはならない。起こさせてはならない」これしかない。
2つは、核兵器廃絶への道を示すことができるかどうかであったが、「核兵器のない世界を究極の目標」として先送りし、「核兵器は防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、戦争と威圧を防止する」と「核抑止論」を正当化した。また、「核兵器禁止条約」にも、核不拡散条約六条に基づく「自国核兵器の完全廃絶の義務(2000年再検討会議の最終文書)」にも全く触れていない(ロシア・中国には求めているが)。被爆者からは「死者に対する侮辱だ」と怒りと失望の声が上がっている。岸田首相に「広島出身の首相」を名乗る資格はない。
・(4) 台湾有事の可能性
ロシアのウクライナへの軍事侵攻に端を発し、中国の台湾への軍事侵攻が語られているが、その可能性はあるのか。また、台湾有事は日本有事であるといわれるがそうなのか。
- 1:「1つの中国」原則とは
- 「中国本土と台湾は『不可分の領土』であり、台湾は中華人民共和国の一部である」これを中国は「1つの中国」原則と呼び、どの国との関係においてもこれが前提であり基礎としている。米国は1972年2月、ニクソン大統領が訪中し、中国の毛沢東主席・周恩来首相と会談し発表した共同コミュニケでも「米国は『台湾海峡の両側のすべての中国人が、中国はただ1つであり、台湾は中国の一部である』と主張していることを認識し、この立場に異論をとなえない」とした。79年米中国交樹立の時も同じ表明をしている。日本も1979年9月、田中首相が訪中し、日中国交樹立の共同声明で同じ趣旨の表明をしている。
- 2:台湾有事の可能性
- 「台湾有事」とは、中国が台湾へ軍事侵攻することである。その可能性は、「米国が『1つの中国』原則を棚上げにし、台湾が独立宣言をすること」くらいであろう。もう1つ考えられるのは、米国の挑発(例えば、昨年8月ペロシ米下院議長の台湾訪問)に中国が軍事侵攻することだ。しかし、これらの可能性はほとんどない。
- 3:米国の政策を誘導するもの
- 米国は、いまだに経済的にも軍事的にも世界支配を維持しようとしているが、現在それを一国で成し遂げる力はない。そこで、ウクライナ戦争ではNATOを活用し、東アジアでは「台湾有事」を煽り利用し、日韓をその先兵にしようとしている。2015年安倍政権下において「安保法制改定」での「集団的自衛権」容認や、今回の「安保三文書改定」での「敵基地攻撃能力保有」や大軍拡は、米戦略への追随でしかない。ここで暗躍しているのが、米国の産軍複合体である。米国の対外政策の意思決定に大きな影響を持っている。彼らはつねに緊張関係を必要とし国際協調や国際平和は障害になる。そこで、米国は中国を「戦略的競争相手」とし、日本も追随して「安保三文書」では、米国と同じ表現で「最大の戦略的挑戦」と危機を煽っている。
- 4:米国は中国との対話重視
- バイデン大統領は昨年9月、「米軍は台湾を防衛するか」との質問に「実際に前例のない攻撃が行われれば、する」と明言した。一方、広島サミット後の記者会見では、「非常に近いうちに緊張状態は緩和し始めるだろう」と対話再開への意欲を示した。そして6月19日、ブリンケン米国務長官が訪中(米国務長官の訪中は5年ぶり)し、習近平首席・外交トップの王毅共産党政治局員と会談、「米国の『一つの中国』政策は変わっていないことを繰り返し伝えた」とされている。また、高いレベルの交流を続けることが発表された。
以上から言えることは、台湾有事を誘発させないためには、「1つの中国」を支持し続け、緊張を煽らず対話を続けることである。とりわけ、日本にはそのことが求められている。世論調査でも
- 「日中の対話を進めるべき」(日経)は
- 進めるべき75%
そう思わない18%
- 「岸田首相は習氏との会談を」では
- すべき74%
そう思わない18%
となっている。
■4. 総選挙にむけた野党共闘の構築
2015年安保法制改悪以来、19年参院選までは「市民と野党の共闘」が深化してきたが、それ以降停滞が進み、現在は最悪の状態といえる。その1つは、「はじめに」でも述べたように、通常国会での自公政権の野党分断による維新・国民の野党離れである。維新は、大会方針で「次期衆院選で野党第一党を獲得する」とし、馬場維新代表は「立憲をたたきつぶす。立憲との選挙協力はあり得ない」と発言。現時点では、共闘の対象にはなり得ない。「全選挙区に候補者擁立を」としているが、これまでの選挙結果分析では、維新の立候補は自民党にも影響があるとされる。国民民主党は、与党化の傾向を強めており、玉木代表は「立憲との候補者調整は考えていない」と発言している。
2つは連合の動向。自民党の連合取り込みが一定成功している。そして、共産党への忌避姿勢である。
3つは、これが一番深刻な問題かもしれないが、野党第一党・立憲のはっきりしない態度。とりわけ泉立憲代表が5月、「共産党とは選挙協力しない、候補者調整もしない」と発表したことだ。その後6月16日、小沢一郎衆院議員や小川淳也前政調会長ら98人の衆院議員中53人が賛同して「野党候補の一本化で政権交代を実現する有志の会」を立ち上げた。これらも影響したのか、その後の記者会見では、「選挙が遠のいたこともあり、野党間の候補者調整を行う。ただし、選挙協力は考えていない」と発言。
これらに対し共産党は反発を強めているが当然のことである。共産党は立憲の動向がありながらも、小池書記長は「岸田政権の暴走、それを食い止めていくためには『市民と野党の共闘』の発展が必要であるとの立場に変わりはなく、私たちの方から門戸を閉ざすつもりは全くない」と述べている。市民連合は、「野党共闘を基本に準備する。中央の役割は野党間の政策合意と候補者調整である。引き続き「15項目の政策」(21年総選挙)の実現をめざし立憲野党を支援して取り組む」としている。
以上をまとめれば1つは、自公に対峙する政策の明確化である。理念では「すべての人の人権が保障され、共に生き、支え合う社会。戦争は絶対にしない・させない。そのために大軍拡に反対し、憲法九条を守り活かす」であろうか。2つは、立憲野党の政策づくり。上記の市民連合案が参考になる。3つは、野党第一党の立憲が、自公政権との対決を鮮明にし、早急に野党共闘の構築を実行すること。そうしなければ、野党第一党の座を失うことになり、暮らしと平和の崩壊につながる。4つは、社民党は国政政党としての維持とこれまで同様に市民と野党の共闘構築に向けた接着剤としての役割を強めることである。5つは、野党共闘の構築は中央での努力もさることながら、地方での具体的な課題による共闘をつくり中央へ反映させることも重要である。6つは、労働運動の強化である。最後に、獲得議席は最低でも改憲発議をさせないため1/3以上の獲得である。
冒頭に述べたが、6月の世論調査では岸田政権への不支持が支持を上回り、7月はそれがさらに拡大している。通常国会で成立した悪法についても世論の多数は支持していない。また、入管法やジェンダー平等、LGBT法、環境問題などには新しい層、とりわけ若い人の運動参加・拡大が起きている事実である。これらの運動に私たちが主体的に関わることである。
(7月20日)
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