■ サイト内検索


AND OR
 
 
 月刊『社会主義』
 過去の特集テーマは
こちら
■ 2024年
■ 2023年
■ 2022年
■ 2021年
■ 2020年
■ 2019年
■ 2018年
■ 2017年
■ 2016年
■ 2015年
■ 2014年
■ 2013年
■ 2012年
■ 2011年
■ 2010年
■ 2009年
■ 2008年
■ 2007年
■ 2006年
■ 2005年
■ 2004年
■ 2003年
■ 2002年
■ 2001年
■ 2000年
■ 1999年
■ 1998年


 


●2023年7月号
■ 日本企業従業員の低エンゲージメントの背景
    立松 潔

■ はじめに

日本企業の従業員の「エンゲージメント(やる気、熱意)」の水準が他国と比べ低いことがアンケート調査で明らかにされ、問題となっている。エンゲージメントとは、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり、活力、熱意、やる気などによって特徴づけられる状態のことである。
   
アメリカの調査会社ギャラップ社による2021年の調査結果では、エンゲージメントの高い従業員(熱意のある従業員)の割合が日本企業は5%しかなく、調査対象129カ国中なんと128位であった。ちなみに世界の平均値は20%である。経済産業省が2022年5月に発表した『未来人材ビジョン』ではこのギャラップ社の調査結果を紹介し、「日本企業の従業員エンゲージメントは、世界全体で見て最低水準になる」(p.33)と問題にしている。
   
また、総合人材サービス会社ランスタッドが2019年に実施したアンケート調査によれば、「仕事に対して満足」との回答が、

  • 日本の従業員では42%

と、調査対象34カ国・地域の中で最低であった。

  • 1位はインドで89%、
  • 2位がメキシコ(85%)

である。ちなみに

  • アメリカは5位で78%、
  • ブラジル、中国、カナダ、英国が74%で同率9位

である。日本は逆に

  • 「仕事に不満」との回答が21%

もいて、こちらはなんと世界第1位である。ちなみに

  • 2位がポルトガルで14%、
  • 3位のフランスが12%

であるから、日本は「仕事に不満な従業員」の多さでも際立っていることがわかる。
   
1970年代から80年代にかけて、高度経済成長を支えた日本的雇用が世界から注目・賛美されていた。欧米とは異なり、日本の労働者は会社への帰属意識(愛社精神)が強く、それが日本企業の高成長と高い競争力をもたらしたというのである。この時代にはまだ従業員エンゲージメントの調査はされていないので現在との比較はできない。しかし、バブル崩壊後のデフレ不況が長引くなかで、日本の従業員のエンゲージメントが次第に低下していった可能性が高いと考えられる。そこで本稿では、日本の従業員の低エンゲージメントの問題について検討してみたいと思う。
   
   

■1. 勤務先に不満でも転職は考えない

パーソル総合研究所の『グローバル就業実態・成長意識調査』(2022年11月)によれば、「はたらくことを通じて、幸せを感じている」就業者の割合は、調査対象18カ国・地域の全体平均が74.7%であった。しかし日本は49.1%しかなく、18カ国中最下位である。

  • 1位はインド(92.6%)、
  • アメリカは7位(79.3%)、
  • イギリスが9位(77.9%)

である。日本の次に順位が低いのは

  • 韓国(17位、53.3%)、
  • 次が台湾(16位、55.3%)

となっている。
   
そして日本では、「現在の勤務先で働き続けたい」との回答割合が56.0%で、これも18カ国・地域で最下位である(全体平均71.2%)。しかしそれにもかかわらず、「他の会社に転職したい」との回答は全体平均が35.2%なのに対し日本は25.9%しかなく、2番目に低くなっている。
   
また、リクルートワークス研究所・BCG『求職トレンド調査2015』によれば、転職によって賃金が増加したという回答は調査対象の13カ国平均では57%であるが、日本は23%にとどまり、最下位となっている。転職で賃金が増えたという回答が一番多いのは

  • 中国の76%

であり、

  • カナダが62%、
  • ドイツ60%、
  • アメリカが55%、
  • イギリスが51%

となっている。
   
日本では新卒一括採用による人員確保が一般的で、その結果、中途採用が少なく転職は容易ではない。さらに転職しても賃金があがるケースが少ないことも、転職への希望を引き下げている。こうして現在の勤務先に不満でも転職は考えず、我慢して働き続ける従業員が多くなる結果、エンゲージメントが低いままになってしまうのである。
   
   

■2. 労働条件の悪化

さらに日本では、バブル崩壊後のデフレ不況の深刻化によって多くの正社員がリストラされことが、残った正社員の負担増加をもたらしている。しかも、景気回復後も人員は増加されず、労働現場が加重負担に陥ることもしばしばであった。
   
厚生労働省『労働安全衛生調査(実態調査)』(令和3年)によれば、「職場において強いストレスとなっていると感じる事柄がある」と回答した労働者の割合は、比較可能な2012年以降ずっと50%を超えており、直近の2021年は53.3%であった。
   
強いストレスの内容(主なものを3つ以内選択)で一番多かったのが、

  • 「仕事の量」の43.2%

であり、次が

  • 「仕事の失敗、責任の発生等」の33.7%、
  • 「仕事の質」が33.6%、
  • 「セクハラ・パワハラを含む対人関係」が26.7%

となっている。人手不足のなかで労働者に過重な負担がかかっていることが明らかである。このような職場のストレス増加も、労働者のエンゲージメント低下をもたらした大きな要因と考えられる。
   
さらに賃金の低迷もエンゲージメントにとってはマイナス要因である。内閣府『年次経済財政報告』(令和4年度)によれば、1991年を100とした1人当たりの名目賃金は、コロナ禍前の2019年時点で日本は101.2とほとんど増加していない。これに対し、

  • 米国は235.5、
  • 英国は243.5、
  • ドイツが200.2、
  • フランスが181.7

であり、日本の名目賃金の低迷が際立っている。そして、同じ期間の実質賃金(1991年=100)の変化についても、日本は2019年に104.5であるのに対し、

  • アメリカが140.0、
  • イギリスが146.8、
  • ドイツが134.5、
  • フランスが133.9

と、やはり日本の実質賃金水準の低迷が明らかである(p.106)。
   
このような1人当たり賃金の伸び悩みの要因は、「同上書」によれば次の四点である。

  • 第一は、デフレが長期化する中で、投資が低迷し稼ぐ力が十分に高まらなかったこと、
  • 第二に賃金が人への投資ではなくコストと捉えられた結果、実質賃金の伸びが時間当たり労働生産性の伸びを下回り、十分な分配も行われなかったこと、
  • 第三に中長期的に非正規雇用者比率が高まってきたこと、
  • そして第四が賃金カーブが緩やかになってきたことである(同p.107)。

第四の要因である年功に伴う賃金上昇カーブの低迷が特に大きかったのは男性一般労働者である。1956〜60年生まれの男性一般労働者の場合、実質賃金カーブは25〜29歳時点を100とすると、20年後の45〜49歳の時には203.1と2倍以上になっていた。しかし、新卒就職後にデフレ不況が深刻化した1971〜75年生まれの世代は、45〜49歳になっても実質賃金は153.3と、56〜60年生まれ世代と比べ上昇の度合いが4分の1近くも低くなっているのである(同p.158)。
   
労働時間や休暇の問題もエンゲージメントにとって重要である。特に日本の場合の大きな問題は年次有給休暇の取得率の低さである。欧米諸国では有給休暇は100%取得するのが当たり前であるのに対し、日本の有給休暇取得率は厚生労働省『就労条件総合調査』によれば、コロナ禍前の2019年が56.3%であり、2022年には58.3%に増えてはいるものの、100%取得には程遠い水準である。
   
また図表1からわかるように、長時間労働の就業を余儀なくされている就業者割合が日本の場合は19.0%と、他のG7諸国と比べてかなり高くなっている。特に男性の場合27.3%であり、2位のアメリカ(20.8%)を大幅に上回っているのである。なお、この数字はパートタイムを含んでおり、正規雇用の一般労働者に占める長時間労働者の割合はもっと高くなることに注意が必要である。
   

(図表1・クリックで拡大します)
   
しかも以上のような統計上で確認される長時間労働に加え、日本では労働基準法違反の不払い残業が当たり前のように行われている。連合総研が2022年に実施した第44回「勤労者短観」調査結果によれば、所定外労働を行った人の27.2%が賃金不払い残業があると回答している。しかも男性正社員の場合には不払い残業のある人が30.5%にも及んでいるのである。また同報告では、賃金不払い残業がある人は仕事の満足度が低く、転職意向も高い傾向がみられるという。サービス残業(不払い残業)が従業員のエンゲージメントの低下を招いていることは明らかであろう。
   
   

■3. 人材育成の劣化と職場でのいじめ増加

日本的雇用ではOJT(職場内教育訓練)やOFF-JT(職場外研修)を通じて労働者の職業能力を向上させ、労働内容の高度化や質的変化に対応できるようにしてきたと言われている。しかし、近年このプロセスが著しく劣化し、教育訓練の面でも日本企業は他の先進国を下回る状況となっているのである。
   
まず2012年時点でのOJTの実施率についてみると、OECDの平均は男性が55.1%、女性が57.0%である。しかし、日本企業での実施率は男性が50.7%、女性が45.5%と、いずれもOECD平均を下回っている。しかもそのマイナス幅は男性が4.4%ポイントであるのに対し、女性は11.5%ポイントと、他の先進国と比べ日本では女性へのOJT実施を通じた教育訓練が特に不十分であることがわかる(厚生労働省『平成30年版労働経済の分析』p.86〜87頁)。
   
厚生労働省の『能力開発基本調査』(2021年度版)によれば、社員の能力開発や人材育成に関する企業側の問題点としてトップにあげられているのが、「指導する人材の不足」であり、60.5%を占めている。次が「人材育成を行う時間がない」の48.2%であった。また労働者側に自己啓発を行う上での問題点を聞いたところ、最も多い回答が「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」で、正社員の57.8%、非正社員の39.7%を占めていた。
   
人手不足による過重な負担が、指導する側の人員不足をもたらし、さらに指導のための時間もとれない状況を招くことによってOJT実施率を引き下げているのである。そしてまた労働者の側も自己啓発のための時間的余裕がないことで、職業能力の向上への機会を失うという深刻な事態が生じている。
   
次に企業内外の研修費用など、OFF-JTの費用の対GDP比は、2010〜14年時点で

  • 日本の場合は0.10%

であり、

  • 米国(2.08%)、
  • フランス(1.78%)、
  • ドイツ(1.20%)、
  • イタリア(1.09%)、
  • 英国(1.06%)

と比べ、突出して低い水準となっている。しかも日本では1995〜99年時点の0.41%から経年的に低下を続けているのである。
   
日本企業はデフレ不況が続く中で、正規雇用の削減と非正規雇用の拡大、正規雇用の賃金カーブの抑制などによって賃金コストを引き下げただけでなく、人材育成経費の削減も進めていたのである。宮川努『生産性とは何か』(ちくま新書、2018年)によれば、日本における人材育成投資のピークはバブルが崩壊した直後の1991年であり、その後削減が続き2015年にはピーク時のわずか16%になってしまったという。
   
職業能力の向上は、労働者の仕事に対する自信を深めることを通じて、エンゲージメントの向上をもたらすと考えられる。しかし人材育成投資の削減、OJTやOFF-JT機会の減少は、労働者の職業能力の向上にマイナスの作用を及ぼし、人員削減に伴う現場の負担増加と相まって現役労働者のエンゲージメントの低下をもたらす要因になっているのである。
   
また、エンゲージメントに大きな影響を及ぼすのが、職場内の人間関係である。しかしこの点で、日本企業は近年深刻な問題を抱えている。それは職場内でのいじめ・ハラスメントの増加である。労働局等で実施している労働相談内容で最も多いのが2012年以降は「いじめ・嫌がらせ」に関する相談であり、しかもこの「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数は、2012年の5万1670件から2019年には8万7570件へと大幅に増えており、相談件数全体に占める割合も17.0%から25.5%へと拡大しているのである(厚生労働省「令和3年度個別労働紛争解決制度の施行状況」)。
   
近年の職場でのいじめの実態や背景については、坂倉昇平『大人のいじめ』(講談社現代新書、2021年)が、NPO法人POSSE(ポッセ)や総合サポートユニオンでの労働相談事例をもとに明らかにしている。同書で注目されるのは、職場のいじめの背景には労働条件の悪化があるという指摘である。労働強化や長時間労働など過酷な労働環境によるストレスの蓄積が職場の人間関係を悪化させ、いじめを生んでいるのである。このような職場のいじめの蔓延が、日本企業の従業員エンゲージメントの低下の要因となっていることは明らかであろう。
   
   

■4. エンゲージメント向上と労働運動

以上の事例を見れば、エンゲージメントの低さについて労働者を非難するのは全くの見当違いであることがわかるであろう。労働現場で人員が削減され、労働者の過重労働が当たり前になっていること、そして研修機会の減少や人材育成投資の削減によって職業能力向上が進まないことが低エンゲージメントの大きな要因だからである。したがって、企業が従業員のエンゲージメント向上を図ろうとするならば、まずは適切な人員配置や労働時間管理を通じて労働時間の短縮やサービス残業の撲滅を行うとともに、賃金の引き上げを実施し、人材育成のための投資や時間を増やしていくことが不可欠である。
   
経営側が従業員のエンゲージメント(やる気・熱意)を引き出そうとする際にしばしば見られるのが、労働条件の改善がなされないまま、労働意欲のみを刺激しようとする試みである。しかし、そのような「会社人間化」を推進するような時代後れの方法では、たとえワーカホリック(仕事中毒)な従業員を増やすことができたとしても、本来のエンゲージメントを高めることにはならないであろう。橋場俊展「我が国の従業員エンゲージメントに関する一試論」(『名城論叢』2022年3月)が明らかにしているように、現在の日本では企業業績にのみ資する偏った従業員エンゲージメントを回避し、持続可能な真のエンゲージメントを実現することが何よりも重要である。そしてそのためには「労働組合等を介した従業員の発言とチェック」が不可欠なのである(p.130)。
   
本来エンゲージメントとは労働者が自分の労働内容への誇りを示す指標であり、それは欧米では当然のように労働者が高い賃金や労働条件を企業に要求する根拠(支え)になるものであった。しかしメンバーシップ型雇用の日本では、エンゲージメントが会社への貢献度を示すかのようにねじ曲げられる危険性が高いといわなければならない。特に、従業員を会社に従属させ過重労働を押しつけるブラック企業では、しばしばそのような方向に労働意欲がねじ曲げられているのである。
   
ブラック企業をなくし本来の労働者エンゲージメントを確立するには、労働組合による労働条件改善への取り組みが不可欠である。しかし、企業が労働組合を敵視し、組合員をいじめにより排除しようとする事例が少なくないのが実態である。前掲『大人のいじめ』の第五章「労働組合いじめ」ではそのような事例を紹介すると同時に、いじめを克服する労働組合の取り組みによって、より働きやすい=エンゲージメントの高い職場が作られていった事例が明らかにされている。労働組合による地道な労働条件改善の試みこそが、本来の(持続可能な)エンゲージメントの実現にとって不可欠な要素なのである。
   
   

本サイトに掲載されている記事・写真の無断転載を禁じます。
Copyright (c) 2024 Socialist Association All rights reserved.
社会主義協会
101-0051東京都千代田区神田神保町2-20-32 アイエムビル301
TEL 03-3221-7881
FAX 03-3221-7897