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●2012年8月号
■ 逆流する野田政権と「維新の会」の危険性
   小島恒久
 

3年前の総選挙で政権交代が実現し、民主・社民・国民新の三党連立政権が登場した時、国民はそれに大きな期待を寄せた。「コンクリートから人へ」というスローガンを掲げて、それまでの公共事業重点の政策を転換し、小泉政権の新自由主義政策で大きく破壊されたセイフティネットを修復して、国民生活を立て直す、そして財界の要求より、国民の要望に軸足をおいた政治に変わることを期待した。その期待は次々に裏切られ、民意との乖離が広がったというのが、連立政権のその後の歩みであった。
 
たとえば最初鳩山首相は、沖縄の普天間基地を「最低でも県外に移設」すると言っていたが、その公約に反して結局辺野古への移設を閣議決定した。これに反対して社民党は連立政権を離れた。その後、鳩山内閣から菅内閣、野田内閣ときわめて短期に首相の交代を重ねたが、そのたびに出発点からの後退がつづいた。特に松下政経塾出身の野田内閣になってから、その逆行ぶりが目立つようになったが、その最近における顕著な事例が、関西電力大飯原発の再稼働と消費税増税の決定であった。
 

■ 拙速な原発再稼働決定

昨年の3.11大震災にともなう福島第一原発の事故は、従来国策として原発の増設を推進するにあたって言われてきた原発の安全神話を根底から崩壊させた。そしてその被害はとどまることを知らず、1年たった今日でもなお放射性物質の拡散がつづき、収束の目途も立っていないというのが実情である。
 
この深刻な事故に対応して菅内閣は従来の原発推進政策を見直し、脱原発依存の方向性をとり、新たな原発はつくらない、40年経った原発は廃炉にする、という一応の指針を明らかにした。国民の多くもまたこの脱原発の方向性を支持した。そしてその後既存の原発が次つぎに定期点検に入り、今年5月には日本の原発54基がすべて停止するという画期的な事態が出現した。それでも経済活動はとどこおりなく営まれてきた。
 
だが、原発維持政策をとりつづけたいという電力資本をはじめとする財界や政界、官僚などの要求は根強く、関西電力大飯原発を突破口として、原発の再稼働を要求しだした。その要求の根拠とされたのが、夏場の「電力不足」であり、その正確なデータは明示しないまま、電力不足キャンペーンをマスコミを通して流し、それを背景として大飯原発の再稼働を急ぎだした。だが、この電力会社と経済省の合作になる電力不足キャンペーンには多分に虚構があり、たとえば環境エネルギー政策研究所(ISEP)の試算によると、昨年なみの節電を実施して最大電力を昨年なみにおさえ、発電設備を再点検して供給力を見直すと、今年の夏にすべての原発が停止したままでも、電力ピーク時に全国で16%以上の電力需給の余裕を確保することができるという(飯田哲也「破綻した原発再稼働の論理」『世界』7月号)。
 
だが野田内閣は、電力会社と経産省合作の「電力不足」キャンペーンを鵜呑みにして、「国民生活を守る」ために大飯原発の再稼働を承認するという態度をとった。そのためには一応原発の安全性を言わねばならない。そこで原子力安全・保安院が即席で安全基準を仕立て上げ、その「安全基準に照らしておおむね適合」という政治的安全判断を拙速に下した。
 
そして、地元の福井県知事の求めに応じて、野田首相が原発の安全性をのべ、地元に感謝して再稼働の決意を表明する。それではというので地元が同意に動く。こういう茶番劇のような儀式を経て、大飯原発の再稼働が決定された。
 
しかもそれは「夏場限定の再稼働」ではなくその後も原発は「重要な電源」であるとして稼働をつづけることにした。これでは、電力不足に対処して「国民生活を守る」ための再稼働というより、燃料のコスト増に悩む電力資本の利益を守るための再稼働といわなければならない。この決定をうけた大飯原発三・四号機は7月から再稼働を始めた。
 
それにつけても、あれだけの大事故を起こしながら東京電力の反省のなさはあきれる。この6月、東電は原発事故の調査報告を公表したが、その結論は、原因は想定を超えた大津波にあった。東電の事故対策に問題はなかった、官邸の介入が無用な混乱を助長させた、東電が官邸に「全面撤回」を申し入れたとされる問題は官邸の勘違いである、というものであった。全く自己弁護と責任転換に終始していて、脱原発の急先鋒であった菅首相を悪者あつかいにしている。この東電にかぎらず、その他の電力会社の無責任体質も、変わっていないようである。
 
(なお、7月5日に公表された国会事故調査委員会の最終報告では、東電や規制当局が地震、津波対策を先送りしたのが「事故の根源的原因」であると指摘し、「自然災害ではなく人災」と断定して、官邸だけでなく東電側の責任を厳しく糾弾している)。 ところで菅内閣が現在の野田内閣に変わった後、同内閣をくみしやすしと見たのか、電力資本をはじめとする財界や政界、官界の巻き返しが強まった。その第1弾が大飯原発の再稼働要求であったのだが、それを前記のように野田内閣は容認した。これを手はじめとして今後原発再稼働の動きが強まっていきそうである。また、原発を減らしていく最低限の基準であった「運転40年で廃炉」という規定も民主・自民・公明三党の合意で骨抜きにされつつある。野田首相は再稼働決定後の記者会見で、「原発を止めたままでは日本の社会は立ちゆかない」と強調しており、電力資本をはじめとする政財官の巻きかえしの中でずるずると後退し、原発依存社会に逆もどりするつもりであるかのようである。
 
こうした野田内閣の態度は深刻な原発事故をうけて、国民の7割〜8割が「原発の段階的廃止」を求めている民意に反するものである。本来、原発は安全でも、安価でもなく、核廃棄物の処理方法もない。無害化するのに10万年もかかる放射性廃棄物を子孫に残すものである。「平和利用」といえど原発が核であることに変わりはない。「核と人類は共存できない」という大原則に立ってわれわれは脱原発、再生可能な自然エネルギーへの転換を掲げて、闘いを強めなければならない。私は幼い日長崎で原爆の惨を体験した。それだけにとくにその思いを強くする。
 

■ 国民に背を向けた消費増税

野田内閣の「逆コース」ぶりをさらに顕著に示したのは消費税の増税であった。政権交代時の民主党のマニュフェストには消費税増税の文字はなかった。それを菅内閣の時に突如言いだし、その時の参院選で大敗する一因となった。だが、次の野田内閣はさらなる執念をもって、消費税増税の実現をはかった。そして「社会保障と税の一体改革」を唱えて、今年3月には消費税増税を含む税制の抜本的改革案(「消費税増税関連法案」)を閣議決定した。これは社会保障の安定財源の確保をはかるために、消費税増税をおこなうというものであった。むろん消費税増税のほか、所得税改正などにも若干触れられていたが、法案の最大の眼目は消費税の増税にあった。
 
いうまでもなく消費税はすべての商品、サービスにかかる大型間接税であり、所得の多寡にかかわらず同率の税を課すものであるから、所得の低い者ほど負担が重くなる「逆進性」をもつ大衆課税である。増税といえば、何を措いてもまず消費税ということが当然のごとく言われ、今度の法案でもそれが中心的な柱となっている。だが、これは本業の税は本来所得の再分配という機能をもつものであり、所得の多いものには、重く、所得の低いものには軽くすることによって、社会に存在する富の不平等を是正するという働きをするものである。だから、マルクス・エンゲルスも『共産党宣言』のなかで、とるべき方策として、「高度の累進税」ということをあげており、税の中心は本来支払能力に応じて課税する累進的な直接税に置かれるべきである。所得税、相続税、法人税などを富める者、持てる者に重く、累進的に課すべきである。
 
だが、これまで新自由主義政策の下では、それとは全く逆のことが行われてきた。その間、一般庶民の所得税は徐々に増税されてきた。まず配偶者特別控除の廃止、老年者控除の廃止、年金控除の縮小など、各種控除の廃止や縮小によって、増税がはかられた。また景気対策として年度末に実施されていた所得税・住民税の定率減税(20%)が廃止された。これも増税にほかならない。
 
このように一般庶民が増税されたのと反対に優遇され、減税されたのが高額所得者や法人であった。高額所得者の最高税率は、かつての70%から40%(最も下がった時は37%)と大幅に下げられた。法人税の基本税率も43.3%から30%にまで下げられた。さらに経団連をはじめとする財界の強い要求によって、国際競争に対処するためにという名目で法人税は5%下げられることになった。その他大企業には「研究開発減税」など各種の優遇減税がある。また証券優遇税制によって、株の譲渡益にかかる税率は本来の20%から半分の10%に優遇されていた。新自由主義政策のもとで貧富の格差が拡大しているのだから、低所得者の税は下げ、富裕者の税こそ上げるべきなのに、実際は全く逆のことが行われたのである。
 
そこで、今度の一体改革案では、高額所得者の最高税率40%から45%への引上げ、相続税の基礎控除額の引下げと最高税率の引上げ、証券優遇税制の廃止など、若干の修正が行われることになっていた。だが、これも後にのべる民主・自由・公明の三党協議で先送りにされることになってしまった。
 
ともあれ、こうした税の本来のあり方など考慮することなく、野田内閣は増税といえばまず取りやすい消費税だという財務省年来の宿題に沿って、消費税増税を中心にすえた関連法案を閣議決定し、国会に提出した。そして野田首相は「この一体改革法案の今国会中の成立に政治生命をかける」と大見得を切った。
 
だが、民主党内には、消費税の増税は政権交代時の公約に違反するものだという根深い反対論があり、党内をまとめることは難しい。そこで野田内閣は窮余の策として野党の自民・公明党と結託し三党で密議を重ねた。そして自民・公明の要求を丸のみする形で法案を大きく修正して、その修正法案を6月20日衆院に共同提案し、会期を延長した上で、6月26日の衆院本会議でこの修正法案を可決した。
 
これで法案はほぼ成立の目途がつき、消費税率が現行の5%から2014年4月に8%、15年10月に10%に引上げられることになった。しかし、これは自民・公明の要求に大幅に譲歩した上での成立なので、そうでなくても手薄だった社会保障関連の項目はほとんど棚上げや骨抜きになった。たとえば民主党の公約であった最低保障年金制度の創設や後期高齢者医療制度の廃止は先送りになり、今後国会内に設置される「国民会議」で議論されることになったが、実現の見通しは立っていない。子ども手当についても、自公政権時代の「児童手当」に逆もどりした。「総合こども園」の創設も、現行のこども園を改善するということに後退した。また消費税のもつ「逆進性」を緩和する低所得者への対策も未定のままである。こうして消費税の増税だけが先行する法案の成立は、国民に大きな負担増を強い、消費を冷やして、景気悪化させる可能性が大きい。
 
このように消費税の目的とされた社会保障の充実には道筋がつかないまま、他方、増税を見込んで大型の公共事業が復活しはじめた。たとえば九州・長崎ルート、北陸、北海道新幹線の未着工三区間の着工が、かけこみ的に認可された。これは自公政権の時に決まり、その後政権交代で着工が見送られていたものである。これでは「人からコンクリートへ」の逆行といわなければならない。
 
こうして野田政権は、原発の再稼働決定でも、消費税増税でも、「逆コース」の道をたどり、民意を裏切ってきた。そしてその後も米国主導のTPP(環太平洋経済連携協定)への参加を志向し、集団的自衛権の解釈見直しや、尖閣諸島の国有化に前向きの姿勢を示すなど、新自由主義、保守主義的な性格を強めている。今や自民党との差はとみになくなり、政権交代の意義は消滅したといわなければならない。こうしたあり方が、次の総選挙で国民から厳しい審判をうけることは明らかである。
 

■ 危険な「維新の会」の伸長

一方、こうした野田政権のあり方に造反して、小沢派が民主党を離脱し、反消費増税、脱原発を掲げて、「国民の生活が第一」という新党を結成した。だが、小沢の過去を知り、金権体質を知る国民の支持はさして高くはなく、朝日新聞の世論調査によると、小沢新党に「期待する」という人は15%にとどまり、「期待しない」という人が78%に達している(同紙7月2日)。
 
こうした既成政党に対する不信感の中で、今後の政界再編の目玉として注目されているのが橋下徹大阪市長を中心とする「維新の会」の動きである。橋下は大阪都構想など地方の変革だけでなく、国のあり方を変えるというので「維新政治塾」を設立したり、「維新八策」を公表して国政への進出へ向かって動き出している。橋下は震災直後から脱原発を唱えていたが、後には電力不足を理由に時期限定で原発の再稼働を容認するなど、世論の風向きをみて態度を変えるポピュリスト、オポチュニスト的性格を持ち、その言動には振幅が大きい。だが、大阪の府知事、市長としてこれまでに取ってきた施策や公表された「維新八策」などから浮かび上がってくる基本的な政治姿勢は大略次のごとくである。
 
第一には市場原理にもとづく新自由主義政策の徹底である。「小さな政府」を旗印として公務員を大幅に削減し、民営化を推進する。TPPに参加して自由貿易圏を拡大し、産業の国際力を強化する。社会保障では、受益者負担を強調し、小泉改革を上回るような福祉の切り捨てをおこなう。
 
第二は政治的にはきわめて保守主義である。日米同盟を基軸としながらも、日本の主権と領土を自力で守る防衛力を整備する。そのため憲法改正を視野に入れて、改憲要件(九六条)を現在の国会議員の2/3から1/2に緩和し、憲法九条の改正の是非を国民投票で問うとしている。
 
第三は労働運動を徹底的に敵視し、強権でその抑圧をはかることである。市庁舎内の労組に退去を求め、全職員に組合や政治活動への参加を問う調査を業務命令で実施した。また条例で市職員の政治活動を規制し、それに違反した者は懲戒免職にするとした。さらに府の教育条例では、君が代斉唱を義務づけ、学区の規制をゆるめ、首長が教育目標を定めうるとして、憲法の禁じている政治の教育への介入への道をひらいた。こうした強権でもって労働運動を抑圧するという統制のやり方は、労働運動にとどまらず、いつか一般の市民にも及んでくるというのが、戦前の日本やドイツの史事の示す所であって、その動向はきわめて危険なものをもっているといわなければならない。
 
しかも、こうした強権的な橋下維新の会のやり方に期待を寄せる世論が生まれているという憂うべき傾向がある。政争に明け暮れ危機の打開に無策な既成政党への不信の中で、強力なフューラーの出現を待望する気運が生まれるというのは、これまた歴史の示すところである。とくに不況が長引き、新自由主義政策下で貧富の差が拡大している。しかもこれら貧困層はその窮状を自ら打開する手だてもなく、閉塞感が強い。この不満を鬱積させている閉塞状況下の貧困層が、「地方公務員は特別優遇を受けている」とバッシングしながら、政治のあり方の変革、維新をとなえる「ハシズム」に期待を寄せるという危険な状況が生まれているのだ。そうした誤った方向に行かせないためには、これら未組織の労働者の組織化を推しすすめ、その劣悪な労働条件の改善をともに闘っていく階級的労働運動の強化が緊急な課題となっている。
 
そして今日の新自由主義、新保守主義の路線に相対する政治的な対抗軸を構築していかなければならない。今日新自由主義路線推進の中心をなしているのは独占金融資本であり、その冷酷な搾取、支配が労働者をはじめとする中小企業や農民など広範な国民に深刻なしわ寄せを生んでいる。そうした事実を正しく認識し、大衆にも広く訴え、反独占の広範な統一戦線を形成、拡充しながら、その対抗軸を強化していかなければならない。  

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